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氷結の騎士は民を背に  作者: 蒼月
第七章~始まりの地へと収束する運命~
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第百八十二話~託されし意志と希望~

 セヴランが、この喪失感を得るのは二度目であった。いや、まだディルムンクが死んだと決まった訳ではない。ソフィアも消滅と言い、死んだとは明言していない…………。

 けれども、理屈など無くとも、セヴランは何となく理解していたのだ。ディルムンクはもういないことを。あの場で、ディルムンクは死ぬつもりだったことを。


 ……俺がもし、イクスと戦えるだけの知識が、力があれば…………。


 セヴランは後悔の念に苛まれ、自らの心自身に責め立てられていた。しかし、セヴランを許す存在も無く、その負担は心に皹を入れさせる。


 ……あの時、俺がソフィアの鎖を引き離して、師匠に加勢さえ出来れば……いや、あそこには俺以外にも戦力はあった。前だって、ロイヤルガードがいれば足止めぐらいは出来た。それなら、どうにかなっかも知れない…………どうして、どうしてあの時ッ!


 どれだけ嘆こうと、決まった結果は変わらない。セヴランは、また失ったのだ。師匠を、自らを育ててくれた恩師を、血の繋がりこそないが、その家族を…………。

 それも二度目である。五年前は、戦う力が無かった故に…………今度は、戦う力が足りないと守られた故に…………。


 ……俺は、もうこんな想いはしたくなかったから、力を付けたんだ……師匠に拾われて、五年間もう失わないようにって、決めたんだ…………それなのに、どうしてこうなるッ!


 どれだけ後悔に苛まれようと、セヴランの心に甘い言葉を掛けてくれる者はいない。この問題は、既にセヴランの心に刻まれる運命となったのだ。

 逃れることの出来ない現実に、さらにソフィアが追い討ちを掛けるかのように言葉を重ねる。


「さぁセヴラン、私達には考える時間も、立ち止まる暇もないわ……立ち上がりなさい」


 ソフィアはセヴランへと手を差し伸べ、立ち上がるように促した。

 無論、今のセヴランにそんなゆとりは無かった。ディルムンクを失ったこと、自身がいまだ無力であることを突き付けられ、その心は疲弊し、本来持つ筈の生気さえ失い、立ち上がろうと思う気持ちの力すら失われていた…………。


「………………」


 立ち上がることも、手を取ろうともしないセヴラン。心は生と死の境をさ迷う姿に、ソフィアは足場のない空間を歩きセヴランへと詰め寄り――――セヴランの胸ぐらを掴み上げた。


「………………ッ!」


 ソフィアが覗き込んだセヴランの瞳には、色が失われていた。最早、そこに民を守ると誓った騎士の風貌は感じられない。絶望に呑まれる最中であり、ソフィアにとっては許しがたく




 ――――――パァンッ!――――――




 空間に、高い音が響く。細くとも、力強い音が。

 そこには、セヴランの頬を全力で叩いた《はたいた》ソフィアの姿があった。そして、頬を叩かれたセヴランは何事かと、赤くなる左頬を手で押さえて目を見開いた。

 セヴランが見れば、ソフィアの表情は必死に何かを堪えるようであった。そして、この状態で堪える事があるとすればディルムンクの事しかないと理解し、セヴランは自身以外の心に触れたことで僅かに意識を取り戻す。


「ディルムンクから想いを託されて、それを繋ぐかどうかは貴方の自由。誰も、貴方にこの運命を強制は出来ないもの…………けれど貴方には、守りたい人達が、そう決めた想いがあるのでしょッ!」


 ソフィアの、心へと突き刺さる言葉。それはセヴランの精神を抉り、傷を広げる。


「……俺は……守りたいと思ってるさ……けど、何も守れない……五年間と同じだ、結局無力なままなんだ…………」


 セヴランは、ソフィアの気持ちには応えれない。心が弱いことを再度認識した故に、やはり自信など打ち砕かれていた。

 しかし、それでもソフィアは諦めず


「だからどうしたって言うの!確かに、貴方には力が無かったかもしれない。大切に思う人を守れなかったかもしれない。――――けれど、彼は……ディルムンクは、決して守られるだけの存在ではなかったわッ!彼は、民を、国を、この世界を守りたいと戦ったわ。そして、その為に貴方達を守った。彼は、貴方のそんな絶望に打ちひしがれる姿を見たかった訳ではないわッ!」


「………………」


 ソフィアの叫びは、まだ微かに残るセヴランの希望を奮い起こさせる。しかし、それでもまだ足りない…………セヴランの絶望に呑まれる寸前の心には、最後の一押しが必要であった。

 だからソフィアは伝える、ディルムンクの想いを、セヴランへと。既に、それはセヴランの手の内なのだから…………。


「もし、貴方がもう逃げ出したいと言うのなら、それもいいわ。彼の最後の願いどおり、貴方を守り抜いてみせる……けれど、それならその握る剣は、ここに捨てていくことね…………」


「………………剣」


 ソフィアの言葉に、セヴランは自らの手に握られた剣を見た。ここまで、無意識に握っていたが故に深く考えなかった。だが、記憶を思い返せば、これは最後にディルムンクが投げた物であり、ディルムンクの愛用の長剣であった。そして、刃と鞘の間には紙が挟まれており


「……これは、師匠の……」


 紙を引き抜き広げて見れば、それは小さな手紙であった。


『セヴランよ、これを見る頃お前は自身の力に絶望して、立ち上がることを忘れようとしておるじゃろう。まあ、儂はそれを否定はせん――――じゃが、お前が儂と五年間修行をしたのは何故じゃ?人を守りたいと言い、飛び出したのは何故じゃ?そして、お前さんは軍に入ってから、多くの者を守ったのではないか?そこに、犠牲はあったじゃろう。しかし、皆誰かを守りたいと思って戦った者達じゃ、決して無駄死にではなかろう…………儂も同じじゃ、未来あるお前達に、この想いを託すだけじゃ。もし、お前がまだ誰かを守りたいと立ち上がるのなら、その武器が助けになるじゃろう。お前なら、この世界を守ってくれると信じておるぞ…………。

 追記・最後まで世話を掛けさせおる弟子じゃったわい』


 ディルムンクからの、たった一人に向けて書かれた手紙であった。そして、その手紙を書かれた相手であるセヴランは、その手紙に頬から伝った滴を溢していた。


「師匠……貴方は、勝手な人だ…………こんなことを書かれて、私が逃げ出す訳がないことを知っている癖に…………」


 ディルムンクには、感謝してもしきれない程の恩があった。ここまで、たとえ裏では利用される為だったとしても、セヴランを救ったこと。また、知識を、力を、生きる術を教えたのもディルムンクである。そう、ここまでセヴランが生きてこれたのは、間違いなくディルムンクがいたからなのである。そして、五年間の苦楽を共にし、唯一の弟子として生活したのだ。ディルムンクも、セヴランの性格を知って手紙を残したのだろう。

 セヴランは見せる涙と共に笑みを浮かべ、色の無かった瞳に光を宿した。


 ……そうですね、師匠。私は、力なき民を守ると誓った…………この力で希望を見せて、カーリー大将の意志を継ぎ、騎士とまで呼ばれた。ならば、それに応える必要が俺にはある…………それに、今も仲間が戦っているんだ。情報を集めて来いって送り出されたんだ、今更立ち止まっても意味はないんだ…………やりますよ、貴方の意志は無駄にしない。民を守る為に、世界だって守ってみせます。


 手紙を、そして剣を手に、セヴランは立ち上がる。絶望に負けそうであった心に今一度息を吹き掛け、希望を胸に顔を上げる。

 分からないことは多い。イクスのことも、終焉のことも、霧の先に待ち構える竜のことも、今のセヴランには分からないことばかりだ。それでも、立ち止まることは出来ない…………それに、これまでも歩んでこれたのだ。何も知らなくとも、仲間と共に。ならば、今更絶望しても仕方がない。これまでと同じように、仲間と共に戦うしかないのだから…………。


 セヴランは、こうして新しい覚悟を決める。これまでは個人の想いの為に。今度は、人の想いを無駄にしない為に。

 そして手に握る剣を腰へと装備し、覚悟の決めた瞳でソフィアを見据え


「ソフィア、さっきはすまなかった…………ありがとう」


 セヴランの覚悟が決まった事に安心したのか、それとも喜びなのか、ソフィアは笑みを浮かべながらも、やれやれと首を振り


「目上の相手に対しては、呼び捨てはどうかと思うけど……まあいいわ、好きに呼んで頂戴」


 ソフィアとも打ち解けれたことに、セヴランは少しばかり驚きつつも喜び、自身の今後を問う。


「助かる……それでソフィア、始めに空間転移と言ってたな。聞きたいことはまだまだあるが、俺達は今どこに向かっているんだ」


 セヴランの質問に、ソフィアは杖を自身の前へと掲げ、そして告げる。


「……現パラメキア帝国と軍事国家レギブス、そしてフィオリス王国の国境が交じる点…………貴方達の仲間が戦っている、ラグナント平原よ」


 ソフィアの杖が指した先に、光が射し込む。何も無かった闇の空間に穴が開けられ、そしてそこが目的だとセヴランは理解する。


 ……待ってろよ、バウル、ギーブ、モース、今すぐ戻る!


 自身の役目を、様々な問題を得つつも乗り越えたセヴラン。ようやく仲間の元へ戻れると、困難を乗り越えた心に安らぎの兆しが見えた気がしたのだ。これで、仲間という希望と共に戦えるのだと。




 しかし、セヴランを迎えたのは希望ではなく、新たなる絶望であった………………

どうも、作者の蒼月です。

今回、セヴランがなんとかディルムンクの死を、ただそれで終わらせずに立ち上がる回でした。勿論、もしこれまでにセヴランが喪失の体験をしていなければ、ここまで早い立ち上がりはおろか、完全に絶望へと堕ちることも考えられました。

しかし、レギブスとの国境線での戦いを経て、更にブラッドローズとしてここまで仲間を得て、セヴランの心は軍に入った当初より成長をしております。今回セヴランが立ち上がれたのは、これらの要因が重なった結果です。

これからも、セヴランの行く道は過酷なものです。ですが、それでもセヴランは、その度に誰かに支えられて絶望を乗り越えれるでしょう。


彼らの物語を、どうか見守って頂けたらと思います…………


では、次も読んで頂けると幸いです。

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