第百七十六話~己がすべきこと~
おもむろに立ち上がり、剣先をバーンズへと向けるディルムンク。細い目で見下すかの如く見据え、その温厚な表情の下には失望の念が現れていた。
しかし、それに対抗するようにバーンズも背の大剣を引き抜き、怒りに崩れた表情で牙を剥く。
「ディルムンク将軍……貴方さえ、貴方さえ国に残ってくれれば……国王をそれを望んでおられたッ!」
「あの時言ったじゃぞ、儂があそこにおっても何も変わらん。じゃから、お前を将軍の席につけ、儂が裏から指示したのじゃろうに」
「ならどうして……どうしてあの時に教えて下さらなかったッ!」
バーンズは感情に任せ、大剣を振りかぶりながらディルムンクへと距離を詰める。対して、ディルムンクも楽しそうに笑い
「何度も言っておろう、この世界を、終焉から守る為じゃ。その為なら儂は、恨まれようとも成すべきことを成す……それだけじゃ!」
それまでの、年老いた老人はそこにはいなかった。あるのは、鍛え上げられた肉体と、何者にも屈することのない強靭な覇気を漂わせる、英雄ディルムンクがあるのみ。
ディルムンクはそれまで身を包んでいたボロいマントを脱ぎ去り、剣を構えつつ叫ぶ
「さぁ来るがいい!お主らが今後挑む敵の強さを、儂の全力をもって教えてやろぞッ!」
バーンズとディルムンク、二人は互いの想いをぶつけるように、剣撃の火花を散らせ始めた。
バーンズとディルムンクが唐突に戦い始め、止めることも出来ずに
「おいおい、今度はバーンズかよ……これ、どうしてバーンズがああなったか分かるか?」
セヴランは、バーンズが抱え込む何か、それを知らないかとリーナに問う。しかし、リーナは首を横に振ると俯き
「ごめんなさい、私には分からないわ……キルやエメリィなら」
リーナもセヴラン同様、バーンズの考えは分からないとしょげる。だが、自分よりも日頃関わりが深い二人ならばと話し掛け
「置いていかれるのは、寂しいものでしょ…………」
先に言葉を返してきたのはエメリィであった。しかし、珍しく無表情であり、リーナとの会話だというのにいつもの明るさは見えなかった。エメリィの変わった様子、そしてこれまたよく分からない言葉セヴランは少し引っ掛かる点はあったが、エメリィに続いたキルの言葉に耳を傾けることとした。
「……バーンズは、俺達を集めるまでは一人で戦っていたと聞いている……多分だが、バーンズの精神はボロボロの筈だ。これまで、誰にも任せることもできず、一人で背負い込んでいた戦い。そのこれまでの感情が、こうして一気に溢れ出たんじゃないか……」
冷静な口調で、キルはこれまで伝えなかった事実の側面を語った。その内容に、セヴランはこれまでのバーンズからは考えられない印象を受け
……バーンズは、いつも明るく俺達を引っ張って、年長者として纏めてくれてた。だが、そんなバーンズ自身の話はこれまで聞いたことがなかった……いや、違う。バーンズだけじゃない、俺達は、これまで戦いに関してのことしか話してこなかった。だからキルのこともそうだ、それまで知らなかったんだ、知ろうとしなかったんだ。
キルの言葉から受けた印象は、セヴランの心にそれまでとは違う点に意識を向けさせた。そして気付かされる、ここまで進んできたセヴラン達が、互いの過去も理解し合わずに来たこと。そして、こうして互いにすれ違っていることに。
……そうだ、俺達が分かり合えていないのに、この戦争を止めれる訳がないじゃないか。この戦争も、結局はすれ違いなんだ。それを分かっていながら、俺達は何をしているんだ…………
セヴランの思考は、これまでにない程に冷静で、そして達観していた。正直なところ、これまでのセヴランなら単に、力なき民を守ると言いこの現状を理解しようとは考えなかっただろう。ただ、ソフィアに見せられたイクス、そして竜と英雄、彼らの記憶を見てセヴランの心境は変化していた。
……あのイクスでさえ、人を守ろうとしてた。そして、それは俺達も同じこと……なのに、同じ想いなのに、知ろうとしないからすれ違うんだな……
ここに来てから、ディルムンクとソフィアの謎を聞き出そうとし、キルもバーンズも、皆が互いに隠していた目的からバラバラな行動を取った。それまで、互いに知らなかった過去に振り回されていたのだ。これがもし、これまでに互いのことを深く知っていたならば、もう少し混乱もなかった筈である。そして、その事柄に協力することも出来たかもしれない。セヴランは、少しばかり成長したその心で、今の自分達がすれ違っていることを理解した。そして、互いに理解し合うことが必要なことも。
故に動くことを決める、今自分達が成すべきことをするために。
……この戦争を止める為に……まずは、バーンズ達を止めてみせるッ!
バーンズとディルムンクの二人は、全力でその剣を振るう。互いに懸けた想いを伝えるように、その刃に魂を込める。決して手は抜かず、引くという選択肢はそこに無かった。下手をすれば、どちらかが死ぬまで続ける勢いの戦い、そんなものに力で割り込んだところで解決はしない。よくて、精々その場しのぎである。
「ディルムンクッ!」
「その程度か、バーンズッ!」
二人の刃は、真っ直ぐに、互いの心臓へと向けられる。刃と刃が迫り、セヴランの技量では止まらない……止められない……。
だから、セヴランは選んだ
「二人とも……いい加減……落ち着いて、下さい……私達は、民を、世界を守る為に……供に戦う仲間じゃ、ないですか…………」
「――セヴランッ!」
「――――――ッ!」
掠れた、弱い声でセヴランは呼び掛ける。二人の想いを、刃を、その身に受けながら……。
二人の攻撃を止められない、ならばその身で受ければいい。そうして二人の間に割って入り、セヴランは体を貫かれたのだった…………
どうも、作者の蒼月です。
また体を痛め付けていくスタイルの主人公こと、セヴランでした。
この物語、あらすじにもかいてあるように人は変化をしていきます。セヴランの心境の変化は、そのうちの一つではないでしょうか。
そして、互いに隠してきた各々の過去。これまでは気にしなかったことも、人と分かり合おうとして、その難しさを実感させられたセヴラン。彼らは、今後仲間として分かり合うことはできるのでしょうか
では、次も読んで頂けると幸いです。




