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第五話 証言

「この中に殺人犯がいます」

その声を聞いて一同に改めて衝撃が走る。

当たり前だ。誰もが殺人犯と聞いて心穏やかでいられるわけがない。そしてそいつはまだ野放しになっている。そして自分たちはこの館に閉じ込められている。

なんという古典的なシチュエーション。ミステリーなら余りに捻りがない、と叩かれているところだ。

まあミステリーゲームなんですけどね。

その時、突然景子が立ち上がった。

「誰なんですか!!誰なんです!あの子を殺したのは」

落ち着きなさい。そう言うかの如く肩に置かれた夫の手を振るい、彼女は鬼女のような目で辺りを見回す。

その血走った目から逃れるように、一人、二人と視線をずらす。

その視線を真正面から受け止めたのはただ一人。

「おやおや、やっぱり我が子なら大事ですか」

この場にそぐわない軽い口調。その声を発した人間を睨みつける景子。

「まあ待ってくださいよ、おばさん」

あいかわらず壁を背にして微動だにしない姿勢のまま、柊がそう口を開いた。

相変わらず妙な笑みを浮かべたまま。

「大体、急にそういう事を言われて納得できるわけがないでしょう。それに血の痕が残されたって言われても、そう言ってるのはそこの自称探偵さんだけで他の人間は見ていないわけじゃないですか。それなのにそんな突飛な話、急に信じろったってねえ。それにあなたが探偵って言ってもそれを証明する手段ないじゃないですか」

コイツも探偵に負けず劣らず皮肉な口調で喋るやつだな。このゲーム、美形ってのは性格似てるのかねえ。

言われた景子は顔を引き攣らせて柊を睨んでいる。

「わ、私が部屋を見ました」

そう答えたのはメイド。

「わ、私が和人様を起こそうと部屋に入ったんです。そうしたら誰もいなくて……床に……あんな……」

そのまま緊張に耐え兼ねたのか、うずくまって泣き出してしまう。

「そこの宮崎君は探偵に間違いない。儂が保証しよう」

続いて口を開いたのは秀雄だった。

「仕事上のことで彼女に調べ物を頼んだのは事実だ。そして昨日その結果を持ってきてくれたのもそのとおりだ。彼女は探偵に間違いない」

「そういう事で疑いは晴れたでしょうか、柊さん」

「ま、いいでしょう。しかし探偵が殺人の捜査とはまた古典的な。しかし調査は警察が来るのを待って、我々は現場の保存に努めるべきでは?それに犯人がわかったとしてもあなたに逮捕権はありませんよ」

「無論現場の保存には努めます。しかしこの吹雪のせいで警察は当分これそうにない、それ以前に連絡の手段がないのです。我々が犯人を見つけるのは言わば自衛。それに逮捕権はなくとも証拠と共に警察に引き渡すことはできます」

「ふむ、ご尤も。この事件が解決したら浮気の調査でも貴女に頼もうとしますかね」

そう言うと一同を見回し、秀雄に少し目を止めてから目を閉じた。秀夫は何故か渋い顔をしている。

「さて、それではよろしいでしょうか」

探偵が一同をぐるりと見渡す。

先ほどの会話で納得したのか、異を唱えるものはいなかった。

「申し訳ありませんが、それでは一人ずつ自己紹介をしていただけますでしょうか。私、何分夕べ着いたところですので、みなさんの事をほとんど知らないのですよ」

白々しい。そう思ったが口に出すことはしない。

コイツの前では愚鈍を演じておかねば。

「それではまず儂から…」

秀雄が口火を切り、一人ずつ探偵に自分のことを話していった。


「なるほど、家族に親戚それに医者に友人ですか。こう言ってはなんですが、どうも集まった皆さんの基準がばらばらなようですね」

「ああ、本来なら毎年この時期に親戚一同が集まるんだが、一年前に和人の婚約者が死ぬという事故があってな。それ以来どうも元気がなくなる時があるので、今年に限り友人も招待したんだ。他の親戚は明日以降着くはずだが、これでは無理だろうなあ」

「なるほど、その事故については後で聞くことにして、その前に……」

「ちょっといいですか、探偵さん」

再び柊が口を挟んだ。

コイツ人の話のいい所で腰を折る奴だな。どうでもいいが、探偵の見せ場を取られたと思ってる松本が睨んでるぞ。

「実際我々としては貴女の話以外、何も知らないのと同じなんですよね。何が起こったか、くらい教えてくれても罰は当たらないとおもうんですがね」

「ふむ」

宮崎は顎に手を当ててしばらく思案していたが、特に問題はないと判断したのだろう。

「それじゃ現場を発見したのはこちらのメイドさん、三上有希子さんとおっしゃいましたね、彼女からその様子を聞いてもらいましょう。実際私も彼女から聞いたのと現場を少し見た以外は、ほぼ何もわからない状態でしてね」

「わ、私ですか」

急に振られたことに少し動揺するメイド。

「ええ、お願いします」

真っ直ぐに見つめられ、仕方がないと観念したのだろう。

その時の事を思い出したのか、少し震えた声で語りだした。

「あれは今朝六時半くらいでした。私はコーヒーを持って和人様の部屋へ入りました。和人様は起きてから少し冷えたコーヒーを飲む習慣があると言って、いつも大体そのくらいの時間に部屋に持っていくように命じられていたからです。コーヒーを持ってドアの前まで行くと何故か今日に限って鍵が掛けられていたので、一旦部屋まで帰りお預かりしていた予備の鍵でドアを開けました。室内の灯は消されていたのでいつも通り外からの微かな明かりを頼りに部屋に入ったのですが」

メイドはそこで少し言葉を震わせて

「そうしましたら足元で水音が聞こえました。私は和人様が何か零したのかと思ってコーヒーを置き雑巾を取ろうと部屋を出ました。そうしましたら……」

「そこまででいいですよ。後は私が話しましょう」

目に涙を浮かべながらそれでも気丈に話すメイドを気遣ったのか、宮崎が後を引き取った。

「彼女が部屋を出た時、廊下の明かりで足が血塗れなのがわかったそうです。思わず悲鳴を上げたのを丁度部屋から出ていた私が聞きつけて駆けつけた次第です」

この館の客室は防音に改築されている。悲鳴が聞こえなかったのはそのせいか。

「またタイミングよく部屋から出ていたものですね」

柊の茶化すような一言を無視し、さらに言葉を続ける。

「部屋の中央に血だまりができていました。そこにはそちらの三上さんの歩いた跡と一部犯人が何かしたような跡が残されていましたが、それ以外には手を触れたような痕跡は残されていませんでした」

「とすると遺た…失礼、和人君がどこへ行ったかはわからんわけですな。ひょっとして怪我をして部屋を出たものの動けなくなっている可能性もあるんじゃないのかな」

澤木が医者らしい感想を漏らす。

「いえ、その可能性はありませんね」

その言葉をバッサリと切り捨てる探偵。

「部屋の中には和人さんが持っていた鍵が残されていました。それ以外の鍵は、先ほど秀雄氏にも確認したのですが、メイドの控え室に置いてある予備の鍵だけ。マスターキーも存在しないということです」

どういう事だ。俺は鍵など掛けた覚えはない。

確かに鍵は和人の部屋の机の上にあったような気がするが……。何故死体を隠した奴はわざわざ鍵を掛けたんだ。

発見を遅らせるため?いや、これは違うな。どちらにしろメイドが起こしにくる以上朝には発覚するだろう。

密室?問題外だ。メイドが鍵を持っている以上それは成立しないし、大体密室にする理由がない。

密室にする理由?理由、理由ねえ。

そういえば何かの推理小説にこんな意味の事が書いてあったな。

『犯人が密室にしたのは、そこを密室にする事で自分の嫌疑を晴らすことができるからだ』

そういう事か!!鍵を掛けた理由は!!

だが犯人の思惑はどうであれ、これはありがたい誤算だ。

これで俺も容疑者リストからは外れるはずだ。

思わず緩みそうになる口元を引き締める。

そんな俺にはお構いなしに探偵は言葉を続ける。くそ、こちらが笑いをこらえているのに、奴ときたら口元に軽い笑みを浮かべている。

「大量の血を失うほどの怪我、だったら一刻も早く治療しようとするのが普通でしょうね。にもかかわらずわざわざ鍵を掛ける。しかも自分の持っている鍵ではなくて、わざわざ別の所の鍵を使って。先生ならそんな事をします?」

探偵の反論に恥ずかしげに俯く医者。

人前でここまで言われると、少し彼に同情したくなるな。

「それに先ほど言いましたが、血は一部を除いて乱れていませんでした。自分で動くならどうしてもその痕跡が残ります」

「お分かり?」という風にダメ出しされて、ますます忠彦の顔が赤くなる。

敵を作るタイプだな。この探偵。

「でもその証拠がありませんよね。あなたが嘘をついているかもしれない」

得意気な探偵に今度は岡村が噛み付く。

「血溜りを見たって言ってるのは貴女とそこのメイドだけだ。口裏を合わせる事なんて簡単に出来る」

先ほどの柊と同じような事を言っている。まあ、状況がどんどん変化していって信じたくない気持ちもわかるけど。

「そ、それにひょっとしたらドッキリなのかも。ねえ、これお遊びなんでしょ?だって殺人だなんて……そんな」

その岡村に香織が続く。これは恋人の意見を信じるというより、現実を信じたくないといった所か。

「ふぅ」

そんな二人に向かって探偵が溜息をつく。

その態度にカッとなった岡村がさらに言い募ろうとする前に

「先程にも言われましたが、やはりそういう事を言う方がおられるということは予想してました」

「だったら証拠を……」

「ええ、これから皆さんにも直接見てもらおうと思います。ただし現場を荒らさないためにも、ドアの外からという条件をつけさせてもらいますが」

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