第二百八十五話~始めての紅茶~
暫くして、ホウ爺は紅茶を注いだカップを手に、皺の入った笑みと共に席へと戻ってきた。目の前に紅茶が出され、ホウ爺は一仕事を終えたと席に腰掛けた。
三人が沈み込むような柔らかい席についたことで、リーナは出されたティーカップを迷うことなく口にし
「今日のも美味しいわね」
「そう言ってもらえて、嬉しい限りですな」
二人は慣れた様子で感想を含めた雑談を始め、セヴランも作法などは分からないがリーナの様子を真似るように紅茶を口にし
……旨い……
口にし、浮かんだのはその一言であった。呆気にとられたようなセヴランの表情に、ホウ爺は笑い
「この紅茶を気に入りましたかな?一応、この国の中では良い物を仕入れてはいますが」
「いや、紅茶というものを初めていただいたので……美味しいものですね」
「紅茶が初めてでしたか。ですが確かに、これは村などでは手に入れるのは難しいですからな」
「村……ホウさん、でよろしいのでしょうか。何故、貴方は今村と?」
ホウ爺が口にする言葉に、どこか違和感を覚えるセヴラン。まるで、その語りようはセヴランを知っているような感覚を与え……
「えぇ、貴方のことは五年前より、リーナ様からよく聞かされておりましたので。まさか、早くもブラッドローズに入っているとは、想定しておりませんでしたが」
「俺のことを、五年前から?」
ホウ爺の過去が、少しばかり見えたような気がしたセヴラン。五年前と言えば、リーナがバーンズ達に連れていかれた時であり、ホウ爺の今の城にいる状況からも、この国の中枢に関わる者だろうと推察し……ホウ爺はティーカップを机に置き
「申し遅れましたな。私は、この国の文官の一人、ホウルダー・プランスと申します。五年前から、主に王家の方々に仕えていたのですが、その時にリーナ様の世話もしておりました。そこでリーナ様から、よく貴方の話を聞かされたものです」
「成る程……では、知ってはいるかと思いますが、私はセヴラン・クロウディア、今から一ヶ月程前にレギブス方面軍に入隊したのですが、そこでの戦いでブラッドローズに移動した形ですね」
セヴランは軽くここまでの流れを伝え、互いに自己紹介も終えたところで、ここに来た目的をセヴランが明かし
「ホウルダー殿、私はまだブラッドローズに所属してから長くもなく……知識が欲しいのです。このフィオリス王国の政府、王族に関してや、この国の過去のことを」
セヴランは単刀直入に、ホウルダーへと要件を告げる。そのセヴランの真っ直ぐな瞳に、ホウルダーは一度リーナへと目を向け
「えぇ、そのために案内したの。バーンズは隠すでしょうし、貴方に聞いた方が良いと思ってね」
「ですがよろしいのですかな?バーンズが隠すことを、私が伝えても」
「良いのよ、私がそう判断したの」
「……分かりました。まあ、バーンズには馬を勝手に持っていかれた恨みもありますしな。ははは」
リーナの説得にホウルダーは納得したようだが、最後のホウルダーの言葉に、リーナは何故か視線を反らして何かを隠すような様子を見せたのは、セヴランの気のせいだったのだろうか。
ホウルダーは一度立ち上がり、壁沿いにある本棚から何か一つの本を探し出し、それを見つけるとセヴランの前へと差し出した。
「これは?」
「この国のことを書き記した書物です。まあ、説明は口で行うので、それは資料程度のものですがな」
セヴランは軽く本をめくり始め……そして、中には軽く目を通すだけでも重要だろうと思える事柄が幾つも目につき
「……凄いですね。地下の基地でも様々な資料は見ましたが、これは……」
それに集中はしないように、すぐに本は閉じるが、その様子にホウルダーも凄いと感心し
「セヴラン殿は、それが全て読めるのですかな?」
ホウルダーからの質問に、セヴランは何を言われているのかと一瞬困惑するが、答えも特別変わったものはなく
「えぇ、一応は読めますが……それがどうかなさいましたか?」
「なんと!いや、確かに軽く目を通しただけなら……いえいえ、その本の文字は、一般に出回っているものとは違うものがありますので。全て分かるとすれば…………誰か、過去にこの国で文官を務めていた者か、あるいはそれなりの教養を持つ者にでも教育を受けたのでは、と思いましたのでな」
これが、文官の力なのか。セヴランが内心では感心さえ通り越し、称賛を述べたくなるような推察であった。確かに、ホウルダーの言うことは間違いではないだろう、セヴランにきちんとした文字等を教えたのはディルムンクであり、当時は特にセヴランは知らなかったが、今にして思えば相当な教育だったのだなと感謝をしていた。
そして、ホウルダーから話を聞くのだから、自分も何かは情報を言うべきだろうと考え、セヴランは素直に
「そうですね、私に教育をしてくださったのはディルムンク師匠ですので。それについても伺うつもりだったのですが、バーンズの前の将軍だったとか」
素直な言葉……その言葉を聞いたホウルダーは、自身の耳がおかしくなったのかとさえ思えた。けれど、確かにセヴランの口から、ディルムンクという言葉が聞こえたことを確認し
「あやつが……生きていたのか…………」
このフィオリス王国において、ディルムンクという名がどれ程偉大なのか。これまで、バーンズ達の反応も見たセヴランは、このホウルダーからの話で、英雄ディルムンクの話を知ることとなった…………
どうも、作者の蒼月です。
ホウ爺ことホウルダー、またしても優秀な人材ですよ。この世界、本当に優秀な人間は多いんですよね。追い込まれて実力が出るって感じなんですかね。
無能が多い時代もありましたが、書いててなんでこんなに優秀な連中が多いんだろうと、自分でも不思議に思うぐらいです(自分で作っておきながら)
さて、ディルムンクの名を聞くだけで多くの者が驚きますが、次はその理由なんかも含めた回になるかと。
では、次も読んで頂けると幸いです。




