第百四十三話~原始の欠片~
一人の影……イクスを中心として、その周囲を七極聖天の七人、更にその他の正規兵達が囲うという厳重な体制で人の輪による戦場が完成した。
だが、圧倒的な物量でイクスを取り囲む七極聖天達ではあったが、イクスは天へと届きそうな程の目に見える黒き何かを自身の身に纏わせ、その様子はイクスが大量の兵士を圧倒するかのごとくであった。
「全員、あれに直接触れるなよ。命そのものを刈り取られる。魔法主体、聖獣を全面に押し立てて……潰せッ!」
『はッ!』
ハインケルは、イクスの黒き何かを見るなり、それがこの世ならざる力を持つものと理解し、一瞬にして部隊全体に攻撃指示を飛ばす。そして、そこからの部隊の動きにも迷いなく、文字通り一瞬にして動きは生まれた。
「我が血の盟約に従い、その力を貸せ……来い、聖獣よッ!」
ハインケルの叫び、そして七極聖天達の足元に出現した魔方陣が光輝き、そこからマリーンの聖獣同様の青白い炎で形成された様々な姿の生物達が現れた。
「おぉ、我らが七極聖天が誇る聖獣……ハインケル様達の本気だぞ!」
誰が言ったか、そんな言葉が示す通り、確かに七極聖天の本気であることは確かであった。
レギブス軍も、内部的には複数の指揮系統が存在する。そのうち、ここにいるのは精鋭中の精鋭である第一部隊である。だが、そんな彼らでさえ七極聖天の聖獣を見る機会は少ない。それを、たった一人相手に全てを使うというのは、異様な程であり驚きを隠せなかった。
だが、流石に精鋭部隊。イクスの存在を知っている者は少なかったが、七極聖天のハインケルの号令の下、即座に戦闘体制への移行。更に、自身達の実力を理解したうえで、数の優位性を得ているイクスに対しても攻勢ではなく後退と時間稼ぎを優先した辺り、レギブスの精鋭部隊の実力は高いものであった。その彼らを持ってして驚かせるこの総力戦、イクスの実力もまた……人間を越えるものという証明でもあった。
「さぁイクス……本体でないとはいえ、全力で殺させてもらう」
ハインケルの言葉とともに、出現した青白い炎の魔物達。その姿は、やはりどれもが伝説上の生き物とされるような魔物達ばかりであった。
マリーンが使役する聖獣、二足歩行の虎のような生き物。だが、その腕は胴部よりも太く、何か鱗とは違う鎧のようなものが特徴的であり、その腕から繰り出される破壊力はフィオリス襲撃の際に証明されていた。
それに並ぶライラとライルの聖獣、これは二人が持つ武器と同じ鎌を構える死神のようなものであった。過去に存在したとされる魔族特有の装飾を施したローブであり、更には二人の聖獣は瓜二つという変わったものであった。
更に並ぶゼノン、その聖獣は太い四足歩行の体と、人に近い上半身を組み合わせた人馬に近い見た目の獣であった。
それに並び、己の拳を使いたいといったオーガストは、その背後に巨大な翼を持つ、伝説上の不死鳥のような姿をしていた。
最後に、並び合うタリシアとハインケルの二人。タリシアが従えるは、人間に最も近い姿……だが、それは魔物ではなく、魔族より上位に位置すると考えられている、神々しい翼を持つ天使の姿であった。
そして、ハインケルの聖獣は……この世界において、神と同義とされる生命の頂点である存在。竜の姿をした存在であった。
これだけ、伝説上のものとされる姿を持つ聖獣達。おそらく、普通に生きていれば目にできない伝説の体現。その力を持ってして、ハインケル達はイクスへと牙を剥いた。
「総員……かかれッ!」
ハインケルの手が振り下ろされ、これを待っていたと構えていた全員が魔方の詠唱や、既に術式の構築を終えていた魔方の発動をした。
「ヘルファイア!」
「スプライトアロー!」
「ウイングドランス!」
「ストーンクラッシュ!」
「私の炎に焼かれて、その身を灰にでもしなさい。エクスプラム・マキナ」
イクスの周囲には、展開された魔方陣から放たれた魔方の数々によって、炎の渦、水の矢の雨、鋭い風の投愴、地面から突き出る岩の数々、そして魔導師マリーンの無詠唱にながら驚異的な破壊力を持つ爆発。その全てがイクスのいる場に集中し、爆煙によって戦場の中心は包まれた。
だが…………
「……ふ、その程度か?所詮、人間ごときが持てる力は、その程度か…………ふはははははは!!!!!!」
イクスは無傷であった。イクスの足元は円状に形を残し、その周囲は完全に深く抉れていた。魔法の嵐の火力は確かであった訳だが、それでもイクスは一切の傷を負っていなかったのだ。
その様子に、一部のイクスを知らない兵士は驚いている節があったが、それでも殆どの兵士はこの程度でイクスを倒せるとは思っていなかった為、イクスの言葉に反応する者はいない。
「黙っていろ……イクス」
代わりに、イクスへと言葉を返すのは、冷たい瞳で睨むハインケルであり…………それと同時に、爆音とともにイクスへと聖獣達の攻撃が連続して叩き込まれ始めた。
聖獣達は、拳による連撃、炎による攻撃、鎌の回転連撃……容赦なく、その跡形なく消滅さすための攻撃が、無慈悲なまでに行われた。
だが、それによって、何かが破壊できたかと言えば、それは大地ぐらいなものであった…………。
「……その力は、私がアレらに与えたものだ…………それが、私に効く訳がないだろう、この下等生物がぁぁぁぁ!!!!!」
攻撃を行った聖獣達は、イクスが腕を払う動きだけで吹き飛ばされるのであった…………。
どうも、作者の蒼月です。
いやぁ、今回は戦闘シーン中心かと思いましたが、思ったより説明が多くなりました。しかも、中途半端に戦闘を入れたので、次の戦闘シーンがどれだけあるかも微妙になってしまいました(これは予定外……)
やはり、きちんと文字数の管理が出来るように努力をしないといけませんね。
では、次も読んで頂けると幸いです。




