第二百四十四話~理解を超える力~
吹き荒れる土煙の中、バウルは今度は飛ばされないように踏み留まり、奪われた視界の中で音を頼りに陣形を組み上げてゆく。
残ったのは、バウルとギーブを先頭に、五人の小隊員。また、モースとモースを運ぶ一人、重症を負っているジーン、そして三人を援護するために一人と、計四人が先に後退を急ぎ、元々少ない部隊を更に分けることとしていた。
咄嗟にバウルが迎撃の為に振り向いた為に、これまで後退を重ねるしかなかった他の小隊員も、それに続いて足を止めた。ただ、ここまで後退することを優先としてきたバウルが、唐突に迎撃する構えを見せたことには疑問があり
「バウル隊長、何故今度は迎撃の判断を?」
「あぁ、ありゃ逃げられる気がしねぇからな……分かるか?」
視界はまだ、土煙に奪われ先は見通せない。だが、バウルが視線を動かさず顎で示した方向から、質問を投げ掛けた兵も異常な殺気を感じ取った。言われるまで、彼らは気付かなかったが、それでも充分な気を感じ取り
「……こんな……あっていいのか……」
一人が感じ取った気の感覚は、他の者達にも似た感覚として伝わり、バウルが逃げ切れないと判断したのを納得出来る程であった。そこから感じる気は、イクスから感じたことのあるものと同じで、揃って嫌な予感はしていたが
「ヴァンセルトが何連れてきたかはおおよそ分かるが、全員構えとけよッ!」
バウルの掛け声で部隊が構える頃には、土煙も晴れ視界が回復し……
「ゴミが、しぶとく足掻くか……目障りでしかないな」
「貴様の思い通りに……人間が簡単にやられると思うなッ!」
バウル達が見たのは、剣を片手にヴァンセルトを見下すイクスの姿と……片膝を着き、剣を地面に突き立てて僅かに呼吸を乱しているヴァンセルトの姿であった。
「ヴァ、ヴァンセルトがッ!?」
「……イクスッ!」
あの圧倒的強者であるヴァンセルトが、イクスを前に膝を着いている。この事実が示すことは、自分達がこれまで以上に危険な状態に身を置かれているということであり
……ここはヴァンセルトを援護するしかねぇぞ。
バウルは心の内で、この状況を切り抜ける為に必要なヴァンセルトを助けると言い、伝わるかは分からないが視線を送る。ただ、流石にこの状況では、ギーブも同じことを考えていた。
ギーブはバウルの視線に気付くと頷き、慎重に、音を立てないように杖を構え、ヴァンセルトの援護をするための魔法の構築を無詠唱で開始し――――
「馬鹿が、余計なことはするなッ!」
ヴァンセルトが何をしているのだと、驚愕したような表情と共にギーブへと援護を拒否する言葉を放った。それが一体何故なのか……それを考えるよりも先に、ギーブの――いや、イクスを見ていた者達全員の視界から、イクスが姿を消した。そして同時、ギーブは自身の心臓が止まるような感覚を得る。それが、蛇に睨まれた蛙のようなものなのか、それとも別の要因があるのか、それは分からないが……
……駄目だ……これは……死ぬ……
何か確証がある訳ではない。それでも、ギーブは自らの死を覚悟する。自身の背後に、死そのものとも言えるソレがいるのだから……。この時が静止したかのような空間で、ソレはギーブに剣を向け
「この程度で恐怖するゴミが、覚悟もなく戦場に立つとはな……」
ギーブの首に、剣の刃を当てるソレ――ドスの効いた声で、イクスは語り駆ける。一体、どうやって瞬間的に移動したのか、そんなのを考えるのが馬鹿馬鹿しくなるギーブ。背後に立つイクスの威圧に、動くことなど出来ず――
「イクスゥゥゥッ!」
ギーブが殺されそうになる瞬間、イクスがギーブの首を斬り落とすより前に、バウルが反応してイクスへと飛び掛かる。これは、バウルがギーブと目を合わせていた為に、一瞬でギーブの背後に現れたイクスにも気付けたのだ。だからこそ、ギーブに剣を向けるその瞬間には反応し、考えるより先に飛び掛かったのだ。
まだ完全には習得も出来ず、体への負担も大きい身体強化。だが、それでもバウルに出し惜しみする余裕もなく、足の肉が割れる激痛を抱えつつ、最速でイクスに大剣を振り下ろす。また、そのバウルの動きを想定していた訳ではないが、いつでも動けるようにと構えていた他の者達も、全員がバウルより一歩遅れながらも爆発的な加速力でイクスに迫る。
たとえイクスが相手だとしても、一人相手にブラッドローズの全力を出して複数での同時包囲。これならば、最悪被害が出ようとも、ギーブを助けつつ、ヴァンセルトの援護になるとバウルは確信し――
「……目障りだ、失せろ」
聞こえてくるのは、イクスが小さく呟いた言葉であった。そして、何故かイクスとの迫った筈の距離が、少し遠退いたのだった。
……なんだ、これ?
バウルは疑問するが、状況が理解出来ない。不思議だった、何故か――――自身の腹に巨大な刺のようなものが貫通しているのだ。それに支えられるようにして、地上からも浮いている。そして、自身の周囲でも同じように、他の者達も血を流しながら刺に貫かれている。
その理解に掛かった時間は、ほんの僅かだった。でも、頭がそれを理解しようとしなかったのだ。自分達が、イクスに一瞬でやられたという事実を…………。そしてそれを、走馬灯のようにゆっくりとした時間から意識が戻り、現実を受け入れると共に、バウルらは口から大量の血を吐き、イクスを中心に血の池が作られたのだった…………
どうも、作者の蒼月です。
さて……なんかバウル達が超絶ピンチじゃないか(驚愕)
いやまあ、イクスと対峙して生き残ってるんでそれだけでも充分優秀なんですけどね……
まさかのヴァンセルトもイクスに遅れを取り、こうして追い込まれるバウル達。ギーブは動けない上に、バウル達は串刺し状態。ヴァンセルトも一対一では勝てず、引くしかない現状。こんな化け物に、どう頑張るのか……
では、次も読んで頂けると幸いです。




