消滅
ああ、なんてことだろう。
風が吹き木々が鳴く。たくさんあった空の雲はこの風でゆっくりと去りゆくだろう。その空の下、庭の真ん中、湿った芝生の上を少年が立っている。
アイツの姿が見えない。右も左も上も下も。どこへ行ったのだろうか。
アイツは自分のことを「気まぐれ」と名乗ったのだから ぼくに付いて来るのも気まぐれ。付いて来ないのも気まぐれ。勝手にどこかへ行ってしまうのも気まぐれだったようだ。
ビチャ!
と、後ろで芝生を踏む音がした。
「どした?ガキ。そんな顔して。もしかしてオレが居なくなったのが、そーんなに残念だったのか?やっぱりお前は面白い。」
長身の黒服は、顔を手で覆ってクスクスと笑った。
「どこ行ってたんだ?!」
少年トモルは、その様子が気に食わなかったらしく強めの口調で言葉を投げた。
「どこへ行こうと勝手だろ。お前は言ったよな。『日曜だからって子どもに付いて行っていい法律なんかない。』だから付いて行かなきゃいけない法律もない。口には気を付けろ。災いを呼ぶ。」
黒服の魔法使いは、今度は前屈みになって説教するように指を立ててトモルに返した。
「そうだな。」
トモルは目を逸らして言った。
「それで、どうした?なんの用だ?」
腕を組んで魔法使いが尋ねる。
「20分だけ、時間を戻して欲しい。」
トモルが答えるとすぐに
「ムリだ。それはムリだ。」
と魔法使いは首を振りながら答えた。
「どうして?あんなに簡単に時間を戻せたじゃないか。72時間以上も。それなのになんで20分くらいが出来なくなるのさ?」
トモルは詰め寄って理由を尋ねる。
「あの呪文は一回きりだ。『One more Sunday!!』つまり『日曜日をもう一度』と言ったからには、この日曜日は この一回きりしか出来ない。」
そう言って魔法使いは欠伸した。
「なんだって?そんなの聞いてないぞ。」
子どもらしく子どもっぽくトモルは言った。
「ああそうだ。言ってもないからな。当たり前だ。当たり前。『もう一度』と言ったくせに後になって また『もう一度』なんてワガママにも程がある。やっぱりガキだな。お前。」
魔法使いはトモルを見下ろしてそう言った。
「ガキって言うなっ!」
トモルは、今日になって何回も言ったセリフをまた言うことになった。
「そっちこそ魔法使いを便利屋 呼ばわりするんじゃねぇ。こっちだって魔法 使ったら疲れんだ。少し消えるからガキもガキらしく勝手にしてろ。それじゃな。」
パッ!
と音を立てて魔法使いは文字通り消えてしまった。
頼りにしてなかったけれど、ここまでとは。トモルは勝手にそう思った。