第三百二十三話~国家の交渉~
人よりも高い視線で、その玉座からシャディールはセヴランを含む、多くの者を見下ろしていた。シャディールは、まだ今年で十に届く歳で、その体はとても小さい。同じ地面に立てば、このような人を見下ろす光景などあり得ないだろう。
だからこそ、この玉座は幼きシャディールを、人から見下されない為の術でもあった。その身には豪華過ぎる服も、回りを取り巻く屈強な兵も、全てはシャディールを大きく見せるものなのだ。
……セヴラン、まだまだ若い未熟者だな……そのように焦りを見せては、相手に利用されるだけだ。懐かしい、昔の自分を見ているようだ。
シャディールは懐かしい気持ちを思い出しながら、セヴランの焦りを楽しむように眺める。このまま会話を続ければ、間違いなくセヴラン――フィオリス王国側は失言から、パラメキアが攻め込むに充分な状況を生んでくれるだろう。しかし、シャディールは別にそれ自体が目的でなく、まだ期待している点もある。だからこそ、シャディールは
「それで、どうなのだ?今の言葉は、フィオリスからの助けを求める声で間違いないのか」
容赦なく、シャディールはセヴランを追い込んでいく。この質問に、セヴランはたとえどうだろうと答える必要がある。答えないことは、相手に自由に受け取ってくれというようなものである。しかし答えるにしても、これに頷けばパラメキアはフィオリスに大義名分の下で、事実上の侵略が可能となる。逆にこれを否定すれば、この戦争を終わらせろという要求を取り下げることになる。つまり、この時点でセヴランは詰んでいたのだ。
ここまで、特に苦になることもなく誘導し、話をセヴランに進めさせたシャディールとしては、これは望む結果を得られた為に満足であった。
……確かに、自身の言いたいことを告げることは重要だ。今は、それが出来ない者も多いからな。けれども、この交渉の場においては、先に言葉を口にする方が基本的には不利……討論と同じように。その足りない経験、ここで学ぶがいい。
シャディールから見れば、セヴランは歳上ではある。が、こと交渉などにおいては、セヴランなどよりも経験がある。シャディールも伊達に、このパラメキア皇帝の座に座っているわけではない。
若干十歳にしながら、大局を見る目に、先々を想像する能力、国の未来を考える思考、どれもその歳には似つかわしくないものだ。けれど、だからこそシャディールは皇帝を名乗り、今はこうしているのだ。
……父上が殺されてから、もう五年か……時が流れるのは早いものだ。
シャディールの人生論が大きく歪むこととなったのは、五年前が始まりだ。思い出せば、こうなることは運命だったのかもしれない……。
五年前、シャディールがまだ五歳の時、既にシャディールは天才としての才を見せていた。生まれてから間もなく言葉を発し、その成長速度は圧巻だった。そして五歳になろう頃には、並の大人と変わらない知識量まで持って。
ヴァンセルトが戦いの天才だったとしたら、対してシャディールは思考の天才だろう。五年前に、前皇帝ナルベード・アーガリウス・デュランが殺された際も、何も聞かされずとも他国に属する者の暗殺ではないと言い当てた。そして、イクスの存在も当て、パラメキアの今の状況を理解してしまったのだ。
その才能は、即座に秘匿された。皇帝に直接付き従う一部の者だけが知り、前皇帝の暗殺も隠蔽された。シャディールという存在は、軍の者しか知らない事実だ。無論、その情報が外に漏れる可能性はあるが、シャディールの存在など常識的には信じることはない。それを考慮した上で、シャディールは人前に出ることはこれまでなかったのだ。
故に、パラメキア帝国内では皇帝はナルベードであり、混乱を引き起こさぬよう――そして、イクスに余計な情報を与えないように動いてきた。
……さぁセヴラン、そちはどうする。我らの誘いを、ヴァンセルトに対し断ったことは既に知っている。ここで協力しなければ、フィオリスもイクスと同じ敵になるぞ。
シャディールの思うように運んだこの謁見。しかし、もう答えは聞かずとも分かっていた。その答えが来ることに、シャディールは笑い……
「シャディール皇帝陛下……我々は、助けを求めた訳ではありません。ただ、協力すべきだと警告しているのです」
「……ふ……ははッ……はははッ!そうだ、そうだろうと思っていた。ならば、交渉は決裂というわけだな、フィオリスの代表よ」
互いに意見を折らなければ、衝突するのは同然だ。シャディールの笑いに合わせ、周囲を取り囲む近衛達が一斉に武器をセヴラン達へ向ける。対し、これにはセヴランの他五人も、武器自体を抜きはしないが、いつでも抜けるように構え――
「良い、ここで来客を消したとなれば、それこそパラメキアの名に傷がつく。ここで殺すような真似はしてはならん」
『はッ!!!』
シャディールの命令は絶対、その意に従うと再び一斉に元の直立不動へと戻る。一斉に響く音は、その後をそれまで以上の静寂に変え、そこにリーナ達の体勢を元に戻す音が最後に残った。
「我々を見逃し、恩を与えているつもりですか」
「そのようなことはない。余は、単にパラメキアの益となることをするまでだ」
「ッ!――パラメキアの益と言うのならば、それこそ協力をするべきでしょうッ!」
「貴様らッ!陛下の前で無礼な言動を――」
「良い、リノーム。既に交渉は決裂し、ここからは余とセヴランの個人的な会話だ。それならば、別に不服はあるまい」
「し、しかし……」
「余の決定に、何か意見があるならば述べるがよいぞ。言ってみるがいい」
「……いえ、問題ありません。失礼致しました……」
「うむ」
シャディールはロイヤルガードを鎮め、周囲の近衛も納得するしかない。故に、ここからは国の代表という枷が外れた、第二の交渉となり
「ではセヴランよ、お前が求めるのは協力……だったな。だからこそ言おう、協力ならばお前達から歩み寄るべきだろう、とな」
シャディールは、この瞬間から皇帝としての演技を捨て、その内に隠していた一人の化け物として、獲物を品定めするような強者の瞳で、セヴランに笑いかけた。
どうも、作者の蒼月です。
さて、今回で交渉は終わりかと思わせ、まだまだ続きますよ~確かに、国としての交渉は終わりましたが、シャディール個人に語りかけることは可能なので。
しかし、問題はそれだけでないと、もう少しでわかるかと……
では、次も読んで頂けると幸いです。




