迷宮探索・六
のんびりのんびり〜
コツン……コツン……場を包む静寂の中に恭弥達が階段を下る音のみが静かに響く。
「……ルナ、分かりますか?」
「うん……凄い気配……」
階段を半ばまで下った二人は、今までとは明らかに空気が変わった事を鋭敏に察していた。この先に進むな。進んだら最後死が待っているぞ。と言わんばかりの剝きだしの殺意の気配が恭弥とルナの頬を撫でる。
「これは先程のジェネラルオーガスネークとは比較になりませんね」
恭弥の呟きにルナが冷や汗を流しながらコクリと頷く。その後、二人は無言で階段を進み、やがて目の前に見上げるほど巨大な荘厳な扉が現れた。一本道だった階段はここで終わりのようだ。
「ここには入れって事ですか。扉越しからでも凄まじい気配を感じますね」
「空気が凄く冷たい……」
果たして扉の向こうにいるのは何なのだろうか?恭弥は自分を高ぶらせてくれる存在が待つ扉を興奮するように見上げる。
「行きますよ」
扉を開ける前に恭弥は自分とルナに身体強化の魔法と魔力強化の魔法をかけ、ルナは恭弥と自分に魔法耐性と物理耐性の魔法をかける。これはジェネラルオーガスネーク戦を得てルナが覚えた新しい魔法だ。攻めの恭弥に守りのルナ。二人が互いの得意分野を伸ばし、それを持って互いを補い合うまさに理想のコンビだ。
ゴゴゴゴォ……
鈍い音を立てて開け放たれた扉。その先で待ち受けていたものは……
ーーーーーーーーーー
アグナ・ドラグサーペント
LV:286
HP:7999/7999
MP:6598/6598
STR:5666
DEF:9650
SPD:2969
INT:7000
MND:3254
パッシブスキル
亜龍の威圧
鎧鱗
火属性適性
水属性適性
土属性適性
高位魔力操作
自動回復
状態異常耐性
野生
スキル
亜龍覇気
威圧する龍眼
潜水
火炎魔法
水流魔法
大地魔法
身体強化
魔力強化
並列思考・小
狂化
称号
【階層の主】【階層の処刑人】【特異個体】
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強い。
このアグナ・ドラグサーペントは今まで戦って来た魔物の良いところ取りをしたようなステータスをしている。防御に関してはもう1万を超えそうなほどだ。いや、スキルを加味すると1万など軽く超えているだろう。
パッシブスキルとスキルの構成に隙がなく、まともに相手取るととんでもなく厄介な相手になる事は間違い無い。
「嘘……」
ルナが呟く。
「ルナ、アレを知ってるのですか?」
恭弥が尋ねるとルナがコクコクと頷き、震える口を怯えるように開く。
「あれはドラグサーペント……A一級指定の危険な魔物、で……最高位種族の龍種に分類される魔物……」
龍。それはどの世界でも強大な力を持ち、あらゆる伝説に登場するメジャーな存在の名。恭弥が元いた世界でも龍を題材とした御伽噺や伝説がたくさんあった。その殆どで龍や竜は英雄や神と戦ったりしている。とんでもない化け物だ。
「ドラグサーペントは亜龍、で……龍族の中では下の位だけど……一般的に見たら一匹でも現れれば大災害は免れ無い……」
「ふむ、なるほど……最高位種族ですか……それは厄介だ。ですが、確かにステータスやスキルの構成を見るに隙がありません。それに……」
「ギャオオオオッ!!」
恭弥は血時雨を抜き放ち、アグナ・ドラグサーペントが放った水流魔法のブレスを真っ二つに両断しながらチラリとルナの方を向く。
「アレはドラグサーペントではありません。アグナ・ドラグサーペント……ジェネラルオーガスネークと同じ特異種です」
「ドラグサーペントの特異種……?そんな……」
「大丈夫ですよルナ。確かに相手は強いですが、ジェネラルオーガスネークと戦った時の方が僕達と相手の差は大きかったんです。それに比べると今回の方が断然楽です」
恭弥は怯えるルナの肩にポンと手を置き、優しい声音で囁く。
「お兄さん……」
ルナは安心したように破顔し、薄く微笑む。続いてキッ!と敵へと目線を向け、臨戦態勢に入った。それを見届け、よろしいと恭弥も血時雨の切っ先をアグナ・ドラグサーペントへと向ける。
「ギャオッ!」
アグナ・ドラグサーペントは己の攻撃があっさり破られた事にイラついたのか、今度は巨大な蛇のような体を唸り、素早い身のこなしで突進を仕掛けて来る。ご丁寧に大地魔法で己をコーティングすると言うおまけ付きだ。
「幾ら威力があってもそんな単調な攻撃なんてあたりませんよ!」
恭弥は片手でルナの腕を引っ張り、頭上へと投げ飛ばし、自身はスライディングの要領でアグナ・ドラグサーペントの体の下を紙一重で潜り込む。
「『重力倍加』《落涙一刀》……」
「『衝撃収束』《寸勁》」
二人の位置が重なった瞬間、ルナと恭弥は同時に動く。
ルナは暗黒魔法で自身の重力を操作し、体重を一時的に何倍にも上げて「月夜ノ幻影」叩き付ける。その衝撃を恭弥が一点に集中させ、自身は防御力を無視して直接内部に衝撃を叩き込む発勁の技術を用いて攻撃を行う。
「ギャオオオオ!?」
二人息ぴったりの攻撃を受けたアグナ・ドラグサーペントは堪らず地面に身を落として、のたうちまわる。
「幾ら硬い外皮や鱗を纏っていようと内部に直接ダメージを叩き込んでしまえば関係ありません」
ヘヴィゴードン戦でトドメに使った掌底の応用だ。内部に直接衝撃を打ち込み、防御不可能な痛手を相手に負わせる。しかも今回はご丁寧にもルナの強力な一撃をも衝撃収束で威力に変えている。並の魔物だったら今ので内部にダメージを受けるどころか、爆破四散して肉片へと姿を変えられてしまうことだろう。
「ルナ、よく僕の意図が分かりましたね。流石です」
「……お兄さんが私上に投げた時、気付いた……右や左では無く、最も投げにくい上方向に投げる、から……何か考えがあるんだって……」
恭弥の傍らに着地をしたルナが無表情のまま告げる。
「でもちょっと怖かった……」
それを聞いた強力はすみませんと苦笑した。そこで二人は改めてアグナ・ドラグサーペントをゆっくりと観察した。確かに強力な一撃を打ち込んだが、アレだけで倒せるほど甘いなんて恭弥もルナも考えていない。だからこそ今は気を焦ってトドメを刺しに行かない。観察し、相手を見極めるのだ。
アグナ・ドラグサーペントの体調は頭の先にある二本の雄々しい角から尻尾までおよそ20メートル。ダイダルサーペントより5メートルあまり大きい。
全身は深い蒼色の鱗で覆われており、ルナ曰く通常種であれば鱗の色は藍色か青色らしい。蒼色なのはやはり特異種であるからだろうか。
姿形は蛇のような体つきをしているが、蛇とは違い何らかの方法で常に宙へと浮かんでいる。今は地面をのたうちまわっている事から、恐らく通常時は魔力的な何かを使っているのだろう。
「ギャオオオオ!!」
暫くのたうちまわっていたアグナ・ドラグサーペントはやがて怒りの咆哮を上げて起き上がり、怒りを滲ませた双眸で己に恥辱を味わせた二人を睨む。その迫力は恭弥達が今まで対峙して来た魔物の比では無く、物理的圧力すら伴っているように錯覚させられる。だが、そんな圧力を浴びながらも二人は既に次の動きへと移行していた。
恭弥とルナは左右にバラけ、それぞれ大きく迂回しながらアグナ・ドラグサーペントへと迫る。アグナ・ドラグサーペントはどちらを狙おうかと一瞬迷いを見せるも、即座に体をうねらせて二人を同時に薙ぎ払わんとする。
「ルナ!」
「うん!」
二人は示し合わせたかのように同時に跳びあがり、アグナ・ドラグサーペントの薙ぎ払いを避けてそのまま身体を駆け上る。
「ギャオッ!」
アグナ・ドラグサーペントは2人をふるい落とそうとするが、その瞬間に視界を闇に覆われる。
「『暗覆』」
暗黒魔法の初級魔法、 暗覆。ただ一瞬だけ相手の視界を奪う単体では大した効果を発しない魔法である。一瞬しか効果を及ばさないものの、状態異常とは違いどんな相手にも効果を齎してくれる。一瞬とは言えど命を賭けた戦いの世界ではその一瞬が生死を分ける事もある。それを恭弥の元で戦いのプロフェッショナルとも言えるほどに成長したルナが使うとどうなるか。
「ギャオオオオッ!?」
案の定あっさりと暗覆を弾いたアグナ・ドラグサーペント。しかし、その瞬間またもや視界を大きく奪われる。
「貴方にもう光は見せない……!」
素早い身のこなしを生かし、暗覆で視界を奪った一瞬の隙にルナはアグナ・ドラグサーペントの眼球を切り刻んだのだ。
「流石です、ルナ」
突如として光を失ったアグナ・ドラグサーペントは堪らず怯み、動きが弱くなる。その隙を逃さず恭弥は駆け上がった相手の背中にて吸血の薔薇棘呪槍を構え、闇魔法の破壊の魔力を纏わせてそれを思い切り敵の背中に突き立てる。恭弥はあっさりやってのけたが、武器に魔力を纏わせるというのは本来ならばとても繊細な魔力操作が要求される高度な技術である。それを土壇場のそれも命懸けの戦いでやってのける恭弥の天才性はとどまる事を知らない。
「《呪薔薇の庭園》」
「ギャオオオオオンッッ!!!」
巻きつく呪いの薔薇により体を内部より穿たれたアグナ・ドラグサーペントは悲痛の叫びを上げ、再び地面へと墜落する。自慢であった外鱗は内部からズタズタに穿たれ、最早本来の機能を失っている。地面へと落とされたアグナ・ドラグサーペントはそれでも尚憎悪に歪んだ双眸で恭弥は睨み付ける。恭弥はそれを無視し、狂気に染まった笑顔で血時雨を取り出した。
「チェックメイトです」
闇魔法を纏わせた血時雨を居合のごとく振り抜き、アグナ・ドラグサーペントの首を飛ばす。その瞬間、アグナ・ドラグサーペントは最後の足掻きと恭弥に向けてブレスを放つ。
「最後の最後まで油断ならない。最高でしたよ、アナタ」
恭弥は一瞬狂化のスキルを発動させ、強化された身体能力を持って血時雨を上段に構え振り下ろしの動きでアグナ・ドラグサーペントの放ったブレスを斬り裂いた。しかし、斬り裂かれかれたブレスは尚も猛威を振るい熱風と衝撃で恭弥の強化された肉体すらも焼き焦がす。
「くはは、程良い刺激ですね」
自身に入り込んで来た経験値の感覚にアグナ・ドラグサーペントの死を確信しつつ、所々焼け焦げた服をはたく恭弥。そこにルナもやって来る。
「大丈夫……?」
「ええ、全く問題ありません。このくらいならすぐ治りますしね」
心配気な声音で尋ねて来たルナの頭を優しく撫でながら、恭弥は微笑みながら言う。その後アグナ・ポンっと現れた宝箱の中身とアグナ・ドラグサーペントの魔核を回収し、いつの間にか現れていた次なる階層への階段へと足を向ける。
「さて、そろそろこのダンジョンも終わってくれませんかね?少々疲れて来ました」
「怪物だらけのダンジョン、早く出たい……」
言葉とは裏腹にまだまだ余裕な二人は、軽口を叩きながらのんびりと進む。そしてやがて階段の終わりへと辿り着き、次なる階層の入り口をゆっくりと開いた。どうやらまだまだダンジョンは続くようだ。
もっと早く更新しろって話ですよね。気紛れに頑張ります!




