ダンジョン探索です・弐
短めです。
「ほう……」
薄暗い洞窟の片隅に、艶かしい吐息が木霊する。その出処は大きな作りとなっている部屋の一箇所であった。
そこには二つの人影が寄り添う様にしゃがみ込んでおり、その彼等の前には開け放たれた幾つかの宝箱と、一つだけ大きな宝箱がある。
見えた中身には無数の金銀財宝の他に武器やら防具やらの装備が箱一杯に入っていた。その中でも特段異彩を放っているのは、やはりと言うかバジリスクが落とした大きな宝箱である。
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黒蜥蜴ノ冠
バジリスクの力が込められた漆黒の冠。中心に石化の能力が込められた金色の星がある。高い防御効果と状態異常に対する耐性を強める魔法効果が付与されている。
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黒蜥蜴ノ軍服
バジリスクの力が込められた漆黒の服。服に魔法言語が刻まれている。高い防御効果と魔力を大幅に強化する効果が付与されている。
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黒蜥蜴ノ脚布
バジリスクの力が込められた漆黒の長ズボン。高い防御効果と脚力を大幅に強化する効果が付与されている。
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黒蜥蜴ノブーツ
バジリスクの力が込められた漆黒のブーツ。高い防御効果と身体能力の上昇効果が付与されている。
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「これはまた、随分と強力な装備ですね。流石はあのバジリスクが持っていただけの事はあります」
「凄い……」
中に入っていたのは装備一式。全てバジリスクの力が込められている魔法装備である。箱の前にいる影、恭弥とルナはその威容に微かに息を飲む。
「取り敢えずこれはありがたく装備させていただきましょう。よろしいですか?」
「うん……私、には、この服があるから……」
ルナの着ている巫女服は、人より遥かに強力な力を持つ魔物の中でも上位に位置する幻狐の毛皮が練り込まれたそれは、生半可な攻撃は全て跳ね返す。
防具としての性能なら、今手に入れた黒蜥蜴シリーズを遥かに凌駕しているのだ。
「ありがとうございます。折角買った装備でしたが、残念ながらここでお別れですね。こんな事なら買わなくても良かったかもしれません」
そう言って苦笑すると、身に付けていた装備を脱ぎ捨てて今手に入れたばかりの黒蜥蜴シリーズの装備で身を包む。
「おや?これは素晴らしい、勝手にサイズが調整されるんですね。ふむふむ……これが魔法装備なんですね、実に興味深い。さて、どうですかルナ?」
「凄い似合ってる……かっこいい、よ……」
漆黒の軍服に身を包んだ恭弥は、まるで何処かの国の軍人のようで、その中性的な容姿と儚く怪しい雰囲気とが相まってとてつもない一体感を醸し出している。この恭弥が不敵に笑うとそれだけで男女問わず見惚れさせてしまうだろう。それほどまでに似合っている。
「いきなり大きく身体能力が上がるのは慣れたりする必要があるのであまりよろしくは無いのですが、さっきのバジリスクみたいなのがまだ何体も残っていると考えるとそんな悠長な事言ってられませんね」
恭弥は頭に被った帽子の鍔を左中指と左人差し指、それに左親指で摘みながらはぁ、と溜め息を吐いた。
「大、丈夫……この階層の魔物程度ならそれほど危険な敵とはならない、から……動きに慣れるまでの余裕はある、と、思う、よ……あのバジリスクが例外な、だけ……」
「それもそうですね」
恭弥は他の宝箱に入っていた中身を全部マジックポーチにしまい込む。他の宝箱からも装備は幾つか出たが、残念と言うべきか当然と言うべきか黒蜥蜴シリーズに勝る性能を持つ物は無かった。そう言った低性能の装備でも魔法装備ならば大体何でも売り物となるので、それらを持ち帰って市場に流せばそれなりの金額になるだろう。他にも金貨や宝石と言った物も出たが、それらは本当にただの財宝なので当然売り物行きだ。
全てをしまい込み終えた恭弥は、徐に立ち上がって顔を横へと向ける。そこにはルナの幼くも整った顔立ちがあり、その顔を「どうしたの?」と尋ねるかのように傾げながら恭弥を見返している。
「どうやら時間切れのようです。バジリスクが死んだのに気付いた魔物達の一部が此方に向かって来ています。この気配は多分さっきからよく見かけるグリムロックですね」
恭弥は妖刀・血時雨を取り出し腰辺りに差すと、黒蜥蜴の軍服の裾を翻し来た道とは違う方向へと歩き出した。その後を恭弥程の察知能力が無いルナが慌てて追い掛ける。
数分後、予想通りグリムロックと遭遇した恭弥は、腰を低くさせて腰に差している血時雨に手を掛ける。
「ルナ、今から強化された身体能力を試してみますので手出しは無用でお願いします」
「分かった……」
ルナが頷くのを見ると、恭弥は微笑みを浮かべて前方から迫って来るグリムロックに視線を向ける。
「さて、居合いは久々ですが上手く出来
るでしょうか?」
呟くや否や、恭弥の手が目にも留まらぬ速さで煌めいた。一瞬後、チンッと言う刀を納める音と共にグリムロックの体は一刀両断の元に真っ二つに切り裂かれて崩れ落ちた。
「ふむ、これは凄い。以前の僕の倍以上の速度で体が動きましたよ」
「速過ぎて何も見えなかった……」
こともなげに呟く恭弥に、ルナが驚愕の表情を浮かべながら恭弥へと目線を向ける。
「大した事ありませんよあの程度。さて、今ので武器の感覚はある程度掴みましたし、次は単純な身体能力を試してみましょうかね。丁度向こうにスナイプバットがいますすばしっこいあの魔物ならいい練習になるでしょう」
「慣れるのも早い……」
意気揚々と進んで行く恭弥にルナは呆れと感嘆が入り混じったような声音でツッコミを入れながら、足早恭弥の後を追う。
スナイプバット、Cランク中位の魔物で、平均レベルは30後半〜40前半。見た目は1メートルあまりもある巨大な蝙蝠だが、その機動力は普通の蝙蝠とは比較にならないほど機敏である。風属性の魔法を巧みに操り、素早く飛び回りながら空から魔法による攻撃を放って来るため、中々厄介な魔物として認知されている。しかし恭弥は、
「よっと……ふぅ、捕まえました」
持ち前の身体能力で壁を蹴り、宙を蹴りとスナイプバットと追いかけっこをしていた。そしてそのまま本当に身体能力のみでスナイプバットを捕まえてしまった。
「中々有意義な時間でした、身体能力の確認もしっかり出来ましたしね」
捕まえたスナイプバットを血時雨で貫いて絶命させた恭弥は、魔核を回収するとルナの前に軽やかに着地を決めながら言った。
「うん、凄かった……」
ルナがもう呆れ疲れたという様相で答えるのを、楽しそうに見ていた恭弥は不意に感じた殺気に振り返りながら血時雨でその殺気の正体に斬りかかる。
「そいつ、アサシンマンティス……気配を殺して獲物に近寄りその鎌で獲物の首を静かに切り落とす暗殺者……その厄介な特性の所為でランクはBランクになってる……」
「やれやれ、ちょっと油断しましたかね。普段ならこんな近寄らせる事なんてさせないんですがねぇ」
振り切った一刀で真っ二つにされて絶命したアサシンマンティスを見下ろしながら溜め息を吐く恭弥。その視線の先で姿を魔核へと変えたアサシンマンティスを回収しつつも、改めて辺りの気配を探る。
「ふむ、周囲に後3匹程アサシンマンティスが潜んでいますね。面倒なので一掃しましょう」
恭弥は掌を上に向けて差し出し、その上で魔力を練って行く。
「ルナ、僕に引っ付いていなさい。巻き込まれますよ」
「ん」
魔力を練り終え、後は発動するだけの状況で恭弥はルナに声をかけた。ルナもそれに素直に従い恭弥の軍服の裾を握って自身の体を魔力によるコーティングで保護すると、準備オッケーとばかりに恭弥を上目遣いで見上げる。
「《連鎖爆発・風》」
瞬間、風を凝縮した爆発が連鎖的におこり、恭弥を中心したその爆発は辺り一面に暴虐の限りを尽くした。
「風属性の爆発なら洞窟へのダメージも減らせますし、範囲を一掃したい時はこれに限りますね」
「もう魔法の応用が出来るようになったんだ……お兄さん、凄い……」
その様子に恭弥に引っ付いているルナも感嘆の声を漏らして呟く。
「ふむ、きちんと倒せたようですね。辺りにあった魔物の気配が無くなりました。今の内に先に進みましょう」
「うん……」
辺りにあった魔物の気配が消滅した事を確認した恭弥は、今の内と軽く駆け足で洞窟を進む。視界に入った魔物は恭弥とルナが次々に排除して行き、やがて二人は一つの大部屋の前に辿り着いた。
「ルナ、この先にある大部屋に一際巨大な魔物の気配があります。恐らくこいつがこの階層のボスでしょう」
「うん……私でもよく分かる……こいつ、強い……」
ルナは手に持つ薙刀をギュッと握りしめ、額を垂れた冷や汗を拭う。表情こそ変わらないものの、恭弥には緊張しているのがよく分かった。
「この先の魔物はさっきのバジリスクより強いでしょう。ですが恐れる事はありません、僕達もバジリスクよりは強いんですから」
緊張するルナの頭をポンポンと優しく叩いた恭弥は、通路の先にある大部屋へと視線をやり厳しい目でその大部屋を睨み付ける。
(さて、鬼が出るか蛇が出るか……このダンジョンに行くべきだと告げた僕の直感が当たってると良いのですが……)
ゴクリ生唾を飲み込むと、二人は覚悟を決めたと言わんばかりに一緒に大部屋へと足を踏み込んだ。




