第二百四十二話~消える灯火~
走る、駆け抜ける、疾走する。出せる速度の限界まで加速し、ブラッドローズは後退を重ねる。その速度から、そうとうな距離を一瞬で走り抜けているのは間違いないが、問題は敵もそれ以上の速度で追ってくることだ。
その足止めに、兵は死力を尽くしてはいる。しかし……
「くそぉぉぉ!!!こいつは俺がッ!」
「任せるぞ!俺はこっちの連中をッ!」
「次!右から二人ッ!正面、後退ッ!」
連続して迫る敵は強力ではあったが、部隊規模での連携は行わない。限界まで引き出した力を持ってして、単純な力でギーブ達を押さえ込もうとしていた。それは、今までのモースが全力を出せばギリギリ一人で複数を対処出来たことからも分かり、ギーブの指揮で連携を意識しての足止めへと移行していた。勿論、初めから連携は意識していた。だが、敵の動きが分からず、どのような行動をするか分からないうちは、ヴァンセルトが使うような広範囲を吹き飛ばす攻撃などを警戒し、集まって戦うことは出来なかった。
だが、なんとかかこまで持ちこたえてはいるが、ギーブが指揮に全力を出し効率的に敵を迎撃出来ているとは言えど、能力は敵の方が上である。また、ギーブ達はモースとバウルの援護をする必要があり、自由に動ける訳ではない。最早、彼らの迎撃には限界が来ており…………
「あ、がッ!……く、うがあぁぁぁぁ!!!」
迎撃をしていた一人の腕が……宙を舞った…………。強烈な激痛に兵の意識は飛び掛けるが、それでも宙に放たれた剣を左手で掴み直し、そのまま自身の右腕を吹き飛ばした者へと突き立てる。
「下がれ!全体下がれッ!――――ッ!」
余裕が無くなり、焦りから指揮も遅れが生まれる。そしてそこを狙うように、次々と敵が攻め入ってくるのだ。仲間への指示は、ギーブはなんとか行えていた。だが、周囲への指示に全力を注いでいた弊害として、ギーブは自身へと迫った攻撃への対処が遅れた。
「間に合わな――」
超高速で左右へと動く敵は、人間の目には捉えられず消えたように錯覚する。だが、ギーブらもそれに慣れる為の訓練は叩き込まれたが、それはまだ完璧ではない。それに集中していなかった為に見落とし、気が付いた時には目の前に迫っていたのだ。
敵も、ギーブの回避が間に合わないと判断しての攻撃への移行。どうにもならないと、ギーブは回避ではなく致命傷を避ける為に、体を捻り最後まで足掻こうとするが
「ギーブ隊長ォォォッ!!!!!」
痛みよりも先に、仲間から名を呼ばれ、ギーブは何が起きたのかと視線だけを横に向けた。そこには、一人の兵が間へと割り込む姿が……。それが何を意味するか、目の前からは敵の刃が向けられ
「何を――ッ!」
ギーブが止めることなど間に合う訳もなく、兵の腹部が貫かれた。ただ、それだけなら後ろのギーブも、同様に貫通し貫かれていただろう。だが、兵は攻撃を受ける寸前、自身の刃をぶつけ、敵の刃を若干ながら外側へと流していた。そんな一瞬の、小さな行いがギーブを助け、兵は血を吐きながらも、敵の首に自分の腕を絡めて拘束し
「残念……だったな……隊長達には、手は出させねぇッ!」
次の瞬間、その兵は魔法の詠唱を始めた。その術式は、ギーブの知識内にあるもので即座に検討がつき、同時にそれが、その兵が扱えるものではないとも理解し
「馬鹿ッ!何をやっているッ!その魔法はあなたには――――」
紡がれているのは、超級魔法に位置するエクスプラム・マキナ。広範囲爆発を生み、周囲を灰塵と化させる規格外の魔法。ただ、そんな超級魔法を個人で行使できる者は限られ、精々魔導師とされる者ぐらいだろう。これを、単なる魔法で身体強化を行うだけのブラッドローズの隊員が、一人で行って無事に済む訳がない。それだけの魔法には、それだけの魔力が流れる。周囲の大気に生きる精霊から魔力は借りる為に、膨大な魔力が術者へと流れ、扱いきれなければ死へ至る…………どころか、術式で封じれず暴発すれば、純粋な魔力が力となって放出される。そんなことになれば、彼どころかこの一帯も無事には済まず……
「まさかッ!?」
その兵が行おうとしているのが何かを、ギーブは理解する。そして、それを行えばこの現状に活路が見出だせるかもしれないことを。しかし、それは命を擲つということで
……馬鹿なことを!その犠牲を容認しろと言うのですか!
だがもう、詠唱が始められた故に、それを止めるにはもう遅い……。こうなった以上、ギーブに出来るのはその覚悟を無駄にしないことであり
「…………全体、迎撃中止ッ!全力をもって、この場から離れろッ!」
ギーブの指示に、小隊員達はバウルに続いて後退を急ぎ始める。おそらく、その視界にはこの仲間も見え、何をしているのかを理解したのだろう。どの者達も、表情には認めたくない、諦めたくないという気持ちが滲み出ていた。それでも、彼らは後退するしかない……ここで下がらなければ、この想いが無駄になるのだから……。
部隊の後退は、既に指示を出した。後は自分も後退するのみ……この一瞬の間の出来事でありながら、二人の空間は時が遅くなったようにも感じられた。それが最後のやり取りだからなのだろうか……ギーブは踵を返し、仲間へと背を向ける。その背に見せる、赤き薔薇の紋様に、小隊員は最後の言葉と笑い掛け
「隊長、この国を……民をお願いします……」
「…………必ずッ!」
ギーブは血に染まったように赤い薔薇に、ブラッドローズの名に掛けて仲間に約束する。たとえそれが、どれ程険しいことだろうと。そして、ギーブは仲間の意思に従い、その場を駆け去った…………。
「はぁ……案外、簡単なもんなんだな……」
その兵士は、敵を拘束したまま余裕の笑みで敵に笑い掛けた。その身はボロボロ、腹部の出血で意識は薄れ、拘束している敵も相当に抵抗する。だが、彼は身体強化の魔法を……リミッターを解除して、全ての力を出していた。そこまですれば、片腕でも簡単に人を抑え、敵を殺すのも容易だ。勿論、その代償として彼の体は悲鳴を上げている。あと少しの辛抱だと言うのに、肉が裂け、骨が砕け、体中から血が流れている。しかし、もう既に彼に痛覚は残されていない……右目も見えなくなり、音も失われ始めている。限界を超えた先の崩壊が、彼を包み込んでいたのだ……。だがそれでも、彼は良かった。ここまで、親を殺され孤児として、生きる目的もなにもかもを失っていた彼からすれば、力を得て、国の為に戦える。それだけでも、絶望的な生活から考えれば幸せだった。故に、こんな形での最後にはなったが、五年間共に苦楽を共にしたモースを守れることに誇りを感じ、彼はそれで充分だった…………。
「モース、姫様……楽しかったですよ……」
既に完成した術式が魔法陣となって光輝き、周囲を赤き光で包み込む。これで、全てが終わる……そんな中でも、兵は悔いはないと笑い
「地獄まで着いてきてもらうぜ……エクスプラム・マキナ」
その言葉が発せられると同時、彼の体は逆流した魔力により崩壊した……血が溢れ、命が終わる……そして、構築されていた術式も崩壊し、その地点を中心としてラグナント平原どこからでも見える程の巨大な爆発が、多くの敵を巻き込んで生まれたのだった…………
どうも、作者の蒼月です。
名前もない彼ですが、決してモブではない。死んだ者達も、その者にとっては主人公なのです。彼らの死を、決して無駄には出来ません……
さて、今回彼の行動により、ようやく脱出できたギーブ達。後は、拠点まで後退して本隊と合流できれば、活路も見えましょう。
また、今回は前々(多分、6話)とかの時点で語られていた魔法の暴発が行われました。人為的にこれを起こすのはそれなりに難しいですが、今回は使用した魔法が魔法ですので……
後、これを利用しての人間爆弾的なものは作戦には絶対に組み込みません。そんなことを軽々とするのは気分もよくないので……
そもそも、これも魔法の術式が作れるのが前提ですからね。できる人間も限られますし。
さて、脱出できた彼らは今後どうするのか、セヴラン達との合流までは後1日あるんですよねぇ
では、次も読んで頂けると幸いです。




