閑話 とある冒険者達の談
閑話なので短いです。本編は次回から。
「なんだこりゃあ……」
ある日のこと。太陽が最も高くなる昼時の時間帯に、人里離れたこの森に5人組の男達がやって来た。
男達の職業は冒険者。自身の命を投げ打って金銭を稼ぐ荒くれ者達である。
「奥まで見てきたが全部がこの有り様だ……」
「この集落全体がか……?」
男達は目の前の光景を前に、信じられ無いものを見るような目で呆然と立ち竦していた。そこに奥の方まで探索に行っていた仲間の一人である軽装の男が近付いて行き、最初に声を出したリーダー格の男の元へと自身が見てきたものの報告を行った。
「ああ、信じられねぇがこの集落の全ての場所がこれと同じような惨状だ……その中でも特に中心部の惨状はとても言葉じゃ言い表せ無いくらい酷いものだった……」
そう言って見回す男の視線の先には、血を吸って元の地面の色が分からないほど真っ赤に染まっている大地と、そこに倒れ伏す真新しいゴブリン達の死体が存在していた。
「建物には被害は無く、ただゴブリン達だけがぐちゃぐちゃに殺されている。これは明らかに人為的なものだな。何者だ?」
それに対し、リーダー格の男の横に立っていた魔術師然としたローブを身に纏った男が冷静に状況の判断を下す。しかしその男も、口調こそは冷静だが、額に汗を滲ませている。
「こんな事が人間に出来るってのか?だとしたらそいつはまともな精神を持ち合わせてねーぞ」
次いで喋るのはローブの男とは逆の位置にいる大盾を背負った男だ。
男は視線に入る位置をくまなく見回し、そのあちこちで映る夥しいまでの血痕と無惨な死体を見て眉を顰めながらそう言った。
「おおーい!こいつを見てみろ!」
そう言って現れたのは、軽装の男と良く似た顔立ちをした弓を持つ男だ。男の手には何やら生物の亡骸だと思われる肉塊があり、それを見た四人全員が顔を顰める。
「馬鹿野郎!変なもん拾ってくんじゃねぇよ!」
「いたっ!?何しやがる馬鹿兄貴!」
軽装の男が弓を持つ男の頭に拳を振り下ろしながら怒鳴ると、弓を持った男は手に持つ肉塊を取り落とし、涙目になりながら軽装の男を睨み付ける。
「兄弟喧嘩はそこまでにしろ。それでお前が拾って来たのはなんだ?見る限りなんかの生物の死体のように見えるが……」
リーダー格の男がそう宥めると、軽装の男の方が渋々と言った様相で弓を持つ男から離れて行き、弓を持つ男は最後に自身の兄である軽装の男にざまぁみろと舌を出して、それからリーダー格の男へと向き直る。
「俺は特に酷い有り様だった中心部を詳しく探してみたんだけど、そこで見つけたんだこれ」
そう言って弓を持つ男は持って来た死体を綺麗に組み合わせ、元の形を露わにさせる。
「っ!?これレッドゴブリンじゃねぇか!稀に生まれるゴブリンの特異種が何故!?」
それを見た軽装の男が驚きながら大声を上げた。
「確かにこれはレッドゴブリンだな……いや、体の大きさと皮膚の色合いから察するにそれから更に進化をしたレッドゴブリンロードか、レッドゴブリンキングの類いだな」
ローブを身に纏った男が冷静にそう訂正を入れると、ざわめきが更に大きくなる。
「ってことはこのレッドゴブリンの進化種がこの集落の長って事か?それが死んでるってこたぁ、やっぱりこの集落は壊滅してんだな」
「これより上位種のゴブリンは早々いないからな。長はこいつで決まりだ。だが問題はこの集落を壊滅させ、その上でレッドゴブリンの進化種を殺害した何者かが居るって事だ」
大盾を背負った男とローブを身に纏った男の会話に一同は黙り込む。そんな沈黙を切り裂いたのはリーダー格の男の一言だった。
「ギルドに報告だ。この集落は既に壊滅。それを成した人物は不明だが、恐らくは人間の仕業であるってな。こんな事が出来る実力者は限られている。最低でもAランク冒険者以上の実力者じゃ無いと無理だ。となると各国に散らばって独自の情報網を持つギルドの事だ、上手くいきゃあそれで人物を絞れるかもしれねぇ」
リーダー格の男の言葉に四人は頷き、証拠としてレッドゴブリンロードの討伐証明である角を切り取り、ローブを身に纏った男が魔法でゴブリンの死体ごと集落全体を燃やす。こうしておかないと死んだゴブリン達がアンデットとして蘇る恐れがあるからだ。
「チッ、ゴブリン集落の斥候任務に来ただけなのに、とんでも無いものを見つけちまったぜ。あんな凄惨な事ってあるのかよ」
リーダー格の男の呟き、他の四人全員が同意の意を示す。
死体が出す独特の匂いと目の前に広がる凄惨な景色から顔を逸らし、男達は急ぎ足でギルド目指して帰って行く。
後にこの事件は『紅の惨劇』と呼ばれ、これと同様の事件が世界のあちこちで起きる事となる。
この『紅の惨劇』は後に全世界を恐怖に陥し入れ、この先に起こるアース史上最悪の事件の切っ掛けともなる。世界はまだ真の恐怖を知らない。