謎のダンジョンを発見しました
翌朝、時刻にして7時を少し回った頃。目覚めた恭弥とルナは野営道具をテキパキと片付けマジックポーチに放り込むと、代わりに取り出した作りたてのサンドイッチを一人二個ずつ分けて食べた。水は恭弥が魔法で創り出したもので済ます。
「昨夜快眠だったおかげか、とてもいい朝ですね」
「うん……あの寝袋は良かった……」
椅子代わりに手頃な大きさの岩に腰をかけていた恭弥とルナは、雑談を交えながら立ち上がると、マジックポーチから取り出した各々の武器で武装を整えた。
武器は恭弥が昨日の検証時に最も使い勝手が良かった妖刀・血時雨を、ルナが昔から愛用していた薙刀、月夜ノ幻影をそれぞれ装備している。
「さて、食事も済みましたし、早速ダンジョンの入り口を探しましょう。大体の位置は地図に書いてありましたよね?」
「うん……ここからだとあっちの方に一時間程度進めば着く、はず……」
「ふむ……今朝起きた時に初めて気付きましたが、確かに向こうの方からは心地良い気配がしていますね。もしかしてこれはダンジョンの気配でしょうか?」
「多分、そう……ダンジョンは特徴的な気配を放つ、から……偶にそれを感じ取れる人もいる……お兄さんほどじゃないだろうけど、私も少し感じてる……」
そう言ってルナが指差す方向は、ロック山脈の方向。
ロッキー荒野とされている地帯はとても広いので、あても無く歩いていると何日かかっても目的地には辿り付け無い。しかし、今回に限ってはダンジョンと言う目的地を明確に示した地図がある。その上、ダンジョン特有の気配とやらを恭弥とルナが感じ取れるのも大きい。迷う事などあり得ないのだ。
極稀にだが、絶対音感などと言ったとても鋭い感性を持った存在が生まれる事があるとはよく聞く。
恭弥がまさにそれであり、その究極とも言える能力を生まれつき持っていた。
彼は人、動物、植物問わず全ての生きとし生けるものの気配をありとあらゆる方面から鋭敏に感じ取る事が出来るのだ。恭弥の鋭い気配察知能力の大半もこれに依存している。
古い文献にダンジョンは生きていると言う説があるが、その説は実際に正しく、その検証の旨を記した資料によりその説は裏付けられている。
ダンジョンとは本能のみで生きる意思無き生物なのだ。
その発生原理は未だ不明だが、一説によれば神が気紛れに創っているのではと言う説もある。これは流石に検証の仕様が無いので、まさに神のみぞ知ると言ったところだが。
つまり何が言いたいかと言うと、ダンジョンは間違いなく生物であり、生物である以上、見境無く気配を振り撒くダンジョンの存在は、恭弥に丸分かりであると言う事だ。
「おや?あそこの地形だけ、他より少し奇妙ではありませんか?」
ルナの示した方向へ歩く事約一時間、直ぐ近くにまで来た気配の出所を探っていると、唐突に恭弥が何かを発見した。
そこは丘陵状になっている地帯で、目を凝らしても所々にある凹凸の影響で先がよく見渡せ無い。二人はその内の一つ、他より僅かに高くなっている丘陵に登ると、その先に見えた光景に思わず息を飲む。
巨大な拳で大地を砕いたかのような形跡のクレーターと、それにより作られたと思われるヒビ割れとそれらに形成された小さな崖。明らかに自然に形成された場所じゃない。
「なんですかここは……大地が砕かれている……?」
「おかしい……ここにこんな場所があるなんて聞いた事、無い……」
 
警戒して辺りを見回していると、岩壁が剥き出しになったその崖の一箇所に、まるで何かにくり抜いたかのようにぽっかりと開く暗い洞窟のようなモノを発見した。
「お兄さん、あそこ……ダンジョンの気配してる……でも奇妙、地図が示す場所に当てはまらない……」
「ふむ、確かにさっきから感じている気配はあそこから出てますね……状況から見てアレはダンジョンで間違いないでしょう。と言う事はつまり、アレは前の調査員の方が街に帰り、入れ替わりで僕達が来るまでの数日の間に出来たダンジョンたと?ダンジョンってそんな頻繁に生まれるものなんですか?」
「ダンジョンは神出鬼没……あり得なくは、無い……だけど、変……ダンジョン同士、は、どんなに近くても半径役5キロの圏内には出現し無いはず……地図によれば、依頼されたダンジョンは近辺にある……」
ルナは地図と目の前のダンジョンらしき洞窟を見比べては首を傾げている。
「その地図が間違ってる可能性もありますが……ガイアスさんがおっしゃっるには、調査員として派遣していた方々はとても優秀だとか。そんな方が誤った地図を残すとは思えませんし、その可能性は低いですね」
恭弥は恭弥でこの現象をなんとか推測しようとするが、いかんせんここは異世界。地球とは起こり得る現象が違い過ぎる。流石の恭弥とて、この世界に来てまだ2週間足らずでは何があり得て何があり得ないのかが分からない。
「どうしたものでしょう……」
しかし言葉とは裏腹に、既に恭弥の中ではあのダンジョンの中に入る事は決まっていた。生まれた時からの付き合いである直感がここは入るべきだと告げているのだ。問題は依頼を優先するか、しないか。
依頼を優先するを選択した場合なら一度ヴィクトルムに戻り、改めてここに来る事となるが、それだと時間がかかる上にヴィクトルムに戻って直ぐにまたここに来れるかが不明。メリットは再度準備を整えて、より確実な攻略が可能となる事。デメリットはその間にこの謎のダンジョンがどうなるかが予測不可能な事。
逆に、依頼を後回しにして先にあのダンジョンの探索をするとなると、今の準備が万全でない状態でどんな危険があるか分からないダンジョンに入る事となる。メリットは時間の短縮及び、確実な調査が可能となる事。デメリットは準備不足により、不測の事態に対応出来ない事。
「ルナ、食料はどのくらい買い込みましたっけ?」
「ん……補充の手間を減らすため、金貨1枚分くらいでまとめて買った……大銀貨2〜3枚で一般的な家庭の一ヶ月分くらいだから……多分、二人で3〜4ヶ月分……」
「余裕ですね。ふむ、決めました」
 
恭弥は一瞬何かを考えるような素振りを見せ、直ぐに顔をあげて告げた。
「ルナ、先にあのダンジョンへ潜りましょう。食料に余裕がある事も分かりましたし、どうせ放置して帰ったとしても、また今度に改めて行ってくれと依頼をされるだけでしょう。何より僕の直感があそこは入るべきだと告げていますので」
「直感……?」
「ええ、僕が生まれた時から何度も助けて貰った大切な感覚です」
「そう……なら入る……お兄さんの直感なら、どんな魔法よりも信頼出来るもん、ね……」
ルナは地図を仕舞うと、代わりに地図を持っていた手に月夜ノ幻影を持つ。慣れ親しんだそれはしっかりとした重みと温もりを手に感じさせ、ルナに安心感を与える。
「ふふ、そうですよ。さて、それでは行きましょうか」
それを見た恭弥も微笑みを浮かべて、妖刀・血時雨を鞘から抜き放った。赤黒い刀身が降り注ぐ陽光を反射してキラリと不気味な輝きを放つ。
二人は互いに顔を見合わせると、どちからともなく地を踏みしめ、剥き出しの岸壁にぽっかりと開く洞窟へ目掛けて軽やかに跳躍する。
タッ!と言う音と共に洞窟前に着地をした二人。目の前の洞窟からは嫌な(恭弥的には心地良い)空気がだだ漏れになっており、まるで悪魔が口を開いているようだった。
「さぁ入りましょうか♪」
「うん……♪」
誰もが嫌悪し避けるだろう怪しいダンジョン。今そこに最凶の義兄妹が拍子抜けするほど軽い調子で足を踏み入れた。
 




