血の雨が降る城壁
「おや、どうやら出た様ですね」
恭弥の視線の先、木々が溢れた地の少し先に森とはまた違う、澄み渡る平原の緑があった。
緑は辺りを覆い、まるで恭弥達を歓迎するように吹く風が恭弥の髪を靡かせる。
「予定より少し遅れたけど、あそこがここから一番近い街……」
恭弥の斜め後ろからは小さな手が現れ、とある方向を指差す。そこにはうっすらとだが確かに石造りの壁が見え、遠くにはそこへ向かう途中であろう馬車のようなものもある。
「ほー、これはまた結構近いですねぇ。ルナがいたあの場所も行こうと思えば簡単に行けそうですね」
「うん……普通に進めば3日程度で行ける……でも私、幻術魔法での結界を張ってたからキョウヤさんみたいな感知能力の鋭い人じゃないと辿り着けない……」
恭弥の感想にルナが淡々と答えるが、恭弥は辺りの景色に感嘆していて話の半分も聞いておらず、それに気付いたルナが微妙そうな顔をする。
「……この森は初心者が良く来る場所……だから余程の事が無いとあの結界を抜けれる程強い人は来ないから安全だった……ねぇ、聞いてる……?」
「聞いてます聞いてます。この森は初心者しか来ないんですってね。とにかく行きますよルナ」
「むぅ……」
恭弥の反応に少し頬を膨らますルナだったが、素直にコクリと頷いて、歩き出した恭弥に着いて行く。
現在の時刻は恭弥がルナにステータスの事を聞いた時から丸一日が過ぎた丁度お昼時。本来ならこの森からあの街まで半日程度の距離しかないので、今頃はもう着いている予定だったが、色々と寄り道をしていたせいでこんな時間になってしまった。なので恭弥とルナは、この一週間で仕留めていた鹿や猪と言った動物の肉をルナの魔法で乾燥させた干し肉を頬張りながら、恭弥の魔法で創り出した水を飲んで歩きながらの昼食を済ませた。
蛇足だが、MNDカンスト済みの恭弥が創り出す水は目が飛び出るほど美味であり、その気になればこの水だけで生計を立てられるのではと言える。実際初めてこの水を飲んだルナは普段の無表情を完璧に崩し、あまり明言出来ない表情となっていた。恭弥はそれほど反応は無かったが、自分の魔法で幾らでも創り出せる水が美味なのは良いことだなと、大袈裟に驚くルナを余所に一人納得していた。
「キョウヤさん、このままのペースで行くと着くのは夜になっちゃう、よ……?ペース上げる……?」
暫く歩いていると、ルナが小さな声で心配気に尋ねて来た。
「大丈夫です。寧ろ夜になってくれた方が好都合ですね」
そんなルナに恭弥は優しく微笑みながら諭すようにそう言う。
恭弥は笑う時は何時もこんな風に笑うが、その笑みは何処か危なげで、何処か繕ってるようであった。この微笑みが本物なのかそれとも偽物なのか、まだ付き合いが短いルナには分から無いが、少なくとも自分がこうして安心感を覚えれるうちは大丈夫だろう。
(いつかキョウヤさんの本当の姿を見れたらいいな……)
そんな風に思いながらルナは恭弥の後を一生懸命に着いて行く。
***
「ふう、ようやく着きましたね」
夜。
僅かに欠けた紅い月が地上を照らす中、その光の中に恭弥達の姿を朧気に映し出す。
彼等の姿は街の城門の正面から少し逸れた場所にあり、少し離れた辺りには恭弥と同じく街へと来た商人やら冒険者やらが各々で野営を行っている。街へ入る場合は夕刻までに入国審査を受けていなければならないので、夜に帰って来た冒険者や遅れてやって来た商人達はこうして門の前で野営をする。ルナ曰くこれは良くある事なので特に咎められる事は無いとの事。
城壁の上には夜間警備の兵士達もいて安心出来ると言う事も相まって、見ると結構な数の人々が門の前で野営を行っている。
「この街は確か《ヴィクトルム》って名前だったと思う……」
恭弥がそんな人々の様子を観察していると、恭弥の陰に姿を隠すようにして小さくなっているルナが、ギリギリ恭弥に聞こえる程度の声でそう説明してくれた。
何故恭弥達はそれに混ざらないかと言うと、魔人であるルナの姿を他の人間達に見せるわけには行からに他ならない。そのため二人は他の人々とは少し離れた場所で来たる時を待っているのだ。
念には念を入れてと超位隠密も発動させているので、これでそうそう見つかる事は無いだろう。このスキルは恭弥が思っていたよりも強力で、一緒にいるルナでさえ気を抜くと恭弥の姿を見失ってしまう。なのでルナは恭弥の服の裾を小さな手でぎゅっと握って不安そうに恭弥の事を見上げている。
「ルナ、今の内に作戦を説明しておきますよ」
「う、うん……」
「まず初めに、あらかじめ幻術魔法で姿を変えた僕が城壁を登ります。そしたら先程からチラチラ見えている灯りを持つ兵士達をわざと気付かれるように皆殺しにします。そしたら十中八九、騒ぎを察知した他の兵士やあそこで野営している人達が気付く筈です。その隙に貴は人々の注意が向いていない場所から登って下さい。この程度の壁なら何とか出来るでしょう?」
恭弥が尋ねると、ルナはコクリと頷いた。
「そしたら最後の仕上げです。僕が空に火球を打ち上げますので、それを確認したら城壁から一気に飛び降りて下さい。その際、光魔法での目眩ましを行うので注意しておいて下さいね。街に入ったら僕の感知能力で貴女を探して合流します。そしたら人気の無いところで幻術魔法を使って新たな姿に変装しましょう。そしたらもう大丈夫です。一応確認しておきますが、この作戦で難しいと思われる事はありますか?」
「ええっと……幻術魔法での変装は魔法を纏っているような感じだから、魔法特有の波を出しちゃうの……一般人なら平気だけど、察知能力が高い人がいたら一瞬でバレちゃう……」
恭弥の確認にルナは一瞬考える素振りをし、それで思い付いた事を恭弥に伝えた。
「ふむ、それに関しては心配御無用です。幻術魔法で出る魔力の波は僕が無属性魔法で吸収しますので。一応魔法の細かい操作はもう出来るのでなんとかなるでしょう」
この世界に来て10日も経っていない恭弥だったが、持ち前の天才性はここでも健在であり、既に自身が使える九属性全てで緻密な魔法構成式と魔法操作式を完璧に自分の物としていた。
これには恭弥の持つ並列思考と加速思考と言うスキルが大きく影響しており、この二つのスキルの使い方を理解した恭弥は、即座に最も効率的な使い方を編み出してそれを実践していた。即ち、並列思考で無数の思考を生み出し、その内一つをメイン思考として確立させ、他の思考に加速思考を乗せて全ての属性で魔力の使い方を学ばせると言う方法である。
この方法を普通の人間が行おうとすると、際限無くどんどんと入って来る無数の情報を処理し切れずに混乱し、脳味噌を切り刻まれるような激しい頭痛が永遠と続いて発狂してしまう事だろう。これは元々まともな精神をしておらず、その上、称号効果でMNDもカンスト済みな恭弥だからこそ出来る、恭弥にのみ許された方法である。
「キョウヤさん、ハイスペック過ぎ……でも、そんなキョウヤさんだからこそ信じる、よ?」
「ええ、まかせて下さい。僕自身が付いて来る事を許可をしたんですし、少なくとも今直ぐ見捨てるなんて事はしませんよ」
ルナの呆れ半分、信頼半分の言葉に恭弥は苦笑するように微笑みながら頷く。
「さて、ではそろそろやりますか。ルナ、他にはもう問題点は無いですよね?」
「うん……多分大丈夫……じゃあキョウヤさんに幻術魔法魔法かける、ね……?」
そう言ってルナは幻術魔法を発動させた。月幻狐と言う幻狐の特異種であるルナの幻術魔法は、一般的に認知されている幻術魔法とは文字通り次元が違い、体格から声、果ては体臭に至るまでの全ての特徴を偽れる。
幻術魔法をかけられた恭弥の姿は元の線の細い女性染みた姿とは大きくかけ離れ、2メートル近い巌のような巨体に、目付きの悪い目元に大きな傷を付けた強面をとことん突き詰めたような顔立ちへとなっていた。
「それでは行って来ます」
声も非常に低くなっており、恭弥の特徴である敬語っぽい言葉遣いがなんとも似合っていない。この姿の恭弥を見て、これがあの狂井恭弥だと見破れる者は恐らくどの世界にもいないだろう。それほどまでの変貌振りである。
***
恭弥は20メートルはあろう城壁まで駆け寄ると、レベルアップで強化されたステータスを以って一息にジャンプをする。それだけで約10メートルもの高さへと到達した恭弥は、ジャンプが最高到達点へと至った瞬間、呪怨の黒剣を城壁へと突き刺して城壁に足を擦らすようにして勢いを殺す。
勢いを殺す際、僅かに下へと下がったが、大体8メートル地点で無事止まる事に成功した。
「ふぅ、専用の道具が無いので難しいですがなんとかなりそうですね」
恭弥はぼそりと呟くと、ポーチから新たな短剣を取り出し、魔力を込めて壁に突き立てる。
ミスリル製のそれらは魔力の伝導率の高さ故に衝撃に脆弱だとルナは言うが、全属性の魔法を扱える恭弥にしてみれば、寧ろその方が都合が良い。
恭弥はミスリルナイフと呪怨の黒剣両方に無属性の魔力による単純な強度強化に加え、水属性と風属性と土属性の3つを合わせて擬似的に創り出した雷属性で貫通能力を上げ、念のためにと時空間魔法による座標固定を移動する度に切り替えてスイスイと城壁を登って行く。
「到着♪」
そして僅か5分とかからない短い時間で城壁の上への到達を果たした。そして、油断無く辺りを見回して周囲に人がいないのを確認してから発動させていた超位隠密を解除した。
「ではやりますか」
恭弥は感知の範囲にいる兵士と冒険者と商人をそれぞれ別のアイコンで区別し、兵士として認識した者のみに意識を集中させる。
今までの感知では魔力と大雑把な形で敵を判別していたのだが、ルナに街へ行くならそのやり方は不便だから止めておいた方がいいと忠告されたので、その日のうちに超直感の空間把握と気配察知を一つに纏め、そこに更に超位鑑定を組み合わせて、感知圏内に入った全ての者を人と魔物で分け、そこからを更に人族は人種、職種、戦闘力、魔物は種族、戦闘力で判断出来るように改良してみせた。これを常時発動させ、並列思考・極で作り出した別の思考で処理を行うようにしている。そのため、今の恭弥は感知圏内全ての人物を区別、判断出来ている。アイコン機能はその感知能力においてはおまけみたいな物で、狭い範囲にいる生物をより明確に区別する為にだけ存在している。なので普段は使っていないのだが、今回はそれを使った方がより分かりやすいので発動させてみたというわけだ。
(近場にいる兵士の数は15人程度ですね……城門を中心にそれぞれ等間隔で立っているので分かりやすくて助かります)
恭弥はニヤリと不敵に笑い、一番近場の兵士目指して駆け出した。
「ん?」
不幸にも一番最初に狙われた中年の兵士は、横から聞こえて来る足音に手に持つ灯りを其方へ向けた。そして、そこに浮かび上がる大きな影を見つけ、ギョッとする。
「だれだ!」
しかしこの兵士も伊達に長年この仕事をしていない。即座に腰の剣に手を掛け、近くの仲間に知らせるように大声で誰何を行う。
「誰でしょう?」
それを確認した恭弥は、目論見通りと内心で笑みを浮かべ、わざとすっとぼけるような声を出す。
「怪しいやーーっ!?」
続いて声を上げようとした瞬間、兵士の首は面白いように宙を舞っていた。その顔は何が起こったか分からないと言った風で、逆さまになる景色の中で兵士が最期に見た景色はその強面には決して似合わない、不気味な程冷たい笑みを浮かべる大柄の男であった。
「アハハッ!久しぶりに人間を殺しました!やはりこの肉を断つ感覚と驚きに満ちた顔は魔物では味わえ無い!」
恭弥は兵士の死体の腹部に呪怨の黒剣を突き刺して、それを媒介に内部から風魔法を使って破壊する。
「ん?雨か?」
飛び散った臓物やらの血肉が城壁下に降り注ぎ、野営をしていた者達が一斉に顔を上げる。そしてそこで行われていた光景に誰もが目を奪われる。
「貴様ーーがっ!?」
「おのれーーっ!?」
夜闇を照らす灯りが次々と消えて行き、代わりに必要以上に血を噴出させて死んだ兵士達が降り注ぐ。
血と臓物の雨が降り注ぐ光景はまるで地獄にいるかのようであり、見る者全てを恐怖へ陥れる。
「おい、城壁の上がヤバいぞ!魔法や遠距離攻撃が可能な奴は兵士達を援護しろ!」
地獄のような光景に言葉を失っていた者達の中にいた、場数を踏んだ熟練冒険者が他の者達よりいち早く我に返り、慌てて声を上げる。それに従い、戦闘手段を持つ者達が次々と我に返り、素早く各々の獲物を構えるが、その短い時間の間に更に二人の犠牲者が城壁から落ちて来てぐしゃりと地面を赤く染める。
「くっ!撃てーーー!」
一番最初に我に返った冒険者が指揮を取り、それに従って次々と放たれる色取り取りの魔法。
「おや?下の方も動き出しましたか」
城壁の上の恭弥は目の前にいた一人の兵士の腹にミスリルナイフを突き立て、兵士へ無属性魔法による強化を掛けて肉壁として下から迫り来る魔法を受け止めながら楽し気に笑う。
「ふむ、いい感じに注目を集められてますね。兵士の数は……後5人程度ですか」
城壁の上を駆けながら下に向けて魔法を放ち、程良く下の掃除をしながら残りの兵士を殺しにかかる。
「囲めー!相手は一人だ囲めば仕留められる!」
生き残っていた兵士のうち、隊長格らしい男が残りの兵士達を纏め上げ、指示を出して恭弥を囲もうと動く。
「おやおや、わざわざ集まってくれましたか」
そして生き残っていた五人がそれぞれ武器を片手に恭弥を取り囲むが、恭弥に焦った様子は微塵も無く、寧ろ楽になったと余裕たっぷりの態度で言い放った。
「かかれ……っ!?」
隊長が攻撃の指示を出したその瞬間、隊長を除く全ての兵士の体がまるで何かに握り潰されるようにして潰れた。潰された兵士達は口から血と内蔵を吐き出しながら、倒れ、そして何かに吹き飛ばされるようにして城壁の下に落ちて行く。
「風属性魔法と時空間魔法ですよ」
「貴様、一体幾つの属性をーー」
恭弥の言葉に隊長が恐る恐る尋ねるが、その言葉を言い切る前に上からかけられた圧力に頭から潰されて、地を濡らす赤い染みへと姿を変えた。
「さて、ではそろそろお暇しましょう」
恭弥は空へと火球を打ち上げ、それにつられて上を見た人々の視線の先に巨大な光を放つ球を投げつけた。
「なっ!?目が!」
そんな声が下から聞こえて来るのを他所に、恭弥は城壁を飛び降り、感知を使って同じく飛び降りている筈のルナを探す。
「おや、そっちですね」
感知で捉えたルナは一足先に地上に着地をしており、城壁から100メートルほど離れた小道の裏へと姿を隠していた。
「成功ですねルナ」
低い声でそう言いながら背後に現れた大男に一瞬びくりと体を震わせるが、それが恭弥だと分かると即座に掛けていた幻術を解き、何時もの見た目になった恭弥にひしと抱き着いた。
「おやおや、甘えんぼさんですねぇルナは。そんなあっさりと幻術解いては、もし周りに人がいたら見つかってしまいますよ?」
恭弥はそう言ってルナの頭を撫でながら優しげに微笑む。
「ごめんなさい……でも、安心したらつい……」
ルナは気持ち良さそうに目を細めて、されるがままにそう言う。
尤もここは恭弥の感知圏内に余裕で入っているので、何処に人がいるかなど恭弥本人が完璧に把握している。なのでそんな間抜けミスが起こる事は決して無いのだが。
「とにかくこれで当初の街に入ると言う予定は達成しましたね。後はこの街で身分証にもなる冒険者カードでしたっけ?それを発行してしまえば此方のものです」
恭弥は悪どい笑みを浮かべながら言う。
「うん、その筈……」
そんな恭弥にルナも頷く。
「では、取り敢えず今晩はもう近場の宿で休みましょう。ルナ、お金は大丈夫ですか?」
「うん、まだそこそこ蓄えはある……以前と価値が大きく変わってなければ、普通に暮らす分には2〜3ヶ月は持つと思う……多分」
ルナは人の街を追い出される以前、魔人としての力を活かして父親と共に周辺の魔物の退治を行っていた。しかし、小さな田舎村であったルナの故郷ではお金を使う機会など殆どなかったため、倒した魔物の換金金額がほぼそのままルナの懐に残ったままになっていたので、今回はそれを軍資金として使う事にした。
当初恭弥はこんな年端も行かぬ子供にたかるような真似はしたく無いと言って拒否したのだが、ルナの「そもそもキョウヤさん、この世界のお金持ってるの……?」と言う至極真っ当な正論に何も言えなくなってしまい、これは二人の共有財産だとする事で渋々ながら納得した。
ルナは自身に幻術魔法での変装を施し、そこに恭弥の闇魔法による隠蔽を重ねてかけて、溢れる魔力を無属性の吸収特性を利用して掬いながら、二人は俄かに騒ぎ立つ夜の街を並んで歩き出した。




