紅の冒険者ギルド
今回ちょっと長めです。正直二話に分ければよかったと後悔中……
「なんだと!?それは確かなのか!?」
ここはヴィクトルムの冒険者ギルド。普段は血気盛んな冒険者達で賑やかなこの場所だが、今のここはそんな喧騒溢れる場所とはかけ離れて不気味な静けさに包まれていた。そんな空間をギルドの奥から響く怒号が切り裂く。しかしそれでもこの場所に明るさは戻らない。いや、寧ろ悪化さえさせている。
声の主は筋骨隆々の40代半ばの男性と、報告書片手にメガネをかけた秘書然とした20代終盤頃の女性であった。
「報告に間違いはありません……昨夜の謎の光を調査に向かった結果、そこにあったのは城壁を管轄している兵士達の死体と夥しい血液でした。調査は今朝方まで行いましたが、犯人の痕跡は何一つありませんでした……」
「……被害状況の詳細は?」
「昨夜の担当であった兵士と思われる死体14。中には原型をとどめていないのもありました。更に、昨夜城壁の外で野営をしていた者たちの中にも被害が出ています。そちらはまだ詳しく分かっていないので、確信めいた事はありませんが、人々は口を揃えて「血の雨が降った」と述べています」
黒縁眼鏡をかけ、報告書を読む秘書然とした女性が淡々とした口調で述べる報告を聞いた男性、冒険者ギルドヴィクトルム支部支部長ガイアス・ウォールは深く息を吐く。
「目撃情報は?」
「身長2メートル近い巨漢の男と言う話をチラホラと聞きます。しかし、城壁の上にいた者は全て殺害されていますので、取れた話は全て城壁の下にいた者達からです。夜の暗闇の中、20メートルもある城壁の上での出来事ですので、信憑性が高いものはありません」
そうか……と、腰掛ける椅子の背もたれに体重を預けたガイアスは、そこで報告の違和感に気付いた。
「ん?そう言えば確認された死体は14と言ったな。城壁の夜間警備は15人の筈だが、もう一人はどうした?」
「それは……」
そこで秘書然とした女性、ルベリア・シュマーケンは口ごもる。
「……何かあったんだな?」
普段から冷静なルベリアが一瞬とは言え口ごもると言うのは非常に珍しく、その様子を見たガイアスの背中にを嫌な予感が撫でた。
「一つだけ、血だまりの中に明らかに他とは違う大きな肉塊があったそうです……。その肉塊はまるで頭から足にかけて強力な力で潰されたみたいに歪な形をしており、周囲には骨と思われる白い物体が粉々なって落ちていたそうです……」
「おい、それってまさか……」
「はい、その肉塊は兵服のような物を纏っており、近くには兵士に配布される装備の破片が大量に落ちていました。以上の事から推測される事は……」
「それが15人目の兵士ってわけか……」
口に出すのもおぞましいと口ごもったルベリアの言葉を横取り、ガイアスがそこから導き出される結論を言う。ルベリアはガイアスが出した結論に小さく頷き、それが自分が出した答えと同じだと語る。
「報告通りならばそいつは火と風、それに光の魔法を使ったんだったな。それに加えて人を肉塊へと帰る謎の力……いや、多分それは圧力だな……これらが全て一人の魔法によるものだとすると、そいつは、いったい幾つの属性を持っているってんだ……」
ガイアスは片手で頭を抱えて、腰掛けている椅子にだらしなく姿勢を崩す。
「犯人は既にこの街に浸入しているのでしょうか?」
ルベリアは自前の黒縁眼鏡をくいっと上に上げながらガイアスに尋ねる。
「恐らく、な……こんな忙しい時に立て続けとはまいったな……」
「新たに発見されたダンジョンですね?」
「ああ。しかも推定危険度未知数の、な」
ダンジョン。時折突然発生する魔物の群小地帯の名称である。
このダンジョンはいつ、何処に現れるかは不明であり、極稀にだが街の近く、あるいは街中に発生することもある。しかもそこに現れる魔物は明らかにその近辺では見られない種である事すらあるのだ。
そんなダンジョンに潜り、調査を行うのが冒険者である。
大体の場合は、そのダンジョンの規模や国が持つダンジョンの危険度を測定する魔道具により危険度を測定出来るのだが、その中に稀にだがそれが分からない危険度未知数と呼ばれるダンジョンが現れる事がある。
危険度未知数のダンジョンではいきなり災害指定種とされるA一級クラスの化け物が現れる事もあり、そんなダンジョンが現れた場合はギルドで優秀な冒険者を選抜して調査任務を行うのだ。そんな危険度未知数の新ダンジョンがまさに今出現してしまっていた。
「はぁ……この事件は今の我々では手に余る。この街の騎士団達も動いている事だし、先ずは危険度未知数のダンジョン調査を優先しよう。この事は俺からヴィリアム伯爵に掛け合っておくからルベリア、お前は通常業務に戻れ。調査隊の選抜はお前に任せる」
「分かりました。では支部長、後はよろしく「大変です!」」
後はよろしくお願いします、と続けようとしたルベリアだったが、その声を遮るかのように支部長室の扉が勢い良く開かれた。
「どうしたんですか。今は報告中ですよ」
「申し訳ありません!ですか急を要する事なんです!失礼を承知で来ていただけますか?」
「何があったんですか……」
「まぁまぁ、リアがこんな風に飛び込んで来たんだ。行ってやろうじゃねぇか。どうせ今は暇だ」
少し怒り気味に言うルベリアを遮り、ガイアスが席を立ちながらそう言った。
ルベリアは尚も何か言いたそうだったが、結局ギルドマスターであるガイアスの言葉に従い、リアと呼ばれた少女の要請に応えることにした。
「……分かりました。リア、案内しなさい」
「はい、こちらです」
少し息切れ気味のリアは、ガイアスとルベリアを伴って、足早にギルドの表へと進んで行く。そして、ギルドのカウンターにあたる場所への扉が開かれた時、目の前に広がっていた光景にガイアスとルベリアは言葉を失った。
***
時は少し遡り、恭弥達のヴィクトルム浸入の翌朝。
「ふわぁ……」
「ふふ、可愛いらしい欠伸ですねルナ。おはようございます」
とある宿屋の一室で恭弥とルナは清々しい朝を迎えていた。
「あ、お兄さん……おはよう……」
「今は僕達だけですから、普通に呼んでも構いませんよ」
可愛らしい狐耳をピコピコさせながら寝惚け眼でそう告げるルナに苦笑しながら恭弥はテキパキと身嗜みを整えた。まだ別の服は買って無いので、恭弥の服装は地球からアースに来た時そのままの服装だが、クリーンの魔法で汚れは殆ど見られない。
「ルナも早く着替えを済ませてしまいなさい。今日はギルドへ行って冒険者カードを作るんですから」
「ん、お兄さん……」
「まぁ、別に普段からお兄さんでも構いませんが……」
ルナが恭弥を兄と呼ぶのは、昨夜部屋を取るのに恭弥とルナは兄妹だと言う設定にしたからである。と言うのも、恭弥とルナは言わば他者には言えないような事情をそれぞれ抱えている。ルナは魔人だし、恭弥は転生者だ。転生者は珍しいがいないわけでないとルナは言っていたが、だからと言ってそれを全て信用するのは恭弥が送って来た人生では不可能だった。いつ何処でどんな目があるか分からない以上、警戒をしていて損は無い。しかし、そこで一つの問題が生じた。即ち、ルナはずっと森奥にいたので人の気配を察するのが不得意であったのだ。
森にいるうちは結界を張ってそれをカバーしていたが、こんな人が多い所で結界など目立って仕方無い。と言う事で元々高い察知能力持っている上、スキルでも気配感知を行える恭弥と同じ部屋に泊まればその問題は解決となったのだが、流石に無関係の少女と同室だと恭弥があらぬ誤解を受けてしまいそうだったので不自然が無いようにと兄妹と言う事にしたのだ。勿論理由はこれだけではない。兄妹と言う設定はどんな場所でも万能に使える。例えば今みたいなら宿屋、例えば旅の理由のでっち上げ、例えば面倒な状態からの誤魔化し。他にも幾つもある。その為、二人は取り敢えず人の街にいる時は兄妹と言っておくことにしたのだった。
「私、兄妹いなかったから……形だけでもお兄さんが出来て嬉しい……」
「ふむ、まぁいいでしょう。ルナの好きにして構いませんよ」
恭弥はベッドにしかれた薄い布に顔を埋めて上目遣いに見て来るルナに再び苦笑しながら、ルナの頭を撫でる。
「あっ……」
ルナが嬉しそうに頬を緩めるのを見た恭弥は、朝から癒されましたと小さな声でルナに伝え、一人先に部屋の外へと出て行った。
「ルナ、僕は先に下で食事を手配しておくので、身嗜みを整えたら貴女も降りて来なさい。あ、鍵と幻術は忘れないでくださいよ」
「うん」
ドア越しに言われた恭弥の言葉に頷いたルナは、そそくさとベッドから這い出て、パジャマ代わりの薄着から普段の私服に着替え、部屋がきちんと施錠されたのを確認して、トテトテと可愛らしい足取りで恭弥の居る階下へと駆けて行く。勿論幼いながらもかなりの実力を持つルナがここで活動する上で最も大切な幻術をかけ忘れる事など無く、昨夜宿を取った時と同じ人間の少女へと化けたルナは階下まで降りるとキョロキョロと辺りを見回し、目的であった恭弥を見つけてそこへ駆けて行く。
「こらこら、こんな場所で駆けてはダメですよルナ。食事は逃げませんからゆっくりと歩いて来なさい」
「あっ、ごめんなさい……」
「あははっ、素直でよろしい。ほら、席に着いてください」
席には既に暖かそうな湯気を立てているスープと何らかの肉の野菜添え、そして少し大きめな黒パンがそれぞれ二つずつ存在していた。
ルナはいそいそと恭弥の対面に座り、恭弥から習った食前の挨拶を一言発し、パンにかぶりついた。
「元気ですねぇ。さて、僕も早速いただきますか」
恭弥はルナと同様に一言いただきますと言って丁寧にフォークを使って肉を切り分けて、その上に野菜を乗せて、これまた丁寧な動作で口へと運ぶ。
(ふむ、地球と比べるとやはり少し味が薄いですね。本当に以前ルナが言った通り、塩や胡椒などの香辛料は手に入り辛いようですね。少し口寂しいです」
恭弥にとってこれがこの世界に来て初の人間達の食事だったが、この世界アースの食事は日本は愚か、地球の他の国々の食事より味が薄い。食べれるものなら何でも食べれる恭弥なのでそれで困る事こそ無いが、やはり満足度では少し足り無いのだ。
(今度食材を手に入れて自分で作ってみましょうかね)
恭弥はそんな事を考えながら丁寧な動作で食事を進めて行く。何故か丁寧に食べている筈の恭弥の皿の方ががつがつ食事をしているルナより早いのだが、当の恭弥は全く気付く様子は無かった。
「ん、ごちそうさま……」
「おや、終わりましたか」
食事開始から十数分が経った頃、漸くルナの皿が空になり、先に食事を終え食後のコーヒー(に似たもの)を優雅に飲んでいた恭弥はそう言って立ち上がり、食器を下げる。ルナもそれに着いて行き、恭弥共に宿屋の女将さんがせっせか働いているキッチンの横の方に食べ終えた食器を置く。
「おや、食べ終えたのかい?アンタ、凄い丁寧な食事だったねぇ。ひょっとして良いところの出だったのかい?」
すると、丁度顔を上げた女将さんと目が合った。恭弥とルナが軽く頭を下げると、女将さんはニコッと笑い、恭弥の食事風景を褒める。
「いえ、そんな事ありませんよ。これはもう癖みたいなものですからね」
それに恭弥が苦笑混じりに返すと、女将さんは豪快に笑い返し、恭弥達の食器に手をかける。
「じゃあよろしくお願いしますね」
「はいよ。アンタらも気を付けな。特にアンタは可愛い妹さんまでいるんだかね」
「ええ、勿論ですよ」
挨拶をして立ち去る恭弥達を笑顔で見送った女将さんはまだまだ忙しい朝の仕事へ戻って行った。
***
「さて、冒険者ギルドに向かいますか。ルナ、きちんと変装して僕から離れないで下さいね」
「うん」
宿を出た恭弥とルナは、二人並んで歩き出した。
幻術で変装している今のルナの姿は、狐耳と狐尻尾を消し、髪型そのままに、髪の色を黒に変え、瞳の今のも恭弥に合わせて黒に変えている。これは兄妹設定をより強調するために恭弥が指示した姿であり、ルナ自身も恭弥とお揃いだと中々気に入っているようだった。
「ギルドの場所もう昨夜のうちに確認してますから、さっさと行ってさっさとカードを作ってしまいましょう」
恭弥の抜かりなさはこの異世界でも変わらない。
昨夜の浸入の際にわざと夜闇で目立つような攻撃ばっかり行ったのは冒険者ギルドから来る人物を特定し、その者が来た方向から逆算して目的地を見つけ出すためであった。その結果、恭弥は卓越した感覚でその者をあっさりと見分け、そこから相手の息切れ模様から距離を、そして進んで来たと思われる道程を逆算し、そこで新たな人物を発見し同じように逆算。それを繰り返す事でたった数十分やそこらと言う短い時間で冒険者ギルドの場所を特定してせしめた。
わざわざこんな回りくどいやり方をしなくとも、人に聞けば良いのでは無いか?と思うだろうが、このように人に頼らない行動は最早恭弥の癖のようなものでどうしようもない。
これは人と話せばその人に僅かながら自分の印象を残してしまうため、地球では大犯罪者として名を知らしめていた恭弥は見知らぬ土地では何か特別な理由でも無い限り人との接触は極力行わなかったから、と言う事が理由となる。
時には殺す時のバリエーションのためにわざと好印象を与える話し方をする事もあったが、しかしそれはあくまで相手を殺すつもりの時だけの事なので、特に何も無い時は念には念を入れて極力人に存在を知られないようにと過ごしていた。ここは異世界なので恭弥の事を知っている人物なんていないのだが、長年の癖はそう簡単には抜けない。
後になってルナにそうツッコミを入れられる事でようやくそれに気付いた恭弥であったが、その時は既に冒険者ギルドに着く数分前の事であった。
「ここですね」
そんなこんなで歩くこと数十分後、恭弥達の目の前には剣と盾がクロスしたような看板を掲げる無骨な建物が現れた。看板にはこの世界の言語で冒険者ギルドと書かれており、言語理解のおかげでそれを問題無く理解出来た恭弥は、特に物怖じする事なくギルドの中へ足を踏み入れた。それに道中で美味しそうだと買った果実水を飲んでいたルナも続く。
「おやおや、何やら陰鬱な雰囲気ですねぇ。おっと、こんな所にゴミ箱が。ルナ、その果実水のコップを捨てておきなさい」
「うん」
冒険者ギルドに入った恭弥達は、そのギルド内に蔓延する陰鬱な気配に楽しそうな声を上げる。その時丁度視界に入った入り口脇に置いてあるゴミ箱にルナが持つコップを捨てさせ、自分はカウンターの元へと歩いて行く。
「こんにちは、何やら陰鬱な雰囲気ですが何かあったのですか?」
「ようこそ、冒険者ギルドヴィクトルム支部へ。申し訳ありません、現在少し込み入った事情がありまして……本日はどのようなご用件で?」
恭弥が声かけた女性は、亜麻色の髪を後ろで一本にまとめた20代前半の女性であり、横に長いカウンターの少し離れた場所では、17〜8歳くらいのの栗色の髪をツインテールにした活発そうな少女や、鮮やかな茶髪を背中まで伸ばした20代後半ほどの女性が目の前の女性と同じような制服を着てせっせかと何らかの作業をしていた。他にも奥の方では給仕っぽい制服をした女性達が数人ほど働いており、ぱっと見では冒険者と思われる者達以外では男性はいなかった。
「そうでしたか、ご苦労様です。本日は僕とこの娘の冒険者登録に来ました」
恭弥が少し話していると、コップを捨て終えたルナがやって来て、恭弥の横まで来ると足りない身長で必死に背伸びをしてカウンターに顔を出そうと奮闘し始めた。
恭弥と受付嬢はその様子に苦笑を溢しながら会話を続ける。
「登録、ですか……構いませんが今登録するのはあまりお勧め出来ませんよ」
「おや、それは何故でしょうか?先程おっしゃった込み入った事情、と言うのが関わっているんですか?」
「はい。今はその件にかかり切りで、登録仕立ての冒険者様に斡旋出来るお仕事が非常に少なくなっております。なので冒険者として活動をするのならもう暫くして熱りが冷めてからをお勧めします」
「そうですか、ご注告ありがとうございます。ですがご心配なく。登録だけは済ませておきたいのでお願い出来ますか?」
「分かりました。登録するだけならマイナス要素はありませんし、承ります。では此方に必要事項をご記入ください」
そう言って受付嬢の女性はカウンターの下から二枚の紙を取り出した。
「名前、年齢、出身、スキル、特技の五項目ですか。こちらは全て記入しないと行けませんか?」
「いえ、冒険者になられる方には色々と訳ありの場合もありますので、最低限名前と年齢だけ書かれていれば問題ありません。ですが、名前と年齢以外の項目が記入されていた方が仕事を斡旋し易くなっております」
「なるほど、丁寧な説明ありがとうございます」
「ふふ、仕事ですから」
そう言いながら恭弥は名前と年齢を記入した。言語理解は自身が記入する文字にも適応されるらしく、恭弥は普通に日本語で書いてるつもりでも、自然とこの世界の文字へと書き換わる。これはまだルナと森で過ごしていた時から知っていた。
「ルナ、書けましたか?」
「うん、書けた……」
「ではその紙は此方で回収いたします。これからこの紙を参考に冒険者カードの発行を行うので、少々お待ちください」
恭弥は隣のルナを見やり、彼女が記入した情報に目を通す。ルナも記入したのは名前と年齢だけであり、二人が記入した紙を受け取った受付嬢の女性は、その情報にさっと目を通してから、手元で何やら作業を始めた。
「完成です。最後に此方にお二人の血を垂らしていただければ、これは完全に個人の物となります」
手渡された縦5センチ、横10センチ程の長方形の銅色プレートは、よく分からない材質で作られており、恭弥は物珍しさから久々の超位鑑定を発動させてみた。
ーーーーーーーーーー
血伝鉱石
濃密な魔力が溜まっている土地から時折入手出来る希少な特殊金属。生物の血液に反応し、血液と同調する事でその血液の持ち主にだけ反応するようになる不思議な性質を持つ
ーーーーーーーーーー
「へぇ、血に反応するなんて面白い性質ですね」
恭弥は腰に下げているマジックポーチからミスリル製のナイフを取り出し、軽く指先を切る。滲み出た血がポタポタと恭弥の指から滴り落ちて、血伝鉱石製のプレートに吸い込まれるようにして消える。隣ではルナも同じように指先を切っていて、その血もまたプレートに吸い込まれて消えていった。
「はい、ではこれにて登録完了となります。最後に登録料として一人銀貨一枚いただきます」
「分かりました、ではこれで」
恭弥はミスリル製のナイフをポーチに仕舞い、代わりに銀貨二枚を取り出して受付嬢に手渡す。恐らくこれにはプレート代も含まれているのだろうが、希少な鉱石製のプレートが銀貨一枚とはいささか安すぎる気がする。
この世界の貨幣は銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨、白金貨の7つがある。価値としては日本円で表すと銅貨→10円、大銅貨→100円と10倍刻みで大きくなって行き、最も価値の高い白金貨は日本円換算で一千万にもなる。とは言え、基本的に平民は月に大銀貨5〜6枚程度しか稼ぎが無く、金貨1枚も稼げば凄い方だと言われている。しかし、この世界は地球より物価が遥かに低いので、普通の平民家族であれば、特に贅沢や無駄遣いをしなければ大銀貨5枚もあれば余裕で暮らせるのだ。大金貨や白金貨まで行くと最早王侯貴族しか使う者がおらず、極一部の大商人との取り引きや、国同士のやり取りでしか使われ無い。因みに恭弥達の全財産は残り金貨5枚と大銀貨7枚と銀貨12枚、大銅貨と銅貨が共に8枚ずつの計58万2千880円となっている。取り敢えず当分の余裕はある。
プレートには名前欄と年齢欄に記入した情報が刻まれており、他の欄は空白となっていた。プレートの周りには意味深なヒエログリフが刺繍の如く刻まれている。
ーーーーーーーーーー
name:キョウヤ・クルイ age:20
place:
skill:
ability:
ーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーー
name:ルナ・クルイ age:13
place:
skill:
ability:
ーーーーーーーーーー
見事に空白だらけだが、血液と言う偽造不可能な情報を提供したこのプレートは、きちんとした身分証となる。因みにルナの本名はルナ・ファントイリュと言うのだが、恭弥と兄妹としてやって行く為に苗字をファントイリュからクルイと変え、ルナ・クルイと言う風に名乗っている。
「では、冒険者ギルドの説明を致します」
プレートを受け取った恭弥とルナは、それを失くさないようにきちんと仕舞い受付嬢の女性の言葉に耳を傾ける。
「冒険者ギルドとは各国に点在する独立機関です。各国にあるとは言え、それは何処の国でも同じで、冒険者ギルドとはその国にあっても国には属していない完全中立の立場にあります。なので例えその国の王の要請であっても依頼と言う形できちんとした報酬を頂きます。
我々冒険者ギルドは何者の依頼であってもきちんと報酬を払ってさえ頂ければ動きます。冒険者ギルドは各依頼の全体報酬の一割を紹介料としていただき、成り立っているので、そこに一切の例外は存在しません。国からの圧力なども受け付けません。ギルドはお金以外にも信用で成り立っていますのでそこら辺の部分は信用して下さい。
次に冒険者ランクについての説明です。
冒険者ランクとはG〜Sまで存在し、G〜Bランクまでは依頼をこなして行けば普通に上がって行きます。因みにどなたであっても冒険者ランクの最初はGからです。しかし、Aランクになると、その中で更に分けられ、A三級、A二級、A一級と順々に高くなって行きます。これはSランクも同様で、S三級、S二級、S一級と分けられます。これはAランク、ましてはSランクとまでなると同ランクの中でも明確な力の差が存在するようになるからです。例えば同じAランクでもA三級とA一級では天と地程の実力差があります。これはS三級やS一級にも同じ事が言えて、特にS一級ほどの実力者にまでなると災害指定の魔物と単身で圧倒出来る程の実力を持っていたりする方もいます。まぁ現在S一級ランクの方はたった数名しかいませんが。
冒険者ランクはその冒険者の信用度と実力を示す最も重要な内容です。上げるには基本的に依頼を複数回達成し、ギルドに実力があると認められた場合のみですが、例外としてギルドマスターがその人の実力がランクに釣り合って無いと判断した場合は飛び級もあり得ますね。それは殆どありませんが……すみません少しお待ち下さい」
受付嬢の女性はそこで少し言葉を切り、手元にあった水を一口煽る。長い説明で少し疲れているのだろうと判断した恭弥は何も言わず続きを待つ。
「申し訳ありません。この長い説明をしているとつい喉が渇いてしまって」
「いえいえ、お構い無く。僕等は説明して貰ってる立場ですからね。幾らでも待ちますよ」
恭弥はそう言って柔和な笑みを浮かべる。
恭弥の容姿は少し女性味があるが、非常に整っている。いや、寧ろその女性らしさが逆に恭弥の整った容姿に拍車をかけているのだろう。そんな恭弥の柔和な笑みを直視てしてしまった受付嬢は、顔を赤らめて少し俯いてしまい、それを誤魔化すつもりで水を更に一口飲む。
「続き早く」
その様子を横で見てたルナが少し不機嫌そうな顔で受付嬢の女性を催促する。何故不機嫌そうなのか気になった恭弥だったが、それより先に受付嬢の女性の説明が再開したので取り敢えずそちらに耳を傾ける。
「コ、コホン!お待たせしました。説明を続けます。
冒険者ランクの話は先程ので全てですので、続いてはギルド内でのルールを説明致します。冒険者ギルドには日々多くの冒険者の方が顔を見せます。冒険者の方には血の気の多い方もいらっしゃるので、稀にですが冒険者同士での揉め事が発生する事があります。その時のギルドの対応ですが、申し訳ありませんが基本的に冒険者同士の諍いに我々が関与する事はありません。と言うのも冒険者としてのルールの中に全て自己責任と言うものがあります。冒険者は国に属さない自由の身ですが、その分国の庇護はありません。なのでギルド内での揉め事で例え冒険者の方が負傷してしまったとしても我々からの援助は一切ありませんので、予めご了承ください。
最後になりますが、ギルドを通さないで依頼を受けた場合のトラブルにも我々は関与しません。そもそもその場合はギルドのあずかり知らぬところで起きているので、関与出来ないと言うのが正しいですね。これは稀にですが、冒険者個人に対する依頼があります。その場合、ギルドに人を指定する申請をしていただければ問題無いのですが、依頼者自らが冒険者の方に直接接触して依頼を行う事があります。この場合、仲介料の一割さえも冒険者の方の財産となるので割の良い仕事が多いです。ですが、そこで金銭を巡ったトラブルに発展してしまった場合、それも全て冒険者の方の自己責任となります。くれぐれもお気を付け下さい」
以上です、と告げる女性の声に恭弥とルナはゆっくりと顔を上げる。恭弥は頭の中で説明を分かりやすく整理し、理解したと力強く頷いた。
「なるほど、よく分かりました。丁寧な説明をありがとうございました。さて、説明も終わった事ですし、改めましてキョウヤ・クルイです。妹ともどもこれからお世話になります」
「ルナ・クルイ……よろしく」
そう言って差し出された恭弥の手に受付嬢の女性は少し驚いた様子を見せ、そしてそれをしっかりと握り返して握手を行う。隣ではルナも名前を名乗るだけの簡単な自己紹介を終え、同じように手を差し出す。恭弥に習った握手と言う文化だ。
「私の名前はマリナと申します。キョウヤさん、ルナさん、これからよろしくお願いしますね」
そう言って受付嬢の女性改めマリナは恭弥の手を握ったようにルナの小さな手とも笑顔で握手を交わした。そして恭弥達がマリナに別れを告げて帰ろうとした、その瞬間。
「おいガキ共。てめぇらが冒険者だと?冒険者なめるなクソガキが!」
2メートル近いガタイを持った毛むくじゃらは男がマリナと握手している恭弥とルナに怒鳴り声に似た声をかけた。
「……僕達の事でしょうか?」
恭弥の瞳が冷たい光を帯びる。殺意を宿した時の目だ。
「ったりめぇだろうがクズが!てめぇら以外に誰がいるってんだ!」
恭弥の目にルナが少し怯えを見せるが、男はそれに気付かず、なおも恭弥達に因縁をふっかけ続ける。マリナは男の様子に顔を青ざめさせて恭弥達に逃げてと目で訴える。
「今は新たな発見されたダンジョンの調査に誰が行くかで忙しいんだ!てめぇらみてぇなガキがしゃしゃり出てくんな!」
「それは、僕達に何も関係無いのでは?僕達二人が冒険者登録をしただけで何か影響出るんですか?」
マリナの視線を横目で確認しつつも、恭弥は敢えて気付かないフリをして煽るような口調で男に言葉を返す。どうやら今の会話の中に恭弥の興味を誘う単語があったらしく、せっかくなのでもう少し聞き出すつもりのようだ。
「ああ!?だから邪魔だって事だ!んな事も分かんねぇのかてめぇ!」
男はどうやら少し酔っ払っているらしく、近付いて来る度に恭弥の鼻腔を酒の香りがくすぐる。
「マリナさん、あの人の言葉はよく分かりません。登録する事で何か問題があるんでしょうか?」
「い、いえ!ダンジョンの調査隊の選抜はギルドマスター等と言った、冒険者ギルドの責任者にある人を決めるので、誰が登録したとしても特に影響はありません。……キョウヤさん、あの方はBランク冒険者のベアードさんです。性格はあれですが、実力はあるのでくれぐれも刺激しないで下さい」
マリナは恭弥の質問にテンパりながらも受付嬢としてきっちりと答えてくれた。その際、最後の方に恭弥にしか聞こえないような小さな声で注意を促して来たりもしてくれる。それを聞いた恭弥が周囲をチラッと見回すと、確かに他の冒険者達は皆、俺は関係無いぞとあからさまに目線を合わせないようにしている。その中で 一部の数人だけはニヤニヤと恭弥達とベアードのやり取りを見ている輩がいたが、恐らくあれがベアードの仲間だろう。
(Bランク、ね……それにしてはあまり強くないですねぇ……ふむ、レベルは52ですか。ステータスも軒並み低いですし、Bランクって言っても大した事ありませんね)
超位鑑定をベアードと言うらしい男に発動させてみると、そのステータスはレベル52で平均が400前後と、恭弥やルナはおろか、以前欲求解消のために殺したレベル41のレッドゴブリンロードより低い。
恭弥はこの世界の冒険者と言う存在のレベルの低さに内心落胆をした。
「何も言い返せねぇのか?あ?ならさっさと帰りなガキども、まぁそっちの可愛いらしいお嬢ちゃんなら残って酒の酌でもしてくれていいんだけどな」
恭弥の様子にビビったのかと勘違いをしたベアードがその太い手をルナに向けてぬっと伸ばした。
ルナはそれを気持ち悪いものを避けるような表情で恭弥の後ろに隠れるも、それをまたもやビビってると勘違いしたベアードは更に近付いて来て、最早恭弥との距離はたった数十センチしかない。ベアードから香る酒の匂いが恭弥の鼻腔を更に強く刺激し、恭弥の瞳が更に殺意を増す。
「こっちきなお嬢ちゃん。なに、悪い事はしねぇ、ただちょっとばかし酒を注いでくれりゃあいいさ、へっへっへ」
「気持ち悪い……」
「ベアードさん!貴方はお酒の事で何度かギルドから注意を受けているはずです!これ以上は大きな問題となりますよ!」
「うるせぇ!受付嬢風情が口挟むんじゃねぇ!でも、このお嬢ちゃんがダメってんならてめぇが酌してくれてもいいんだぜ?少し歳食ってるが、十分美人だからな!へっへっへ」
下品な笑いと共に伸ばされたベアードの腕が、マリナに迫る。マリナせめてもの抵抗とはキュッと目を瞑って恐怖を隠すが、その腕が彼女に触れる寸前、恭弥がそれをガシッと掴む。
「ああっ!?」
それに対しベアードが不快な声をあげてそれを振り解こうとするが、ベアードの半分程度の太さしかない恭弥の腕はピクリとも動かない。
恭弥はそのまま背後を振り向き、誰が見ても分かるほどに顔を青ざめさせたマリナに冷たい笑顔で問いかける。
「マリナさん、冒険者ギルドのルールによれば冒険者同士の諍いにギルドは関与しないんですよね?」
「は、はい!」
訪れるはずの恐怖から逃れられたと思い安心していたマリナは、恭弥から放たれる謎の威圧感に思わず上擦った声で答える。
「それは例えどちらかが死んでもですか?」
「そ、それはルール上ではそうですが……」
聞きたい部分の答えを聞いた恭弥はマリナの答えを最後まで聞く事なく、ベアードの腕を掴む手に力を込めた。
メキメキメキッ!
明らかに尋常では無い音がギルド内に響く。おおよそ人の手から出てはならない音だ。
「ぐぅっ!てめぇ、何しやガッ!?」
痛みに呻いたベアードが、怒鳴り声を上げようとするが、全てを言い終わる前に恭弥のもう片方の手が気絶を許さないギリギリの威力でベアードの顎を鋭く打ち抜く。
「僕、基本的に積極的に人と関わるつもりは無かったんですが、どうやら貴方は特別のようだ。まさか僕に手を出させるなんて、誇っていいですよ?」
今の状況では場違いな声音で恭弥が語る。
恭弥は大犯罪者であった事から、地球ではなるべく人を避けていたが、残念ながらここは異世界。大犯罪者、狂井 恭弥を知る人物は誰一人いない。よって、恭弥は一切の躊躇をしない。
グシャッ!
「ギャアアアアッ!」
顎を打ち抜かれてくらくらしているベアードに追い打ちとして腕を掴んでいる手に更に力を込める。その瞬間、ベアードの腕は出してはならない音を立てて握り潰された。握り潰されたベアードの腕からは白い骨が分厚い皮膚を突き破って露出しており、そこから滴り落ちる血液がギルドの床を濡らす。
マリナは目の前で起こった惨劇に息を呑み、他の仕事をしていた受付嬢もその手を止めて恭弥とベアードのやり取りを顔を青ざめて見ている。
「脆いですねぇ」
恭弥近くのテーブルに置いてあった布をルナに取って貰い、ベアードの腕を握り潰した時に付着した彼の血を拭いながら無表情で言った。
「お兄さん、どうする、の?」
恭弥に布を手渡したルナは無表情のままそう問いかける。
「ん?殺しますよ?当然じゃないですか」
「そう」
ルナの質問にあっさりと答えを返す恭弥。ルナはそんな恭弥に対し、短く頷いた。
「意外ですね。ルナなら止めると思いましたよ」
「私は別に他の人間がどうなろうと興味無い……」
恭弥とルナは二人にしか聞こえない声音で話しをする。幸いな事にベアードが未だに悲鳴を上げているので恭弥とルナの声をそれに掻き消され互い以外の誰の耳にも届く事は無かった。
「私は人間が嫌い。復讐したいとまでは考えて無いけど、人間が幾ら死んでも何も感じない、と思う……」
「おや、それは素晴らしい」
恭弥はそう言って愉快そうに微笑む。
「ではさっさと殺してしまいましょう。さっきからうるさいですしね」
「うん」
恭弥は愉快そうな微笑みを一瞬で鋭利な冷たいものに変え、自分の腕を見て無様に叫んでいるベアードの首を片手で絞めて持ち上げる。
「ぐっがっ……」
何か言いたそうに此方を睨み付けて来るベアードであったが、口の端から血の混じった唾を飛ばすだけで声は出せないようだ。
「さて、僕達も暇では無いのでそろそろ殺させてもらいますね」
「やめろ!」
恭弥の宣言にベアードは顔を青ざめさせて許しを請うような目線を送って来る。恭弥はその一切を無視して手に更に力を込めるが、その瞬間ベアードの後ろから彼の仲間と思われる男達が武器を抜いて攻撃を仕掛けてきた。
「おっと、これは油断しました。まさか貴方を助けようとするお仲間がいるなんて思いもしませんでしたよ」
勿論嘘だ。恭弥は武器を抜いて殺気を放つベアードの仲間に気付いていた。しかし敢えてそれをさせたのは、正当防衛と言う建前の元、ついでにベアードの仲間までも殺してしまうためだった。
「うちのベアード悪かった!頼むから許してくれ!」
「はい?貴方、僕に斬りかかって来た癖に何を言ってるんですか?」
恭弥に斬りかかって来た男の言葉に恭弥はわざととぼけて返す。
「それはあんたがベアードを殺そうとしてたからじゃねぇか!ふざけんじゃねーぞ!」
「おい止めろ!」
すると別の男がそう言って怒りに満ちた表情で怒鳴り付けて来た。それを最初の男が諌めるが、怒鳴り付けて来た男は止まらない。
「調子乗るなクソが!そもそもあんたらが大人しくしてればこうはならなかったんだ!」
(ああ、この人とは話しても無駄ですね)
自分達の行動を正当化して相手を責める。最も話の通じないタイプの人種である。
恭弥は内心溜め息を吐いて冷たい目を二人の男に向ける。
「もういいです。貴方方が何を言ってもどうせやる事は変わりません」
恭弥はゆったりとした足取りで男達に近付いて行き、怒り顔で武器を振り下ろして来た男の腕を掴み、武器を叩き落してから自身の方へと引っ張り、引き寄せた腕を膝へと叩き付けてへし折る。苦悶の声を発しようとする男の喉仏を素早く潰し、頭を掴んで近くのテーブルへ顔面から叩き付ける。テーブルを破壊する程の威力で叩き付けられた男は顔と頭から血を盛大に噴出させ、粉々になったテーブルの残骸と床を血で濡らす。
「ひっ!や、やめてくれ!何でも言うこと聞くから!」
続いて最初に恭弥へ斬りかかって来た男へ振り向くと、男は恐怖で盛大に顔を歪めて後ずさる。
「お、俺はこいつらを止めようとしたんだ!あんたも見てただろ!だから俺は悪くない!許してくれよ!」
「殺意を持って斬りかかって来た人にかける情けはありません」
恭弥は後ずさって逃げようとする男の脚を踏み付け、そのまま体重をかけて足の骨を砕く。
「ギャアアアア!い、いてぇよぉ!」
泣き叫ぶ男の脚から足を退けると、頭を掴んで床へと接吻させ、そのまま床を抉りながら顔面を引き摺り、進行先にあったテーブルに頭から突っ込ませる。男は先の男と同様に頭から血を噴出させ、引き摺られた事でズタボロとなった顔面からは鼻血やら何やらを撒き散らして床を更に血で染める。
「最後は貴方ですね」
そして最後に、今回の件の引き金であるベアードへと視線を転ずる。
「ひっ!ゆ、許してくれ!酒が入ってたんだ!もう酔いもすっかり冷めた!頼む!金でも何でもやるから!」
ベアードは床に頭を擦り付けて謝罪して来るが、恭弥はそれを無視して、寧ろ踏みやすい位置に頭が来たと頭を踏み付ける。
「そうですね、では命を貰いましょうか」
無情にもそう言い放った恭弥はそこで一気に力を込め、頭を踏み潰した。
グシャリと嫌な音を立てて周囲に血が巻き散る。しかし恭弥は絶妙な力加減で辛うじて殺さない程度に留め、あまりの痛みに意識を失ったベアードの体を頭を持って軽々と持ち上げ、まだ無傷であったテーブルの一つに腰掛ける。
「さて、最後は盛大に血を撒き散らして下さいね」
「お兄さん、私を巻き込まないで、ね……?」
恭弥の言葉に反応したルナは、この後恭弥が行う行動を察し、即座に恭弥の腰掛けるテーブルに跳び乗り、恭弥にジト目を送る。
「アハハ、これは失礼。ですがもう大丈夫ですね」
恭弥は楽しげに笑いながらそう言うとこの世界に来て獲得した能力の一つ、血液操作を発動させた。すると、恭弥の手によって担がれていたベアードの体が一瞬びくんと動き、次の瞬間、目や鼻などの穴と言う穴から血が大量に噴出し、びちゃびちゃと辺りを血で染める。人体に含まれる血液量は平均約5リットル。そのうちのたった数リットルを操作しただけだが、その血は勢い良く噴出し、ベアードの命と引き換えにギルド内を綺麗な赤へと染め上げる。その情景にその場にいた冒険者も受付嬢も言葉を失い、ただただ見ているしか出来なかった。
「おや?どうやら出て来たようですね」
「うん……あの人達強い、よ……?」
そんな異常な空間の中、恭弥とルナの場違いな声だけが静かに響き渡る。彼等の視線の先にいる恐怖に顔を蒼白に染めているツインテールの受付嬢と彼女が連れて来たと思われる強者の気配がする男女二人、冒険者ギルドヴィクトルム支部支部長ガイアス・ウォールと、副支部長ルベリア・シュマーケンである。
「こんにちは、少々騒がしくなっていて申し訳ありませんね」
そんな二人に向け、恭弥はいつも通りの調子で気楽に声をかけた。
ーーだがその声と瞳の奥に宿る不気味な光は全ては目論見通りだと、仄かに笑っていた。
この時にこれに気付けたものは果たしていたのだろうか……その答えは誰も知らない。
なんかゴタゴタした話になってしまいましたね。申し訳ありません。




