第百七十四話~意思を継ぎし者~
七人の会話のみが響いていた静寂な洞窟に、セヴランが倒れる音が広がる。セヴランは、ソフィアに杖を向けられると同時に倒れた為に、リーナ達は警戒、そして畏怖の念から圧倒的な敵意を込めて睨み付けた。
倒れたセヴランを囲むリーナ達四人に睨まれ、ソフィアはやれやれとため息を吐きながら俯き
「ごめんなさい、今は時間がないの……」
ソフィアは倒れるセヴランに謝り、俯き暗くするその表情にはどこか儚い印象を受ける。それが何なのか、少なくともセヴランに害を与えようとしたものでないことだけは伝わり、リーナ達も気持ちを落ち着け
「ねぇ……貴方一体、今セヴランに何をしたのよ」
事実を知るため、リーナはソフィアへと質問を投げ掛ける。が、その声はいつもより小さく、微かながら震えも感じさせた。
セヴランが唐突に倒れた理由、それが分からない以上はリーナといえど恐怖は拭えず、イクス程とは言わずともソフィアにも似た恐ろしさを覚えるのだった。勿論、ソフィアにそんな敵対する意思がないことぐらい、ここまでくれば誰もが分かってはいる。しかし、頭での理解と本能的な感覚とはまた別物であるが故に、リーナ達の感覚もまた間違ったものではなかった。
そんなリーナの気持ちも察し、ソフィアは一度だけ頭を下げて頷き
「安心して頂戴、さっきも言ったように悪いようにはしないわ。ただ、セヴランには夢のようなものをを見てもらってるの」
「夢?」
「えぇ、そう……これまでに散った想いや、砕けてしまった希望の断片を……」
「希望の……断片……」
ソフィアが告げたその言葉に、リーナは不思議な感覚を覚え自らの手を注視し
「……なんでかしら、知らない筈なのに懐かしい感じがする…………」
リーナの心の内に、それまでにはなかった気持ちが、何かに対する懐かしさを得ていた。それが何なのかはリーナには分からないが、そんな不意な発言は周囲からしてみればおかしな様子であり
「お嬢、セヴランの代わりに頭でも打ったんですか?しっかりしてくれねぇと」
バーンズに心配の言葉を掛けられ、リーナ自身も何故そんな発言をしたのかが分からないと気を取り戻し
「……私、なんで今、懐かしいなんて言ったのかしら……」
リーナは自身の中に生まれた懐かしさ、そしてそれに対する疑問に、何とも言えない感情を抱く。そんな揺らぐ気持ちとなったリーナが端からどう見えているのか、本人には知るよしもないが…………
「お嬢!何やってやがるッ!」
「……姫ッ!」
「リーナちゃん駄目ッ!」
気が付くと、リーナの目の前には手から血を流すバーンズとキル、そしてエメリィが後ろから抱き締めていた。何故二人が血を流しているのか、そしてエメリィに抱きつかれているのか。それを理解するより先に、目にある光景が飛び込んできた。
「――――え?」
リーナの手には、剣が抜かれていた。細い刀身の愛用の長剣、その刃には血が滴り、リーナ達の足下に血の滴がヒタヒタと音を立てながら落ちていた。
剣を抜いた記憶などなく、リーナは思わず剣から手を放してしまい、カタンと金属の音を響かせながら地面に剣が落とされた。
「いってぇ……お嬢、いきなり何してやがるんだよ」
バーンズが苦悶、とまではいかなくとも表情を歪め、血の流れる手を押さえながらリーナにキツイ言葉で詰め寄る。だが、リーナには何が起きたのかが分からず、ただ呆然とし
「リーナちゃん、今自分の首を落とそうとしたのよ!」
背中から抱き締めていたエメリィがリーナに叫び、今リーナが自らの首に手を掛けようとしていたと説明する。そんな普段なら意味不明な発言に、この時ばかりはリーナも自分を信用出来ないというおかしな状況になり、自分の行動が恐ろしくなり
「私が……自分の首を…………なんでそんなこと…………」
リーナは自分の行動に自信を持てず、その心は脆いガラスが砕けるように悲鳴の音を立て
……私、ここに来てからどうかしてる……セヴランが色々理解してくのに、私は何も変わってない……セヴランが倒れてからこんなだし、どうしたらいいの…………ねぇ、セヴラン…………
リーナは、自身の足下に寝かされたセヴランにすがるように、その場にしゃがみ込んでしまった。普段のリーナならあり得ない姿、それにはバーンズ達もどうしていいか分からず言葉が詰まり、沈黙が始まろうとしていた。
「リーナ、貴方は悪くないわ。悪いとすれば、説明もなしに急いだ私の責任」
「………………?」
バーンズ達が言葉を掛けれない中リーナに話掛けたのは、この状況を理解しているであろう一人、ソフィアであった。ソフィアはリーナの前で同じようにしゃがみ込み
「まさか、貴方にもスフィナから記憶が流れるとは思ってなかったの。これは、私も想定外だったわ……怖い思いをさせてしまったわね、ごめんなさい……」
ソフィアは、倒れたセヴランに掛けたように、同じくリーナにも謝罪をした。みれば、やはりその表情は儚げな印象を受け、ますますソフィアの考えは分からなくなるものだった。
セヴランが倒れ、リーナが自らの首に剣を向ける。そんな異常事態が連続し、流石にこのまま話を放置をするという考えは、バーンズにはなかった。これまで、長い時間を過ごしたリーナ。そして他の面々よりは短いものの仲間として戦うセヴラン。その二人に何かをしたのがソフィアということは明白であり、何がなんでも問いたださなければならない。その強い覚悟の下で、バーンズはソフィアへ
「ソフィア殿……いい加減、隠し事はなしにしてもらえませんかねぇ……これ以上、俺様の仲間を傷つけるなら、容赦しねぇぞ…………」
ドスの効いた声に、刺さるような鋭さの視線がソフィアへと突き刺さる。最早、キルの時のような生易しい詰問はしないと、その覚悟の表れを剣の柄に手を当てて証明した。
ソフィアからしても、この期に及んでバーンズが駆け引きなどしてくるとも考えておらず、一言分かってると答え
「勿論教えるわ、わざわざその為に無理をさしてまでスフィナに干渉させたんですもの」
ソフィアはリーナにかざしていた手を離し、その場に立ち上がった。同時に下げていた顔を上げ、それまで暗かった表情とは打ってかわって凛とした表情で視線を合わし
「結論から言うわ、貴方達にディルムンクから送った手紙……あれに小細工をしたのは私。そこに書いていた竜の血を引く者、終焉に対する切り札……それは、過去の世界で私達と供に戦った記憶を、英雄達の意思を受け継いだ者――――セヴランのことよ。今したのは、セヴランにその記憶を見せたってこと。更に言うなら……私の予想を上回って、リーナもその素質があったってことね」
語られた真実、それは、個人で背負うにはあまりにも大きすぎる真実だった。それでも、仲間となら背負えるって思えたんだ。あの時の俺は…………。
どうも、作者の蒼月です。
さてさて、話が大きくなってきましたよ本編。あまり、風呂敷は広げすぎると畳めなくなるというのは理解しているので、そこに関してはご安心を。
以前にも何処かで書きましたが、この物語は四部のストーリーから成っています。勿論、それ一つで完結はするのですが、この話の大きさはそれ故です。可能なら、私の人生が終わるまでには全てを書きたいのですが、時間が足りるかどうか……
という訳で、英雄の意思を継いでいると言われたセヴランとリーナ。彼らが見た記憶とは、そして今後彼らが選ぶ選択とは……
では、次も読んで頂けると幸いです。




