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氷結の騎士は民を背に  作者: 蒼月
第二章~旧トワロ街道攻防戦~
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第二十話~旧トワロ街道攻防戦~

「はぁ……はぁ…………」

 霧の中、更に草の茂みに潜む者達は今か今かと時を待つ。中でも若いのだろうか、一人の息が大きく漏れ隣の者が肩に手を置き


「馬鹿野郎、音を立てるな……あと少しの辛抱だ」


 注意を受け、再び息を潜める若者。皆、腰には剣を携え、鎧も軍の物を利用してはいるが、草むらに潜む姿からは通常の軍人には到底見えない。

 彼らはただ息を潜めて待つ。獲物が狩り場に入るのを自ら入り込むのを…………。




 カーリーとセヴランは先頭の台車に座り、警戒を続ける。周囲は完全に霧に閉ざされており、先頭からでは中間の台車までが見えるかといったところだ。各台車ごとに兵を配置しているため指示は通るが、先頭と最後尾では指示の伝達速度に僅かに誤差が生じるため移動中は常に戦闘態勢が維持される。台車に控えた部隊も外から姿が見えないよう、壁や荷物に隠れ敵襲に備える。

 カーリーは視線だけを動かし警戒を続けなから


「セヴラン、囲んでいる敵、人数はどれくらいだと思う」


「人数ですか」


 セヴランは頭の中で敵の思考を高速で逆算していく。


 ……敵は略奪が目当ての山賊、単なる村人かそれとも軍属の兵……ここまで辛抱強く待つことが出来る統制なら軍人か。すぐに襲わないのは人数が拮抗している……少なくとも倍の差はないな。


 セヴランは頭の中で考えをまとめ終え


「私見ですが、恐らく五十から八十程度でしょう。」


「同じような意見だな、私は七十程度と予想している。恐らく、仕掛けて来るならそろそろだな」


「弓兵はどう対処しますか?略奪が目当てなら火矢はないでしょうが……」


「略奪後を考えると相手もフェザリアンの足は必要だろうが、念のために大盾でフェザリアンだけでも守るか。フェザリアンを守るように第三小隊に伝えてくれ」


「了解」


 セヴランは駆け足でマクールのもとへ向かう。




 セヴランは中間の台車付近でマクールを見つけ敬礼をしつつ


「カーリー隊長より伝達です、敵弓兵に備えるため大盾を使用し、第三小隊はフェザリアンを守るようにとのことです」


「了解した、聞こえたなそれぞれフェザリアンにそれぞれついて守ってやれ、大事な足だ怪我をさせるなよ」


『はッ!』


 マクールの指示で第三小隊は、それぞれ台車に備え付けてある大盾を手に取り、各フェザリアンに散ってゆく。マクールは小隊員が散ったのを確認し


「では台車の守備には第二小隊にーー」


「敵襲だッ!!」


 マクールの言葉はカーリーの叫びにより途切れる。同時に先頭の台車が止まり、後続の台車も次々に止まってゆく。マクールは腰の剣を引き抜き


「台車の守備は任したぞ!」


「了解ッ!」


 セヴランは一言を交わすと第二小隊に指示を与えるため、急ぎシンのもとに向かう。




「シン!」


「セヴラン、状況は!」


「詳しくはまだ分からん、俺はカーリー隊長の所に向かう。お前は第二小隊に台車の守備につくように伝えてくれ、フェザリアンは第三小隊が、台車は第二小隊と第四小隊で守備だ!」


「分かった!」


 シンは指示を小隊員に伝え始める。セヴランは再びカーリーのもとへ戻る。




「カーリー隊長!伝達完了しました、状況は」


「今先ほどフェザリアンの足元に矢が放たれたとこだ。少し無茶をさせるがお前は私とともに正面からの敵を食い止める、出来るな!」


「いつでもやれます!」


 最初の攻撃から敵に動きはない。不気味なほど静かな空間、額に汗を浮かべつつそれぞれが剣を握りしめ敵に備える。

 暫く静寂に包まれていた空間に足音が生まれ、徐々に大きくなる。霧で姿は分からないが既に目前まで迫っているのと誰もが理解する。


「来るぞッ!」


 カーリーの言葉で剣を握る拳にそれぞれ力が入る。悪い視界の先、霧の中に影がいくつも生まれ


『うおぉぉぉぉ!!』


 剣を振り上げた男達が霧の中から姿を現し突撃をかける。その姿を目にしたカーリーは剣を振りかざし


「全軍、物資を守りきるぞッ!突撃ッ!!!」


『うおぉぉぉぉ!!』


 カーリーの言葉とともに突撃してきた敵に対し護衛兵は応戦に移る。剣と剣がぶつかり合い、金属音が霧に包まれた朝にこだまする。




「いくぞ、セヴラン!」


「はッ!」


 台車の先頭、押し寄せてくる敵集団にカーリーとセヴランの二人は突撃を仕掛ける。


「敵は二人だ!やってしまえ!」


『おうッ!』


 カーリーとセヴランの二人に集団先頭の八人が、その首をとらんと勇猛に突撃する。

 カーリーは冷静に一人目の振りおろしの攻撃を剣で流し、体を回し横からの一撃で敵の首をおとす。

 瞬時に同時に迫る二人目と三人目の男に体を向ける。一人を剣を振り上げ無防備な体の正面を蹴り飛ばし距離を作る、呆気にとられたもう一人に迫り正確に喉に剣を突き刺す。

 カーリーは左手で喉を貫いた男の顔を鷲掴みにし剣を強引に引き抜くと、蹴り飛ばしたもう一人に迫る。男が起き上がろうと頭を上げたところを横からの一振りで首を断ち斬る。

 目の前の光景に恐怖し逃げようと一人が背を向ける。しかし、カーリーはその隙を逃さず背から鎧の繋ぎ目を狙い心臓を一撃で貫く。


 セヴランは目の前に迫る敵に姿勢を低くし自ら突撃する。突撃の間合いを崩された敵はセヴランの頭をめがけ剣を降り下ろすが、これをサイドステップで避け無防備になった敵の首を横から斬りつける。

 二人目は一人目のやられた姿から警戒をしセヴランの足元を狙い剣を横に振り抜く。セヴランはこれを飛び剣を回避する。敵はここぞとばかりに刃を切り返しセヴランを狙うがその攻撃は途中で止まる。セヴランは飛ぶと同時に己の剣を敵の顔に投げつけていた。敵は痛みから悲鳴を上げようと口が広げるが声が出るよりも早くセヴランがもう一つの剣を敵の喉に突き立てる。

 二つの剣を引き抜き、残る二人に視線を向ける。二人がやられたことで動揺し、残る二人は動きが止まっている。セヴランは二人に逃げる暇は与えない。立ち尽くす三人目の懐に一瞬で潜り込み右下からの切り上げを狙う、敵はとっさに剣で防ごうと剣を構えるがセヴランは落とした姿勢のまま足を払い、倒れた敵の心臓を氷の魔法で刃を固めた剣を突き立て、鎧ごと無理に貫通させる。四人目はここぞとばかりに剣を降り下ろすがセヴランは左手の剣で弾き突き無防備となった首を正面からの断ち切る。

 セヴランは剣を引き抜き、カーリーと並び敵集団に対峙する。


 ほんの一瞬の攻防で八人を殺され、正面から攻める集団は勢いを止める。


「な、なんなんだよ!こいつら!」

「こっ、こんな化け物がいるなんて聞いてねえぞ!」

「怖じけずくな!敵はたった二人なんだぞ!数で囲んで殺せッ!」


 敵のリーダー格と思わしき人物が声を上げるが士気は下がり続ける。カーリーとセヴランは剣を構え


「流石だな、このまま奴らを一掃するぞ」


「了解」


 カーリーとセヴランの戦っている集団、輸送部隊を奇襲した山賊の殆どは物資にたどり着くことなく、たった二人に足止めをされていた。




 カーリーとセヴランが敵の大部分を足止めをしている最中、台車付近では第二、第三、第四小隊が横から仕掛けてきた山賊のうち少数の部隊を相手に戦っていた。

 第二小隊の指揮を任されたシンは初めての指揮に戸惑いつつも、被害を出すことなく敵の数を減らすことに成功していた。


「よし、第二小隊はこのまま左翼側の敵を潰すぞ!俺についてこい!」


「了解ッ!」

「やってやるぜ!」

「山賊を皆殺しだッ!」


 横から奇襲を仕掛けた敵は、自分達よりも多い護衛相手に正面から仕掛けた部隊の援護を受けることが出来ず突撃することとなり、初めは勢い付いていたものの、一人、また一人と数で押されついには散り散りに逃走を始めていた。

 特に敵の勢いが初期に止まり、勢い付いた第二小隊は敵への追撃を開始した。

 初の実戦で長い間の緊張状態に、命をかけた戦いから新兵の精神は興奮状態に陥っていた。


「や、やめてくれ!命だけはーー」

「うるせぇ!死ねぇ!」


「山賊どもがッ!死ね!死ねッ!」

「た、助けーー」


 辺りには逃走した山賊の絶叫や悲鳴が響き渡る。追撃を仕掛けた第二小隊は冷静さを失い、ただひたすら山賊を殺していた。中には殺した死体に何度も繰り返し剣を突き立てる者もいれば、戦う恐怖からか精神が崩れ笑い続ける兵士の姿がいくつもある。

 シンは状況を見回し


 ……追撃は正解だったと思うが、これはどうしたらいいんだ。


 周囲の小隊員の壊れた精神を見て、どう収めるかを悩む。シン本人も本格的な実戦は初めてであり多少興奮状態ではあったが、小隊をセヴランに任されたこともあり比較的冷静さを保っていた。シンはこれ以上考えても仕方ないと判断し


「第二小隊集合!」


 シンの掛け声で冷静さを取り戻し、小隊員がまばらに集まってくる。暫くした後、シンは全員が集まったことを確認すると


「これ以上の追撃は不要、台車の警護に戻るぞ!」


『了解!』


 その場の皆がいつものように返礼を返す。しかし、敬礼をした手が震えている者や、肩を震わす者など、そこには新兵ではなく実戦を学んだ兵士の姿があった。

 シン率いる第二小隊が台車に戻ると、敵を殲滅し終えた第三小隊と第四小隊の姿があった。そして、彼らもまた実戦を学び生き抜いた兵士となっていた。

 シンは部隊に休むよう指示を出すと


「セヴラン、無事でいてくれよ」


 同じ新兵でありながら、カーリーととに前線で戦う仲間の無事を、シンは僅かに震える腕を押さえながら祈っていた。




 両翼からの奇襲部隊を退けた頃、最前線では既に敵の半数近くである四十人ほどを切り捨て、返り血で赤く濡れたカーリーとセヴランの姿があった。

 連続して迫る敵の攻撃をことごとく防ぎ、隙を見せれば殺されるという状況から敵は敗走をする寸前まで迫っていた。


「もう、駄目だ……あんな奴らに勝てるわけないだろ……」

「こんなとこで死ぬなんて勘弁だ!お、俺は逃げるぞ!」

「ま、待て!ここで逃げたら死んだ奴らは無駄死にになるんだぞ!」


 カーリー達の攻撃から辛くも逃れ、服のいたるところを血や泥で汚した隊長格が怒号を放つ。しかし、指示に従う者はおらず


「こんなの相手にやってられるか!」

「に、逃げろぉぉ!」


 生き残った集団は敗走を始める。しかし、隊長格の男は逃げずカーリーとセヴラン相手に対峙し続ける。

 セヴランは視線をカーリーに向け


「どうします、私がやりましょうか」


 カーリーはしばらく無言で相手を見つめ、何かに気づいた素振りを見せ


「いや、私がやろう」


 カーリーの言葉はいつもよりどこか重く、何かを決心したように感じれる。

 カーリーは剣を正面で構え、まっすぐと敵と向かい合う。暫くはにらみ合いが続くが、敵は痺れを切らし剣を振り上げ


「死ね!カーリーーーーーッ!」


 降り下ろした剣が無慈悲にもカーリーに弾かれる。カーリーは続けて横からの一閃で敵の首を斬る。

 倒れ伏せた敵は、僅かに出来る息を漏らしつつ顔を上げ


「やはり……あなたには……勝てな……かっ……」


 男は最後まで言葉を言いきることなく絶命した。カーリーは剣の血を払い、剣を鞘に納めると男のもとでしゃがむと、男の開いた瞳を静かに閉じさせた。


「知っている方なのですか?」


 セヴランも剣を納め、カーリーに質問を向ける。カーリーは立ち上がると何かを思い出すように目を閉じ


「あぁ、恐らく国境の私の部隊の人間だ」


「そう……でしたか……」


 セヴランは僅かに後悔する、特別知りたかったわけでもなかったことに首を突っ込んでしまい、無意味に空気を悪くしたことに。カーリーは僅かに笑い


「気にしても仕方がない、物資を守りきることが出来たのだから上等だ。」


 カーリーは空に視線を向け立ち上がる。セヴランからは横顔しか見えなかったが、その顔はどこか悔しさややりきれないといった感情が窺えた。

 どう言葉をかけていいか分からず黙りこんでしまうセヴランだったが、カーリーは普段の表情に戻りセヴランに視線を向け


「今回の戦い、初の実戦なのによくやってくれた。お陰で物資も守りきれた、助かった」


「いえ、誉められるようなことはしてませんよ。さあ、急いで物資を届けましょう、国境で守備隊がまってますよ」


「仕事熱心だな」


 カーリーはセヴランのいつも通りの対応に軽く笑い、移動再開のための指示を出し始める。セヴランもカーリーに続き、小隊のもとへ戻ってゆく。台車では無事を祈っていたシンや第二小隊がセヴランを迎える。誰一人として死者がいないことにセヴランは安堵し、ようやく緊張を解くことが出来た。

 初の実戦を乗り越え、セヴランもまた一人前の兵士になった。しかし、この結果からセヴランには新たな生まれてはいけない慢心もまた生まれつつあった。

 そして再び、輸送作戦は再開され集団は国境へと急ぎ向かうのであった。


 新兵の初実戦で被害なしという奇跡的な結果で旧トワロ街道攻防戦は幕を閉じる。そして、これは後に旧トワロ街道攻防戦として、軍での教育の際に語り継がれることとなる……。

どうも、作者の蒼月です。

思ったより長くなりましたけど、いい感じに書けました。旧トワロ街道攻防戦は後一話続きます。


では、次も読んでいただけたら幸いです。

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