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第八話 車庫

重い音と共にシャッターが引き上げられると、それまで闇の中にあった車庫の内部が露わになった。

同時に風が雪と共に舞い込み、塵や紙、細かい布を宙に舞い上げる。室内の状況をあまり変えないように、ある程度隙間を作るとそこから体を低くして這いずり込む。

シャッターが電気式ではなく手動だったのは不幸中の幸いだったな。

スイッチを入れると二三度瞬いて明かりが点いた。三つ並んだ蛍光灯の真ん中がやけに瞬いて、目がチカチカする。

シャッターは三つ並んでおり、俺が引き上げたのは右端のシャッター。シャッターはそれぞれ支柱で区切られていて、どれか一つ開ければ車を外に出せるようになっている。

車庫内には車が五台置けるようになっていて、シャッター一つにつき二台が割り当てられている。シャッター側から見て右の端は様々な物が置かれている。まあ物置みたいになっているわけだ。ただ現在置かれている車は一台だけ、誰が乗ってきたのかごつい紺色の4WDが止まっているだけだ。

いかに4WDとはいえ、この吹雪の中に乗り出すのは自殺行為なので、これに乗って脱出という選択肢は封じられている。

以前ホテルがあったにも拘らず五台しか止めれないわけは、客用の駐車場は別になっているからである。

この車庫を出て真っ直ぐ進むと一片100m四方の正方形型の平地がある。そこをホテルは駐車場として使っていたらしい。開業当時は舗装されていたが、現在はそれも剥がされ普通の地面として周囲の自然と調和している。もっとも今現在は雪の下に埋もれているので、アスファルトだろうが地面だろうが関係ないけれど。

駐車場を越えさらに進むと、地面はゆっくりとスロープを始める。スロープは徐々に角度を増していき、やがて人の手の入っていない部分と一体化して、自然の山へと帰っていく。

その駐車場からの景色は素晴らしい……らしい。『藤城和也』自身は見た事がないのだが、春には見渡す限りの山々が萌えいずる柔らかな新緑の黄緑に包まれ、秋にはその全てが錦を散りばめたような赤、黄、茶、紅葉に彩られるのだという。生前の和夫が自慢げに話してくれた……らしい。その為に駐車場とスロープを隔てる柵もとっぱらってしまったという。

危ないだろうと言ったが、家族と親戚、あと友人だから言っておけば大丈夫だろうという答えが返ってきた。

ん?これは俺の記憶なのか、藤城和也の記憶なのか。

本来同一人物であるはずなので、記憶を共有していることに不思議はない。ただ俺ではなく藤城和也の記憶を探ろうとすると、何となく曖昧模糊、少し霧がかかったような感覚に襲われる。

ここにこうしているのは俺なのか、藤城和也なのか、結局の所二人で一人というのには変わりないが、どちらが主になっているかというと首を捻らざるを得ない。

藤城和也の記憶だと霧がかかったようになるというのは俺が主として活動しているということかな。それでも俺は藤城和也なわけだし。

結局いくら考えてもヤヌスの如く不即不離の関係にあるとしか結論を出せない。

なんでこの追い詰められた状況で、さらに自分のリーゾンディティールで悩まんといかんのだ。


「ま、犯人に本当に隠す気があるなら、こんな目立つ所には置かないでしょ」

俺の言葉を無視して車の中を覗き込む。そんな目立つ所に置くわけがない。ヒッピーの教祖じゃあるまいし。車の中に首無し死体が鎮座ましましてたら正直腰抜かしそうだ。自分でやった事とはいえ、実行するのと冷静になって傍から眺めるのには雲泥の違いがある。

俺も一通り車庫内を歩き回って変わった所がないか調べた後、彼の横から車内を覗き込む。

当然中には何もなかった。

一安心して隅にあった丸められているロープの上に座り込む。

思いっきり座り込んだ衝撃で、俺の全身から滝の様に水が流れ出してロープの中に染み込んでいった。


「なあ、こうやってこの狭い車庫の中を二人で探すのは時間の無駄じゃないか」

俺達は車庫の中を一通り調べ終わった後、助手にそう切り出した。

「後は俺がこの中を一通り見回るから松本さんは外を見てきてくれないか」

「しかし一人で調べたら見落としがあるかもしれませんよ。やはり二人で調べたほうが効率よくないですか」

「ん、いや、逆にこんな所で時間を取られる事こそ非効率だと思うんだけど。大丈夫ですよ、これだけ二人で探したんだからもう見落としもないでしょ」

「でも万が一って事があるかも知れませんし」

「だからですよ。万が一和人君が外に隠されているとしたら、それは建物の出入り口付近かこの車庫の入り口付近しか考えられないでしょう。だってそれ以上建物から離れると生きている和人君にしろ犯人にしろ遭難の危険性があるわけですよ」

「それはまあ確かに。でもだからこそ、ここも外も二人で調べた方が確実じゃないですか」

強情な奴だな。

「いや、やっぱり外を松本さんにお任せしたいと思います。宮崎探偵の信任厚い松本さんなら、きっと俺がいない方がやりやすいでしょうし。それに俺もここを出たらそちらと一緒に辺り調べますよ」

お、急にこちらを向いた。やっぱ探偵というキーワードには食いつくなあ。

「宮崎さんが信頼に値する探偵であることは先ほどの話でよくわかりました。だからこそ、その探偵が信じているあなたに一番難しいところの捜索をお任せしたいわけですよ」

正直強引すぎたかな、怪しまれなければいいが。

そう思い、慌てて言葉を付け足す。

「正直さっきから散々吹雪に吹かれてちょっと疲れたんですよ。普段体動かさないから……宮崎さんの手となり足となり事件解決に協力してる松本さんとは根本的な体力が違うから」

そういって再び隅に置かれ丸められているロープの上に座り込むと、松本の表情が変わるのがわかった。

わかりやすい奴だな。機嫌が良くなっていくのが手に取るようにわかる。

「それじゃ外を探してるから、少し休んだら出てきてくださいね」

そういうと入った時と同じように、シャッターの隙間から這い出していった。


全く真面目だね。一緒に少し休むとか言われたらどうしようかと思った。

松本が出ていきシャッターが締まると、俺は疲れて座り込んだ風を止めて立ち上がる。

気がついていないだろうな。微かな不安と共に辺りを見回す。

床は俺が歩き回った事によって、雪混じりの水でいたる所が濡れている。

これなら見極めがつくまい。

助手は目的のものが死体だと思い込んでいるので、それらしい隠し場所しか目に入っていなかったのだろう。

だから車の中とか置かれているダンボール、そういった物しか調べようとはしなかった。

俺は喉の奥で低い笑いを漏らす。

いや、本当に良かった。

彼が真っ先に車に向かって行ってくれたおかげで、俺の動きに気付かれずに済んだ。

彼にはもうわかるまい。

俺が真っ先に車内を覗き込まず、あちこち調べまわっていたわけを。

いや本当に良かった。万が一一緒に行動していたのが、探偵とかの目端の効く人間だったらと思うとぞっとする。

でもまあ、これで……。

床の一部がうっすらと湿っていたのには気付かれずに済んだだろう。まあ俺が動き回ったせいで、元から濡れていたとはわからなくなったが。

明らかにここから人が出入りした痕跡が残されている。

明らかにシャッターと床の間から吹き込んだのとは別種の濡れ方。

それも粗方乾きかけている濡れ方。

犯人以外に誰が好き好んで外に、しかもこんな場所から外に出ようと思うものか。

しかも殺した犯人が出ていない以上、誰が出たかは自ずと推測がつこうというものだ。

まああの探偵が何か掴んで色々やらかしていた、という可能性も否定できないが、そうしたらあの助手が車内を調べまわったりはしないだろう。

あの金魚の糞みたいな助手が、事件の渦中に探偵から離れるとは思えない。

ここに来ていないからこそああいう風に色々調べたのだろう。

とするとこの情報はまだ探偵に知られていない可能性が高い。

間一髪だったな。

ロープの件も含めて。

この様子だと彼、ロープが濡れたのは俺が座り込んだせいだと考えているだろう。

それ以前からロープが濡れていたことにも気付かずに。

それともう一つ。この車庫の中からは橇が無くなっている。

ここに橇があったのは確実だ。何せ藤城和也自身がそれで遊んだのだから。

正確には藤城和也だった俺と和人、岡村、香織の四人。橇に香織を載せて野郎三人で引き回した後、この車庫に入れたのをはっきりと覚えている。

それが今は無くなっている。

助手共々探偵には氷の海にでも乗り出していただきたかったのだが。

それにしてもここから出入りした後と濡れたロープ、そして消えた橇か。

なるほど、そうやって死体を処分したわけだな。

後はアレが必要だけど、あんな小さなものどこにでも隠せるだろうなあ。ひょっとしてもう処分しているかもしれない。

しかしまずいなあ。これで死体を隠した奴最後まで隠しきる気がないのがはっきりした。いや、この吹雪が終わり、救援が来るまで時間を稼げたらいいと考えたのか。

しかしこれで奴の狙いがますますわからなくなった。油断させるなら血痕もなるべくどうにかするはずだが、それをしないという事は死体自体に何か隠さねばいけない理由がある?

疑心暗鬼でお互いを対立させるのなら、死体を残しておいたほうが有利だし。

だめだ、いくら考えてもさっぱりわからん。手がかりを掴むつもりが逆に謎が増えてしまった。

余りここに長いしても助手に疑われるだけだし、そろそろ出ないといけないしな。

まあもうじき昼だし、出て昼食を取ればいい考えも浮かぶだろう。


いっそ医者に頼んで死んだふりをさせてもらうのもいいかもしれん。

銃で撃たれたふりとかして。

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