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第三話 人物

食堂の扉を開けると、暖房が効きすぎているのかむわっとした熱気が顔に吹き付けてきた。

同時にいくつもの視線が俺目掛けて突き刺さる。

事件を知っているであろう人間の目からは疑惑、未だ知らされていないであろう人間の目からは当惑。

それらの視線を受け流し、俺は軽く欠伸をする振りをしながら手近な椅子に腰掛けた。

今まで注がれていた視線はすぐに反れ、また人々の間を回り続ける。

場に立ち込めているのは重苦しいばかりの沈黙である。

俺は何が起こっているのかわからない、という風をして辺りを見回した。


現在食堂にいるのは男四人、女三人の七人か。全員揃っているわけではないようだな。

食堂の中央には長テーブルが置かれていて、六人はその思い思いの場所に座っているが、一人だけ席に座らず壁にもたれて立っている男がいる。


主賓席に座っているのは「吉岡秀雄」。高そうなベージュのセーターを着た初老の男である。被害者である吉岡和人の父親であり、吉岡家の当主。ロマンスグレーの渋い風貌をしているが、残念ながら前髪がかなり後退している。

前にも話したと思うが、息子に甘く島木の婚約を推し進めたのもこの男。以前の藤城和也なら和人に次いで憎むべき男だろうが、今の自分にとってはなんの怨恨もない、むしろ結婚を防いでくれてありがとう、と言いたいほどだ。彼はもう現場の事は聞いているらしく、青い顔をして腕を組んでいる。人差し指を上げたり下げたり頻りに貧乏ゆすりをしていることから、彼がイライラしているのは一目瞭然。

息子の死体を見つけて騒がないはずがないので、彼は動かした容疑者から除外してよさそうだ。もっとも富豪というのは裏にどんな思惑を持っているかわからないので、完全に圏外とするわけにはいかないだろうが。


その右手に座っているのは「吉岡景子」。吉岡和人の母親である。大学生になる息子を持っていたとは思えないほど若々しいが、じっくり見ると血の気を失った顔には細かい皺が目立つ。一応化粧はしているのだろうが、それもおざなりといった様子。この分だと現場の様子は聞いているな。その予想を裏付けるように、落ち着かない様子で視線をあちこちに向けている。

この女も秀雄同様の理由で容疑者から除外できるだろう。もちろん完全に排除するのは危険だが、我が子の死体を前にして大騒ぎしないというのはなかなか想像できない。


吉岡秀雄の左手側に座るのは、一応この家の主治医という事で招かれている「澤木忠彦」。光る前頭部が目立つ男だ。まだそれほどの歳でないだろうに気の毒に……。

もともとのゲームだと死因と死亡時刻の判断をするためだけに出てくるようなキャラで、それがわかった後はモブらしく最後まで大人しくしている。ルートによっては連続殺人になるので、その時は他の被害者の死因を特定したり、おとなしく殺されたりしている。

ちなみにこの男は未だ事件のことを知らないようで、和人の失踪と聞いてもピンと来ない様子でぼんやり窓の外を見たりしている。

この男も一見死体を隠す動機がないと思われる。しかし彼が吉岡家のお抱えの医者という事を考えると、秀雄の命令で隠匿したという事も考えられる。医者だったら死体の扱いとかお手の物だろうし。


澤木の隣に続いて男が一人。確か和人の友人で「岡村広栄」とか言ったな。ちなみに俺も和人の友人という触れ込みでここに来ているが、この男と今まで面識は無かった。和人もなかなか広い交友範囲を持っていたらしい。俺と同じく大学を出て間もないらしく、秀雄や忠彦という大人に囲まれてどうも居心地が悪そうだ。無理もない、俺もコイツもスキーができるぞと誘われたんだが、実際来てみればスキー場は遠く離れていてしかも外はこの雪だ。しかもほとんど面識のある人間はいないときている。要するに暇な和人の暇つぶしの相手として選ばれたわけで、本来なら和人に文句の一つも言いたかったことだろう。

当然事件のことも教えられてないらしく、何故ここに呼ばれたのかわからないといった風で、眠そうに欠伸をしている。大方行方不明といってもどこかに羽を伸ばしに遊びに行った、程度に考えているのだろう。

この男も動機の面からは容疑者足りえない。如何に連れてこられるのに騙されたとはいえ、それで死体遺棄という犯罪に手を染めるはずもない。吉岡家との繋がりも希薄らしく、その意味でも一番に除外してもよさそうだ。まあ、油断は禁物だが……。


その隣に座っているのは派手な顔立ちの女。「高木香織」とか言ったかな。年齢は大学生といったところか。岡村の恋人らしく、大体何時も二人一緒でいる。彼女は岡村からスキーができると誘われたらしく、岡村相手に色々文句をよく言っていた。

当然事件について知らされる事はなく、岡村相手に色々話しかけようとしている。ただ肝心の岡村が、ここの雰囲気の悪さに呑まれてしまい話に乗ってこないが。

この女こそ動機という面から見たら、いの一番に除外していい存在。和人ともほとんど面識がなかったらしいので、ほぼ完全に除外してもいいだろう。まさかネクロフィリアという事もないだろうし……。


高木の向かいの席に座っている女。たしか「椎名吉江」という名前だったはず。吉岡家の親戚という関係で招かれていたはず。三十代後半という話だったが、未婚らしくそのせいかとてもそんな年齢には見えない。

景子と対照的に化粧はきっちりと済ませており、彼女のように小皺が目立つという事はない。もっとも元々の年齢が違うので比較にならないだろうが。

彼女もまた事件のことは知らされていないらしく、ぼんやりとした顔で窓の外を見ていた。

彼女も一見動機はなさそうであるが、吉岡家関係者ということを考えると表面上の理由だけで判断するのは危険だ。偏見も入っているだろうが、金持ちやその親類には魑魅魍魎が多いというイメージがある。和人の死を表に出さないことで彼女が何かしらの利益を得ることのできる可能性も否定できない。

彼女の動向もまた気をつける必要がある。


そして椅子に座らず、壁にもたれて腕を組んで立っている男。「柊亮」という名前だったはず。

こいつは確か和人の従兄弟だったはず。

年齢ははっきり言って不明。十代後半から二十代前半といったところか。小柄な体を、何故か朝からスーツに包んでいる。こんなプライベートな場所で着なくてもいいだろうに。

顔ははっきりいって美男子、いや美少年と言ったほうが近いか、ビスクドールを思わせる中性的な容姿をしている。ただ事件のことを知っているのか知らないのか、唇の端を軽く釣り上げる特徴的な笑みを浮かべて一同を見回しているのが気に障る。

コイツも吉岡家関係者ということで、十分容疑者になりうる。ただし、今までの連中同様その理由というのがわからない。コイツでもあるような、そうでもないような……。そう考えていると、不意に彼がこちらを向いた。視線と視線が絡み合う。あいかわらず妙な笑いを浮かべたまま、

「何か?」

という風に目で問いかけてくる。

何やら心の中を覗かれているような気がして、窓の外に視線を移した。


窓の外ではあいかわらず雪が激しく舞っている。

その様子は、もはや吹雪といってもいいだろう。

ここの部分はゲームと変わりがないらしい。内容がこれ以上変わらないようなら、雪が収まるまで大体一週間。

その間この館に閉じ込められる事になる。

食料は十分あるものの、電話線は切れ携帯は圏外、まさに陸の孤島となるわけだ。

そしてそんな中に殺人犯が一人、人々の不安は如何許りか。

まあ、俺が犯人なわけだが、犯人の俺も不安で押しつぶされそうである。

誰が死体を隠したのか。何の理由でそうしたのか。そいつは俺の犯行だということを知っているのか。

だったらそいつが誰か調べる必要がある。

そして、そいつがこの中にいる……

探偵と戦うと同時に、そいつまで相手にしなければいけないかもしれない。

出来るならば自分の犯行をそいつに押し付けたい。

考えただけでも心が挫けそうだ


ふう、と溜息をつき再度集まった人を見回す。

陰鬱な様子で視線を交わし合っているが、正直誰もが犯人に思えてくる。

和人の両親、医者、友人、その恋人、親戚。

だめだな、今はまだ情報が少なすぎる。


暖炉の中で薪が音を立ててはじけた。

その音に集まった人間は驚き、そして照れたように再度視線を交わしあう。

その時、

「いやいや、お待たせしました」

賑やかな声と同時に扉が開いた。

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