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トシアキはこれまでのいきさつを簡単に説明した。いきさつといっても、起床したら性別が変わっていた、というだけのことだが。
喋っていて、彼は自分が女声になっていることにようやく気がついた。なんだか声に出した言葉が別人のような気がして戸惑った。
話している間、ハヤトはしきりに感心したり驚いたりいた。
「ふーん。なるほどなあ。目が覚めたら、いつの間にか女になっていたと。そんで、原因はまったくの不明。そりゃまたなんていうか・・・すげー話だな」
説明が終わると、ハヤトは抑揚のついた声で言った。口ぶりから、まだ完全に信用しているわけではなさそうだった。しかし、この若い青年は、友人の身に起きた荒唐無稽な顛末について真摯に聞き入れてくれているようだ。
「ああ、普通は信じられないよな。俺も初めは夢かと思ったよ」
「じっさい夢みたいな話だよ」ハヤトは頷いて言った。「まるでファンタジーだ。ほら、どっかの外国の文学でさ、目覚めたら気色の悪い蟲になってたって物語があるじゃん。それ思い出した」
「そりゃぞっとしねえ話だな・・・」
さすがに蟲よりは人間のほうがよっぽどマシだ。
「俺もお前と仲良くなってそれなりに経つけど、流石に人外になられたらわからんだろうなあ。人間でよかったよ」
ハヤトは冗談っぽく言って笑う。
その笑顔を見て少し気持ちが和らいだ。
「そりゃそうだが」
「そうそう。人は会話できるしね。こうやってしゃべってるとやっぱりトシだってわかるよ。でも、まだどっか引っかかるとこがあるんだよね」
引っかかり。
話としては理解できても、常識的な思考が邪魔をして鵜呑みにはできないということだろうか。
ここは何か物証でも見せられればいいのだが、ぱっと思いつくものがない。
「うーん、まだ信用してもらえてないんだな・・・」
「まあ、半信半疑ってのが正直なところかな。実は、今ここにいる子は彼女で、本物のトシはどこかに隠れてたり・・・とかそんなことはないか?」
「それはない。そんなことをして俺に何の得があるんだよ。だいたい、俺に彼女がいると思うか?」
自分で言っておいて少し悲しくなってきた。
しかも、ハヤトが納得したような顔で「確かに」とわざとらしく頷いたのでさらに悲しくなった。
「まあそれは置いといて、・・・そうだなあ、じゃあ俺とお前しか知らないようなことを話せば少しは証拠になるか」
言いながら、我ながら妙案だと思った。
共有した記憶なら、モノとして存在しなくとも立派な証拠になりうるはずだ。
「お、それいいな!」ハヤトも乗ってくる。
「よし。んじゃ話すけど、まずは最近の話からかな。先月の終わりごろ、俺が風呂上がりで部屋に戻ってきたときのことだ。何げなくドアを開けてみたら、腰にタオル巻いたお前が布団の上で――」
トシアキは些細なことから記憶に残る出来事まで思いつくままに喋った。なんせ入学時から1年以上ルームメイトとして過ごしてきていたので、そういうネタには事欠かない。
「――それでさあ、あの時俺が」
「あー、もういいって!」
4つか5つくらいのネタを披露したところで、ハヤトから制止がかかった。
いい案を思いついた興奮でつい喋りすぎてしまったようだ。
「もう十分だよ! そのマシンガントークは相変わらずなのね・・・。でも、そこまで細かく知ってるとなると、さすがに他人って気はしてこないな」
どうやら今度こそ、トシアキが本物であると信じてくれたようだ。
トシアキは胸をなでおろした。
「やっとわかってくれたか! いやあ、お前なら信じてくれると思ってた」
「それほどでもない。伊達にルームメイトやっちゃいないよ。それにさ、よく考えてみりゃ、こんな男しかいないところですっぱの女がうろついてるわけないもんな!」
「すっぱじゃねえよ! 下履いてたろ!」
「似たようなもんだろー? あははは」
「うるせぇ」
おかしく笑う親友を見て、トシアキはどうしてか地に足が付いたような安心感を覚えた。ともすれば独りになりかねない状況の中で、こうして情報を共有してくれる人がいるのは心強いものだ。気の置けない友人の存在に心から感謝した。