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不条理を駆逐する  作者: がるぴん
第2章 村と世界システム
9/12

第09話 行動開始(3)


 人は、人の心の底を伺う事は出来ない。

 可能であっても見るべきではないし、他人が好奇心で探るものでもない。

 個々人の思想や想いは、その人の根底であり時には命よりも重くなる。

 少なくとも、アルクはそう解釈していた。


 だから外から押し付けられた規則や思想が、易く根付く事は無い。

 亜人と仲良くしろ、などと云っても常識的にも感情的にも受け入れられる事はまず無い。

 善人がどんなに多かろうが、常識と少しの罪悪感に挟まれて、大概の人は身動がとれない。

 アルクはそれが、どうしても気持ち悪かった。


 世の中には許容すべき不条理も、吐き気を催す罪悪もごまんと溢れている。


 アルクの前世は人攫いに合い終わった。

『前々世の知識がある今なら分かるが、多分使える臓器を抜き取られて棄てられでもしたのだろう』


 アルクは不条理ならば人一倍味わってきた。

『前々世など更に悪い、話す事も躊躇われる」


 それは後悔だとかそんなものでは語れない。

 終わった事だ。恨んでもいない。

 彼はそれを振り返らない。

 彼が助けた人も助けられたか分からない人も、その後を知る事はできない。


 幸か不幸か今世の彼には、チカラがあった。

 守りたいものを手に入れた。


 彼は行動を開始した。


 この気持ち悪い不条理を駆逐しよう。


 彼は慢心しない。


 手の届く範囲でいい。


 彼は躊躇わない。


 今日も楽しい一日でありますように。


 ◇◇◇◇◇


 あれから二週間が過ぎた。

 それまでにあった子供どうしの疎外感など嘘の様に無くなっていた。


 子供だからと馬鹿にしてはいけない。

 子供であっても、人を死に追い込む事などざらにある。

 腹の底がどうであるか分からないが、少なくともこの場の子供達に不安を訴える者はいない。


「おはよーホップ、ジニス」


「おう、おはよー」「おはよー」


 彼らは元気に挨拶を交わす。


「あっホップ、あのさ今日、親方会合に出るって言ってた?」


「あー、お前ん家で何かやるから夜はいないって言ってたぞ」


 ホップは先の出来事からジニス達と仲良くなり、今では仲の良い友人と呼べるまでになっていた。


「ありがと、と、思い出した。ジニス、ムムとモモのお父さん大丈夫?」


 アルクは一週間程前から亜人の人達の畑仕事の手伝いをしていた。

 その際、亜人の子供の兄妹、ムムとモモの父親が病気だという話を聞いたのだ。


「うん!今日ムム達は来てないけど、貰った薬よく効いたって、お礼言ってたよ」


 彼は、話しを聞いたついでにお見舞いに行き、鑑定スキルで病状を確認した。

 幸い大した病気ではなかったので、錬金術の練習で製作した体力回復ポーションを大ビン一本、お見舞い品として置いて来たのだ。


「あれ薬じゃなかったんだけど…でも喜んでくれたみたいでよかったよ」


「うん、今日はムム達も仕事手伝ってるみたいだから畑に行けば合えると思うよ」


「ありがとう。時間あったら行ってみるよ、じゃあねー」


「「またね」」


 今日はこれから総仕上げが待っている。

 子は親を観て育つ。親の方も変わらなければ、いずれ元に戻ってしまう。

 子供はこれからも産まれて来るのだから。

 足元は固まった。将を射んとすればまず馬から。


『演劇スキルさんに期待だ』


 彼の演劇スキルのレベルは6になる。

 準備は終わっているが、彼は慢心しない。

 アルクは保険の為、行動を始めた。


 ◇◇◇


 この村の亜人の大人は十人足らずだ。

 その中に奴隷はいないが、全員が農家の小作人となっている。


 これがただの小作人であれば問題なかった。

 普通の小作人ならば雇い主を換えることもできるし、財産を貯める事もできる。


 しかし、亜人の小作人は違った。

 亜人の小作人に財産権など存在しなかった。


 農家の主は採れた作物から税の分をお上に納め、残りを食べるなり売るなりして生活をする。

 その際小作人に渡すのは、採れた作物の一部だ。金銭を払う事は無い。

 ここまでならいい。後は亜人の人達が作物を交換したり、売ったりすればいいだけだ。


 だがこの国の法律はとてもやっかいだった。

 家を持たない小作人の農作物の売買を禁止しているのだ。

 作物の物々交換は禁じられていない為、必要な食べ物は融通がきくが金銭を貯める事ができない。

 これが致命的だ。


 金が無いから土地を買えない、家を買えない。

 家が無いから物を売れない。

 物を売れないから金が手に入らない。

 まさに悪循環だ。


 他の手段で金銭を得ようとしても、村の様な小さな集落では家が無い人を店が雇う事はない。

 都会に出ても最低限読み書きができなければ、住み込みでは働けない。

 だから都市部には、あぶれた人による貧民集落ができるのだ。


 唯一とも云えるのが冒険者になる事だが、あれは初期の死亡率が半端ではない。

 剣一つ、鎧一つ無い状態で魔物退治など死にに行く様なものだ。

 それでも亜人の多くが冒険者になるのは、他にこの悪循環から這い出る術を持たないからだ。


 酷い病気に罹れば雇主が医者に診せる事もあるが、義務がある訳ではない。

 幸運を信じ座して死を待つか、虎穴に飛び込むか二つに一つだ。

 よく生き残れているものだと、アルクは思っていた。


『まずは、この悪循環からの脱出だ』


 アルクは亜人達の為に何かをしようとしている訳ではない。

 気持ち悪さの原因がこのシステムにあると思ったから、それを壊そうとしているだけだ。


 常識が邪魔なら壊せばいい。

 出来得る全力を以て抗えばいい。


 彼は目的を忘れない。

 彼の求めるものが、そこにあると信じているから全力で努力する。

 彼は生きる事に非常に素直であった。


 ◇◇◇


 その日の夜、村長の家で村の代表者たち十数名が集まり定例会が開かれた。

 この会、村の今後の方針を決めると云う建前を持っていたが、実際は情報交換と慰労の場となっている。

 最近あった事を話し合い、そろそろ酒を口にしようとした時の事である。


「こんばんはー」


「おう、久し振りだな。元気にしてたか?」


 応えてくれたのは木工職人の親方で名をハルスと言う。


「この前はありがとうございます。父さん達も喜んでくれました」


「いいってことよ!」


 親方は上機嫌だ。


「こんばんは、今日はどうかしたのかな」


 次に挨拶したのが道具屋のジーロだ。

 アルクとは顔見知りで、店の手伝いを偶にして貰っていた。


「はい!今日はちょっと変わった料理を作ってみたので、出来れば皆さんに味見をして欲しくって」


「父さん聞いてないぞ、先に食べさせてくれてもいいのに」


 アルクの父アジスが少し拗ね気味に訴える。


「驚かせたかったんだ。それに先に味知っちゃってると、面白くないでしょ?」


 アルクの料理スキルレベルは5だ。家でも偶に得体の知れない料理を作って、皆を驚かしている。


「ところで、どんな物を作ったんだ?」


 父の催促を受け、代表者たちの座る長机に皿を置いていく。


「名前は決まってないけれど、簡単に言えば芋のお菓子だよ」


 各人の皿に盛られたのは、まさしくポテトチップス、しかもトマトケチャップ付。


「見た事ない形だな。こんなに薄い菓子は初めてだぞ」


「そのまま食べてもいいし、付け添いのソースを少し浸して食べても美味しいよ」


 実はこの世界にも似た様な料理は存在する。

 ただ田舎の村にまで浸透する程、知られていないだけだ。


「サクサクして面白いな」

「パリッって音がするぞ。初めて食べる食感だ」

「この付け添いのソースが少し酸っぱくて食が進むね」


 概ね好評の様だ。アルクは胸を撫で下ろして周りを見回す。


「ありがとう。今度の料理の参考にさせてもらうね。あの…ところで父さん、…ここに集っている人達って村の代表の人達なんだよね?」


「ああそうだぞ、ちゃんと皆さんに挨拶しておけよ」


 アジスは若干親バカだが、躾には厳しい面を持つ。

 挨拶や礼節を疎かにすると頭を殴る事もある。


「はい、皆さんこんばんは、初めての方ははじめまして、アジスの息子のアルクといいます。よろしくお願いします」


 皆、微笑ましいものを見た顔で挨拶を返す。


「…ところで父さん、一つ聞いていい?」


「?どうしたんだ、何か知りたい事でもあるのか?」


「うん、あのね。如何して此処には亜人の人がいないの?」


 場が少し静まる。


「ああ、それはな亜人の人達は小作人と云って、農家の人達の手伝いをする仕事に就いてるんだ。だから代表としては農家の人が来てくれているんだよ」


 アジスが応える。


「…父さん、何を誤魔化そうとしているの?父さん何か変な顔してるよ?」


 アルクは問う。


「誤魔化してるんじゃないぞ。父さんは嘘を吐いてないし、説明し辛い難しい事もあるんだ」


 アジスは場の雰囲気に気づかいながらも、息子に真摯に向き合っているつもりであった。


「でも父さんの顔、とても変な表情をしているよ。それに村の代表だって云うなら亜人の人だっていなくちゃ変だよ。知り合いに亜人の人がいるから連れて来るね」


「待ちなさい。こんな時間に行ったら迷惑だろう」


「大丈夫だよ。この前その人が病気の時お見舞いに持っていったポーションを喜んでくれて、何時でもいらっしゃいって言ってくれたもの」


「そういう問題じゃないんだよ」


 アジスは優しく諭す。


「じゃあどんな問題なの?」


 アルクは問う。

 まさに子供の遣り取りだ。


「あのな、アルク、ここには亜人の人が来れない理由があるんだ。でもその理由はとても難しくてすぐには説明ができないんだよ。解ってくれたか?」


 村民の前だが、アジスは息子を無碍(むげ)には扱わなかった。

 常日頃、嘘は吐くなと誠実であれと、口を酸っぱくして言っているのだ。

 どんな場であろうと、それを崩す訳にはいかなかった。


「父さん、ぼくはその理由を知っていると思うよ。でも、難しいとは思わないよ」


 場が静まる。


「ぼくはこの場に亜人の人がいないのが嫌だって云ってる訳じゃないんだよ。居ないのが可笑しいと言った時の、皆の変な(かお)が嫌だったんだよ」


 アルクは語り続ける。


「なんで亜人の人の話しを避けるの。喧嘩をしているのでも無いのに、仲良く出来ないのは可笑しいと思うよ?」


 彼は子供の特権を利用する。


「なんで、亜人の人を除け者にするの。自分がされて嫌な事は人にしちゃいけないって教えてくれたのは父さんだよ」


 正論で押し切る。


「ぼくたちは、亜人の子たちともちゃんと楽しく遊んでいるよ」


 彼は父を信じている。


「父さん、ちゃんと亜人の人の事考えてあげよう」


 アルクは常は我侭を言わない。

 聞き分けは良いし、場の空気も詠める。

 だからこの様な事は、生まれて初めてだといっていい。


「亜人の人は、怖くも可笑しくもないよ。可哀想でもない」


 アルクは考える。自分の立ち位置を、村民が許容できる線引きを。


「だからこんな、変で気持ち悪い気分になる必要は無いよ」


 彼は訴える。


「いつも通り、亜人の人が困っているみたいなんだ、何か良い解決方法はないかなって話せばいいと、ぼくは思うよ」


 賽は投げられた。水は盆には戻らない。

 急に意識は変えられない。けれど、切欠は必要だった。

 彼の訴えは終わる。後は舵取りだけだ。


「ごめんなさい。なんか変な雰囲気になっちゃったね。でも、何か気持ち悪かったんだ」


 アジスは常に言っていた。自分は完璧ではないと、人は誰でも失敗もすれば、間違いも起こすと。

 だから出来るなら、その人の事を考えるなら、それを指摘してあげなさいと。

 誤解される事は怖いけれど、丁寧に、真摯に、自分が間違っている可能性もちゃんと考えて、伝えなさいと。


「ありがとう、アルク、そうだな見て見ぬ振りなんて気持ち悪いよな、ごめんな、気付いてあげられなくて」


 アルクは信じていた。


「うぅん、だびじょぶだょ」


 彼は鼻声で応える。彼は笑顔だった。

 目や鼻からも汁を垂らしながら、くちゃくちゃの笑顔だ。



「皆さん、すまなかった。子供の戯言と切って棄てる訳にはいかなかった。気分を害されたのなら謝らせていただく。すみませんでした」


 アジスは頭を下げる。

 彼が村で罷り成りにも村長として認められているのは、この誠実な人柄に拠るところも大きい。


「すまないついでに少し話しをしたいのだが、よいだろうか」


 そして若干強かでもあった。

 これも村長としての資質の一つだろう。


 こうして村初って以来の亜人の人差別対策会議が開催された。



 まず、会議の方向性について話し合いが始まる。

 何が問題なのか、それを如何したいのかだ。具体策はその次となる。


 アルクの話しに寄ると、亜人の人を避けているのに、それを見て見ぬ振りをしているのが嫌だというのだ。

 差別はしているのに、罪悪感で雰囲気が悪くなっていると言いたいらしい。


 考えてみれば可笑しな話だ。

 差別を失くせば罪悪感などいだかなくて済むのに、差別を失くそうとはせず。

 差別を肯定してしまえばいいのに、それもしない。

 人は矛盾の塊みたいなものだから、仕方がないかもしれない。


 しかし問題は提起されたのだ、考えない訳にはいかない。

 意見はポツポツ出るが、しかし纏まる気配は無い。


「ねぇ父さん、なんで亜人の人を差別するの?」


 アルクが遠慮のない一言をいう。


「まあ色々あるが、昔からそうだったというのと、国の法律とかも関係するかな」


 アジスが真面目に応える。

 アルクは昔から賢かった。変に穿った言い方をする必要はない。


「でも皆、別に亜人の人に恨みがあるとかじゃないんだよね」


 全員が頷いてくれる。


「だったら昔から云々ていうのは考えなくてもよくない?すぐに変わろうなんて言わないけど、普通に話せばいいだけだし」


 全員困惑顔だ。言いたい事は解るが、そんなに簡単な事だとは思えない。

 理解はできるが、常識に縛られた感情が納得しない。


「だから昔からとかは、ほっとこう、意味無いよ!」


 アルクは突き進む。


「後は国の法律ってやつだね」


 皆に考える時間を与えてはいけない。目的はそこには無い。


「ああ…じゃあとりあえず、国の法律について考えるか」


 アジスがうまく誘導してくれる。


「うん、あのね、ぼくは国の法律で亜人の人が作物を売れないってのが一番問題だと思うんだ」


 アルクは徐々に自重が無くなっていく。


「お金が無くちゃ自立できないと思うんだ」


 アルクはズンズン進む。


「自立できて皆と対等の立場になって、初めて普通に付き合えるんだと思う」


 少し考えれば穴だらけの論理だが、アルクはそんな事は勿論承知している。


「だから如何すれば亜人の人がお金を得られるか、自立できるかを考えればいいと思うよ」


 通常であれば子供の戯言だ。しかし今、会議は混迷の中にいた。

 具体的な解決案は願ったり適ったりであった。


「他の考えは無いだろうか」


 アジスが問う、代表者から発言は無い。

 問題はいくつでもあったが、アルクの思考誘導により、議題は固まりつつあった。


「では議題は、金銭の取得方法の確立、他自立の具体案の検討とする」


 さすが村長だけあってアジスにはリーダーシップがある。


「はい、村長」


「なんだね、アルク」


「私は金銭取得の妙案があります」


「言ってみたまえ」


 ヤータ親子の暴走が始まる。


「はい、村外れの耕作に向かない荒地の利用方法が発見されたのです」


「それは本当かね!」


 もはや悪乗りも過ぎたものだ。

 だれもアルクが十才にしては可笑しな事を口走っているとは注視していない。


「は!彼の地で栽培可能な作物の入手に成功したであります」


「驚きだ。その作物とはいったい何かね」


 周りは呆然と見詰める。


「は!それは既に皆様が知る処であります」


「ん?どう云う意味かね」


 場は既に劇場と化している。この場に突込みを入れる者はいない。


「本日お出ししたお菓子と付け添いのスープがそれであります」


「なに!!」


 アジス、乗り乗りだ。流石に親子と云ったところか。

 真剣な雰囲気から一転、場は不思議空間となっている。


「あれの原料は、ポロロ芋とトモモと呼ばれる荒地特有の作物である事が、確認されているであります」


「詳しく話してもらってもよいかね」


 アルクは村外れの荒地でポロロ芋とトモモを発見した経緯を話す。

 しかしこれは嘘だ。両方とも荒地に育つ作物である事は間違い無いが、発見したのは村外れではない。

 アルクがスキルの練習中に30キロ離れた山脈の中腹辺りで発見したのだ。


 ちなみに練習していたスキル名は遠足。

 字面から想像し辛いが、遠距離持久走スキルを差したものらしい。


「これらの栽培に成功すれば、村の増収は約束された様なものです。新たな産業に繋がる可能性もあり、何より税が免除される可能性もあります」


「どういう意味かね」


「は、この作物荒地に自生するので、一見畑には見えません。うまく耕せば税の対象にはならないかと」


「しかし、…それはどうかね…」


「とりあえず試験的に作り、大量に採れ軌道に乗れば、その時畑として扱えばよいかと具申致します」


 アルクの自重さんは、亡くなられているとしか云えない。


「うむ、そうだな、その方針でいくか」


「は、では荒地での耕作は亜人の方々に任せ、そこで出来た作物の分の収益は金銭で農家の方から支払われると云う事で」


「うむ、畑と成り、税が発生した後は、そこから税金分を差し引く方向で考えれば問題あるまい」


 寸劇は終幕に向けて動く。


 これで現金収入の目処が立てば、亜人達は自分の家を買い取る事ができ、悪循環から抜け出す切欠にできるかもしれない。


「は、後一点」


「まだあるのか」


「はい、これは直接収入に結び付くものではありませんが、村全体の役に立つかと」


「…話せ」


「は、都会には学校なるものがあると聞きます。村でそれを再現するのは難しいかと思われますが、簡単な読み書き算術ができる様になれば村民の生活向上に繋がるのではないかと」


 村の識字率は低い。村長の家や商店以外、文字を読める家庭は多くない。

 都会の人間から一段下に見られる事も少なくない。

 これはアジスも常に考えている事の一つだった。


「それならば、私が一肌脱ぎましょう」


 突然場に出て来る女性、名をメルク。

 アルクの母だ。


「その学校とやらの教育、少々の教養を持つ私にとっては雑作も無い事。教育スキル所持者のこの私に任せなさい」


 彼の母は普段外に出る事が少ないので知る人は少ないが、悪乗りにかけてはアルクと肩を張る。

 まさに親子であった。


「おお、私のメルクよなんと頼もしいのだ」


「ああ、私のアジス今日は一段と素敵でしたわ」


 ヒシと抱き合う村長夫妻。周りからは拍手喝采、こうして会議という名の演劇は幕を降ろした。


 その後アルク特製のポテトグラタンが振舞われたり、会議の名を借りた演劇の内容を纏めたりして夜が更けていく。

 アルクは最初、皆に演劇スキルが暴走したとか、訳の分からないことを口走っていた。

 ただLV5と高い説得スキルの為か、何となく有耶無耶のまま、酒の力も借りてその夜の明らかに可笑しな出来事は、楽しい演劇であったと置き換えられた。


 勿論、演劇であったとはいえ、提案された議題は村の正式な了承の元、実行に移される事になる。

 亜人との折衝もあるし、今後の課題は多いだろう。

 ただその後の村の雰囲気は悪いものではなかった。


 アルクは確かにその一歩を踏み出した。


 ◇◇◇


 宴会後、アルクは一人眠りに付く。

 十才になり、一人部屋が与えられたのだ。

 嬉しい様な寂しい様な気持ちになる。

 アルクにとって両親の寝室には想い入れが深かった。


 一人になり、彼は身体の震えを抑える。

 今日、彼は今までに無い恐怖を感じていたのだ。


 彼は父を信じていた。

 しかし彼の心は恐怖を感じたのだ。


 父に自分を否定されるのではないかと、受け入れられないのではないかと。

 どんなに信じても、まるでそれが本能だと云わんばかりに、恐怖がその身に襲い掛かってきたのだ。

 それを思い出すと、震えが止まらないのだ。


 彼は何より人を人の悪感情を怖れている。

 父からのそれであれば死んでしまうかもしれない。


 だが彼は何より人の悪感情を怖れない。

 彼は彼の目標を忘れないからだ。


 必要とあればそれに晒される事を怖れてはいけない。

 矛盾した感情を胸に眠りに付く。


 アルクはただの人の子だ。


 彼は明日も楽しい日が来る事を夢見て眠りに付いた。





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