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第四話 探偵

「いやいや、お待たせしました」

大きい声と同時に三人が扉をくぐる。

一人は先ほど呼びに来たメイド。あいかわらず落ち着かない様子で、手を擦り合わしたりきょろきょろと視線をさまよわせたりしている。

まさかとは思うが彼女がやったのではないだろうな。と一瞬思い、いやそれはないな。と思い返す。

彼女は確か一週間かそこら、この集まりのためだけに雇われた子だったはず。

彼女が死体を遺棄する動機は全くと言っていいほどない。考えられるのは彼女と和人の間に関係があったというくらいだが、和人がこの会合以外この地にほとんど足を運んだ事がない事と、メイドとして雇われる子はその度に変わるという話を思い出し、その可能性を否定する。

彼女は全くの部外者と考えていいだろう。


続いて入ってきたのは、神経質そうな眼鏡をかけた男。「松本誠一」だったな。

俺は奇妙な感慨を抱きながら彼を見つめた。

何せゲームならば彼は主人公。そして言わばワトソン役。

そうか……こんな顔をしていたのか。

画面にはけして映ることのなかった人間の顔。

かつて何度もプレイした俺の分身だった男。だがその男は青い顔をして後から入ってきた奴の顔を横目でチラチラ眺めるだけ。

こいつこんな頼りない男だったか?

少なくとも俺がプレイした時はもうちょっと……何というか頼りがいのある描写がされていたとおもうのだが……。

今じゃ後から入ってきた奴に全てを任せているという態度だ。

もしかして中の人がいなくなったから、どういう行動をとればいいかわからないとか?

ワトソン役という事で探偵と一緒に行動するのは当たり前なのだが、かつて中の人だった者から言わせてもらえれば、余り過度に依存して欲しくない。

俺にも誇りというものがあるわけだし。

まあこいつは完全に容疑の対象から外してもよさそうだ。

動機はないし、この館では基本的に彼は単独行動を取ることは少ないはず。アリバイは完璧。

トイレとか風呂は別にして基本探偵と一緒に動いている。

ツーマンセルというと聞こえはいいが、金魚の糞といいかえても特に違和感はない。

それに如何にこの世界が元の世界の形からずれていようとも、ワトソン役が犯人だった。というのは止めて欲しいものだ。

で、そのワトソン君は入ってくると、最後の入場者の横に立つ。

メガネをいじったり額の汗を拭いたり、とどうも落ち着かない様子。おまけに後から入ってきた人物の顔を横目でちらちら見ているから余計に鬱陶しい。

しっかりしてくれよ、仮にも探偵の助手役を務めているなら、謎解きの場面とかで人々が集まるのには慣れているはずだろ。

いや、彼らの過去の活躍とかは知らんけど。


そしていよいよ最後の登場者。

「いやいや、お待たせしました」

大きい声を出しながら入ってきたのは……

腰まで伸ばした黒髪。氷を思わせる微笑を張り付かせた唇。ノンフレームの眼鏡。

すっきりとした面長の……十人が見れば間違いなく十人が美しいと評価するであろう容姿。

黒いパンツスーツ。

彼女は入ってくると我々を見回しながら軽く微笑み一礼する。

ただしその笑顔からは温かみ和み等の要素は一切が欠落しており、向けられた我々の中に残るのは凍えるような冷たさだけ。

どこか剃刀や精密機械を思わせる。

とうとうやってきたな。

「まあ、ご承知の方もおられると思いますが、一応自己紹介を。私、宮崎詩織と申します」

名探偵め。


「私は夕べ、この吹雪が酷くなる前にやってきたものですから、皆さんの事をよく知りません。軽く自己紹介をしていただけるとありがたいのですが」

そう語った彼女に反発するように高木加織が噛み付く。

「ちょっと待って。貴女急にやってきて何故そういう事を聞こうとするの?大体私たち集まれって言われただけで詳しい事何も聞いていないのに」

「おや、これは失礼しました」

そうして彼女は丁寧に一礼する。ただしその礼からはお詫びというものは一切感じられず、逆に嘲笑の気配だけが立ち上っていたのであるが。

「このメイドの方がご説明したと思いますが、吉岡和人様が行方不明になりました。ですので、早急に彼の行方を探さなければなりません」

「しかし行方不明と言ったってだね」

次に異を唱えるは澤木忠彦。

「外に散歩に出かけただけかも知れんし、別の部屋で眠っているとも考えられる。あまり大げさにすると後で出てきた本人が恥をかくんじゃないかね」

「散歩?この吹雪の中をですか?この雪の中を出かけたら20mも進まないうちにたちまち遭難しますよ」

あいかわらず嘲笑を含んだ声で応える彼女。

それには気付かず澤木が続ける。

「だったらこんな所でじっとしとる場合じゃないだろう。幸いみんなここに集まっとるんだ。手分けして探したらいいじゃないか」

「ああ、先生はまだご存知じゃなかったですね」

先生、こいつ今先生と言った。すでに邸内にいる人間の素性は把握済みという事か。その上で自己紹介を。といったのは自分のまだ知らない部分を調べるためか、もしくは徹底して手の内を隠すタイプ。

「和人様の部屋には大量の血痕が残されていました。後で先生にも確認していただきたいのですが、あれだけの血を流して生きている人間はまずいないと思います」

「!!」

一部その事を知っていた人間以外に衝撃が広がる。

その様子を彼女は観察するように覗き込んでいる。今の事実を知っていた人間を探そうとするように……。

大丈夫、傍から見て十分衝撃を受けたように見えたはずだ。

「まさか、じ、自殺?」

顔色が青くなった香織が呟く。

「いえ、現場には血痕以外何もありませんでした。自殺はありえません」

「し、しかし、何で貴女に色々教えないといけないの」

顔色を青くしたまま、椎名が問いかける。

「あ、そういえば紹介が遅れましたね。私、都内で探偵業を営んでおりまして、いささかこういう場面に慣れておりますもので。ちなみにこちらは松本と言いまして、私の助手を勤めてます」

紹介された松本が進み出て一礼する。

「た、探偵……」

絶句する椎名に代わって、今度は俺が問いかけてみる。

「た、探偵がいるって事は、か、和人君に何か起きる……何か事件が起きるって事を吉岡の皆さんは知っていたのですか」

偶然、彼女がここに居合わせたのは全くの偶然。その事を俺は知識として知っている。

ただしその事を毛ほども気取られてはならない。

「いえ、私がここに来たのは全くの偶然です。実は詳しいことは言えませんが、そちらの秀雄様よりある依頼を受けていましてその報告にあがったのですが、まさかこのような事が起きるとは」

「しかし、やっぱりこんな所で集まっているよりは和人君を探したほうがいいんじゃないですか?先ほど澤木先生も言ってたけど、別の場所で大怪我して動けないって事もあるわけだし……」

「ああ、そういえばまだ現場の状況を説明してなかったですね」

あくまで冷静な様子で頭を振る。

「和人氏の部屋ですが、床に大量の血痕が流れていたことはご説明しましたね。しかし事件の痕跡はそれだけで、後は何もありませんでした」

「何もないんだったら……」

と岡村が横から口を挟む。

黙っていろ。と俺は心の中で呟いた。何も無かった……おかしい……。

「つまり遺体……ああ失礼しました」

遺体という言葉に椎名がびくりと震えるのを横目に見て続ける。

「和人氏の体を動かした痕跡が残っていないという事です。もしも自分で動けて助けを呼ぶなり、もしくは引き摺られたりしたなら、その血の跡が残るわけですが……まあ一部乱れたような後はありましたが……今回の場合はそれがない。つまり第三者の手がそこに入ったことは明らかなわけです」

「第三者……」

「犯人と言いかえてもいいでしょう」

その言葉に一同の間に衝撃が走る。息を呑む人間、びくりと体を震わせる人間、落ち着かない様子で左右を見回す人間。探偵はそんな様子を観察するような目で見ている。おかしな反応をする人間を捜すかのように。

「この中に犯人がいるの?」

悲鳴のような声で叫ぶのは高木。

「いや、それはどうだろう」

それに岡村が答える。

「探偵さん、泥棒が入ったって事はかんがえられないんですか?何かを盗もうとしているのを和人に見られてそのまま、ってことは」

「いえ、それは考えられません。現場の様子を見るに痕跡を残す事なく遺体、ああ失礼、和人氏を動かすにはそれなりの準備がいります。それに暖炉にも証拠品を燃やした跡がありました。それらは…まあ後で説明しますが、押し込み強盗の持って歩くようなものではありません」

そう、そこが俺も気になっていた点。俺が殺した後で死体の始末をしたのは確実。問題はそこから今までの短時間でどうやって死体を消したか、だ。探偵の言うように何らかの準備は必要。

この短時間でどうやって各種道具を用意したのか、もしくは前もって用意していたのか。

いくら考えてもさっぱりわからん。

思考の泥沼に埋まっていこうとする俺の意識を、探偵の一言が現実に戻した。

「つまりですね。この中には殺人犯が紛れ込んでいます」

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