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十二話 怪異

窓の外は黒を幾重にも塗り込めたような闇。その中を絶え間なく降りしきる白い雪。

窓の外にあるのは白と黒の二色だけ。


外はすっかり夜である。


暖房が入っているのに、窓の外を見ているだけで体温が奪われていくような気分に襲われる。

世界が終った後ってこんな感じなのかな。

ふとそんな益体も無いことを考えている自分に気が付き、ついつい苦笑が漏れる。

苦笑ついでに手に持っている珈琲を口に運ぶ。少しぼんやりしていただけなのに、すっかり冷え切っているな。

冷めた為に苦味だけが強調されるそれを再び口に運びながら、またぼんやりと窓の外を見る。

相変わらず白と黒以外は一切の色彩が拒絶されている。

ふいに人恋しい気分に襲われた自分に、思わず自嘲の笑みを浮かべる。

この屋敷に現在いる人間以外が入ってくるなら、それは警察以外には考えられない。そうなれば自分は一巻の終わり。

俺は嫌な考えを振り払うように体を震わせると、別の事に考えを集中させる。

それは昼間見た光景。



「とすると、君は和人を探しに行くのには反対なんだね」

静かな口調とは裏腹にその奥には怒気が隠されている。そんな秀雄に対して探偵はあくまで冷静に対峙する。

「はい。あの現場に残された血の量からして、おそらく和人氏は亡くなっているのに間違いないでしょう。それに万が一命を取り留めていたとしても、昨夜から現在まで屋外にいて生存できるとは考えられません。それに現在ここにある装備で捜索に向かうとしたら、二次遭難の危険性が大きいです」

「しかし、万が一和人が生きているという事もあるだろう。なんなら儂一人でも」

「いけません。それこそ自殺行為です」

ひとしきり言い合った後、互いにしばらく睨み合う。しばし二人の視線が交錯した後、秀雄はふいに肩を落とした。

「そんな事はわかっとるんだ。そんな事はな」

そう言うと一つ大きな溜息をつく。なんだか体が一回り小さくなったように思えるな。

「だがな、あいつの事を思うと、どうしてもじっとはしておられんのだ」

そう言った彼は、一気に十歳も二十歳も年を取ったように感じられた。

「お気持ちはわかります」

「いいや、わからん。これだけは誰にもわからん。儂はな、また子供を失ってしまったのだ」

ん?また?

その言葉に少しひっかりを覚える。確か和人は一人っ子だったはず。小さい時に兄弟が居たとかいう設定もなかったように思えるけど。

しかし流石にこの席でその疑問を口にすることは出来なかった。

俺もそれなりに空気は読めるのだ。

傍若無人に思えていた探偵も、疑問は口にしない。いや、彼女ならその辺の状況を知っていてもおかしくは無いのだが。

そのまま彼は椅子に崩れ落ち、頭を抱え込んでしまった。

そんな彼を一瞥し、探偵はやおら我々の方に向き直った。一瞥した視線に、痛ましげな感情が微かに感じられたのは俺の錯覚だろうか。

「では午後からですが。午後からは先ほどみたいな捜索はもうやめた方がいいと思います」

「何故ですかな」

「犯人の目的が全くもってわからなくなりました。午前の捜索でわかったのは犯人が死体、いや和人氏を隠したという事実だけで、何故隠したのかその動機がはっきりしません」

それは犯人の俺も知りたい。

「私の勘ですが、この犯人が和人氏を隠した理由、それがはっきりすればなんとなく事件の全貌が見えてくるような気もするんです」

元々は単なる痴情の縺れだったんだけどね。いったい何でこんなこんがらがった状況になったんだか。ゲームの強制力なわけはないし。

ただ気になるのはここで捜索をやめるという理由だけれども。

「あの、かといってじっとしているのも何だか。皆で調べればまた新しい手掛かりが掴めるんじゃないでしょうか」

「ふむ」

探偵は俺の言葉をしばらく吟味する、いや吟味する振りをした後、言葉を続ける。

「一応午前中の捜索は和人氏の万が一の生存、そしてそれが叶わなかった場合は遺体の発見を目的として行ったものです。しかし現在それらの目的の為に行動を起こす理由がありません」

「しかし……」

「犯人が遺体を隠したという事は、犯人の最終的な目的がまだ終わっていないのかもしれません。もちろんただ遺体に手掛かりが残されているというだけかもしれませんが」

探偵が「目的が終っていない」と口にした時、一同の間に微かなざわめきが起きた。誰しもその言葉が意味する事に気付いたのだ。

すなわち。

殺人はまだ終わっていないかもしれないという事に。

……ただ正直俺としては、その方がありがたいのである。自分が殺される事ともなれば話は別だが、正直動機の面から見てその可能性は薄いのではないかと思っているし。事件が混迷の度を深めれば深めるほど、別の人間、この場合は他の事件の犯人に全部おっ被せる事が出来るという寸法。

もっともそいつの目的が館の人間の殲滅というのであれば、話は別で俺の身も危ないのであるが。

インディアン人形とか用意されてないよね。もしくは今から探偵作家の名前でお互いを呼び合うとか。

とりあえず最後に残って探偵と一対一という状況は勘弁してほしいなあ。

某小説みたいに事件の最中、想い合うようになった男女が二人最後に疑心暗鬼になるというのは後味が悪いものである。

「来なさい、藤城。斧なんか捨ててかかって来なさい」

「真相なんかにはもう用はねぇ。へへへへ、斧も必要ねぇ、誰がてめぇなんか、てめぇなんか怖かねぇ!探偵、ぶっ殺してやる!!」

で最後にやってきた救助隊が。

「誰か残っているか」

「誰もいません。死体だけです」


阿呆な事を考えている間にも探偵の説明は続く。

「よってここは少人数で行動するより、大勢で集まっていた方がいいでしょう。その、女性もいるので寝る時は各部屋に戻るのも仕方ないのですが、その場合も朝まで鍵を掛けて誰も入れないようにしていただきたいのです」

何故か、救出が来るまで部屋に鍵を掛けて籠ろうという者はいなかった。

そうして午後の時間を揃って食堂で過ごしたわけだが、そこには滅々とした空気が漂っていてどうもやりきれなかった。

吉岡秀雄は今更ながら息子の死が実感できたのか、ずっと虚空を見つめたままであったし。椎名はそんな英夫を支えるかの様に、ずっとその手を握っていた。

秀雄の頬に微かに涙の流れた後があるのを見つけて、少し気の毒な気がした。

ただ何故か自分にも和人を殺したという実感がないのである。俺、というのは現在これを語っている俺であるが、俺は現場の後始末をしただけであって、実際にコトに当たったのは俺ではない藤城であるわけであるし。

とここまで考えて、俺は一つの事実に行き当たった。


本当に和人を殺したのは俺なのか?


死体を前にした衝撃と、ゲームでの知識からてっきり俺になる前の藤城の犯行と決め付けていたが、ひょっとすると俺は第一発見者だけだったのではないか。

いや、それにしては現場が整いすぎていた。鋸や牛刀が用意されていて、死体は首が切り離された状態。とするとやはり犯行時に俺が目覚めたというのが一番しっくり来るが……。

それでも犯人が決行している最中に、俺が部屋に入って図らずも後始末をしてしまったという事も考えられる。

畜生、思考の泥沼にはまり込んでしまう。如何に様々な可能性を考えても、それは可能性だけで現在決して実証できない。

ただそうした場合、次のようなパターンが考えられる。

まず、俺が犯人の場合。俺がしたのは殺害と現場の後始末。そして何かの意図を持った者が和人の死体を隠す。

でもまあ自分で言うのもなんだが、この可能性が一番高いんだよなあ。

次に別の人間が犯人だった場合。まず考えられるのは殺害したのと死体の隠匿を行ったのが同じ人物である場合。

この場合は単純で、犯人が元々予定していた行動を行っただけと考えられる。死体を解体しようとしたのも、別の方法で隠そうとしていたのを俺が牛刀とかの始末をしてしまったために別の手段をとったと考えられるし。

最後に一番厄介なのが殺害を行ったのと、死体を隠したのが別の人間であった場合。

これだと本当に情報が少なすぎて、誰が行ったかも動機も全く分からなくなってしまう。

考えれば考えるほど迷宮に迷い込んでいる様な気がする。

俺になる以前の藤城和也の事を思い出そうとしても、だんだんと霞がかかったようになってよく思い出せなくなってしまっているし。


暖炉の薪が弾ける音で俺は現実に返らされた。

澤木は秀雄の様子に気を配りつつ何やら考え事をしている風だし、岡村と高木は二人で部屋の隅で手を握り合っている。時折何やら囁いているようだが、何を言っているのかはここまでは伝わってこない。

柊は先ほどまでの饒舌が嘘のように椅子に座って何かをしている。よく見ると一人じゃんけんしてるよ。何考えているのかよくわからないが、正直この状況でそんな事する余裕だけは凄いと思う。

そうやってぼんやりと他の皆の様子を窺っているうちに、時間はどんどん過ぎて行った。

探偵と助手が帰ってきてから夕食となったが、助手の疲労の色が濃い所と探偵の仏頂面から見ると特に新しい発見などはなかったのかな。

食事が終わるとだれが言い出すともなく部屋に帰っていき、自然と解散となってしまった。



雪は深々と降りしきる。

もう一口珈琲を飲もうとしたが、口に運んだところでそれが空になっている事に気付く。

ぼんやりしている間に飲み干してしまったらしい。

自分では気が付いていないだけで、疲れてるのかな。そろそろ寝た方がいいかな。

そう思って時計を見ると、いつの間にか日付が変わっていた。

「便所行って寝よ」

そう考えた途端、顎が外れそうな大きな欠伸が出た。

「きゃああああああああああああああ」

悲鳴が聞こえたのは、欠伸を終えた丁度その時であった。

驚きのあまり、手に持っていたカップを取り落す。壊れたカップの破片が飛び散るのに構わず、身体は悲鳴の原因を訪ねるべく、廊下へと急いでいた。


廊下には明かりはついているものの、その明かり自体が妙に薄暗い。

その薄暗い明かりの中、誰かが床にしゃがみこんで震えていた。その肩を男が守るように抱いている。

近付いてようやくそれが岡村と高木である事がわかった。

悲鳴を聞いた他の人々もこちらに集まってくる。それでも二人は身を震わせるだけで、声も出ない。

「大丈夫ですか。一体何が起こったのですか」

探偵が高木の肩に手を置き、優しく語りかけた。

手を置かれた瞬間彼女の体は何かに怯えたように震えたが、恐る恐る顔を上げ目の前にいるのが探偵とわかった瞬間、堰を切ったように泣き始めた。

しゃくりあげながら、幼子のような声で繰り返す。


「椎名さんの部屋から白い女の人が出て行ったの。彼女も殺されたんだわ」


と。

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