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落ち着いたところで、ひとまず二人は世の中にある性転換の事例を調べてみることにした。
自分たちが知らないだけで、世界のどこかには男性が女性になったという症例があるかもしれないからだ。もしかしたらトシアキが元に戻る手がかりが見つかる可能性もある。
調べ物にはハヤトの私物のパソコンを使った。ハヤトは机の上のそれとしばらくにらめっこしていたが、やがて残念そうな顔でこちらを向いた。
「うーん。お手上げだな。それっぽいワードでいくつか検索かけてみたけど、ろくな記事にヒットしない。性転換手術とか、フィクションの話ばっか」
「そうか。やっぱり名のある病気って訳じゃなさそうだな」
ハヤトの報告を聞いてトシアキは肩を落とした。
「性別が変わる病気も全くないわけじゃないみたいだよ。ただ、トシみたいに一晩でぽんと変わった事例はちょっと見当たらないな。少なくともネットに掲載されているような病気ではないだろうな」
自分の身に起こった現象が既知の病気であれば、病院に駆け込んで何とかしてもらうことが出来たかもしれない。何かしらの類例を期待していたのだが、どうやらそのような病はなさそうだった。これでは医者に相談したところで相手にしてもらえないだろう。ややもすれば性同一性障害と誤解されかねない。
「ホルモンバランスの異常だかなんかで、身体の一部が異性化したって話ならあるけど、トシの場合はそういう次元じゃないもんねえ」
「一晩でまるまる変わっちまったからなあ・・・。まだ慣れん」
腕を左右に広げて視線を落とす。以前よりも細くなり、生えている毛も薄くなっている。とてもじゃないが自分の腕だとは思えない。
「ほんと別人だよなあ。ま、俺として今の姿のほうが好きだけどね。かわいいし、巨乳だし」
「うるせぇ。こっちは好きでなったんじゃねえや」
実はこの姿自体は結構気に入っているのだが、そんなことは言えるはずがない。
「さっきも思ったけど、かなり胸でかいよな。エロすぎ」
ハヤトは品定めをするようにトシアキを眺めた。シャツを着ているが、その下には何も身につけていないので胸部だけが盛り上がっている。
「これで顔がもっと大人びてたらドストライクだったんだけども」
「うわ、やめろよ気色悪い」
友人のセクハラ発言にトシアキは割と本気で引いた。しかし、直前に自分も似たようなことを思ったのであまり非難できなかった。
「冗談だよ、冗談。あ、変わったといえばさ、やっぱアレもなくなってんの?」
そう言って彼は視線を下ろした。その先にあるのはトシアキのトランクスだ。
トシアキはすぐその意味に気づいた。
「ああ。そりゃあもうつんつるてんよ。影も形もありゃしねえ」
先ほどパンツの中を覗いたときに受けた衝撃を思い出していた。あれはショックだった。
「せめてチンコだけでも生えててくれてたらまだマシだったのに」
「顔と身体は女で、股間だけ男のままってのもどうかと思うけど・・・。あとその姿でチンコって言うのやめて」
「まあ、別にチンコに限った話じゃないんだが、どこかしらに男らしさというか、元の俺らしさを残して欲しかったんだよな。そうすれば、まだ納得がいくというか。あーでもやっぱチンコないと落ち着かないわ」
「はは・・・」ハヤトは何故か苦笑いを浮かべている。
「こうやって、股を閉じたときになんか空虚なんだよ」
「そうなんだ・・・。ってわざわざ実演しなくていいって」
「そうか? じゃあ戻すか。まあこんな感じで、いちいち違和感があって気になるんだ」
「でもさあ、もうほとんど女なんでしょ?」ハヤトは言った。「それなら、いっそのことこれからは女として生きていけばいいんじゃない。 自分からボロ出さなきゃまずバレないんだし、いけるでしょ」
その提案をトシアキは即座に否定した。
「馬鹿言うなよ。そんなオカマみたいな真似できるかよ」
「もう女なんだからオカマじゃないやん?」
「そういうことじゃねーよ。気分の問題だっての」
「女装だと思えばいけるって。あれだ、歌舞伎の女形みたいな。ていうか、ああいう人たちって演じてるうちに普段の仕草まで女っぽくなったりしないのかな」
「知るかい」
「まあでも、オカマうんぬんは置いといて、これからもいちいち説明して回のもめんどくさいじゃん。だから多少は開き直っちゃった方が早い気もするけどな」ここでハヤトは少し真剣な口調になって続けた。「今のトシは、なぜそうなったかも、元に戻れる算段もまるで立ってないんだぜ。それなら、その肉体に適応した方が過ごしやすいだろ」
もっともな言葉だった。確かに、この身体が男に戻れる保証は全くない。原因がわからない以上、むしろ戻れない可能性のほうが高い。想像したくはないが、このままの姿で一生を終えるかもしれないのだ。それならば、無理に男らしく通すよりは現実を受け入れた方がいくらか楽だろう。しかし、
「そんな簡単に割り切れるもんじゃないって」
男性として、これまで16年間育んできた価値観を捨て去る気にはなれなかった。自分は物事を簡単に切り替えられるような器用な人間ではないのだ。
ハヤトもこの答えは予想していたらしかった。
「そう言うと思ってたよ。言葉が悪かったかもな。別に、今すぐ女として生きろってわけじゃなくて、悪目立ちしない程度に振る舞いを正してみたらってことよ。ほら、この部屋に入って来た時もそうだったろ。ああいう感じで過ごしてると、変に注目を集めるから」
「ああ・・・そういうことか。確かにそうかも」
男と同じ感覚で動くのは危険ということを、トシアキは既に身をもって体験している。
確かにそこは意識して改めなければいけないと思った。
「すぐに直すのは難しいだろうから、徐々に変えていけばいいよ。そのうち自然と女の子っぽくなっていくさ」
「ならなくていいから・・・。まあ気をつけてみるよ」
自分の肉体を改めて見つめ直す。
見慣れない異性の身体。
これから上手に付き合っていけるのか心配だった。
「それじゃあ、俺はそろそろ部活行ってくるよ」
ハヤトは立ち上がって言った。
「夕方には帰ってくるから、あ、そうだ。出迎えは裸エプロンでよろしく!」
「あのさぁ・・・」
調子のいい軽口を叩いて彼は部屋から出て行った。
その姿を見送りながら、トシアキはぼんやりとこれからのことを考えていた。