認識を改めましょう
「やぁ!」
僅かな陽射ししか射し込まない森奥で、一陣の火花が弾ける。
火花はおよその火とかけ離れた色合いをしており、弾ける度に紫の火花が辺りを不気味に照らす。
「やはり素晴らしい威力ですねルナ」
「うん、これでも私、たくさんの魔物の中でも上位に位置する魔物の魔人だから……」
火花の正体は巫女服のような衣装に薙刀を構えた幻狐特異種にして魔人の少女ルナである。
あの後から恭弥とルナは一緒に行動するようになり、かれこれ一週間は経った。その間彼等はずっと薄暗い森奥に篭り、色々な魔物を狩っていた。その理由は恭弥がルナに頼んだ事と関係している。
「にしてもありがとうございます、ルナのおかげでこの世界の事と魔法の使い方が良く分かりましたよ」
恭弥はルナが魔物との戦闘をしている間、終始手の上で色んな魔法を発動させて楽しそうにしていた。
「私のお願い聞いて貰ってるんだから当然……」
ルナは最早お約束の静かな口調に無表情でそう言う。しかし、無表情ではあるものの、その声には僅かに喜びが感じられ、恭弥の声に合わせて狐耳と狐尾がピクピクと嬉しそうに反応している。
「それに、私の方がキョウヤさんの何十倍も驚いた……まさか、人間が全属性適性を獲得するなんて……」
ルナの言によれば、全属性適性とは通常、最高位の、それこそ神獣やら神やら呼ばれるような存在が持ってる能力であり、普通なら人間と言う種族が獲得出来る物ではないらしい。そもそも、人間で二属性以上に適性がある人すら珍しいと言われるのに全属性に適性があるなどあり得ない事なのだと。それを聞いた恭弥は、全属性適性は実力でなく虹玉の報酬であっさりと獲得したのであまり凄いと言う実感が無いと、無言で苦笑しただけだったが。
実は恭弥の全属性適性は特別で、使えるのは主要四属性に固有五属性の九属性だけで無いのだが、その事に恭弥が気付くのはまだ先の話である。
「それに、異世界人だって事も驚いた……どうりで魔人の事を知らない筈だね……」
恭弥は一緒に行動するようになってから、直ぐに自身の事を明かした。それはこの世界の事を何も知らないでいることの方が、ルナに自分の正体がバレるよりリスクが大きいと判断したからだ。
一緒に行動していればルナが誰かにその情報を漏らしそうになった場合、素早くルナを殺して口封じができ、次いでその場にいる全ての人間を殺せば最悪情報が漏れる事は無い。
恭弥はその事をルナに隠す事無く伝えたが、ルナはそれで良い納得し、いざとなったら殺してくれても構わないと了承もした。
「異世界人は、珍しいけどいないわけじゃない……でも、キョウヤさんほど特別な力を持つ人はいない、よ?」
ルナはそう言って恭弥を見て微笑む。その仕草は容姿の美しさもあいまって非常に可愛らしく、後を4〜5年もすれば誰もが目を引く美少女になるだろうと思われる。
尤も、恭弥と一緒に行動する以上何時死ぬかは分からないのだが。
「そうですか、まぁ他人などどうでもいいですけどね、っと、ルナ、新しい獲物が近付いて来てますよ。気を付けて下さいね」
恭弥の感知圏内に新たな獲物が浸入して来たのでその事をルナに伝える。これはルナの戦闘スタイルに慣れるために恭弥が提案した事で、そのために恭弥は極力戦闘に参加せずにルナの戦いを見守っている。と言うのも、ルナは恭弥が最初に察したように相当な実力を持っている。だけどそれは一人で旅をしている間に身に付けた技術なので誰かとの連携は考えられていなかった。その為数多の経験を持つ恭弥がその動きに合わせる事にしたのだ。
実際恭弥はもう既にルナの動きを9割がた理解してた。それにわざわざ恭弥が出るまでも無くこの辺の魔物ではそもそもルナの相手にはなり得ない。
そんなルナのステータスがこれだ。
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月幻狐 (ルナ)
LV:102
HP:2056/2050
MP:2258/2258
STR:2140
DEF:1985
SPD:2869
INT:2776
MND:1662
パッシブスキル
高位魔力操作
火属性適性
光属性適性
闇属性適性
幻属性適性
自動回復
野生
スキル
魔獣化
火炎魔法
聖光魔法
暗黒魔法
幻術魔法
並列思考・中
称号
【特異個体】
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このようにレベルは出会った一週間前の恭弥と倍近い差があり、ステータス面でも恭弥を大きく超えていた。
実際、力試しとして恭弥と組手をした時もステータスの面でほとんど恭弥を越えていた事もあり、最初の方は圧倒していた。しかし色んな相手との実戦経験が豊富な恭弥にはあらゆる技術の面で圧倒的に負けており、最終的には動きになれた恭弥に翻弄されて負けてしまったが。因みにに適性属性が4つほどあるが、二属性以上持って生まれるのが稀なのは人族だけであって、高位の魔物の殆どは3つないし4の適性属性を持っている。それは魔物の血を引く魔人も同様なので、幻狐と言う高位の魔物の血を引くルナが4つの適性属性を持っているのはそんな珍しい事ではない。
「にしても、ルナは強いですね。この辺りの敵ですら一撃ですか」
恭弥はルナが倒したマングースのような魔物に近付き、その死体を突つく。
「この辺りの魔物の平均レベルは50後半から60前半程度でしたっけ?この森では最も危険な区域って言ってましたけどこうしてみると呆気ないですねぇ」
恭弥は苦笑しながらマジックポーチに手を入れ、後ろから気配を消して近付いててきたカメレオンのようは魔物にルナから借りておいたミスリル製のナイフを振り向かず、手首の返しだけで投げた。そのナイフは無造作に投げたとはおもえないほど勢い良く飛んで行き、カメレオン型の魔物、ハイドレオンの喉を貫いて木に縫い付ける。そしてやはり鳴るレベルアップを告げる音声。
「やれやれ、僕も今のでレベルが75まで上がりましたよ。何時の間にかステータスも逆転してますね」
ルナと出会ってから一週間。何時の間にか恭弥の感知の精度とレベルも大きく上がっていた。
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狂井恭弥 (キョウヤ・クルイ)
LV:75
HP:2886/2886
MP:1520/1520
STR:2755
DEF:1386
SPD:2990
INT:1900
MND:99999+etc……
パッシブスキル
異世界言語
制限解除
超直感
魔力適合
全属性適正
消費魔力量激減
必要経験値激減
獲得経験値激増
状態異常無効
超速自動回復
武技術の心得
血契現界
スキル
超位隠密
超位鑑定
魔力付与
全属性魔法
加速思考・極
並列思考・極
総合武技術・極
血液操作
狂化
限定突破
称号
【狂い踊りし者】【精神狂い】【鮮血の狂帝】【魔物の殺戮者】【特異殺し】
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どうやら恭弥が以前立てた仮説は正しかったようで、魔法を使うようになってからと言うものの、INTとMPの上がりも大きくなっていた。
先のナイフは、ミスリルと言う魔力の伝達効率が高い鉱石を使って作られたナイフであったため、恭弥が魔力付与で無属性の強化魔法をかけて軽く投げるだけでレベル59のハイドレオンを一撃で仕留められるほどの代物へと変貌する。
そう、恭弥はこの一週間でルナに魔力の属性の使い分け方と魔法の発動の仕方を学んでいたのだ。これが恭弥がルナと出会った際に言った教えて貰いたい事であった。
幸い、火魔法とか土魔法は一回見ていたのである程度は使えていたが、自分に全ての属性魔法を使う適性がある以上、その全てを存分に振るってみたいと思うのは自然の事だ。それに、使えれば使えるだけ便利なのが魔法と言う物である。
恭弥の服は此方に来た時から変えていないし、勿論お風呂にも入っていない。それなのにこうして普通にしていられるのは「クリーン」と言う魔法のおかげだ。これは生活魔法と言って、魔力適性やスキルなど関係無しに発動出来る便利な魔法だ。これの他には「ライト」と「フレッシュ」と「ドライ」がある。効果はそれぞれ名前通りなのでわざわざ説明するほどの事は無い。
「さて、では一先ず休憩に入るとしましょう」
恭弥はスクッと立ち上がり、感知圏内に他の魔物の姿が無いのを確認すると、近くの木に跳び乗って、幹を背にして枝に腰掛ける。それを見たルナも恭弥の隣の木に跳び乗って、恭弥と同じように幹を背にして枝に腰掛ける。これがこの最近の彼等の休憩体制である。
木の上は身動きが取り辛くなって、奇襲などに弱くなると言う欠点があるが、恭弥達には超直感による感知能力があるので、奇襲などかけられる筈もない。そのため数日前から休憩を取るための体制はこうする事にした。
「そう言えばルナ、聞き忘れてた事があるんですが、ステータスのSTRとかって分かりますか?」
「うん……その人のステータスの値を示す数値、だよね……それがどうしたの……?」
「いえ、一応自分でも大体は想像できているんですが、いかんせんここは異世界ですからね。念の為僕の認識が正しいがどうかの裏付けも兼ねて確認しておきたいと思いまして」
恭弥の質問に木に腰掛けながら木の実を齧っていたルナが狐耳をピンっと立てて反応を返す。
「この表している数値ってSTRは物理攻撃力、DEFが物理防御力、SPDが俊敏さ、INTが魔法攻撃力、MNDは魔力防御力って感じで認識しているのですが、どれかに誤りはありますか?」
恭弥の質問にルナはうーん……と考えるような仕草を取った。
「STRからSPDまでの認識は大方合ってる……でもINTとMNDの認識だけが、少し違う……」
「やっぱり誤りがありましたか。では、その二つは何を表しているんですか?」
「INTは、魔法攻撃力じゃなくてそれに加えて魔法防御力も表している……これが高いと魔法に関しては攻撃面も防御面も心配は、無くなる……MNDは、認識としては精神力って考えが一番近い……これが高いとあらゆる事態に陥っても動揺しないですむし、精神干渉魔法の影響も受け難くなる……常に冷静でいれるって事は実は一番大切なこと……それにMNDが高ければ高いほど魔力の純度と操作性も高くなる……だから戦闘を生業とする人は剣士でも魔術士でも、まずMNDを伸ばす事を第一とする……これが低いと、命をかけた殺し合いなんて出来無いから……」
ルナの答えに恭弥は少し意外そうな顔をする。恭弥の知識ではMNDはオンラインゲームのステータスなどでよく見かけるが、あまり伸ばす必要が無いものと認知されている。その手のゲームをあまりしない恭弥なのでそれが正しいかどうかはよく分からないが、少なくとも攻撃力や防御力の方が優先度が高いはずだ。しかしこの世界のMNDは戦闘を生業とする職業で最も重要なステータスで、それが常識らしい。まぁ恭弥の場合は元々精神が狂っている上、ステータス上では既にカンスト済みなのでそこまで重要視はしなくても良いだろうが。
INTに関してもそうだ。単純に魔法攻撃力だと思っていたが、これ一つで攻撃力と防御力の両方を兼ね備えているとは想像もしていなかった。これからはINTを優先して上げるのもいいかもしれない。
これらの事を踏まえて考えると、MNDカンスト済みの恭弥は戦闘に関してはほぼ最強と言っても過言では無いのかもしれない。尤も、幾らMNDがあっても自身の力を使いこなせなければ意味は無いので当分は最強にはなれないだろうが。
「なるほど、そうでしたか。変な認識のままにならず助かりました」
ルナの説明を聞き、恭弥は自身の認識とこの世界の常識との違いを理解でき、聞いて良かったと内心安堵の息を吐く。個人間での認識の齟齬でさえ揉め事の種になりやすいので、それが世界規模での認識との齟齬だった場合、恭弥をしてもこの世界で生きて行くのが難しくなってしまう。
今回はステータスの事だけだった上、いるのはルナだけだったので特に波風立つ事は無かったが、これからこの世界でいろんなものと出会って行く事を考えると、そこら辺の意識は強く持ってなくてはならない。
「ううん……異世界人なら仕方無い、よ……?」
恭弥の礼にルナが少し照れながら答える。
恭弥はルナへの礼を済ませると、幹に背を預けたまま目を瞑って、休憩に務める。実際のところ、そんなに疲弊をしているわけではないのだが、特段急いでるわけでも無いので休める時はとことん休んでおこう、と言うのが恭弥達のスタンスだった。
「さて、ではそろそろ行きますか。先程の戦闘でルナの動き方は殆ど理解しました。なので取り敢えずの目的は達成しましたので次の目的へ動き出しましょう」
恭弥はそう言いながら腰掛けていた木の上からぴょんと飛び降りた。
「凄い、ね……本当に一週間で完璧に覚えられちゃったよ……それで次の目的って、人族達の街に行く事、だよね……道は分かるけど、魔人の私をどうする、の……?」
ルナの不安はもっともだ。魔人は人族に忌み嫌われている存在なのだから、そんな魔人を連れて街に行こうものなら面倒事が起こらないわけがない。それが一人二人ならそいつらを誰にもバレないように殺してしまえば万事解決なのだが、魔人が忌み嫌われているのは人間社会全体での事なのだ。流石の恭弥でも街にいる人々全てを殺すなどと言う事は不可能だし、そもそもそんな事したら街に行った意味すら無くなる。
「そうですねぇ……幻術魔法でなんとか出来ませんか?」
そうすると、魔法を使っての変装が一番確実な方法であるだろう。
「それは難しいと思う……街に入る時、身分証が無いと入国審査っていうのがあって、その確認の一つに探知魔法での審査がある、から……幾ら固有魔法である幻術魔法を使ってもそれを掻い潜るのは、難しい……」
しかしその方法はルナの言葉で不可能だと分かった。その探知魔法って言うのがどんなものかは不明だが、相当な実力者であるルナがこう言うと言う事は、ルナ程の手練れでもその探知魔法での審査を掻い潜るのはそれほど難しいって事だ。
「ふむ……なら方法は密入国しかありませんね。探知魔法が使われるのは身分証が無い入国の時だけですよね?ならそれさえパスしてしまえば後は街中で身分証を作れるんですよね?そしたら今後の入国審査問題は無くなります。街に入ってさえしまえば後はそこで幻術魔法を使えばいいだけですので何の問題もありません」
恭弥はとんでもない事を何でも無いことのようにあっさりと言いのけた。
「確かにそれなら大丈夫……でもどうやるの……?どこの街も魔物対策で20〜30メートル城壁に囲まれている、よ……?」
「その程度なら大丈夫ですね」
ルナの不安に恭弥はこれまたこともなげに言いのける。
ルナは恭弥の言葉を懐疑的に思うも、恭弥が大丈夫と言うなら信じてみようと頷いた。
「方法は街に近付いたら教えます。ま、危険では無いので安心してください」
そう言って歩き出した恭弥の後を追うようにルナも木から飛び降りる。
「この道を真っ直ぐ進めば街の近くの平原に出れる……平原に出たらもう見えるからそこ目指して歩いて行けば大丈夫……」
ルナはトテトテと走って恭弥の横まで行き、目的地に向かう道の方向を指差した。
「そうですか。では行きましょう」
恭弥はルナの指差す方向を見て、言葉短くそう告げて歩き出した。
木々の隙間から見える太陽はまだ中天に差し掛かったばかりなであった。
「これなら明日のお昼前には着く……」
それを見たルナがそう言うと、恭弥はそうですかと頷き呪怨の黒剣を抜き放つ。
「ではその為にも先ずは性懲りも無く現れた魔物の退治と行きますか」
その言葉と同時に現れる二匹の獣型の魔物。紺色の体毛をした熊の額に角が生えたこの魔物の名は鬼熊と言い、レベルはどちらも62であった。
「取り敢えずあまり必要はないでしょうが、連携の練習をしておきましょう。魔法での瞬殺は止めて下さいね?」
「うん……」
二人は各々の獲物を持って駆け出した。




