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狂人は異世界で狂い踊る  作者: 夜桜
狂人よ異世界へ
10/25

月に照らされる少女

そこは他とは違う神秘的な雰囲気に包まれていた。

まるで神輿みたいな形をした石造り上座。そしてそれを守るようにしてその周囲を囲う生命力の溢れた木々。極め付けにはこの場所には先程まで周囲を包んでいた霧が存在せず、月の光が差し込んで来ている。まるでこの場所だけ外界と隔離されたような空間に、ポツンと一人の少女がいた。


「結界、通り抜けて来たんだね……人間さん」


神輿に似た石造りの上座に腰掛ける少女足をぶらぶらさせながら静かな声音でそう話す。


「そう言う貴女は人間じゃありませんねぇ。遠くからでも感じる強力な気配の出所は貴女でしたか」


少女の言葉にそう返しながら、恭弥は視線の先にいる少女を観察する。


歳は12歳くらいだろうか。少し金のメッシュがかかった透き通る白銀の髪を肩付近から後ろに無造作に流し、幼いながらも僅かに垂れた黄金の瞳で此方を鋭く油断無く観察している。座ってるから分からないが身長は130センチメートルくらいだろうか。身に纏う衣服は白を基調とし、時折金色や銀色で事細かに刺繍されたその衣服は、地球で言う巫女服のようなものであった。そして何より眼を引くのがその頭部に生えた狐の耳と、腰掛けている場所から時折見えるふわふわした尻尾である。


「正解……私の名前はルナ。幻孤の特異種」


「なるほど、貴女は魔物でしたか」


「違う……魔物と人のハーフの魔人」


魔人。聞き慣れぬ単語に恭弥は首を傾げる。


「魔人、知らない?」


「ええ、恥ずかしながら存じ上げませんね」


恭弥の態度に何かを察したのか、ルナと名乗った少女は抑揚の無い静かな声でそう尋ね、恭弥が知らないと答えると一つ頷いてゆっくりと説明をしてくれた。


「魔人は遥か昔に人族と交わった魔物の子孫……人でも魔物でも無いから人にも魔物に忌み嫌われる存在」


「そうですか、変わってますね」


ルナの説明にあっさりと言い捨てた恭弥は、抜き放っていた武器を鞘に納めた。少し警戒をしていたがルナからは敵意と言うものを微塵も感じられないので、武器を閉まっても安全だと判断したからだ。


「……貴方の方が変わってる」


「そうですか?」


「普通、人間は魔人を見ると悪態をつきながら襲って来るか、気持ち悪いものを見たみたいに距離を取って行く……」


そう言うルナの表情は無表情ながらも何処か悲しげだった。頭の狐耳と尻尾もしゅんとしている。きっと過去に自分も同じ目に遭った事があったのだろう。


「そうなんですか。だからこんな森奥に結界とやらを張って引き篭もっていたんですね」


恭弥の言葉に小さく頷くルナ。恭弥はそんなルナに僅かばかりの興味を抱いた。


「なら聞きますけど、貴女は何で僕にそんな事を話したんです?人間に迫害されたって過去がある癖に、人間の僕に色々と話したのは何か理由でもあるんですか?」


恭弥の疑問はもっともだった。ルナの口振りからは過去に人間相手に何かあった事は明白。それなのに同じ人間である恭弥にここまで丁寧に接する理由が分からない。

正確な事はまだ鑑定を発動させていないので分からないが、気配の強さや察知出来る魔力の大きさからするとルナは相当な実力者だ。多分単純なレベルだけなら恭弥より遥かに高いだろう。それだけの実力があれば恭弥が結界を通り抜けて来た時にもう攻撃を仕掛ける事が出来たはずだ。しかしそれをせず、ただ堂々と待っており、かつ恭弥相手にここまで丁寧な説明をしたと言う事は何か特別な理由(わけ)があると考えるのが普通だ。


「人間さん、頭いい……」


ルナは少し驚いた表情を作る。そして何かを決意するような雰囲気を見せ、静かに言葉を発した。


「人間さん、何か他の人間達と違う……纏う雰囲気が別物……でも、何処か安心出来る気がする……だから、かな……」


ルナはぴょんっと腰掛けていた場所から飛び降り、小さな足でゆっくりと恭弥へと近付いて行く。


「人間さん、人間さんは私を怖いと思う……?」


そして恭弥の目の前まで来ると、その小さな身長で必死に背伸びをし、恭弥の事を見上げて来る。


「それは本当に僕の答えでいいんですか?自分で言うのもなんですが、僕は一般的な人間からは相当ズレてますよ?

確かに他の人間達とは違うでしょうが、その違いは僕が一般的な正常な精神をしていないからなんで。それでも貴女は僕の口から答えを聞きたいですか?」


恭弥がルナを見下ろしながら矢継ぎ早にそう聞くと、ルナは一瞬の躊躇いも無く頷いた。


「そうですか……ではお答えしましょう。僕は貴女を怖いとは思いません。何故なら人だろと魔物だろうと命がある者は皆等しく死ぬからです。それが例え魔人と言う忌み嫌われる存在であったとしても殺してしまえばどうにせよ死にますよね。己の手で殺せる者に僕は恐怖しません」


恭弥は一思いに言い切った。彼のモットーは殺せる者には平等な死を。それが己の手で殺せるものであるならば人だろうと動物だろうと皆対等な生物である、と言うものだ。

恭弥は前世の頃からたくさんの生き物を殺した。それの中には人も動物もたくさんいたが、そのどれもに対して必ず抱く想いがあった。それは感謝である。


「僕は今までたくさんの生き物を殺して来ました。それについて悪びれるつもりはまったくありませんが、殺す時は必ず感謝の気持ちを忘れません。それは相手が人だろうと動物だろうと同じです。それは貴女に対しても、です。僕は貴女を殺す時にも感謝の念を忘れないでしょう。だってどんな生物も死ぬ時は全ての生物が平等なんですから」


恭弥は目の前のルナを見つめながら真剣な面持ちで話す。


人は皆平等。


そんな事を言った人はたくさんいた。しかしそれを実際に実践出来た者は果たして何人いただろうか。

恭弥は死と言う概念を通す事でそれを実践してみせた。例え人々に認識されないような小さな命でも、世界に名を轟かす有名人のような命でも「死」を通せばただの屍だ。そこに命の差など存在しない。


恭弥は憮然とした態度でルナを見る。

人々に嫌悪される種族魔人。そんな世間に忌み嫌われるような存在でありながらも死ねば皆ただの屍。ルナはその言葉に不思議と安心を覚えた。

どこに行っても魔人は忌み嫌われる。どんな偉業を成しても魔人は認められない。しかし恭弥の言葉に則れば死ねば魔人だろうと他の人々と同じ。

ルナは自然と涙を流していた。


「おやおや、泣かしてしまいましたか。やっぱり僕では参考になりませんでしたね」


恭弥がそんなルナを見て困ったなと苦笑する。

恭弥は人が死ぬ時にするいろんな顔を見るのは好きだが、子供の泣き顔はあまり好きではないのだ。その理由がみんな似通っててつまらないって言うのは恭弥だけだろうが。


「ううん、初めて、だったから……平等なんて言われたの」


それを否定し、ルナは溢れる涙を拭いながら微笑みを浮かべる。


「平等、と言っても死ぬ時ですよ?それに僕はこう思いますが、世間が皆同じ風に思うとは限りません。殆どの人間はさっき貴女が言ったような態度を取るでしょう」


恭弥は子を諭すようにルナの頭をポンポンっと叩く。ルナは気持ち良さそうに目を細め、恭弥のされるがままだ。


「さて、ではそろそろ殺し合いますか?元々僕は強い気配に引かれてきたんでね」


しばらくそうした恭弥は、雰囲気を一変させ、いきなりルナを突き飛ばして距離を取り、殺気を放ちながら武器を抜き放つ。


「……私は初めて私を認めてくれた人と戦うつもりは、ない……」


「こちらにはあるんですよ。言ったでしょ?僕は強い気配に引かれて来ましたって」


ルナは嫌だと告げるが、恭弥は聞き耳を持たず、魔力を高め始めた。


「……どうしても?」


「どうしてもです」


ルナが上目遣いでそう尋ねると、まったく取り合わない。


「……」


「行きますよ」


爆発的に地面を蹴った足は、土を抉りながらルナへと突き進んで行く。

そして一瞬で突き飛ばして開いたルナとの距離を詰めると、彼女の首目掛けて鋭い斬撃が向かう。


「……なんのつもりですか?」


その刃がまさにルナの細い首を切り裂くその寸前、薄皮一枚の場所で恭弥はその手を止めた。


「貴女ならこの程度に反応するのは造作も無い筈です。なんで目を瞑って立ち尽くしていんですか」


「……人間さんと戦うくらいなら私は人間さんの手で殺されたい……死こそが平等、なんでしょ……?」


恭弥が苛立ち混じりにそう聞くと、ルナは薄っすらと目を開いて恭弥の瞳を見つめながらそう言った。


「…………」


「…………」


「……ふぅ、止めです」


そうして暫く見つめあう事数十秒。先に折れたのは恭弥だった。

恭弥はルナの首元に突き付けていた呪怨の黒剣を鞘に納め、やれやれと首を横に振るう。


「殺さない、の?」


そんな恭弥を不思議そうな目で見るルナ。ルナは僅かに垂れた黄金の瞳で恭弥を見つめ、首を傾げる。


「ええ、貴女はつまらない。僕は生き物が自分が死ぬんだと認識した時の絶望や諦めの顔を見るのが好きなんです。ですが貴女は全く恐怖しないし、心の底から死を受け入れています。そんな奴の顔を見ても何も面白く無い」


恭弥はそんなルナにぶっきらぼうに言い放ち、踵を返して背を向ける。


「何処行くの……?」


その姿にルナが慌てて声をかけるが、恭弥は何も言わず元来た道を戻って行く。


「待って……!」


だが恭弥が木と木の間を通ろうとしたその瞬間、突然目に見えない壁が恭弥の目の前に現れ、恭弥の行く手を阻む。


「これはなんの真似ですか?」


恭弥はそれに対し素早く抜き放った呪怨の黒剣で斬り付けるが、壁を破壊するどころか逆に弾かれて態勢を崩すはめになった。


恭弥はルナを睨み付けながら言った。


「あ、う……わ、私も連れてって……!」


「はい?」


顔を真っ赤にしながらいきなりの大きな声を出したルナに、言葉を聞いた恭弥の方が呆ける事になった。


「あ……わ、私、以前は魔人を知らない人間達が住んでる所にいた、の……でも、ある日他所から来た人に私の事がバレて、村を追い出されて……」


ルナの告白に恭弥は無言で耳を傾ける。


「今まで優しかった人が、私が魔人と知った途端、怖くなって……それで、私一人で旅に出た……また私を受け入れてくれる人がいる所を探して……」


「……親はどうしたんです?」


「魔人の親だって、村の人達にお母さんが殺されて……それを知った魔物だったお父さんが激怒して村と、他所から来た人の来た街を滅ぼして、最後には人間に殺された……だから、私はずっと一人で旅していた……」


「そうでしたか……」


恭弥はルナの言葉に僅かな同情の念を抱いた。何故なら恭弥が今の恭弥になったのは実の両親が目の前で殺された事が大きく影響しているからだ。


恭弥の家庭は一般的な家庭より少しだけ裕福な家庭だった。

官僚の父と売れっ子作家の母の間に生まれた恭弥は、幼少期から周囲の同い年の子より聡明であり、父と母もそんな恭弥を「うちの恭弥は天才だ!」と言って愛してくれていた。 そんな風に何不自由する事無く生きて来たのが幼い日の狂井恭弥であった。


ーーしかし恭弥がまだ4歳になったばかりの頃、幼い恭弥の幸せだった世界は一瞬で砕け散った。


家に押し入った二人組みにより、当時まだ4歳だった恭弥の目の前で父と母を刺し殺されたのだ。動機は金目当ての強盗。まだ幼い一人息子を人質にすればあっさりと金が手に入るだろうと言うあさはかな考えの元行われた犯行で、恭弥の大切な世界は壊されたのだ。


ーー恭弥が今の恭弥に目覚めたのはその時だった。


気付いたら恭弥は二人組みの強盗を殺していた。発見された時には小さな体の全身を血で染めながら、狂ったように笑いながら二人の強盗の死体を刺し続けていたと言う。

そして、その時に目覚めた恭弥こそ、後に地球と言う大きな世界で史上最悪の狂人と呼ばれるようにまでなった狂井恭弥である。


(この子は僕に似ている。いや、僕みたいに狂ってしまって無い分、僕なんかよりよっぽど強い……)


「でも、何処へ行っても魔人である私を受け入れてくれる場所は無かった……だからこの森の奥で、誰も近付けないように結界を張って隠れ生きてた……でもそんなのもう嫌だ……!私はもう人に怯えて生きたくない……!この世界の何処かに魔人でも堂々と暮らせる場所を作りたい……!だから、人間さん、私を……私を外へ連れてって!」


ルナの必死の叫びの一言一言が恭弥の胸を抉って行く。

それは悲痛。

それは茨の道。

だけどそんな道を自ら進もうとする一人の少女の言葉には確かな重みがあった。

それは恭弥がかつて抱けなかった世界への抵抗。世界に流されるまま殺人鬼へとなった恭弥にはそれが非常に眩しく見えた。


「……貴女が外へ出て何をしても世界は何も変わらないかもしれませんよ?」


「それでも、私は挑戦する……」


「世界へクーデターをしかけたとして最も残酷な方法で殺されるかもしれませんよ?」


「例えそうなったとしても、後悔はしない……」


「例え上手く行ったとしても直ぐに壊されてしまうかもしれませんよ?」


「一度完成させたら絶対に壊させない……」


「僕といるといつ僕が貴女を殺すか分かりませんよ?」


「そしたら、私も他の人達と平等な存在になれる、ね……」


「……本気、何ですね?」


「うん……」


ルナは恭弥の問い全てに強い眼差しで答えを返した。


「……はぁ、分かりました。貴女の好きにしなさい……」


そして、遂に恭弥が折れた。


「ほんと……?」


「ええ」


「ほんとにほんと……?」


「くどいですよ。まったく……貴女は幼いくせにとんだ度胸をお持ちだ」


目を輝かせるルナに恭弥は苦笑を漏らしながら頷いた。すると、ルナは涙を零しながら恭弥の腕へと抱き着いて来た。まだ幼いながらも確かに感じる胸の感触が抱き着かれた腕に伝わって来るが、あいにく恭弥にそっちの気は無いので、迷惑そうな顔をしながら押し退ける。


「そうと決まったなら行きますよ。どうせなら貴女に教えて貰いたい事もあるので」


恭弥はそう言うとくるりと背を向けてせっせと歩き出した。ルナは腰掛けていた上座に置いてあった旅道具を持ち、駆け足でその後を追い掛ける。


世界を震撼させる最悪の狂人と世界に抗わんとする幼女魔人の旅はこうして始まったのであった。

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