第08話 行動開始(2)
今日は2話投稿しています。ご注意下さい。
アルクは村の大人に受けが良い。
彼は狙ってそれをしている訳ではなかった。
ただ、少々やんちゃでいて聞分けがよく、利発で物腰が柔らかい。
彼は大概の人に受け入れられていた。
村長の息子と云う事も大きかったかもしれない。
修業のついでとばかりに農作業を手伝い、店の棚卸しもこなした。
読み書き算術までできる彼は、予想以上に役に立った。
出来過ぎな気がするが、偶に奇行に走ったりするのが功を奏した。
ちょっと可笑しな優等生、それが今のアルクの村での評価だ。
「こんにちはー」
今日のアルクはコオリとは別行動だ。
彼は彼女に、とあるお願いをしてあった。
「おう、よく来たな。奥に用意してある。付いて来な」
少しぶっきらぼうな喋り方をする彼は木工職人の親方だ。
歳は三十五、働き盛りで十三才の息子がいる。
「はい!!」
アルクは今日を楽しみにしていた。
本格的な木工細工を習える機会などそうそうない事だ。
「じゃあ、今日はこの櫛に細工をしていく。櫛が終わったら次はコップだ」
親方は真剣な顔で説明を行う。
「今日中に終わらせようと考えるな。失敗は構わないが削り取った物は元には戻らない。 木をよく観て、よく触って、彫り込んでいけ」
アルクの隣には親方の息子が座っている。
この作業は、彼の練習も兼ねている。
「技巧に拘るな、普通の削りや切り出しだけ出来ればいい。分からない事があれば、その都度聞いてこい」
息子にとっては気分のいい事ではないだろう。
少しむくれっ面になりながら、それでも真剣に父親の指導を聴き入っている。
「それでは、始め」
アルクは櫛に絵を描いていく。
花の絵だ。ただし、あまり上手くはない。
彼は絵の練習も行っていた。ただし、それは土に描いた絵だ。
紙は高価で手が出せない。絵を描く機会は多くない。
また、才能によるものもあったかもしれない。彼は絵の才能に恵まれなかった様だ。
二人はただ黙々と絵を描き入れる。そこに会話は無い。
一時間もすると絵付は終わる。続けて削り、切り出しだ。
用意された二種類の刃物を使い、慎重に削り出していく。
木を触り、手触りを確認し、浅く、丁寧に削る。
アルクの木工スキルはレベル2、一人前には届かない。
木刀の削り出しやら何やらで、少しは慣れていたが細工となると勝手が違う。
経験はあまり役に立たない。
親方の注意を聴き、此処はこうしたいのだけれど、とアドバイスを貰う。
作業は夕方まで行われた。
それから二日、ようやく細工は終了する。
ヤスリ掛けまで終わったそれを、アルクはうっとり見つめる。
後は釉薬を塗り込んで終わりだ。
釉薬には黒いニスに似た液体が使われる。
この作業には結構な技量が必要なので、親方が代行する約束になっていた。
「ありがとうございました」
親方にお礼を言う。少なくない時間、彼の仕事を邪魔したのだ。
何かお礼に出来る事はないかと、彼は考えている。
「おう、どうと云う事はない。こいつもいい刺激になっただろう」
息子の頭をグリグリと弄りながら親方は応える。
「正直中々の腕前だった。真剣に習いたかったら言ってこい。弟子は歓迎するぞ」
社交事例かもしれない。が、息子はそうは受けとらなかった。
アルクを見る目がとても厳しい。
「ありがとうございます。木を削るのはとても楽しかったです。 ただぼくは絵が下手なので、やっていく自信が全然ありません」
素直過ぎた。
「あはははははは・がぁ〜あ、はぁ、がはぁ」
親方が叫んだ。多分笑ったのだろう。
「ひー、んー、ん、率直でよろしい。俺は回りくどいよりはいいと思うぞ。残念だが弟子は諦めるか」
親方に別れを告げて家へ帰る。
今日はお土産がある。
彼の手には釉薬の乾いたそれが握られている。
木工細工のプレゼントはこれが初めてだ、喜んでくれるだろうか。
アルクは期待を胸に家に着く。
母と妹には櫛を、父にはコップを贈るつもりだ。
「ただいまー」
今日も楽しい一日だった。
そうして一日が終わり明日がやってくる。
「おはよー」
コオリが村長宅を訪れる。
「あー、早いな、少し待ってくれ」
アルクは急いで支度を終わらせて外に出る。
「「行ってきまーす」」
今日は朝から用事がある。
アルクが決めた、イベントデイ。
そう長くは掛からない予定だ。
「あっコオリ、これお土産」
「わーありがとう」
櫛を手に取りコオリはご満悦だ。
「ねぇこれって何が彫ってあるの?」
「?見て分からない?」
「……ちょっと抽象的で……」
「いや、花だよ。見たままを描いたつもりだよ」
コオリは満面の笑顔だ。
「綺麗に彫れてるね。ありがとう、大切にするね」
絵についての言及はスルーされた。
彼女は聡明なのだ。
「……ところでリサ姉には話はしてくれた?」
リサ姉とはコオリの姉で、彼女より二つ年上の子だ。
「うん、詳しくは話してないけど、こっちに合わせてくれるって言ってた」
「リサ姉はジニス達と仲良くなれた?」
アルクの顔に不安は映っていない。
「うん、駆けっこで中々勝てなくて悔しがってた」
ジニスは八才の亜人の子だ。十二才のリサが勝てなければ、それはむきにもなるだろう。
「リサ姉らしいね」
アルクはリサの事をよく知っていた。
だから心配などしていない。
コオリの尊敬する姉は、アルクにとっても立派な姉だ。
「やぁ、おまたせー」
アルクの向かう先にいるのは、ジニス達亜人の子だった。
「久しぶり、今日はどこか行くの?」
ジニスが問い掛ける。
「ああ、コオリに言っといた通り遠征だ。村の中央広場に向かうぞ。土が掘り易くて、土遊びに最適なんだ」
「えっでもあそこってボスが何時もいて、入って行けないよ?」
亜人の子らは少し躊躇っている。
「問題無い、故に遠征なのだ。いざ行かん、それは約束の地に違いない」
だれも何も言わない。
アルクはズンズン歩いて行く。
「何か変になってるけど、多分大丈夫だよ、私も付いてるから」
コオリはフォローにならないフォローをして、行を追う。
他の子達も少し不安ながらも後に続く。
しかしてやって来た広場。
そこには予想外、いや、予想通りの光景が広がっていた。
第1グループ:ボス率いる男子グループ 総勢10名。
第2グループ:リサ率いる女子グループ 総勢6名。
第3グループ:アルク率いる混成グループ 総勢5名。
計21名、赤子を抜いた村の子供、全員が集合していた。
『思ったより集まったな』
全員が集まるとは思っていなかったアルクだが、彼の計画に支障は無い。寧ろ好都合だ。
「おーい、どうしたんだ、何睨み合ってるんだ?」
アルクが声を掛ける。
「お前には関係無い。だいたい何で亜人なんて連れて来てるんだ」
ボスがアルクに突っ掛かってきた。
ボスの名はホップ、木工職人の親方の息子だ。
「何言ってんだお前!!亜人なんかとは何だ!!」
明らかな挑発だった。しかし、誰もそれに疑問を持たない。
「そうよ!バカにすんじゃないわよ!」リサ姉が後押しをする。
男子グループに女子グループが接触、そこに混成グループが入ってきた構図だ。
ボスはアルクにあまりいい気がしていなかったせいか、当たりがきつかった。
それに乗っかる形でアルクとリサは挑発を掛けたのだ。
「ここは俺達の場所だ。勝手に入って来るな」
ホップも後には引けない。ボス等と呼ばれ、グループのリーダーをやっているのだ。
弱腰になる訳にはいかなかった。
急速に緊張が高まる。
「場所なんてどうでにいい。お前はこっちをバカにしたんだ、頭下げてきっちり謝れ!」
ホップは謝らない。彼の意地が、友人達の信頼が彼に頭を下げさせない。
「お前達が広場に入って来たのが悪いんだ。謝る必要は無い」
女子グループから非難の声が上がる。
睨み合いが続く。
「じれったいわね、ホップ、アルク、決闘よ!」
リサの鶴の一声が広場に響く。
拒否は許されない。理不尽なまでの宣言。
母から押し付けられる、逃れ得ない妙な圧迫感を伴うそれと同質のもの。
ホップとアルクは一対一で広場の中央に立っていた。
「決闘の内容は拳!男だったらこれしかないでしょ」
リサは男気溢れる姐御肌の女性だった。
「待ってお姉ちゃん、死んじゃう、死人が出る。他のにして!」
コオリは焦る。アルクが本気を出せば大人でも殴り殺せる事を彼女は知っている。
手加減をしたところで、ちょっとしたミスで殺してしまいかねない。
また手加減が見て取られる様だと「しっかり闘え」と叱責を受けかねない。
あらゆる意味で殴り合いは避けるべきだった。
「やめてもいいんだぞ、別に俺は殴りたい訳じゃない」
ホップは引く様子は無いものの、少し引け腰だ。
「お前が謝るまで、ぼくは殴るのを止めない!」
それに対してアルクは超やる気だ。
下手をすれば惨殺劇、彼が正気である事をコオリは祈るしかない。
「始め!!」
無情にも開始の合図が木霊する。
決闘が始まる。
◇◇◇◇◇
広場に重なる様に倒れる二人の姿がある。
双方、気絶していて身動き一つしない。
二人を囲い皆無言だ。
皆の考えは今一つに纏まっている。
つまり、「これ…どうしよう」
◇◇◇◇◇
決闘はコオリが思った様な展開にはならなかった。
アルクは本気で闘っている様に見えた。
アルクはホップの一撃を左肩に受けふらついたが、その直後タックルをかましマウントポジションを取る事に成功する。
そこで腹に一発。痛がり暴れるホップに振り落とされ、もつれ合う。
が、そこまでだった。もつれ合った二人は不意に動かなくなった。
気になった周囲は急いで駆け寄るが、二人は気絶していたのだ。
二人とも息はしていたし、血も出ていない。何があったのか、理解するものはいなかった。
呆然とする周りを余所に、先に気が付いたのはアルクだった。
彼は周りを見回した後、気絶しているホップを見付けてギョっとした。
急いで駆け寄り彼を確認する。どうやら無事と分かると溜息をつき、座り込んだ。
一分もしない内にホップも気が付く。
周りを見回すが状況が分からない。
彼の頭の中には?が一杯だろう。
「あーえーと、引き分け!以上!」
又もや鶴の一声だ。
彼らは有耶無耶の中、和解を果たす。
冷静になったホップは亜人の子供達に謝り、一緒に遊ぶ約束までしていた。
彼も根はいい奴なのだろう。
アルクもホップに謝る。友達をバカにされたと思い頭に血が登っていたのだと。
一緒に遊んでくれるのなら、とても嬉しいと。
3グループとも遺恨を残さず、村の子供が初めて一つに纏まった瞬間だった。
他の皆と別れ、今はアルクとその妹のルリ、コオリとその姉のリサの四人で帰途に付いている。
「ねぇアルク、あの決闘、どうやったの?」
リサの疑問の声。コオリも云々頷いている。
「手加減スキルって云うのがあるんだよ」
アルクは躊躇う事なく話す。
「?そんなスキルあった?」リサは首を傾げる。
「あったの」アルクはにべもない。
実際、手加減スキルは存在する。ただしアルクが創造スキルで造り出した特殊スキルだ。
ステータスを一時的に任意の数値に置き換える事が可能だ。
ただし現在の数値を下回る必要がある。
また、取得スキルの一時凍結も可能な為、まさに手加減の為のスキルとなっている。
「でも都合よく気絶したよね、あれも何かしたの?」
コオリはあの不自然な気絶も気になっていた。
「ただのスタンだよ。簡単な魔法の一種」
手加減スキルは任意のスキルを凍結出来る為、一部のスキルのみ使用可能にする事もできる。
「えらく手の込んだ芝居よね。ここまでする必要あったの?」
リサは詳しい話は聞いていない。ただアルクに乗っかっただけだ。
「多分あったと思うよ?これで違和感無くジニス達も一緒に遊べる様になったでしょ?」
彼の作戦は一応の成功を収めた。
二、三策は弄したが、大した事ではない。
ホップはいい奴だと分かっていたし、村の子供の数は少ない。
どう転ぼうと、成功する確率は高かった。
「確かに風通しよくなって、清々しいけど」
リサにとってはそうだろう。
村の子供達だって、仲間外れをつくるのに罪悪感が全く無い訳ではなかったのだから。
「お兄ちゃん、悪い顔してる…」
ルリが指摘する。
彼女は口数は少ないが、何げない鋭い発言をする事がある。
「アルク、まだ何かやる気なの?」
コオリが問う。
「どちらかと云えば、次が本番だよ」
彼は楽しそうだ。
女性陣は皆「しょうがないなー」みたいな顔をしている。
彼が皆を信頼する様に、皆は彼を信頼している。
皆笑っている。
「「ただいまー」」
こうして楽しい一日が暮れていく。