魔法を使ってみましょう
「ふんふふんふーん♪」
深い森の中、一人の狂気を纏った男が楽し気に鼻歌を歌っていた。
「いやぁ、楽しかったですねぇ……まだ感覚が残っています」
狂気を纏った男、狂井恭弥はそう言って何かを思い出すような仕草をしては頬を紅潮させる。口から溢れる艶めかしい吐息は、恭弥の美しい容貌も相まってとても色気に溢れている。
「ですが、流石に少しお腹が減りました」
恭弥はそう言って自身の腹を抑える。
恭弥とて人間だ。時間にして半日以上も動き回っていたら空腹にもなる。
「何か食べれそうな物は……おや?」
そう言って辺りを見回した瞬間、恭弥の感知圏内に何かの反応があった。
「これは……何かの動物ですかね。丁度良い、この子を頂くとしますか」
恭弥の感知で捉えた反応は、ゴブリンの倍程度のエネルギーを持った四足歩行の生物だ。恭弥は早速気配を殺してその反応の元へと向かう。
(おっと、あれですね。見た感じは猪のようですが、地球のものより随分と大きいですね)
向かった先にいたのは、全長3メートルほどもある巨大な猪であった。見た目は黒い毛をした普通の猪だが、その大きさと鼻と口の中間辺りから伸びる鋭い牙だけは地球のものと明確に掛け離れている。
猪は時折何かを探るように鼻を動かしながら一心不乱に地面に生える草を頬張っている。
(猪なら何度か食べた事ありますし、大丈夫でしょう。早速いただきますか)
思うが早いか、恭弥は超位隠密を発動させて素早く駆け出した。
巨大猪は血の香りをプンプンさせている恭弥の存在に気付いてはいたが、臭いの元にその姿が見えない事に不思議そうな思いを抱いていた。しかし所詮は動物脳で直ぐにその事に興味を失い、再び草を頬張り出す。
「食材確保です」
恭弥は走りながら素早く抜いた呪怨の黒剣を構え、草を頬張り続ける巨大猪目掛けて振りかぶる。
「プギィ!?」
巨大猪は見事に首を跳ね飛ばされ、どさりと音を立てて地面に倒れた。その横にくるくると宙を舞った首が時間差で落下する。それと同時に恭弥の脳内にレベルアップを知らせる音が響く。
「しまった、僕の存在が血の臭いで気付かれてましたね。相手が動物で良かったです」
恭弥はあちゃーと言った調子で額を抑え、参った参ったと笑い声をあげる。
「まぁこれはおいおいどうにかするにして、早速この猪をいただきましょう……あっ」
そこまで言って恭弥は今まで見逃していた事に気付いた。
「僕、他のスキル練習してませんでした」
それは巨大猪の肉を焼こうとした時、火が無い事に気付き、それに続くような形で魔法の事を思い出したのだ。
「うーんと……火の魔法は確かさっき殺したレッドゴブリンロードが使ってた奴ですよね……どう使えばいいんでしょう」
恭弥はレッドゴブリンロードとの戦いを振り返り、レッドゴブリンロードが魔法を使っていた時の感覚を思い出そうとした。
「確かあの時は、何かのエネルギーらしきものが集まって来て、その瞬間にレッドゴブリンロードの手元に火の球が現れたんでしたっけ……」
こんな事ならゴブリン達を殺しに行く前に練習しておくんだった、と今更ながら後悔をする恭弥。あの時は自由に殺戮が出来る異世界に来れた喜びで気持ちが昂ぶっていたので、とにかく何かを殺してみたかったと言う気持ちが先行してしまったのだ。
恭弥は誰にするでも無く心の中で言い訳をし、なんとか魔法の使い方を理解しようとする。
(魔法に関係すると思われるMPとINTは存在してますし、パッシブスキルとスキルにも全属性適性と全属性魔法が存在しているので魔法自体が使えないって事は無いと思うのですが……)
そんな風に色々と試していると、恭弥は体の中に感じる何らかのエネルギーの存在に気付いた。それは恭弥の中でグルグルと渦巻いており、時折それからレッドゴブリンロードが魔法を使う時に感じていた何らかのエネルギーと同じようなものを感じる。
(そう言えばレッドゴブリンロードも魔法を使う時、何らかのエネルギーを使っていましたね。もしかしてアレが異世界ものでよく言う魔力と言う奴なのでしょうか)
恭弥は試しに自身の中でグルグルと渦巻くそれに意識を向けて見た。
「おっ?おお!」
すると思った通り、意識をした通りにそのエネルギーを動かす事が出来た。
「と言う事はこれにイメージを乗せる事で魔法が完成するんですかね?」
試しにライターの火をイメージし、そのエネルギーにイメージを乗せてみた。すると、
「おお!指先から炎が!」
恭弥の右手の人差し指の指先からはイメージした通り、ライターの火のような小さな炎がポッと現れた。
「指先にあるのにその手の指には熱さを感じ無いんですね。でもこうしてもう片方の手を近付けると……あちちっ、熱さは感じるんですよね。うーん、不思議です」
とにかく火は起こせたので早速近くの落ち葉や枯れ木を集めて、指先に浮かべた炎でそれらに火を付けた。
「ほう、消したい時は消えろと念じれば消えますね」
燃え上がる火が大きくなるのを待ちながら、恭弥は指先に火を出したり消したりして遊んでいる。何パターンか試してみると、この炎はかなり自分の思い通りに扱える事に気が付いた。
「よっと……おお、綺麗ですね」
思い付いた恭弥は一度に五本の指全てに火を出してみた。その際、火の温度を一つ一つ調整し、それぞれ赤い炎、オレンジの炎、青い炎、白い炎、黒い炎と分けてみた。
「確か赤から青と順に温度が高いんでしたね。白い炎と黒い炎はなんでしょう?込める魔力の質を変えてみたら出来ましたが……」
この炎だが、白は聖浄の特性を持つ光属性が混ざっており、黒は破壊の属性を持った闇属性が混ざった炎である。この二つの炎は、青い炎までのものと威力も温度もまるで次元が違い、指先程度ではあまり分からないが、しっかりと魔力を練って放つと、それだけで下手な街程度一瞬で燃やし尽くす事が可能な程の威力を孕んでいる。
恭弥はまだその事を知らないのでただ首を傾げるだけであったが、これはこの世界の常識に当てはめると、とても異常な事である。
通常、一人の人間が持ち得る魔法属性は火、水、風、土の主要四属性と呼ばれる属性の内一つだけである。極稀に二属性、三属性、あるいは四属性全てを扱える者がいるが、それは極めて例外であり大抵の場合この四属性のうちのどれかに適性を持って生まれる。魔術士を志す者は自身の適性を知り、その魔法の腕を磨いて初めて魔術士と呼ばれるようになる。しかし恭弥の場合、転生時の虹玉特典で全属性適性と全属性魔法を獲得している。その為恭弥が扱える属性は、火、水、風、土の主要四属性全てに加え、世間では固有属性とまで呼ばれている光、闇、時、幻、無の固有五属性までも扱える。この白い炎と黒い炎はそれぞれ光魔法と闇魔法に分類されるものである。
主要四属性とはその名の通り火や水を思うがままに扱う魔法の事であり、レッドゴブリンロードの火炎魔法もこの主要四属性のうち火属性に分類される。
因みに主要四属性を二つ以上扱える者はそれぞれデュアルマジシャン、トリプルマジシャン、オールマジシャンと呼ばれ、各国が諸手を上げて人員の確保に赴くレベルである。
と言うのも、デュアルマジシャンは一万人に一人、トリプルマジシャンは十万人に一人、オールマジシャンに至っては百万人に一人程度の確率でしか誕生しないので、そんな貴重な人材は何処の組織も喉から出る程欲しいものなのだ。
次いで固有属性だが、これは光や闇と言った主要四属性とは別の枠組みに入る魔法属性の事を表している。適性者が誕生する確率で言ったら、それぞれ一万人〜十万人に一人の確率と言ったところか。
光魔法は主に治癒と防御能力に特化したタイプの魔法属性で、主要四属性の中でも治癒能力のある水属性の魔法ではどうする事も出来ないレベルの大怪我ですら癒してしまう強力な治癒魔法を扱う事が出来る。しかも治癒だけで無く戦闘時には味方を強化する付与魔法や敵の攻撃を防ぐ結界なども張れ、その上攻撃時にはレーザーのような攻撃魔法までも使えると言う、まさに万能の魔法なのだ。その特性上、大勢の仲間が守りながら戦う事が基本的な戦闘態勢となっている。
闇魔法は光魔法とは一転して破壊能力に特化した超攻撃的なタイプの魔法属性である。
闇魔法の最も得意とするものは大規模戦闘で、広範囲に大ダメージを与え戦況を一変させたり、自身の有利な方向へと持って行く事が出来るのが強みだ。しかも、闇魔法の中には与えた傷の回復を遅れさせたり、逆に人体にはダメージを与えず、その人の魔力や魂に直接ダメージを与える事を可能とする呪術的な魔法もある。大規模戦闘だけでなく拷問や精神汚染など裏の仕事をも得意とする闇魔法は、ある国によっては禁忌の魔法とされたりもしている。
次いで時属性の魔法だ。これは正式名称は時空間魔法と言い、その名が示す通り時や空間に直接干渉する事を可能とする魔法である。
時空間魔法は、正直あまり使い勝手が良く無い。と言うのも時や空間と言ったこの世界そのものに干渉する魔法なので要求される魔力がばかにならない。一つ魔法を発動させるのにも大体他の魔法の5〜7倍もの魔力を必要とし、適性を持って生まれてもまともに使える者が中々いない。しかしその分、扱える者は他の属性の魔術士よりも一線を成す実力者となる。
時属性の初期魔法にして最終魔法であるタイムコントロールは、自身が込めた魔力量に比例した時を操る。それはただ相手の動きを僅かに遅めるだけから、完璧に止めるまでと言った大きな開きがあるが、この属性に適性のある大体の者が動き数秒遅らせるだけしか出来ない。それでも各国は時空間魔法の適性者を必ず保護しようとする。それは時空間魔法が人の永遠の望みである不老に最も近い存在だからだ。
時属性の適性者はその魔法の特性上、非常に長寿となる。それは個人差はあるが大体通常の倍程の寿命を持ち、それに伴い肉体の老化速度も二分の一となる。そのため各国はなんとかして我々に不老をと一縷の望みにかけて時属性適性者を囲おうとするのだ。
次に幻属性の魔法だ。これは他の属性魔法と違い直接的戦闘能力は皆無と言っていいほど無い。出来る事と言えば精々、相手に幻を見せて撹乱させる程度だらだ。しかしこれが真価を発揮するのは知能の高い魔物や人間相手の時である。
人など知能が高い者は大抵視覚から情報を得ている。中には耳や鼻、シックスセンスと呼ばれる第六感などで情報を得る事が可能な者もおるが、大抵の場合は先ず視覚からの情報に頼る。しかしこの幻魔法は、その視覚を封じる。しかもその際に闇魔法以上の威力を持つ凶悪な精神干渉を掛けられ、それをまともに食らった場合、生物としての正常な機能の酷使すらも難しくなる。その特性上、戦闘時は光魔法の使い手と同様に大人数に守られながら戦う事が多いが、単純な脅威度で言えば恐らく固有属性最凶であるだろう。
最後に無属性。これはまた特殊な属性で、魔法は魔法でも目に見える形の魔法では無い。
無属性の魔法は主に身体強化魔法の類いに属する。勿論この身体強化魔法は普通の身体強化魔法とは違うが。
無属性による身体強化は、普通の身体強化魔法とは違い、ただ自身の魔力を使って自身を強化するだけで無く、周囲に満ちる魔素までも利用し、通常の身体強化魔法とは比較にならない程、爆発的に身体能力を上げる事を可能とする。それは例え相手が生物であっても例外では無く、相対した魔物や人が持つ魔力をも奪って自身の強化を行う。その特性上、無属性魔法の使い手は人に敬遠され易いが、しかし、自身の身体強化だけで無く相手を弱体化させる魔法をも扱う事の出来る無属性魔法の使い手は、多対一の戦闘を最も得意とし、相手の魔力を奪った上で更に相手の身体能力を弱体化させる魔法を発動させると、相手は最早何も出来無い。例え人数を幾ら揃えたところでその魔法を使われたらその人数分相手が強化されてしまうので、戦闘の必勝法である数でのごり押しが無意味となる。ある意味一番敵にしたくないタイプである。
と、長々と説明したがこれが主要四属性と固有五属性である。その上で恭弥を見てみると、
「ふんふふんふふーん♪おや?こうすると黒い炎と白い炎が混ざり合いますね。なんか火力が強くなった気がします」
恭弥は鼻歌を歌いながら固有五属性の光属性と闇属性を主要四属性の火属性と混ぜ合わせ、その上で更にその光属性を持った炎と闇属性を持った炎を混ぜ合わせている。もしこれをこの世界の住人が見たら卒倒ものであるだろう。
ただでさえトリプルマジシャンは少ないと言うのに、持つ適性属性が火属性に加えて光と闇。この時点でもう色々とあり得ないのだが、その上それぞれの属性を混ぜ合わせるなど、最早人間技じゃない。
そう、この世界では属性の掛け合わせを出来る者は極僅かしか存在しないのだ。恭弥がこんな事が出来るのは特典で獲得した魔力適合の影響によるものであり、普通の人族が属性の掛け合わせを会得する場合は長年の修練の果てにようやく二属性の掛け合わせが出来るようになるのだ。
それだけでも十分異常な事なのだが、それに加えて元より狂った精神を持つ恭弥はその思考の柔軟性も高い。その為に至った結界が今のこれなのだろう。
「あっ、そう言えば狩った猪の血抜きをしてませんでしたね。敢えて血抜きをしないで食べるのもいいんですが、今回は一応血抜きはしておきますか」
恭弥は遊んでいた火を消し、横で死んでいる猪へと近付いて行く。
「えっと、超位隠密や超位鑑定とかと同じ感じで使えばいいんですかね?」
恭弥は巨大猪へと手を翳し、今まで使って来た超位隠密や超位鑑定と同様の感覚で血液操作を発動させた。
「おおっ!血が僕の思い通りに動きます!」
すると、何かを操作する感覚が手に伝わって来て、試しにその感覚を引き摺り出すようにしてみると巨大猪の死体から一気に血が抜けて行き、恭弥の意のままに動き出した。
「アハハッ!これも楽しいですねぇ、それにとても綺麗だ!」
恭弥は血液を絵を描くように扱い、色んな形へと変形させて行く。その姿は新たな玩具を買ってもらった少年の如く無邪気であった。
「いやー、魔法と言いこの血液操作と言いこの世界は遊戯にもってこいですね!」
それで楽しめるのは恭弥だけなのだが、恭弥は気にせず黙々と血液の形を変形させ、遂に完成したのは小さなゴブリンであった。自作ながら、中々精巧に作られた血液ゴブリンに恭弥は満足気に頷き、次の瞬間にはそれを霧散させた。
「ああ、楽しかった。では早速お腹を満たしますか」
あちらの世界で死に、神と邂逅するまで恭弥はとある国で軍と追いかけっこをしていた。その為、その間の食生活は携帯食品だけだったので、目の前にある巨大猪の肉は恭弥からしたら数十日ぶりのまともな食料である。
恭弥は早く食べたいとばかりに皮を剥ぎ、呪怨の黒剣で食べ易い大きさにまで切り分けると、近くに落ちていた太めの枝に差し込んで火にかける。
「ああ、いい香り。血の匂いもいいですが、やっぱり美味しい食事の匂いは尚良いですねぇ。うん、味も美味しいです」
恭弥は調味料などで何も味付けされていない猪肉を次々と頬張りながら満足そうに言う。
その晩、恭弥は3メートルほどもあった巨大猪の肉をあっさりと食べ切り、デザートにと近くの木に成っていた食べられそうな木の実を幾つか食し、満足気に眠りに就いた。時間的にとっくに太陽は顔を出しているのだが、何時でも何処でも眠れると言う素敵な能力を持っている恭弥はあっと言う間に意識を手放した。
地味に食いしん坊属性を持つ恭弥さんであった。




