三大欲求?いえいえ、知識欲だけで十分ですから
「三大欲求?いえいえ、知識欲だけで十分ですよ」の続編です。
人が生きていくうえで必要なモノとはなんだろう。
少なくとも、貨幣による等価交換が成り立つ社会においては、現金だと言える。
知識欲に囚われて生きている私でも、本を読んでいるだけでは餓死してしまう。
食べ物を手に入れるにはお金が必要だし、住む場所や服を確保するにもお金がいる。
逆に捉えれば、お金さえあればそれなりに暮らせるということだ。
この世界に召喚されてから一年。
私はとある国で小さな一軒家を借りて暮らしている。
幸い、お金は王宮から出るときに大量に拝借しておいたため、あと数十年は平気だろう。
召喚されてから、私の興味は魔法と言う未知の技術に向けられてきた。
1.脳内でイメージした魔方陣と呼ばれる図形を魔力で実世界に形成
2.魔方陣に魔力を供給
3.決まった呪文の詠唱
4.発動
これが一般的な魔法のプロセスだ。
魔力という概念自体は、元の世界の気功と同じ考え方だったのである程度理解できた。
では、魔方陣の役割とはなんのか?呪文を唱える意義は?そもそも違う呪文では発動しないのか?
この世界の人は、今ある魔法を当たり前-常識-だと受け止めている。
そのため、こうした疑問の答えは存在しない。答えがないのなら、自分で調べればいい。
結果、魔方陣はあらゆる事象を改変するためのプログラムであり、呪文は魔法を発動させるためのパスワードに過ぎないことが分かった。答えが分かれば後は改良するだけだ。
そもそもこの世界の魔法には欠点が多すぎる。
魔方陣を見ればどんな魔法を使うのか分かってしまうし、呪文だって聞かれればどんな魔法を使うのかバレてしまう。高度な魔法ほど、発動するまでの時間と消費する魔力が増大する。
どれも戦闘においては致命的な欠点である。故に、現在の魔法使いは固定砲台のような扱いになっている。それでも魔法使いが優遇されるのは、こうした欠点を差し置いても魔法の威力が馬鹿にできないからである。
しかし、私はそこで妥協するつもりはない。
魔方陣がプログラムなら図形である必要はない。
呪文がパスワードなら魔力を込めたタイミングで発動するようにすればいい。
魔力の消費が大きいなら徹底的に無駄な部分を削げばいい。
そうした過程を経て完成したのが、特殊な本だ。
改良した魔法のプログラムを文字として記載した、言わば「魔道書」と呼べる代物である。
仕組みは至ってシンプル。
発動したい魔法をイメージして、魔力を込めるだけ。
発動する魔法の隠蔽、発動時間の短縮、消費魔力の減少を全て実現した私の傑作だ。
今も自室でプログラムを書き写している最中だ。
なにしろ既存の魔法だけでも数千と存在する。それを改良しながら、手作業で紙に書き起こすわけだから、必然的に膨大な時間が必要となる。
好きでやっていることだが、目や肩が痛くなるとパソコンとプリンターが恋しくなってくる。
日も暮れてきたので、そろそろ休憩にしようかと思いペンを机に放り投げる。
肩を回していると、タイミングを見計らったように扉がノックされる。
「・・・なに?」
白い髪に琥珀色の瞳をした子供が、扉を開けて静かに部屋に入ってくる。
「マスター、食事の準備ができました」
告げる言葉に起伏はなく、顔も無表情のままだ。
半年前に奴隷商人の家で拾ったコレには、色々と雑用を任せている。
こう見えて人間ではないため、ここ半年でエンゲル指数は右肩上がりである。
今も私の前で、大きな肉の塊が小さな口の中に消えていった。
まあ、その分は役に立つのでいいだろう。
食事を終えて、明日はどうしようかと考える。
そういえば、最近は新しい情報を仕入れていないことに思い至る。
「コハク、明日はギルドに行くから」
コハクとは私が子供に付けた名前である。
瞳が琥珀色だから、コハク。
そのままだが、名前なんて他のものと区別できればなんでもいい。
「分かりました。お供します」
コハクが小さく礼をする。
ちなみにギルドとは、冒険者とよばれる者たちに仕事を斡旋する、いわば派遣会社のようなものだ。冒険者にはランク制度が設けられており、D~SSSに分けられている。魔物のランクにも同じものが使われている。
ギルドというシステムはこの世界に深く根付いており、街や村にはほぼ確実にギルドの支部が存在する。
また、ギルドにはそのシステム上、多くの情報が集まる。
冒険者になればそうした情報が無料で得られるため、早い段階で冒険者として登録してある。
普段は情報収集に行くだけだが、興味のあるクエストや貴重な資料・素材が手に入るクエストは時々受けている。
明日は、なにか興味の惹かれるようなものがあることを期待する。
結果として、非常に面白そうなクエストを受けることができた。
最近発見された古代遺跡の調査だ。
古代遺跡には未だに発見されていない魔法や魔物、技術が眠っていることがある。
それだけ危険も多いのだが、そこは問題ない。
問題があるとすれば・・・
「ガッハッハッハ!!!効かんッ!!まったく効かんぞおおお!!!」
「ジーク、そっちに行ったニャ!」
「炎よ、我が怨敵を焼き尽くせ」
「よっしゃ!!まかせろ!!!」
余分な付属品が付いてきてしまったことだ。
男性と女性が二人づつ、計四人のチームだ。
子供だけでは危ないという、なんともお優しいことを考える人たちらしい。
今も、私たちには隠れているように言い、この遺跡の守り手らしい三つ首の竜と戦っている。
対応は全てコハクに任せていたため、詳しいことは何も知らないし、知る必要もない。
彼らのおかげで最奥まで楽に来られたわけだが・・・
そろそろ退場してもらおうと思う。
戦闘に集中している今が、ちょうどいい頃合いだろう。
鞄の中に手を入れて本に触れる。
そのまま魔法を発動させようとして、ふと名案を思いつく。
ただ殺すのではなく、ちょっとした実験に付き合ってもらおう、と。
発動しようしていた魔法を殺傷力の低いものに切り替える。
体内の魔力が消費されると同時に、周囲の気温が急激に低下していく。
何かに気付いた偽善者たちがこちらを振り向くが・・・すでに手遅れだ。
「氷牢」
白い息と一緒に漏れ出た魔法名に反応する者はすでにいない。
「コハク、邪魔だからあの竜は食べちゃって」
四つの氷塊を見つめながら、隣にいるコハクへ命令する。
「分かりました」
命令に従い、コハクが竜へ近づいていく。
十五メートルはある巨大な竜と十歳ほどの小さな子供。
自殺行為にしか見えないが、コハクの正体を知っていれば何の問題もない。
私はコハクから目を離して、手に入った検体の使い道に考えを巡らす。
といっても、やりたいことはすでに決まっている。
治癒魔法の検証だ。
この世界の医学はあまり発達していない。
それは、大抵の怪我や病気は魔法で治ってしまうからだ。
この魔法にはいくつか種類があるが、総称して治癒魔法と呼ばれている。
まあ、治癒魔法の知識や技術は教会と呼ばれる宗教団体が独占しているため、一般には普及していない。つまり、怪我や病気を治すには、高いお布施を教会に支払う必要がある。世界が変わっても、世の在り方はあまり変わらないということだろう。
さて、そんな治癒魔法だが、かなり曖昧なところが多い。
腕や足が千切れた場合、欠損した部位があり、なおかつ切り口が綺麗ならば繋げることも可能らしい。
では、どの程度の欠損なら治癒が不可能となるのだろうか?
解毒の治癒魔法も存在するが、体中に毒が回っても完治するのだろうか?
魔法による傷と普通の傷では違いはあるのだろうか?
魔力量が少ない者と多い者ではどうだろうか?
男女での違いは?胎児を孕んでいたら?仮死状態なら?精神が壊れていたら?
分かるまで繰り返せばいい。
傷つけて治して、傷つけて治して、傷つけて治して、傷つけて治して・・・・・・・・・
使えるうちは何度でも使う。限られた資源は大切にすべきだ。
今後の楽しみができて、口元がほころぶのが分かる。
「帰るよ。それは壊さないように運んで」
命令通り、竜を食べ終えて待機していたコハクへ検体の運搬を指示する。
子供の姿なら無理だが、今は本来の姿である巨大な蛇になっているので大丈夫だろう。
「ヨルムンガンド」
それがコハクの正体だ。
遥か昔に絶滅したと言われている伝説上の魔物。
成長したヨルムンガンドは強大な体躯と力を持ち、数多の国を滅ぼしたらしい。
まだ子供のコハクでも、全長なら三百メートルはとっくに超えている。
大人になれば本当にそれくらいの魔物になるだろう。
絶滅したはずの魔物が成長する様を観察できるとは、感慨深いものがある。
「お前が大人になったら、本当に国を滅ぼせるのか試してみようか?」
頭の上に私を乗せて移動するコハクへ問いかけてみる。
『我が主の望むままに』
念話で返された言葉に、唇が吊り上る。
未知の魔法、未知の技術、未知の生物、未知の言語、未知の文化。
この世界には、知りたいこと、知らなければならないことが満ち溢れていて・・・・・
「本当に、楽しいよ」
今日も私は、自分の欲望のままに生きている。
最後まで読んでくださりありがとうございます!!
誤字脱字などありましたらご指摘いただけると幸いです。
説明ばかりになってしまいました。主人公が知識欲の権化なので、どうしても説明が多くなりますw時間があれば、コハクとの出会いや何年後かの話を書いていきたいです。