第二百三十五話~共に戦うべき敵~
空に増えていくイクスの姿。絶望と表現するには充分過ぎるが、ヴァンセルトとハインケルは屈することなく、二人共が即座に判断を下す。
「「撤退だッ!」」
同じ考えから、同じ言葉を口にする二人。一瞬その視線が交わるが、すぐにその言葉を実行する行動へと移った。
「了解しました」
ヴァンセルトの言葉を受け、その腰から出した小型の銃を片手に、空に弾丸を打ち出す。そして雲に覆われた空にたどり着くやいなや、その弾丸は三つの炸裂と音を生み出した。青き閃光を放つそれは、パラメキア全部隊へとある命令を下していた。
また、ハインケルらも同様であり、彼の隣にいるタリシアが、その手から見せた銀に光る物を……通信機を用い
「全軍前線より撤退、イクスの出現に伴い作戦行動を開始しなさい」
両軍共に指揮官からの判断が下り、本隊が衝突していた戦場では、その動きに変化が表れた。それまで、命を賭けて戦っていた敵を前に、武器を下ろして戦いを止めたのだ。
「青の閃光弾……それも三発、イクスが来たのか」
「急いでここを離れるぞッ!」
パラメキア軍は、空に上がった閃光を見るやいなや、すぐにそれがイクスの襲来を告げるものだと理解する。そこからは、広がっていた者達が各部隊単位で集結し、本陣へと向けて速やかな撤収を開始した。
「タリシア様からの命令だ、対イクス戦の用意だッ!」
「とっとと陣地まで後退するぞッ!」
レギブス軍もまた、パラメキア同様に本陣への撤退を開始する。しかし、その内容を示す言葉からは、単に逃げると言うよりも態勢を整える旨の発言があり、好戦的な姿勢は変わらずであった。
そんな違いはあれども、両軍共に後退を始める。それも、目の前の敵よりも、空に確認できる敵を注視して。
パラメキアもレギブスも、この時が訪れるのを理解していた。と言うより、この戦場において、この状況に対する対策を持っていないのはブラッドローズだけであった。いくらブラッドローズがこの戦場に立とうとも、まだ役を与えられた役者ではない。舞台裏から覗く、単なるイレギュラーしか過ぎないのだ……。そして、この世界と言う舞台の役者たるロイヤルガードと七極聖天という英雄達は、彼らからすれば悪の役者たるイクスと対峙し、戦う覚悟を示す。
「さぁ、飛んでないで降りてきたらどうだ?まさか、ゴミと見下す我らと戦うのが怖い訳でもあるまい」
「その傲慢な態度、俺達がしつけてやろう……」
ヴァンセルトとハインケルの、もとから話し合っていたのかと言いたい程、完璧に息の合ったイクスへの挑発。そして、他の者達も、誰も嫌な顔をすることもなく、互いに連携を取れる位置で武器を構える。
何故、今まで戦っていた彼らがここまで協力的なのか。何故、この協力が可能なら敵対をしているのか、状況に付いていけない中で、モース達は疑問を心の中に抱くのであった。
そんなモースらの心境など関係ないと、時間は刻々と流れて行く。百を越えるイクスの軍勢と、大陸の英雄達、そしてブラッドローズ達は、空と陸、見下す者と見上げる者達とで二分された。だが、イクスの中でも先頭の一体が、その光景に薄い笑みを見せると
「残念だが、今お前達をここで相手にしても意味がない。せっかくこれだけ餌があるんだ……使わなければ損、そうだよなぁ」
その粘りつくような陰湿な声。これまでのイクスとはまた違うそれに、ブラッドローズの面々は嫌悪感を生んでいた。ただ、その言葉の意味は、彼には分からない…………しかし、ヴァンセルトとハインケルは、その言葉の意味を、最悪の可能性に気付き
「貴様ぁぁぁッ!」
「殺してやるッ!」
二人は揃い、その憎悪の限りをイクスへと叫ぶ。ヴァンセルトは全力で剣を振るい、その大気を割る一撃を放つ。また、ハインケルは剣に雷を纏わせ、威力としては超級魔法に匹敵する雷撃放つ。
二人の攻撃は、真っ直ぐにイクスのその体へと向かう。尋常ならざる速度のそれは、イクスに回避する術などない。故に、イクスへと命中しその体は――――
「もう遅いッ!ィヒィヒィヒィヒャハハハハッ!」
悲鳴ですらない、その耳を食い千切り、脳を破壊するかのような金切り声。それはこの、ラグナント平原にいた者達全ての動きを止め、全員の行動を一瞬ながらも完全に停止させたのだ。そして、その一瞬こそが、イクスにとって最も必要な時間でもあった…………。
二人の攻撃を受けたイクスだったが、その肉体は消滅はした…………だが、それは爆発するように肉塊が吹き飛ぶものでなく、攻撃を受けた位置が霧散するように消えたのだ。そして、誰も動けないその一瞬で、それまで形作られていたイクスの体が崩壊し、全てが赤い光を内部に宿す、黒き煙になったのだ。
「……マズイな。ハインケル、お前達の部隊は」
「………黙っていろ、こっちは既に対イクス用の戦闘態勢に移行している。邪魔なお前達の部隊を下がらせておけ」
「残念だが、あれを倒すならこちらとて引きはしない。ただ、技量の低いお前達の部隊が乗っ取られたら面倒だからな」
「……そんな余裕を見せれるなら、とっとと下がれ。ここにお前がいても邪魔だ」
ヴァンセルトとハインケルの、まるで仲間かのようなやり取り。背を任せ、そこまで出来るのは信頼が成せる技だ。ならば、ますます彼らの戦う理由が分からない。しかし、今はそんなことを考えるよりも、逃げることを優先しなければならないと、モースは自身が指揮を任されているという責任感から、なんとか正気を保って思考していたのだった。
どうも、作者の蒼月です。
さてさて、進めば進むほど、仲がいいように思えるヴァンセルトとハインケル。一体、彼らは何故戦うのか。そして、何故イクスを前には共闘出来るのか。セヴランや、ここにいるモース達はまだ知らない彼らの目的…………
そして、またしても戦いを仕掛けてくるイクス。その考えを知り得ないモースらは、今はただ、何か情報を得てくる筈の仲間を信じて、生き延びるしかないのです。頑張ってほしい……
では、次も読んで頂けると幸いです。




