第三百二十七話~牙を磨く者~
暗き闇……足元も見えるかどうか怪しい、そんな場所。それだけならどこかは分からないが、そこからは水が流れる音が響いてくる。そして、微かにだが水に光が反射し、薄暗くとも人の顔が見える場だ。
そしてそこには、男と女が一人ずつ。男は、その洞窟のよう場所で天井を見上げ、その後ろに控える形で、女は男を見守っている。これは別に儀式でも何でもない、単なる男の精神を落ち着かせるものだが、その静かな空間に似つかわしくない音が鳴り響く。
音に合わせて、男は服から魔道具――通信機を取り出し
「ハインケルだ、どうした…………そうか、動くか。分かった、引き続き情報を送れ…………」
「パラメキア、シャディールが動く決意をしたのね」
「あぁ、タリシア。ここからだな……」
それは、七極聖天の二人であった。その指揮官、そしてレギブス軍の代表とも言える二人は、ハインケルが受けた報告に笑みを浮かべ、これからを楽しんでいるようであった。
普通、国での戦いなど面倒なだけだ。いかに大義名分や理論で武装しようとも、その浪費と消耗はどうにもできない。人が人である以上、争いには疲れが伴うのだ。それを、軍の代表が楽しむ姿を見せるというのは、常識的にはどこかズレている。しかし、二人はこの時を、誰よりも待ち望んでいたのだから仕方がなかったのだ。
「それで、パラメキアはどっちに?」
「フィオリスだそうだ。それなら、選択権はこっちのものだ」
「どっちでもいいところだけど、どっちも重要ね」
「あぁ、パラメキアは最終的に潰す必要がある。しかし、ここでフィオリスの地を奪われては、その後が面倒だからな」
「全ての始まりの地……本当だとしたら、私達な未来を失いかねないものね」
ハインケルとタリシアは、既にパラメキア軍の動向を掴んでいた。否、互いに把握している、と言うべきだろうか。
両国共に、軍の上層部に密偵が入り込んでいる。その情報を一口するには、完璧な人員配置と情報工作が必要だが、今回のパラメキアは、フィオリスの代表との謁見という隙だらけの行動をとった。レギブス側からしてみれば、その情報を知ることに労力はそこまで必要ない……その情報を、意図的にパラメキア側が流しているということは、度々あるが…………。
パラメキアとしても、別にこれを隠してもすぐ知れることと、おそらく隠蔽は行わなかったのだろう。即座に上がってきた情報にハインケルは、これはヴァンセルトからの挑戦でもあると捉え
「あの腑抜けを、ここで出し抜く必要があるな……」
「けれどその力をどう使うか、それは見させてもらっているよ」
「…………ユーヴァフラン」
静かな洞窟だ、足音がすればハインケルはすぐに気づける。けれど、足音は一切なく、声だけが後ろから響いた。ハインケルとタリシアの二人は、特別驚きもせず振り返り、その場に似合わない貴族の礼服のようなものに身を包む男を見据える。
しかし不思議なことに、その男はシルクハットを被っていることを考慮しても、何故か顔が見えない。たとえ動いて見ようとも、何故か見えない。そんな不可思議な存在に、ハインケルは睨みを効かせながらも
「力を貸してくれることには感謝している。そして、この力は人の未来の為、それに偽りはない」
「……そうか……しかし、君が守りたいのはこの世界ではない、そうだろう?」
「……だったらどうした」
「いや、道を見失わないで欲しいだけだよ。でなければ、その力は強力過ぎるからね。いくら君でも、人の域を越えてしまう……そうなれば、私は容赦なく、君を殺して世界を見守るだろう」
「勝手に言っていろ。だが、それだけの力を持ちながら、こうして戦わず、ただ時間を浪費している貴様にどうこう言われる筋合いはない。人の未来は、人が勝ち取るものだ」
ハインケル自身の考えが変わることはないと、ユーヴァフランに向けて拒絶のように言い切る。そして、これにユーヴァフランも今はいいと、その姿を闇へと消した。
「終焉……原初の五人ね。一体、彼らが本気を出したら、この世界はどれだけ耐えれるのかしらね」
「下らないことは考えなくていい。今考えるべきは、次にどう動くかだ」
「えぇ、勿論分かってるわ。でも、それについては答えはもう出てるでしょう?」
「……ふ、タリシアには敵わないな」
七極聖天の中でも、ハインケルとタリシアの二人は特別な存在だ。ハインケルがレギブスの軍を乗っ取り、新しい体制を作る時点から既に強力し、もう何年も戦場を共にしてきた仲間だ。
タリシアに指摘され、ハインケルは同意を得るまでも無かったなと、踵を返し
「タリシア、他の連中を集めてくれ。これから、パラメキア進行作戦の会議だ」
パラメキアとフィオリス、両者の戦争への新たな参加者が、この時動き始めることになった…………
どうも、作者の蒼月です。
さぁて、原初の五人、四人目となるユーヴァフランが現れました。ま、これも本編ではそこまで重要じゃないんでいいんですけどね。
ただ、これで分かっているとは思いますが、この戦いの裏には、原初の五人と呼ばれる者達がおります。それが何を行っているのか、歴史の影に隠れている者達の動き……それが分かれば、この世界の歴史も分かるときが来るかと思います。
では、次も読んで頂けると幸いです。




