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第二話 消失

この「白病館」は第一次世界大戦後、亡命してきた白系ロシア人の富豪が故国を懐かしんで建てたものが元々の形だと言われている。

ただ程なくそのロシア人は死去。家族にも不幸が相次ぎ、日本の富豪の別荘となることになった。しかしその富豪もほどなく大戦後の景気の揺り戻しによって破産。再びこの館は人手に渡ることとなる。

次に手に入れたのは軍の高官だが、こちらはシベリア出兵にあたり不幸な事故で死去。相続のゴタゴタに絡んで館は家族の手で売り払われる事となる。

その後様々な人が所有者となるも、持ち主には次々と不幸な事が起きこの館を手放さざるを得なくなった。

ある人は不治の病に冒され、ある人は財産を失って破滅。中には発狂した家族によって一家全滅というケースもあったらしい。当然場所はこの館内で。

一時はホテルになった事もあるらしいが、それもあっさり倒産。

よく考えれば当たり前のことで、スキー場でもない限りこんな交通の便も悪く近くに名所もない所にわざわざ足を運ぶ人は少ないだろう。

そして持ち主が次々に不幸が訪れる事からこの館は「白」い「病」魔の「館」、「白病館」と呼ばれるようになった。

現在、とある名家がこの白病館を別荘として購入。

そして幾度目かの悲劇の幕が上がろうとしていた。

という設定。


ま、これがゲーム中で語られる「白病館」の成り立ちなんだけど、よくもまあこんな設定思いついたものだ。

縁起が悪いというか、ホープダイヤかよ。

実際この館が別荘とされていなければ、転生前の俺がこんな事件を引き起こす切っ掛けもなかったわけで、その意味でいけば俺にとってここは呪われた館といえるだろう。

無論被害者にとってもだけど。


さて俺が何故こんな事を長々考えているかというと……理由は単純に眠れないからだ。

殺人を犯したのが転生前の自分という事で、事件現場の後片付けをしている時はあまり現実感が無く落ち着いて行動できたわけだが、部屋に帰ってシャワーを浴びベッドに潜り込んでいると急に不安感が押し寄せてきたからである。


この焦燥感、悪い夢を見た時のことを思い出すなあ。

悪夢だと自分がのっぴきならない立場に追い込まれ、それがばれるまでの間このどうしようもない焦燥感、不安感を味わったものだけど、今回ばかりは現実だ。

もうね、いっそ夢であってくれたらいいのに。

むしろこんな転生とか訳の分からない状況自体が夢みたいなものだし。

逆に言えば現実感がないからここまで落ち着いていられるとも言えるけど。


さてゲームの流れ、俺にとっては未来予測になるのかな、では朝になってなかなか起きてこない主人を心配してメイドが部屋に入って犯行を発見する。というのが大体の流れだ。

まあ「藤城和也」の記憶によるとメイドと言っても持ち主の一家がここに滞在する間だけ、地元のハウスキーパーとかを期間限定で募集するだけみたいになってるようだけど。

ゲームなら専属の召使が働いているようだけど、現実となると厳しいのだ。

でその事件であるが、本来であればそれまでの主人公の行動によって発見の状況は左右される。

あるルートではバラバラにされた遺体が暖炉の中で燃やされていたり、

あるルートでは人相がわからなくなるくらい顔面に損傷を与えられたモノが転がっていたり、

あるルートでは床に書かれた魔法陣の中央に死体が置かれ、引き摺り出された内臓が周囲を彩っていたり、

もうね、犯人が何を考えてこんな事をしたのかわからないような現場がほとんど。

いや、犯人は俺なんだけどね。

しかしロクな役じゃないなあ、いつもいつも。

で、基本は探偵が解決するにあたって、その状況というのが有力な手がかりになるわけなんだけど。

あるルートだと「藤城和也」が快楽殺人者だったり、先祖以来吉岡家に恨みを持つ人物だったり、オカルトにハマった人間だったり……。

ろくな書かれ方してないな、俺。

そこで今回は首を切られた死体というわけなんだけど、この一点だけ取れば俺にとって有利なわけである。

何せ俺には首を切る理由というものが無い。「藤城和也」なら必然性があったんだろうけど生憎俺はそれを最後まで行う義務も意思もない。

そういうわけで、首を切るという理由から犯人を特定することはまず無理。

社会的に見て一応常識人の範疇に入っているから、会話からは快楽殺人者とかオカルティストとされる事はまずないだろう。

とすると問題は物証だけなんだが……。

「大丈夫かなあ」

ついつい何度目かの溜息と共に愚痴が吐き出される。

見落とした落し物はないか、焼き残した証拠品はないか、部屋から出る所を誰かに見られてはいないか。

そういう事を考えれば考えるほど、不安感と焦燥感に身を焼かれることになる。

どうやら今夜は眠れそうにない。


ぼんやりとしているとドアを激しく叩く音に気がついた。

「藤城様、居られますでしょうか。藤城様」

メイドの慌てたような声が聞こえる。

布団に包まっていたので気がつかなかったが、窓の外は一面の白。

どうやら気がつかないうちに朝が来ていたようである。

「藤城様、藤城様」

メイドは焦った声でこちらの名前を連呼する。

ああ、死体が見つかったんだな。

思わず自分の頬を両手で叩き気合を入れる。

さあ、ここからが勝負どころだ。

今起きた風を装い、不機嫌な顔でドアを開ける。

「一体何?」

目をこすりながら問いかけると

「ああ、ご無事だったのですね。良かった」

心底安心したような声が返ってきた。

おそらく主人が殺されたことで、各部屋の客の様子を確かめにやられたのだろう。

状況がわかっているのかいないのか、おどおどした態度をとっている。

「ん?何?もうご飯?」

「いえ、それがですね……」

彼女は一瞬言い淀んだ後、思いもかけないことを口にした。

「和人様、吉岡和人様の行方がわからなくなったそうなので、皆様一度食堂にお集まりいただきたいと」

……どういう事???

行方不明?

死体が発見されたと告げられることを予想していた俺は、一瞬呆然とした。

そんな自分の様子をメイドは当然の混乱と受け取ったのか、一礼すると

「それでは私は他の方々にもお知らせしなければなりませんので」

と去っていった。

その背中を見送りながら、俺はまだ混乱から立ち直れずにいた。

行方がわからなくなったという事は、あの部屋に入って確かめたという事だ。

とするとあんな目立つものが置かれているのにわからないはずがない。

とすると……。

そこで考えられる可能性は一つしかない。

誰かが死体を片付けた……。

ゲームの中では俺は常に単独犯だった。

共犯者がいたルートなど見たこともない。

とするとこれはまずい事になった。俺は心中舌打ちをする思いだった。

誰かが俺とは関係なく動き回っている。

とするとゲームのシナリオとはズレている可能性が大きい。

ゲームの知識を生かして先手を取るという俺の戦略が大きく損なわれる可能性がある。

「まずいなあ」

メイドが立ち去り、扉が完全に閉まった事を確認して呟く。

普通の人間なら死体を発見した時点で大騒ぎするはずだ。かかわり合いになることを恐れて何も見なかった事にするにしろ、わざわざ死体を隠すなどという事をするはずもない。

とすると、何か思惑があって行動している人物がいる。

これは本当にまずい。先程までは探偵役を誤魔化すことばかり考えていたが、今からは誰かわからないがもう一人の行動にも気をつけて動く必要がある。

ただし、これはチャンスでもある。もし死体を隠した人間がわかり向こうが俺の正体を知らないならば、殺人もあちらに擦り付ける事ができるわけだ。

どちらにしろ今は動きを見守るしかないか。

証拠品を隠滅した以上、今こちらから出来ることはほとんどない。逆にうっかりした行動は疑惑を招きかねない。

今の俺の立場は事件に巻き込まれた訪問客だ。

改めてそう自分に言い聞かせると、ゆっくりと髭を剃って顔を洗う。

身嗜みが整ったのを確認して部屋を後にする。


さて、これからが本番だ。

食堂には舞台の主役たちが揃っている。

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