第二百八十九話~敵の敵~
セヴランとリーナの二人は、壁を地面の如く見立て走り、城門上へと駆け登る。
その城門上では、二人の兵が煙の中――つまりは城壁の外を見下ろしていたわけだが、その二人ともの視線は外のままであり、セヴランとリーナもそこの隣へと駆け寄り
「何がいるの!」
「リ、リーナ様!ここは危険ですので――」
「早く状況を伝えなさいッ!」
兵はリーナが来たことへの驚きに目を見開き、そしてその身の安全の為ここから離れてもらおうと進言したが、その意見はリーナの現場主義の考えの前に否定された。兵も、自身の意見を押し通すことなど無理と悟り、即座に城壁の下…………二つの影を指し
「あそこですッ!あそこに、何者かが」
「本当に襲撃なの……だとしたら、相当厄介ね」
「気を付けろよリーナ、この爆発も何か検討がついてないしな」
「分かってるわよ」
二人は剣を構えつつ、城壁の縁に乗り上げて城壁の下を見下ろす。ただ、未だ煙は登り視界は悪く、その人影が何者かを判断できない。目を凝らしつつ、セヴランは城門上の二人の兵に振り向き
「他の兵を召集しつつ、住民の安全の確保を。敵は、動きがあれば我々が命に変えても止める」
「で、ですが…………」
兵からセヴランに返る視線には、疑惑の色が浮かんでいる。それは、リーナと共に行動こそすれど、セヴランの素性は知らない者が殆どだ。その者はブラッドローズではない為に、そんな者の命令を受けていいのかと反応が出来なかったが
「セヴランは私の部隊の総指揮官よ。それに、何が重要かは分かってる筈よ…………」
「ッ!り、了解しましたッ!」
リーナのセヴランへの助け船のように出された言葉で、兵はその言葉の意味を理解し、もう一人の兵を連れて城門を降りる階段へと走ってゆく。
今現状の打てる手は一応打ったと、二人は少しずつ晴れてきた煙の中へと再び視線を戻し…………その中から、ある声が耳へと聞こえてきたのだった。
「何故邪魔をする…………世界を殺す者達側につくと言うのか…………」
「「ッ!」」
決して忘れることはない……その忌々しい低く鋭く刺さるような――そう、イクスの声であった。圧倒的殺戮者、人間を越える力の持ち主…………その化け物が、自身達の目の前に再び現れたのだ。想定していた最悪に近い自体、今の自分達の手に追えない敵が攻めてきた。ディルムンクや、仲間達のこと……民にまで手を出しかねないイクスに、セヴランはその身の内から殺意が溢れだし
「セヴラン……今は、抑えなさい…………」
「分かってる……分かってる…………ッ!」
リーナもその歯を食い縛り、仲間を傷付けたイクスへの殺意を抑え、先走りかねないセヴランを冷静にさせる。二人は、その剣をいつでも振るえるように構え、魔法もいつでも発動可能な状態で待ち構えいた。
けれど、そんな二人も動けずに待つ他ない…………ただ、敵が攻撃をしてくるのなら対処をするまでだが、今回はそうではなかったからだ。
イクスの正面には、一人の男がいた。緑の三角帽を被り、どこか柔らかそうな緑の服に、白い膨らんだ形を持つズボンを合わせた変わった者。その長く伸びた金髪は編まれ、見たこともない鉱石を埋め込んだ杖を持つ者…………あまりにも風変わりで、少なくともこの国の者ではないだろう人物。その者が、セヴランへと返答をし
「イクス、君の考えは分からなくもないけど、それは良くないよ。そのやり方では、どのみちこの世界は救えない……ミラスフィナルも悲しむからね、止めさせてもらうよ」
二人の会話は成立するが、金髪の男の声だけはセヴラン達に届くことはなかった。そして、そのニコニコとした笑みのまま、金髪の男は杖を地面へと突き立てる。そして次の瞬間、イクスの体は幻が解けるかのように消滅して消えていった…………。
「ふぅ、イクスは自分の分身まで作って、よく頑張っているなぁ。これは、僕も頑張らないとな~」
金髪の男は一仕事を終えたと、満足げな笑みを浮かべていた。ただ、その様子を見ていた二人は…………
「何よ、あれ…………」
「……理解出来ない化け物……敵でないといいな…………」
城門上から見ていたセヴランとリーナは、何が起きたのかは見ていた。けれど、それがどうしてそうなるのかは理解出来なかった。自分達では倒せない化け物を、理屈は分からないが触れることさえなく消滅させた者――――その実力は最早想像できず、そんな化け物が敵でないことだけを祈るしかない……。
そんな唖然とする二人に、金髪の男は見られていたのを知っていたかのように、自然に上へと顔を向け、その手を振ってきた。それが何を意味するかは分からず、二人は警戒するしかないが……
「どうするの、無視はできないでしょう」
「敵の敵が味方……なんて言えないが、今はそう思いたいな」
イクスに敵対している、その点では共通点もあるかと、セヴランは接触する覚悟を固める。リーナも、セヴランの考えに否定はないと、共に城門上から飛び降りる。
地面へと着地し、立ち上がり視線は男から外さない。男の向けてくる満面の笑みの裏に、どんな思惑があるのかと警戒をしつつ、セヴランとリーナは共にその距離を詰めて行く…………
どうも、作者の蒼月です。
さてさて……はい、急になんか出てきましたね。でもまあ、ぶっちゃけメインキャラにするつもりはないんでここでは重要でもないです。全体でどうかは明言しませんが、今はお助けキャラでも来たのか、程度に考えればいいかと。
では、次も読んで頂けると幸いです。




