第三百二話~夜食のひとときに~
帝都内でも、かなりの質を持つグラスなどを使った小さな食事の席では、軽食の類いが口に運ばれながら、若きリノームはヴァンセルトへと詰め
「ヴァンセルトさん、これからどうするつもりです。どう考えても、これは厳しいでしょ」
「……戦線のことか?それなら、言うほど気にしなくてもいいんじゃないか?」
リノームの問いは、今放置しているレギブスとの戦争の話だと、ヴァンセルトはすぐに理解し答え始める。
「俺達が出ないなら、七極聖天も強気には出れないさ……なんせ――」
「互いに、狙うのは多くの兵ですからね。最高戦力同士、ぶつかることは避けるでしょう」
「流石だな、リターシャ」
ヴァンセルトの答えを取るように、リターシャは相手の考えを予測する。そしてそれは大方正しいだろうと、ヴァンセルトもグラスを回しながら答える。
現状、パラメキアとレギブスの戦力図は互角に近く、大きく戦線が動くことはない。だが、パラメキアとレギブスには、それぞれ特徴があり……
「我らパラメキア軍は、個の質を考えればレギブスよりはるかに強い。しかし、個の質を考慮しない、純粋な数としての兵力は大きく劣る。故に、戦線で我らは奴らに囲まれ、広い範囲に集中する必要がある……さて、リノームにここで聞くが、お前が七極聖天として、どこから狙う」
「私がですか?そうですね……やはり、敵戦力を削ることを優先するなら、ロイヤルガードと戦うことは避けて…………あ」
「そういうことだ」
ヴァンセルトからの問いで自ら考え、リノームはレギブス側の考えを理解する。その様子に、ヴァンセルトも満足げに口元を笑わせ
「互いに、最も殲滅力を持つ切り札はロイヤルガードと七極聖天だ。ならば、互いにこれをぶつけるか、それを避けて他の戦力を削るかが主になるだろう。そして今、敵が動けないのはそういうことだ」
ヴァンセルトはワインを口に運び、その言葉の続きを述べることはないが、既にこの場にいる者は、それがどういうことか理解していた。
もし仮に、ロイヤルガードが七極聖天を倒すために本陣へと攻めたとしよう。すると、七極聖天側にはこの時点で、二つの選択肢を得られる。一つは、ロイヤルガードを迎え撃つ方法。もう一つは、ロイヤルガードを避けて、他の部隊へと攻撃を加えること。
七極聖天側からすれば、ロイヤルガードへの対抗策などがあれば、そのまま迎え撃てばいいし、逆になければ、敵本陣へと攻撃を仕掛けるもよし。どちらにしようと、先に攻め込めば、相手に選択肢を与えることになるのだ。更に言えば、戦いでは原則ではあるが守るほうが優位性が高い。無論、いくらでも例外はあるが、基本を押さえるならば、攻めた側の方が負担が大きく不利なのだ。それを考えれば、敵が簡単に攻めてくることは考えずらい。
ヴァンセルトが問題ないと判断するのは、それらのことを考えてはいるからだ。七極聖天と言えど、その稼働力と戦力には限界がある。ロイヤルガードを考えず、多くの部隊を攻めるようであれば、消耗したところを潰せばいい。今、互いを縛っているのは、そういった先を見据えてのことだ。
目の前の勝利よりも、先の勝利を。そのため、ヴァンセルトは戦線の放置をもう一度問題ないと言い張り
「それより気にすべきことがあるだろう、リノーム」
「……あの、失礼ですがよろしいのですか?」
ヴァンセルトとの会話は続けられる。しかし、リノームは次の話の内容を告げる前に、店主ガイの顔を一度見る。ここから話すことは、軍の中でも機密中の機密であり、退役した者の前で話してよいものか。そんな疑問と不安が、リノームを押してヴァンセルトへと質問したのだったが
「気にせんでええぞ~。どうせ、ここで儂が裏切ることを考えれば、ヴァンセルトは迷いなく切り捨てるじゃろうて」
「あぁ、ガイさんは大丈夫だ。むしろ、心配するなら周囲の方だろうな……」
ガイ自身、長い間パラメキア軍として国のために戦い、裏切るなどということを考えたことはない。しかしヴァンセルトも、ただ上官だからと盲信しているわけではなく、これには理由があった。
過去に、パラメキア軍内に多くの密偵が入り込んでいたことがあった。それは、今でもあることではあるが、ヴァンセルトはガイなども含めて、裏切りがないかを全て調べあげたことがある。その上で、他国に通じて情報を流していた者などは公開処刑を行い、一時期密偵の殆どを駆逐したことがあった。
ガイはその時から一切問題がなかった人物でもあり、軍を退役したとしても、そこから問題になる可能性は薄いと考えていた。
まぁ、ヴァンセルトはこの時点で、ガイの心音や脈も聞き取り、精神的にも怪しい点がなかったというのも、一つの理由であった。
そして、ヴァンセルトの視線はガイに向けられ、言葉にある他に心配すべきことというそれを、ガイは一言で理解した上で
「安心せい。ここの周囲に密偵はおらん。ついでに、儂の情報も基本的には流れておらん。帝都内で動いている密偵の動きもある程度は把握しておるが、ここなら安全じゃろう。なんなら、下の部屋を貸すが」
ヴァンセルトが最も警戒している問題を、ガイは心配ないと言い切り、その完璧な答えに気が少しは楽になり
「いや、それで充分ですよ。ここ最近、この帝都内でも敵の動きが活発になっている……一体どこまで、利用できるものか……」
「しかし、結界術式は大丈夫でしょうか。あれだけは、バレるわけにはいきませんけど……」
情報戦では問題ないと判断している状態ではあるが、リターシャは一つだけ気掛かりなことがあった。それは、パラメキアで進めている計画についてだ。リターシャに指摘されずとも、ヴァンセルトもそのことには細心の注意は払っている……が、確かに、慢心することなく気を引き締める必要はあると考え
「大丈夫だ。そのことに関しては、まず知っている者を限定している。大まかなこと自体は皆が知っていても、それぞれには各役割のみを教えているのみ……全容を知る者は皆、信用のある者達だ。あの時以前から、軍で共に戦ってきたな……」
言葉の最後で、ヴァンセルトは無意識に声から明るさが消えるが、それを本人は自覚していない。そして、その言葉が意味するものを、ガイも同じ気持ちだと
「……第十二次連合調査部隊…………」
ガイのしわのある顔を、更にしわくちゃにしたのは表情が歪んだからだろう。その呟いた言葉で、同時にヴァンセルトの形相も怒り――そして後悔、苦渋、多くの感情が滲み出し
「……すまんかった、ヴァンセルト……嫌なことを思い出させてしまったな……」
「いえ、ガイさんのせいではないですよ……あれは、我々人類が……そして、私の驕りと無力さのせいですから……」
ヴァンセルトは、自分自身が弱いとは考えない。けれど、その実力が最強などと主張するつもりは毛頭なかった。過去には、その自身の甘さと弱さが、ヴァンセルトを今でも苦しめる枷となっている。その二人のやり取りには、第十二次連合調査隊の当時を知らないリノームとリターシャの二人は入り込めない。ただ、踏み込みたい衝動は抑えれず
「……ヴァンセルト卿、第十二次連合調査隊とは、やはりあの……」
リノームは、わざわざヴァンセルトを、卿と呼ぶ姿勢。これは、リノームも戦友としてではなく、軍人としての質問であり、ヴァンセルトはあまり食事の席で話すようなことではないと思いながらも、答えないわけにもいかず
「そうだ、過去の資料で読んだことはあると思うが、お前の想像しているもので合っているぞ。人と竜……少なくとも、ここ数千年の中で、伝説を除けば唯一戦闘資料が残る戦い…………いや、あれは最早戦闘などとは呼べない、ただの蹂躙だったがな……」
ヴァンセルトから告げられる、人と竜の戦い……それが、数十年前に行われていた。ただ、この事実を知る者は、この大陸でほんの一握りの者だけ……そんな伝説よりも信じられない真実を、ヴァンセルトは仲間である二人には語るべきだと、決断をしたのだった…………
どうも、作者の蒼月です。
いやぁ、前々から少し分かってたとは思いますが、人と竜との戦い、それを知る数少ない一人の語りです。まあ、ここでは全てを語ることはないですが……(もし余裕なんかがあれば、今後外伝として書いてもいいかもしれませんが)
これで、ディルムンクとヴァンセルトの関係が見えてくるかと。そして、パラメキア軍全体の目的も、ちょっとは見えるかな?ってな感じです。
では、次も読んで頂けると幸いです。




