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講義録 二


 昨日より静かになった講義室で、雨蛙と友人蛙は今日も並んで座った。他の蛙たちは、特に隣り合うことなく、まばらに座って教授がくるのをぼーっと待っていた。



 予鈴がなってから五分ほど遅れて、講義室のドアが大きくガチャンと鳴った。教授は講義室にヌッと入ってくると、講義室の蛙達を一瞥してフンと鼻を鳴らし、



「おはよう諸君」と言った。



 そして、ドクターズバッグから講義の資料をドサドサ出し始めた。



 定刻を五分過ぎた時計をチラリとみた友人蛙は、「遅刻厳禁では……」と蚊の鳴くような声で雨蛙にささやいた。雨蛙は、友人蛙に苦笑いで返すと、ノートに「きっと、教授よりは先に講義室にいたまえってことさ」と書いて、友人蛙にわかるよう指差した。



 友人蛙は苦笑いをして軽く頷いた。



 用意が済んだ教授は、蛙達に適当にレジュメを配ると、教卓の椅子にドッカリと座り、蛙達がせっせとレジュメを配布するのを眺めていた。



 しばらくして、全員にレジュメが行き渡ったことを確認すると、ゆっくりと立ち上がり、黒板に大きく雑な字で「ニンゲンの種類」と書いた。



「さて、本日は見ての通り、ニンゲンの種類について講義していく。これは基礎中の基礎だが、最も重要なことだ。まず、配布したレジュメの一ページ目を見ろ」



 雨蛙と友人蛙は視線を落とし、じっとレジュメを見つめる。それを見た教授は、フシュウと一つ息を吐くと、教卓に両手をついて解説を始めた。



「先行研究に於いて、ニンゲンは基本的に我々蛙と同じということがわかっている。雌雄があり、年齢という概念を持つのだ。そして、ニンゲンは皮膚の色で概ね二種類に分けられる。



例えるなら、木の表面のような暗い色のニンゲンと、木の中身のような明るい色のニンゲンが存在する。我々が日頃見慣れているのは後者だな。最新の研究では、三種類存在するのでは? という論文が話題だ。というのも、明るい皮膚を持つニンゲンのうち、体毛が山吹の花のような色のニンゲンは、普通の明るい皮膚のニンゲンよりも皮膚の色がやや薄いのだ。



ただ、この三種類目は観測数が少ないため、まだ確証が得られていない。そのため、通説は二種類だ。まあ、皮膚の暗い個体も見分けやすいから確認されただけで、実際、ほとんどいないんだがな」



 雨蛙はレジュメに印刷された皮膚の色が暗いニンゲンの写真を初めて見て、驚いた。そもそも、森に住む雨蛙は、今までほとんどニンゲンというモノを見たことがなかったし、たまたま遭遇してしまったニンゲンも、皮膚の色は木の中身のような個体だった。



「ニンゲンに大小があるのは知っていたが、まさか、種類があるとはなあ……」友人蛙も頬杖を付きながら驚いている様子だった。



「そういえば、以前君に怪我を負わせたのは小さい個体だったよね。年齢の概念があるということは、僕らで言うオタマってことかな」雨蛙は声を潜めて友人蛙に話しかけた。



「うん。小さかったな。もっと言えば、大きな個体と一緒に小さな個体が居て、大きな個体はこちらに何もしてこなかった」



「だとすると、ニンゲンのオタマに遊び相手にされたってことだったのかも……」



「ぼくはそれで命を落としかけたんだから、勘弁してほしい話だね」



 雨蛙と友人蛙がひそひそ話をしていることに気づいた教授は、ギロリとこちらを睨んで、とても低い声で注意をしてきた。



「おい、そこの二匹。私語は慎めと言わなかったか?」



 二匹は肩をビクッとさせてから口をキュッと結び、苦笑いをした。



「……フン。まあいい。さて、続きだが……」鼻を鳴らすのは教授の癖のようだった。



「基本的には、木の中身の色をしている個体が多いことから、皮膚の色の濃い個体、薄い個体は、色素胞欠乏個体であると言えよう。


我々蛙にも、健康上の問題はないが、皮膚の色が通常のそれとは異なる奴がたまに居るだろう。例をあげると、アマガエルに於ける山吹色素胞欠乏個体のことだ。あれは実に鮮やかな空色だな」



 教授は立ち上がってチョークを持った。



「さて、ここまでのまとめだが、ニンゲンは大きく分けて二種類存在する。そして、雌雄が存在し、年齢の概念もある。ここまではいいな?」



 黒板に大きく雑な字で、「雌雄」「年齢」「二種類」と書くと、講義室の蛙たちを見回した。



 蛙たちはそれに答えるように無言で頷いた。



「では、次に、雌雄の見分け方とおおよその年齢の確認方法だが……。先日俺は、貴様等のそのレジュメに一生懸命手法を書いていた。長々とな」



 教授は手についたチョークを軽く払って、手を後ろに組み、黒板の前を歩き始めた。



「そこで、作業をしながら、ふとお茶を啜ったとき、『百聞は一見にしかず』という言葉を思い出した」



 教授はピタリと立ち止まって講義室内を見渡した。一瞬、教授と目のあった雨蛙はゾワリと嫌な予感がした。



「貴様らも、おおよそ察しはついているだろうが、これから実際にニンゲンを見に行く。そのための堀内校舎だからな。



俺が夜なべして一生懸命こしらえたレジュメは、家に帰ってからじっくり読め。じゃあ行くぞ。荷物をまとめろ」



 教授は椅子に戻り、ドッカリと座ると、荷物をまとめはじめた。時折こちらをチラリとみて、呆然としている学生たちに「さっさとまとめろ」と、あごで準備を促した。



 すると、前のほうの席に座っていた蛙が、少し震えながら挙手をして発言した。



「待ってください教授! これから実際にニンゲンを見に行くなんて、あまりにも危険です」



 教授は荷物をまとめる手を止めて答えた。



「ああ、そうだな。実に危険だ」



 前の席の蛙は、ガタリと立ち上がって、食い下がった。



「失礼を承知で申し上げますが、そう認識していらっしゃるなら、何故行くのです! 我々はまだニンゲンについて学び始めて二日目です! 遭遇した際の対処法も何一つ教えていただいておりません! そんな状態でニンゲンを観察に行っては、全滅の危険さえあります!」



「愚問だ。貴様はニンゲンを研究すると心に決めたのだろう? ニンゲン学は、貴様等学部生のしょうもないレポートでも、出来次第では、新たな通説となることもある。


そのくらい、恐怖によって研究が避けられてきた学問なのだ。だからこそ、我々は率先してこの眼で見て学ばなければならぬ。


ニンゲン学はどんなに難しい研究書を理解したところで、実践ではこれっぽっちも役に立たん! 貴様等は、スポーツを座学で学んで、プロと全く同じ動きが出来るか? 出来ないだろう。そういうことだ」



 少し不機嫌そうに眉間にしわを寄せて、教授は続けた。



「次に対処法についてだが、もちろん、俺だってニンゲン研究のド素人を丸腰でニンゲンの生息地にブチ込むなんてことはしない。全員分の用意はある。安心しろ。



もし観察中に危険が生じそうになったら、さっさと撤退することも約束する。だが、それでも嫌だというのなら、ほれ、転科届けだ。くれてやる」



 教授は前の席の蛙に見えやすいよう、転科届けをヒラヒラとさせ、教卓の上においた。前の席の蛙は、しばらく俯いていたが、転科届けは手にせず、せっせと外に出る準備を始めた。



「行きます」



しっかりと鞄を背負った前の席の蛙は、じっと教授を見つめた。



「フン。よろしい。貴様等、全員準備は整ったか? ではこれからニンゲン観察に向かう。俺についてこい」



教授がガチャリとドアを開け、講義室から出ると、室内の蛙も続いて出て行った。雨蛙と友人蛙は、一度だけ顔を見合わせると、互いに苦笑いをし、教授の後を追った。



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