ニンゲン学科
一
窓から柔らかい日差しが入る。雨蛙は布団に包まったまましばらくモゾモゾしていたが、ヒュウッと一つため息をつくとゆっくり起き上がった。そのまま窓を開け、優しい春の香りをスンと嗅ぐ。朝の風は、寝ぼけている雨蛙に誰よりも優しかった。
五分ほどして、雨蛙はまだ眠そうな顔で掛け時計をチラリと見た。何かを思い出した雨蛙は、少し変な顔をしてから、すばやく身支度を整えた。慌てて背負った鞄がギシッと唸る。その音に雨蛙は、じんわりと心躍った。
雨蛙はドアの鍵をしっかりと閉めると、目をしょぼしょぼさせながらゆっくりと歩き出した。
今日は待ちに待ったフロギスト大学の講義初日だ。雨蛙は昨年の冬眠前に、友人蛙と一緒に入学申請を済ませていた。学部は二匹とも防敵学部を選んだ。学科も揃ってニンゲン学科にしたのには、以前友人蛙がニンゲンに襲われ、命を脅かす大怪我を負ったためであった。
池立フロギスト大学。この大学は、蛙界における最高学府である。蛙の、蛙による、蛙のための大学であり、医学、建築学、食料学、防敵学の他にも、文学、哲学、数学、芸術学など、さまざまな学部が存在する。
このフロギスト大学では、日夜、蛙進歩のための不断の研究が行われており、常に最新の研究が惜しみなく行われる。各学部の研究室では、物好きな蛙たちが、ケリョケリョキイキイ言いながら、各々の研究に明け暮れている。
この大学には多くの学部が存在するが、その中でも一番人気なのが防敵学部だ。自らの生命維持に直結するため、講義には他の学部の学生蛙も多く聴講に訪れる。他の学部の学生蛙による聴講は、もはや慣習化しており、「防敵学部の講義は床が見えない」と言われるほどである。
そんなフロギスト大学防敵学部には、異端と評され、学ぶことすら恐れられる、ニンゲン学科という学科が存在する。防敵学部に入る新入生は、フロギスト大学の新入生の半分を占めるが、ニンゲン学科に籍を置く新入生はたったの二〇匹。フロギスト大学の新入生一二〇〇匹に対しての二〇匹であるから、その少なさはこれ以上言うまでもない。
雨蛙が堀内校舎に着き、石造りの正門をくぐると、右奥に講義棟が見えた。ようやく目が覚めてきたのか、雨蛙はカバンに入れたどんぐりクッキーをバキリとかじる。朝食をとりながら、雨蛙は「正直、堀内校舎って遠すぎるよなあ……なんでここだけ遠いのかなあ……」などと、ブツブツ独り言を言い、講義棟へ向かった。