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氷結の騎士は民を背に  作者: 蒼月
第七章~始まりの地へと収束する運命~
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第百七十三話~英雄達のスフィナ~

 漆黒の闇に囚われた視界、そこには音もなく静寂が残るのみ。そんな目の前さえ見えない空間で、セヴランは浮遊感に包まれていた。手足の感覚も無く、自分という形を感じ取れない。奇妙な体験に、不安を通り越して興味が沸き


 ……これ、俺死ぬのか?いやでも、ソフィアは悪いようにはしないって言ってたが。


 セヴランは自身の置かれている状況を理解しようと試みるが、出る結論は不明の一点だった。ただ、意識が途切れる前のソフィアとの会話から想像するに、セヴランはこれを一度は体験しているらしい。もちろん、セヴランはこんな事を体験して忘れる程記憶力が弱いつもりはなく、やはりこの出来事に覚えはなかった。


 ……というか、声も出ないな。ここは、意識しかない世界なのか?


 セヴランはやることもなく、ただ時間を潰すのは勿体ないと出来ることを探してみるが、手足、体の感覚を感じられず、声を出すことも叶わない。唯一セヴランに制御できるものがあるとすれば、それはこの思考のみであった。故に、仕方ないと、何が起きてもいいように心構えだけをしつつ、漆黒の奇妙な空間をさ迷うのであった。


 そしてそんなセヴランに、暫くの後に変化が訪れる。

 それは光……光であった。浮かんだ光は一筋の流れから瞬く間にセヴランの視界で広がり、それまでの闇とは正反対の真っ白な空間を作り出す。

 最早慣れた異常現象に、セヴランは次は何が起こるのかと慣れた感覚で構え


 ……さて、鬼が出るか邪が出るか……


 セヴランが意識の中で呟くと、視界の白い光景に変化が表れ……そこに映し出されたのは、一人の見覚えのある男の姿と、その男を囲むように倒れた死体の数々であった…………。


 ……酷い光景だな……けど、なんでだろうな、俺はこれを知ってる…………


 だが、セヴランは何故か知っているような気がした。それも、懐かしさを覚えるような感覚だ。焼け焦げた大地、そこに並ぶ死体達、空を覆う灰色の雲、大地を這う黒い障気、そのどれもが知りもしないのに、知っているのだった。何を言っているのか、セヴラン自身でも分からない。けれども、確かにこれを知っているのだった。

 そんなセヴランが謎の記憶を思い出す最中さなか、目の前の男は声を上げる。


「――何故だ!――――何故こうなるッ!」


 見れば、男は怒りを醸し出していた。その声音は震え、何かに対する憤りを感じさせる。それが何に対してなのか、それはセヴランには分からない。それも、その男が男なだけに、余計に想像しえない。

 その男は、闇を連想させる黒きローブ姿。頭までをフードで覆い隠し、鋭い瞳を宿す青年。その顔だけなら、セヴランの知り合いに該当する人物はいない。けれど、その姿には該当する人物が上がり


 ……イクス……なのか、あれは?


 ローブ等の姿は、アイゼンファルツ基地で見たイクスのものと同じであった。おそらく、その予想は正しいのであろう。青年にはイクスと重なる面影があり、ソフィアの発言を信じるのならばこれは、イクスの記憶ということになる。

 そんな検討をつけつつ、セヴランはイクスの言葉に耳を傾け


「こんなことならば、いっそ…………」


 イクスはその場で崩れ落ち、足下に倒れる骸の一つを抱き締めながら涙を流す。その涙は悔しさ、後悔の念が込められているのか、同じように感覚のない筈のセヴランも涙が流れたような気がした。


 ……イクスは、泣いているのか……あの時のイクスから感じたのは、もっと禍々しいものだったが。


 イクスの涙する姿は、普通の人間と変わらない。だが、それはセヴランが前に目にしたイクスの姿とは被さらず、正直混乱をした…………筈であった。

 イクスの様子は前とは全く違う。けれども、セヴランには何故かそれがイクスなのだと理解出来る。まるで、自分の中にイクスの感情が、記憶が存在するかのように。


 イクスは、骸を抱き締める腕に、手に、その言葉に力が込められ、自分自身へと怒りが向いていくのが伝わってくる。その怒りは、憤りは、やがて憎悪となり渦巻き、弱ったイクスに別の声が響いてきた。


「そうだ、憎め!全てを憎めばいい!その時こそ、お前はされて世界は有るべき虚無へと終息するッ!さぁ、殺せ、壊せ、憎め!全てを終わらせた虚無の中で、私と供に有るべき虚無へ帰るのだッ!」


 響いた声は男のもの。その男の声にイクスはもがくように苦しみ初め、怨念に囚われたように黒い歪みに包まれた。


「……ガアァァあアぁぁァッ!止めろッ!――私は……俺は……そんな事ぉぉおぉぉぉ!!!」


 悲痛な叫びを上げ、硝煙舞う黒い世界に絶望に落ちたイクスの最後の心の咆哮が響めく。




 殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ




 イクスの中に反響する怨念が、絶望が、セヴランの心の中へと入ってくる。その圧倒的な絶望に、セヴランの心には簡単に音を立てて崩れ


 ……これが、イクスの記憶!?一体……何て怨念なんだよ……これが、ソフィアの言っていたスフィナから流れてくる記憶ってやつなのか…………


 絶望に落ちるイクス感情が流れ、セヴランの心も同様絶望に染まる。しかし、そんな光景は再び白き光に包まれ、気が付くと別の光景に変化していた。


 ……くそっ、今度は何だよ。


 セヴランの視界に広がるのは、それまでの黒い世界ではない。地面と呼べるものが存在しない、足場が雲の空間。天からは神々しい光の柱が舞い込む、それまでとは打って変わった場所であった。雲が足場な時点で、既にその場がセヴランの常識では語れない空間であることを悟る。故に、今度は誰の記憶が流れてくるのかと身構えるが、そこに見えた姿は今度は人ですらなかった。


「人を滅ぼすなんて!そんな事私には……」


 響くは、透き通るような女性の声。どこか泣きそうな弱さを感じさせるその声は、先程のイクスとはまた別の雰囲気であった。

 だが、そんな人間の女性と変わらない声のする方向に見える姿は、翼を持ち、鱗に身を包まれ、人間の何倍もの巨体を持つ古の生物――ドラゴンであった。


 ……これが、伝説の竜……なのか…………


 勿論、セヴランにとって竜など見たことはない。おとぎ話として聞くだけで、それを竜と言い切れる確証など無かった。しかし、これも誰かの記憶なのだろう、セヴランには根拠など無くとも自信があった、それが竜であると。


「もう嫌ッ!こんなこと……無駄に死ぬだけの戦いなんて!」


 そして、その人の言葉で語る淡い緑が特徴の竜は、涙を流す訳でもないのに、その声から哀愁を、悲痛な悲しみ漂わせ、溢れさすのであった…………。


 その竜の記憶がどう繋がるのか、その意図を理解出来ないセヴランであったが、それを理解しようとするよりも先に、また別の光景が目に浮かんだ。


 ……次から次へと、一体どれだけの記憶を見せたら気が済むんだ。


 連続して流れる光景に、セヴランの気持ちは理解が追い付かない。だが不思議なことに、これだけ不可思議なことが起きてもその光景が何なのか、それは存在しない筈の記憶が流れてくることで理解事態は難しくなかった。

 そして、次に見えた光景は、それまでの常識外れな空間ではなく、青空と広がる草原という普通の光景であった。…………死体が並ぶ様と、空を竜が飛び交うこと以外は…………。


「確かに……人間は何度でも過ちを繰り返すかもしれない……だが!その度に俺達みたいな馬鹿が現れるさ!」


 声を発したのは若き青年。青年は血に濡れた剣を肩に担ぎつつ、対峙する竜へと言葉を向ける。伝説の竜と会話をしている等という、これまた常識外れな光景にセヴランは唖然とするが、問題はその対峙する竜の姿は見たことがある……と言うより、ついさっき見た竜そのものであった。


 ……あの竜、さっきの……ならこの様子は一体、というよりこの青年は。


 セヴランには理解出来ない。こんな光景を見ること事態、普通ならばあり得ない、理解出来る方がおかしいのだ。だが、これが誰かの記憶ということだけは分かっており、それはこの青年か竜の記憶の可能性が高いことは想像に難くなかった。

 そして、対峙する竜はその巨大な口を開き


「…………人間はいつでもそうやって口先では立派なものです…………ですが、私も馬鹿なのでしょうか、貴方達を信じたいと思うのです……」


 人と竜の会話。それがどんな意味を成すのか今のセヴランには理解出来ない。それでも、その竜の言葉には確かに優しさと慈愛に溢れており、聞いているような人類の敵には感じられなかった。

 ここまでの記憶をソフィアが見せてきた理由は分からない。それでも、これまでに謎であったイクスの過去と、これからの敵と言われた竜を見ることが叶い


 ……これが、言っていた竜の血を引くもの力って奴なのか。それに、こんな人の記憶が流れてくるなんて体験、普通ならあり得ないんだがな。


 セヴランは妙に落ち着いた気分になり、その光景に不安を覚えることはなかった。これが、他の者の記憶を見ているからなのか、その理由は分からなかったが、今のセヴランにそんな理由などどうでもよかった。ただ、これからの敵を知ることは叶い、そして、それを放置する訳にもいかないことは知り得た為に


 ……さぁ、もうそろそろ目覚める頃かな……なんで分かったんだ?いや、まぁいいか…………


 セヴランは、落ち着き払った心でこの時が終わると思い、その目を閉じた。そして予想通り視界は白い光に包まれ、深い意識の海から浮かび上がる感覚に包まれたのだった…………。

どうも、作者の蒼月です。

さてさて、今回は結構長くなってしまいました。ですが、だいぶ色々な謎が見えてきたかと。今回の話ですが、実は40話の時点で伏線が存在したものです。ようやく回収出来ましたが、これが何を示すかは次回に説明が入るかと。

さてさて、今回の話は次回と合わせて理解出来るものなので、今回はこの辺りで


では、次も読んで頂けると幸いです。

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