もったいないよ!一ノ瀬くん!
私には悩みの種がある。
それは、同じクラスの一ノ瀬くんだ。
一ノ瀬くんは頭脳明晰、スポーツ万能だ。それに加えて料理もできる。家庭科の時間の調理実習は彼の班だけ料亭になっていた。
身長だって180㎝あるし、性格だって悪くない。家はお金持ちで父はIT企業の社長、母は女医だそうだ。
そして容姿は、ボサボサの髪に瓶底メガネ。
「もったいない!もったいないよ一ノ瀬くん!」
「え?」
放課後の教室、一ノ瀬くんと向かい合って座っていた私はそう叫んだ。
「どうしたの三上さん?ホッチキス留め代わってほしいの?」
「違うよ!ホッチキス留めは別に代わらなくてもいいよ!」
私と一ノ瀬くんは学級委員で、先生に頼まれて資料作りをしていた。
一ノ瀬くんが資料を折って端を整え、私がそれをホッチキスで留める。高1、高2と同じクラスで学級委員の私たちが培ってきた連携プレーである。
「私、ホッチキス留めしながら考えてたんだよ。どうして一ノ瀬くんは無駄に高スペックなくせにモテないのか。」
「あ、そこ留める場所左右反対だよ。」
「え、ごめん。って違う違う!私の話聞いてた?」
「聞いてた聞いてた。僕がどうしてモテないかでしょ。」
一ノ瀬くんは私に相槌を打つも、作業の手は休めない。
「一ノ瀬くんってハイスペックなのに、そのボサボサ頭と瓶底メガネが全てを台無しにしてると思うんだよね。」
「髪をセットするの面倒くさいんだよ。」
「…じゃあ瓶底メガネなのはコンタクトを目に入れるのが怖いから?」
「当たり、よく分かったね。」
ニッコリと一ノ瀬くんは笑う。瓶底メガネのせいで目が笑っているかどうかは分からないけど。
私は一ノ瀬くんの容姿に対する無頓着ぶりに、頭を抱えたくなった。
「一ノ瀬くんはモテたいと思わないの?」
「えー、別に。大勢にモテても好きな子に振り向いてもらえなかったら意味ないし。」
「そ、それは確かにそうだけど。」
確かに一ノ瀬くんの言う通りだ。
でも、私には納得できないことが多々あるんだよ。
「この前、加奈子に“一ノ瀬くんってどう思う?”って聞いたんだ。」
「二宮さんに?」
ちなみに加奈子とは私の友達である。
「そしたらなんて言ったと思う?“一ノ瀬くん?ああ、つくし食べてそうだよね。”って言ったんだよ!?」
「うーん、つくしは食べたことないなぁ。」
「注目するのはそこじゃないよ!」
何がどうなってクラスメイトに抱かれる印象が“つくし食べてそう”になるんだよ!
一ノ瀬くんはまったく気にした様子はない。
「ムカつくくらいハイスペックなくせに印象が野草だなんてもったいなすぎるよ…!」
もうモテなくてもいいからせめて印象を“つくし食べてそう”から形容詞にランクアップしてもらおう!?
私の思いが通じたのか、一ノ瀬くんは少し考えるそぶりを見せた後こう言った。
「三上さんがそこまで言うなら、ちょっとは頑張ってみようかな。」
「本当!?ありがとう一ノ瀬くん!」
もうあんな歯痒い思いはしなくていいんだ!
私は向かいに座る一ノ瀬くんの手を取り、ギュッと握った。ホッチキスと一緒に。
「で、具体的に何をすればいいの?」
「まずメガネ!そのメガネを外して!」
一ノ瀬くんのかけている眼鏡は、本当にレンズが分厚い。この憎き瓶底メガネさえ無ければ、きっとイケメンへの道は開けるはずに違いない。
いや、待てよ。もしかしたらドラ○もんの某メガネ少年のような“3”の可能性も…、
「これでいい?」
「すみませんでした。」
そこには、の○太君もビックリな超絶美少年がいました。はい。
とても目鼻立ちがハッキリしてとても端正なご尊顔です。“3”とか言って本当に申し訳ありません。
「三上さーん、戻ってきてー。」
「ハッ!」
どうやら一ノ瀬くんのご尊顔があまりに衝撃すぎて軽く違う世界へ行っていたようだ。
私は気を取り直して話を続ける。
「どうして瓶底メガネなんてかけてるの?いくらコンタクトが怖いからって、絶対素顔晒した方が色々と得するでしょ。」
「うーん、実は中学の時にさ…、」
突然一ノ瀬くんは暗い顔をした。
これはもしや、少女漫画や携帯小説でよくある暗い過去が…!?
「コンタクトつけたまま寝ちゃったんだよね。」
「めっちゃどうでもよかった!」
「2weekタイプのやつだったんだけど、洗うのが面倒でそのままにしてたら、気づいたら朝で…。」
「ズボラか!」
「あの張り付いて取れない感覚が今でも恐ろしくて…。それ以来コンタクトは付けてないんだ。」
そう言って、一ノ瀬くんは肩を抱き身震いした。
どうしてくれるんだよこの微妙な空気。私の意気込みを返せ。
「洗うのが面倒なら、1日使い捨てのやつにしたら?お値段は高くなっちゃうけど、私も1dayタイプのコンタクトだよ。」
「え、三上さんコンタクトだったの?」
「うん。目をよーく見たらレンズが入ってるの分かるよ。」
「どれどれ。」
一ノ瀬くんがズイッと顔を寄せてくる。
私もレンズが見えやすいようにカッ!と目を見開いた。
「近眼だからよく見えないなぁ。三上さん、もうちょっと顔近づけて。」
「早くしてよ。私ドライアイなんだから。」
グッと一ノ瀬くんの顔がより近くなる。見れば見るほど端正な顔してるなぁ…。
……いや、それにしても。
「一ノ瀬くん、ちょっと顔近すぎない?」
「僕、近眼だから。」
一ノ瀬くんの顔はもう目と鼻の先だ。
美少年の顔がこんなに近いと動悸がすごいことになるんですが。
「やっぱ一ノ瀬くん、顔近くn…、」
さすがにもう無理と、顔を離そうとした瞬間、唇に柔らかい何かが触れた。
そして、ゆっくりと離れる。
「……」
What?今何が起こった?
いったん状況を整理しよう。ええと、一ノ瀬くんは私のコンタクトレンズを見ようとして、そしたら私の口と一ノ瀬くんの口がごっつんこして、ゆっくり離れて…。
「三上さんって、隙だらけだよね。」
ギギギとブリキのように声の主の方へ顔を向けると、唇をペロリと舐め、それはそれは美しい笑みを浮かべていた。
「ねぇ、もう一回していい?」
その笑顔を浮かべたまま、ゆっくりと彼が近づいてきて…「させるかボケェ!!!」
ハッと正気に戻った私の鉄拳が、一ノ瀬くんのご尊顔にクリーンヒットした。
「痛いなぁ。」
「何してくれてんだこのスケベ野郎!私のファーストキスを奪いやがって!」
「三上さんのファーストキス貰えたの?やった」
「あげてないよ!ファーストキスはロマンチックな浜辺でって思ってたのに、何が悲しくてホッチキス持ちながらしないといけないんだよ!」
私の恋愛プランどうしてくれるんだ!
ファーストキスは俳優の大栗 旬似のイケメンとする予定だったんだぞ!
私が抗議の声をあげても、一ノ瀬くんはニコニコと無駄にムカつく綺麗な笑みを保ったままだ。さっき殴ったせいで頰は少し腫れてるけど。
「じゃあセカンドキスは浜辺だね。」
「セカンドもサードももうないよ馬鹿!」
一ノ瀬くんのスケベ!一生つくし食ってろ!
私は一ノ瀬くんをそう罵ると、ホッチキスを持ったまま教室を飛び出した。
「三上さん、やっぱり面白いなぁ…。」
と、残された一ノ瀬くんがニヤリと何かを企んだ笑みを浮かべていたことも知らずに。
ありがとうございました。