第百四十二話~七極聖天~
怯え、戦意を失うレギブスの兵を前に、その命を刈り取ろうと手のひらを握る瞬間、イクスは視界の端に青白い炎を見た。
「ほう……」
イクスは視線でその青白い炎が拳の形へと変わり、それが自身へと向けられていることは理解していた。だが、焦りを見せず、それを回避する姿も見せず…………
巨大な破壊音とともに、イクスは拳によって地面へと叩きつけられた。
倒れた松明の火が周りのものに燃え移り、イクスによって先見えぬ闇に変えられた夜営地はたちまち炎の海とかした。更には、そこに青白い炎の二足歩行の獣…………七極聖天の一人、マリーンの使役する聖獣が姿を現していた。
「やったかしら」
燃える炎の海をものともせず、自身の周囲を水の膜で包むマリーンは食いぎみに聖獣の攻撃が決まったかを確認しようとしていた。だが、その場にはマリーン以外にも影が複数現れた。
「あの威力なら、少しは期待したいが……」
マリーンに続いて現れたのは、額から左目にかけて大きな傷を持つ男。顔から若くはないのが分かるが、コートだけを羽織りはだけさせている胸元から覗く鍛え上げられた筋肉から、単なる兵士でないのも確かである。
「なんだ、もう終わりか?俺が殺すつっただろうが」
ほぼ同じくして姿を見せるは、上半身に何も身につけず拳をぶつけ合い物騒な発言をする若い男。その見た目は、正に格闘家であり、レギブスでは珍しい肉体派の人物であった。
「「あはは、もう終わっちゃった?残念、イクスをバラバラにしてみたかったのに」」
屈強な男二人が歩む姿の後ろから、小さな影二つとそれに付随する大きな影が現れた。それは、二人の子供であった。まだ年端もいかないような小さな子供…………しかし、男の子と女の子と言える子供だが、その手には自身よりも巨大な大鎌を構えていた。二人の子供は、無邪気そうに笑みを浮かべて鎌を回しながら遊んでいるのだった。
「もう皆さん、落ち着いて下さい。イクスの実力は知っているでしょうに」
「そうだ、こんな攻撃程度で落ちる訳はない。全員、気を引き締め直せ」
最後に現れたのは二人の男女。女は、戦場にいるのが似つかわしくないほどに優しさを秘めており、現れた全員をまとめる風であった。
そして、男の方は声からイクスが攻撃を受ける直前に言葉を放った主のものであり、その声音には黒きどす黒さが感じられた。
男女の二人とも若く、セヴラン達と変わらない年頃であった。だが、その二人ともセヴラン達のような若さを感じさせない立ち振舞いであり、レギブスという国で戦場を戦い抜いてきた兵士ということは確実であった。
マリーンを入れて計七人。若きから幅広い年の人間、関連性も普通ならないような面々。だが、その七人の姿に、炎の海の中であることを口にする者達がいた。
「あれは……七極聖天、それも全員が集まって」
「まさか、最高司令官……ハインケル様が!」
「こ、これならあの化け物に……」
「そうだ、最強のお方達だ。我々も加勢して、あの化け物を殺すぞッ!」
そう、ここに集まった七人。これは全てが七極聖天の肩書きを持ち、軍事国家レギブス最強と吟われパラメキアのロイヤルガードと対等に渡り合う英雄達であった。
そんな英雄達の出現に伴い、イクスによって戦意を奪われていたレギブスの正規兵士達も士気を取り戻してゆく。その士気は戦意へと生まれ変わり、内なる力は外へと溢れ、炎の海を更に覆うように、レギブス兵が生み出す熱気に炎の闇夜地は呑まれた。
仲間達が息を吹き返す様子に、七極聖天のリーダーにして、レギブス軍最高司令官である青年、ハインケルは剣を抜き
「所詮一般兵では、イクス相手に時間稼ぎも無理か。これ以上イクスの勝手はさせるつもりはない。全員、死んでもここであれを殺すつもりで戦え」
ハインケルは冷静に、そして冷徹な命令を仲間へと下す。だが、その命令を誰も反発することなく
「「あれを解体していいんでしょ?なら、本気でやるよ!」」
「やられっぱなしってのは気に食わねぇ、全力でやるぜッ!」
ハインケルの言葉に、双子の子供であるライラとライルの二人は鎌を構えて牙を剥き、格闘家風の青年であるオーガストは自身の拳でイクスを殺すという意気込みで構えていた。
「はぁ……面倒だが、俺達の邪魔をする奴らは殺す。それだけだ……」
上はコートだけを羽織る中年に近い男、ゼノンはそのコートの内には収まりきらないような両刃の大剣を取りだし、静かにこと構えた。
「もう、ここの男はどうしてこう血の気が多いのかしら。困ったものね」
「まあまあ、イクスを消すことは優先事項ですし、私達も援護しましょう」
女二人で、魔導師マリーンは杖を構え、その隣のハインケルと共に現れた女、タリシアも杖を構えるのであった。
七極聖天の七人全てに、更に他の無数の兵士達が構える中、イクスに拳を振り下ろしたマリーンの聖獣は拳を上げ、イクスの瞑れた姿が露になった。しかし、その瞑れた体は起き上がり、メキメキと音をたてながらその体を元の姿に戻してゆく。
「成る程、今日は本体じゃないのか。だが、それならば殺し易い。とっととやるぞ」
ハインケルの声に合わせ、イクスは周囲を完全にレギブス兵に囲まれ絶望的な状況に陥るが
「……矮小な虫風情が……この世を汚すゴミが……弱き人類が集まったところで、調子に乗るなああぁぁぁああぁ!!!!」
炎の海に、感情を見せないが、貯まっていた感情を吐き出すかのごとくイクスは叫び、自身の周囲に目に見える程の黒き力を溢れさした…………。
どうも、作者の蒼月です。
さてさて、今回は七極聖天全員の登場回となりました。そのせいで、ストーリー的には進行が全くなかった訳ですが……
次回は七極聖天とイクスの戦いになるかと思います。少し、セヴラン達から離れた視点での物語になりますが、ここら辺も重要なので……
では、次も読んで頂けると幸いです。




