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第七話 助手

浦塩斯徳以南にただ一つしかないと云われる白病館。これが豪壮を極めたケルト・ルネサンス式の城館ならさらに雰囲気は盛り上がるのだろうけど、残念ながら俺の傍らにある建物は意外と小ぢんまりしたものだった。

それにしてもゲーム中では陰惨な筆致で描かれていたものの、結局は一度ホテルとして使われていた建物なのだ。明るい雰囲気優先になるのはやむを得ないだろう。おまけに吉岡家が所有した際全面を白く塗り替えていて、どうも殺人事件の現場というより病院か何かのように清潔な感じがする。

それでも中にいる人間が臼杵耶蘇会神学林以来の神聖家族とかならまだ雰囲気は抜群なのだろうが、ここの所有者は吉岡家。如何に名家富豪といえども、本当の名家から見れば成り上がりと言われてもおかしくない連中である。

何が言いたいかというと、どうも殺人事件の場所としては中途半端なのだ。

まあかの大作にして名作と比較するのは烏滸がましいが、もう少し頑張れよ、ゲームメーカー。

それでもロシア古典様式を模して建てられた当初の雰囲気は幾度となく施された改築にもかかわらず、頑としてその存在感を誇っていた。

中途半端に雰囲気だけはあるんだよな……。


とまあ、俺は白病館の傍らを歩きながらそんな事を考えていたわけである。

前方からは吹雪が容赦なく襲いかかる。

防寒装備は完璧とはいえ、真正面から風と雪が当たると目も開けられない。壁に手をつきながら、少し歩いては休み少し歩いては休み、その繰り返しである。

気分はもう八甲田山。頭の中では先程からあの独特のテーマやら某軍歌が鳴り響いている。

「ふうう」

少し立ち止まり一息入れる。そのついでに一緒に歩いている奴の顔を横目で見る。

「はあ」

思わず溜息が漏れた。

何でよりによってこいつと雪中行軍しないといけないんだよ。

俺の視線の先には、松本誠一が仏頂面を晒していた。


とどのつまりは景子の勢いに探偵が負けたことが始まりなのだ。

彼女の様子を見て関係者の証言より、死体……もとい和夫の行方を探した方が得策と判断したのか、探偵は二人一組になって屋内を探すことを提案した。

どっちみち景子の様子を見るに喋る度に噛み付かれて、証言を取るどころではなかっただろうし。

ただその二人一組も、既知の組み合わせは不可。籤引きで決まった者同士とされた。

これは利害の一致を見る者同士が組めば証拠を隠滅される恐れがあるというのと、直接関係ないもの同士で相互監視をさせるというメリットがあるためだろう。

「いやよ、この中に犯人がいるんでしょう。何で私が彼と離れて動かなきゃいけないのよ」

一部反対意見、まあ主に香織だが、があったものの、流石に衆人環視の下で犯行は起こさないだろうという事と、女性と組み合わせるという条件で何とか説得された。

屋内限定としたのは、単純にこの気候条件によるためである。

というよりぶっちゃけ外に隠すのは難しいため。

この吹雪のせいで、外の視界は数メートル。この館から離れて行動すればすぐに遭難することが確実なためである。

如何に犯人が隠し場所を探したといえ、そんな危険性に身を晒すとは考えにくい。

以上が探偵の考えだろう。探偵自身はそのような事は言っていないが、この推測に間違いはないはずだ。

今現在俺だけがもつ情報は、死体の首が切り離されている。という点だけだが、肉体の大部分を占める胴体がある以上、隠し場所については頭があろうがなかろうが大して変わらない。

むしろ他の人間に先んじて死体を見つけることにより、何かがわかるのではないか。

そう考えて俺自身は探偵の発案に優先的に賛成することにした。


そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。


で、改めて言うが何で俺が外を探さなきゃいけないんだよ。

大体どこの馬鹿だよ。ひょっとしたら雪に埋められているかもしれないから、外周だけでも探すべきって提案したの。

おかげで籤引きに負けた俺は、氷を踏んでどれが河やら道さえ知れない状態である。

おまけに組まされたのがこの仏頂面をした助手。

馬が斃れたなら捨ててはいけないが、こいつなら遭難して死にかけててもあっさり捨てていけそうである。

いやむしろ遭難してください。

それにしてもコイツはこんなキャラだったかな。ゲームで見た限りではもう少し飄々としてユーモアのセンスも持ってたような。探偵との掛け合いももう少し相棒って感じであって、決してこんな教祖に対する信者みたいなものではなかったと思うが。

まあ多少はルートによっても違うけど、こんな状態の彼は出てこなかったはず。

「・・・・・・・・・」

そんな事を考えている俺とはお構いなしに、彼は一心不乱に、髪一つ見落とすまいという表情で周囲を見つめている。

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・なあ」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・なあってば」

耐え兼ねて俺が声をかけると、何度目かでようやく振り向いた。

これは多分吹雪の音で俺の声が聞こえなかったせいだな。うん、そうに違いない。

話すのが心底面倒臭いという目の光りをしているが、それは俺の見間違いに違いない。

こんなのでもかつては俺の分身、そこまで話せない相手ではないだろう。

「・・・・・・・・なんですか」

「帰らない?」

「はぁ?」

「いや、これ以上は無理でしょう。だって吹雪でかろうじて足元が見えるくらいだし」

「詩織先生は探す、と言われました。だったらどこかに死体は残されているはずです。だったらそれを探すのが僕たちの役目でしょう」

「いや、でもこれ下手すると、下手しないでもちょっと館から離れたら遭難するよ」

手がかりを見つけるのも大事だが、命はもっと大事である。

そんな俺に対し、松本は軽蔑したように鼻を鳴らすと何も言わずに先に進み始めた。

仕方なく俺も後に続く。

「なあ」

俺は意地悪く言葉を続けた。

「あの探偵が間違ってて元々死体なんか無かったとしたらどうする?俺らのやってることは単なる無駄足になるんじゃ」

「先生は間違いません!!」

俺の言葉を遮るように、言葉を、いやほとんど悲鳴のような言葉を松本は発した。

顔を真っ赤にして敵意を込めた目でこちらを睨みつけてくる。

「これまでも先生の推理に間違いは無かった。今度も間違うはずはないんです」

やばいな、これ。心酔どころの騒ぎじゃないよ。

こんな所で暴力沙汰はごめんなので、宥める方向に持っていく。

「ごめんごめん、無知なものだから探偵さんのこれまでの活躍知らないものだからさ。ちょっと余計な事を言っちゃった」

「え!?」

心底驚いた顔をされた。

「本当に知らないんですか。例えば……世界的に有名な、あのヘル・ノート事件とかもですか」

なんだよ、それ。元のゲームにはそんな単語欠片も出てこなかったよ。

ゲーム元々のシナリオとは想像以上に乖離しているのかも知れない。

それも嫌な部分で……。

「あ、ご存知無かったですか」

考え込んだ俺を知らないと思ったのか、助手は言葉を続ける。

なんだか顔が阿呆を見下す表情になってるんだが……。

「ヘル・ノート事件ってのはですね。連続殺人なんですが、何故か犯行前に被害者の元に名前を書いた紙を送りつけるっていう変わった特徴がありまして。警察が手がかりさえ掴めぬまま何件もの犯行を許してたんですがね、先生が事件に関わったとたんあっさり解決してしまいました」

「あ、あっそう」

何かに魅入られたような表情で喋りまくる助手に対して、俺は呆気にとられまともに返事することができない。

それが探偵の凄さをまだ認められないように感じたのか、助手は次々に探偵の係わった事件を挙げる。

「それじゃ、瀬戸内海三姉妹連続殺人はご存知ないですか?あの悲しい最後だった泥の器事件も?九州の病院を舞台にしたトルコ鮪事件もですか?ヤクザから刺青が連続で剥がされる刺青連続殺人もご存知ない?」

「わ、わかったよ。あの探偵の凄さは十分にわかりました。」

俺は慌てて彼のお喋りを押し止めた。放っておくと、先生の凄さとやらをいつまでも喋っているだろう。

しかし探偵はこの男の中では……少し試してみるか。

「でも全ての事件を解決したからっていっても、やはり多少の間違いはあったんじゃ?例えば推理の方向性を間違えたとか、何人か殺されてから解決したとか」

「ありえません」

あっさりと断言された。

「先生は名探偵です。探偵である以上間違った推理をすることはありえません。もし何か間違いを犯すとしたらそれは先生が先生でなくなる時です」

わかった。

これは信奉ではなく狂信。それも性質が悪い方の狂信だ。

相手の都合を考慮することなく、己の持つイメージを押し付ける。相手がこうである、ではなく相手はこうあるべきだ、という思考方法。

今はまだ側で助手として働いている事でその衝動は正常な方向に向かっているが、少しでも歯車が狂えばストーカーコース真っしぐらだ。

何でこういうキャラになってるのかなあ。ひょっとして中の人がいなくなったせいで、探偵に対する信頼感だけが過剰に暴走したとか?まあそういう事はどうでもいい。今、俺はコイツから距離を取ることに決めたのだから。

触らぬ神に祟りなし、危険物から離れておくに越したことはない。

別に探偵とコイツの間でトラブルが勃発しようが、俺と関係のない所でやってくれれば問題は無いのである。

「さてあそこの車庫も俺達が確認するはずでしたね」

「そうですね。一応あそこは中からも入れますが、内部を調べるのは僕らのはずです」

もうこれ以上探偵の話題に拘るのは地雷を踏むようなものだ。

そう判断して話を切り替える。信仰心の塊みたいな助手君もご主人様から命じられたことを思い出したのか、それ以上は探偵の話をせずに捜索活動に戻ることを決めたようだ。

また何時布教活動を始めるかわかったものではないが。

そういえばあの車庫の中に橇があったはずだ。

いっその事探偵とこの助手、二人共まとめてそいつで凍った海にでも滑り出してくれないものかなあ。二人共酒で前後不覚になっていればなお良し。

変人に関わった事を悔やみながら、俺は車庫のシャッターを押し上げた。

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