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第十話 遺棄

昼食は誰も何も喋らない中で粛々と摂られていた。

食事がまずいわけではない。むしろ美味いといって差し支えないレベルだろう。

限られた食材の中で、しかもいつも来る料理人はいない。

これはあのメイドの腕だろうなあ。

そう思って俺はあのおどおどしていたメイドの評価を上に付け替える。

出された料理はどれも家庭料理だが、殺人という非日常的な事が起こっている現在、下手に派手派手しいよそ行きの料理より、こういう料理を出される方が安心できる。

そう思いながら俺は味噌汁を啜りこんだ。

うん、出汁の出し具合も問題ない。大根と油揚げという組み合わせもわかっているとしか言い様が無い。

本来なら舌鼓を打ちながら食べたい程だ。

だが俺は無表情のまま粛々と食べ続ける。ここで下手に感情を見せたらどうなる事やら。

探偵が死体の処理方法を見つけたといっても、それは方法だけ。誰がやったか、という事は未だに霧に包まれているわけだし。

下手な反応を見せたら俺に容疑がかかる事となる。

そういうわけで俺は内心では非常に満足しながら、外見ではボソボソと食べているのである。

心ここにあらずという様子で食べながら、そのついでに他の人間の様子を観察する。

まずは吉岡夫妻。

景子は体調が悪くなったと言ってこの場には出てきていない。息子を突然失った母の反応としては妥当なものだろう。

秀雄は出てきてはいるものの、ほぼ食事に手をつけていない。何やらこの数時間で一気に年を取った感じを受ける。何か目に生気がなくて、肌にもハリがない。今朝までは半白の髪を持った紳士ってイメージだったのが、一気にお爺ちゃんという感じだ。

澤木忠彦は一見落ち着いている様子だ。医者という職業柄こういう事や血には慣れているのだろうか。普通に食事をしながら舌鼓を打っている。

ただ時折周囲に送る視線には怯えの感情が含まれている。犯人が誰かわからない状態ではこれが普通の反応か。俺も怯えたような表情でも作るかな。

岡村、高木ペアは隣り合って座り、たまに視線を交わし合っている。そこはまあ何時も通りなわけだが、目の前の食事にほとんど手が付けられていない状態が、彼らの今の心境を物語っているのだろう。

椎名も食事を摂る事なく、おどおどと目の前に並んだ料理を見ているだけ。

彼らとは逆に何時もと変わらないのが柊、探偵、助手の三人だ。

柊は普段と変わらない様子でゆっくりと食事をしている。そして美味いという意味なのか、頻りに頷いている。ふと俺と目が会うと、俺が怯えた視線で目を伏せたのに対し、こっちに向かって微かに手を振りやがった、なんだ、こいつ。

彼の様子だけを見ると、まるで事件なんか起きずに普段と変わらない日常が続いている様に思える。

探偵と助手も同様に普段と変わらない様子で食事をしている。まあこいつらは自分は追う側であるという余裕がそうさせているのだろうけど。今はその余裕が妙に腹立たしい。


暖炉で薪が爆ぜる音を立てる。

各人の前には食後の珈琲。上質の豆を使っているらしく、とてもいい匂いがする。

それをゆっくり味わうのも先ほどの三人、手をつけないのは秀雄と椎名、心ここにあらずという風で飲んでいるのが残りの人間。

俺も一口口に含むが、これがまた非常に美味い。程よい苦味と香りが口に入れた瞬間に口腔内に広がる。

まずければ考え事をしている振りをして残そうかと思ったけど、これほどのものを残すのはもったいない。考え事をする振りをするのはそのまま、全て美味しくいただきました。

それにしても豆もいいが、入れ方もいい。どうやって入れたのか、後であのメイドに聞いてみよう。

ちなみに探偵たちも気に入ったらしく、一口飲んでは頻りに感心した風をしていた。

それにしても先ほどの食事といいこの珈琲といい、意外な才能を持っているのかもしれない。

「さて……」

食事を終えて一息ついた所で、おもむろに探偵が声を上げる。

「本来でしたら午後も和人氏を探す予定でしたが、その必要もなくなりました」

その言葉に全員が訝しげな目を向ける。

「必要がなくなった、って事は和人が見つかったのですか」

とこれは岡村の言葉。

その言葉に全員が驚いたような顔、愕然とした顔を見せる。探偵と助手、そして振りをした俺を除いた全員が。

犯人以外には和人が、もしくはその死体が見つかったという事。そして犯人にとっては己の犯行方法がバレたという事。

俺は……俺は大丈夫か?死体を見つけるのは応援が来るまで不可能だし、それ以外の状況は変わっていない。

探偵から疑われる行為も、ロープの上に座ったという事以外は何も無いはずだ。

いっそ痔持ちなので冷たいものの上に座るのはきつい、とでも言っておくべきだったか。

薬を塗る自分の姿を想像した所で、考えるのを止める。あんまり嫌な事を考えるものじゃあない。

「か、和人はどこにいたのです」

秀雄が探偵に早口で問いかける。

「その言葉は正確ではありませんね。いた。ではなくある場所がわかった。というべきです。何故なら」

「ああ、もうそんな言葉遊びなんかどうでもいい」

嬲るように喋る探偵の台詞に秀雄が怒鳴るように言い返す。

「だから和人はどこにいるのか。と聞いているんだ!!」

「まあ落ち着いて。それを今からご説明します」

そういうと探偵は一つ咳払いをした。

「まず私が何故彼の居場所に気がついたか。それは午前中の捜索で我が助手が発見した一つの手がかりから導き出されたのです」

それを聞いて助手がぱっと嬉しそうな顔をする。忠犬丸出しだな。

「それがこの手がかりです」

そう言うと芝居がかった手つきで、自分の足元から先ほどの木片を取り出した。一部白いペンキを塗られているものの、それ以外はどこにでもありそうな木片。

「木切れ?」

そう問いかけるような声に探偵は我が意を得たりと大きく頷く。

「そう木片です。先ほど外を捜索していた時に見つけたものです。ただしこの木片、おかしいと思いませんか?」

そういうと見せびらかすように一同の目の前にそれを掲げる。

「この木片はこの新しい一辺を見ればわかる通り、ごく最近どこかから剥落したものです。普通の人間ならこの木片が転がっていた所で見過ごしてしまうでしょう。しかし我が助手はこれに気がついた」

そこで一息入れ、助手を見つめる。あーあ、何かもう涎でも垂らさんばかりの顔つきになっているよ。

「ただ、彼の限界はこれを見つけるまででした。その愚鈍な頭脳では、この木片の意味しているものを突き止めることはできなかったのです。ご覧下さい、この木片のこのペンキがついている部分、ここに擦過傷があるのがわかりますでしょうか」

なるほど、確かに何か擦ったような部分がある。

「私はここが擦られたせいでこの木片が剥落したと判断しました。されば何故、この木片が擦られ落下しなければならなかったのか。またこの木片はどこにあったのか。その疑問と今朝の消失事件、この二つをあわせて考えればその答えは自ずから明らかになります」

一同は探偵の独演会に呑まれたのか、咳き一つ立てずに聞き入っている。

「そう、この木片はいなくなった和人氏の部屋、その外側から剥がれ落ちたものだったのです。先ほど確認しましたが、彼の部屋の窓枠にはこの木片が剥がれたような跡がありました」

「だ、だったら和人は自分で外に出ていったっていうのか。こんな吹雪の中を……」

「落ち着いてください。私は一言も彼が自分の足で出ていったとは言っていません。それにそれだとあの血痕の説明がつきにくくなる」

岡村の言葉を探偵が一言で切って捨てる。

「私が言いたいのは彼の死体が窓から外に出されたという事を言っているのです。おそらくロープを使ったのでしょう。残念ながら」

そこで言葉を切り、こちらをちらりと見る。

「残念ながらロープは別の人間によって濡らされてしまったので、立証は不可能ですが」

「だ、だったら血が……雪の上に血が残るはずだろう」

「先ほどメイド氏に確認したのですが、ここで使っているゴミ袋は随分大きいようですね。それこそ人一人十分入るくらいに。それに、それに雪についた少量の血程度なら少し誤魔化せば、この吹雪で跡がわからなくなってしまいますよ。もっともこの犯人がそんなミスをするとは思えませんがね」

「し、しかし。しかし外を確認した時には死体などどこにもなかった。僕一人じゃない、松本さんも一緒に確認したはずだ」

絞り出すような声で、探偵に抗議する。大丈夫だよね、ちゃんと不安な様子出ていたよね。

「ええ、もちろん外に出しただけではありません。でもね、藤城さん、貴方が持っている情報を総合するときちんと私と同じ結論になるはずなのですよ」

「持っている情報……」

ああ、わかっているよ。橇とロープ、それに地形だろう。

「彼らが車庫を捜索した時、中にある橇がなくなっていたそうです。それにロープは濡れて……いや濡れていたはずです。そして」

そこで探偵は秀雄を見つめる。

「先ほど秀雄さんから聞いたのですが、車庫の向こうには駐車場、そしてその向こうは坂になっているそうですね。しかも柵もない」

「あ、ああ」

気押されたように秀雄が答える。彼も何となく探偵の言わんとする事がわかってきたのだろう。先ほど息子の行方がわかったと言われた時の勢いは見る影もない。

「これだけの材料があればもう答えは出たようなものです」

そこで探偵は一同をぐるりと見渡す。ああ、これこそ探偵だ、謎解きする時には一同の前で。ただ犯人はまだ掴めていないだろうが。

「まず犯人はロープを使い死体を窓の外に降ろす。この木片はその時に落ちたものでしょう。そして彼、もしくは彼女は車庫から橇を取り出してきて死体をそれに乗せます。そして自分の体にロープを巻きつけ、もう一方をこの白病館に繋ぎ留める。これで即席の命綱の完成です。やがて犯人は橇と共に吹雪の中に足を踏み出す」

探偵はここで一息入れ、手元の水を飲んだ。言葉もなく聞き入る人々。

「単に足を踏み入れたままだとこの白い闇の中で、すぐに方向もわからなくなるでしょう。死体を引きずったままリングワンダリングは命綱をつけていたとしてもリスクが高すぎる。おそらく磁石を用意していたのでしょう。そして犯人は真っ直ぐ駐車場を横切り、傾斜に差し掛かるとそのまま橇を」

ああ、そこまではいい。問題は誰が、何のためにそれをやったかだ。

「橇を突き出したのでしょう。橇は和人氏を乗せたまま障害物のない坂を驀地に下り続ける。これが死体の行方です」

暖炉によって室内は暑いくらいだ。しかし一同の顔は真っ青になっている。一部の人間を除いて。

「問題はですね」

探偵がさらに言葉を紡ぐ。

「この方法だと吹雪が止み警察が来るとあっさり発見されてしまう事なんですよ。とすると和人氏を殺した犯人、もしくは死体を隠した犯人はそれまでの時間が稼げれば十分という事になる。死体を隠した事を含めて、まだ彼か彼女には何か目的がある。私にはそれが気になるんですよ」

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