第二章 3
港を横断する金門橋を渡って、すぐにある港西インターから高速道路を降りると、前方に石油コンビナートの巨大な煙突が三本見えた。
モハンマドに言われたように、石油タンクの南端まで来ると工事現場があった。周囲は壁がめぐらされてして、門には硬く鍵がかかっていた。ほかには出入り口もないと、モハンマドは説明した。アフマドがテロリストだとしても、仕事中に少しダイナマイトをくすねるなら可能だが大量に盗み出される心配はないようだ。
「どうやら、俺は心配しすぎたようだ」
和田が言うと、モハンマドは安心したように笑った。
「何か食べに行こう。そうだ、ケバブでも、どうだ」
和田が、豚肉を食べないモハンマドを気遣って提案した。
「オーケー。でも、今日は俺が金を出す」
モハンマドが答えた。
「要らない。一人で食事をするのに飽きたんでね、付き合ってもらえると助かる」
和田は車を市内に戻しながら笑った。モハンマドにお礼をしたい気持ちはあるが、単身赴任者である和田の本音も半分は入っている。
「ミスターは、寂しいのか?」
モハンマドが夜空を見ながら訊いた。
「ああ、時々は寂しいさ」
「俺も同じだ」
二人で少し笑いあった。
和田は駅裏でケバブを食べてからモハンマドを家に送ると、すぐに一本の電話をした。相手は繁華街裏で長く居るフィリピン人女性で、名前は阿部ローズマリアという。通称は、マリアだ。
彼女は五年前に阿部浩二という名の航海士と結婚して日本に住み始めたと聞いている。阿部の仕事はフィリピン定期航路が主で、たくさんのフィリピン人船員たちと働いていた。彼の腹心の部下にホセというフィリピン人船員がいて、仕事でフィリピンに滞在中、阿部はたまに彼の実家で過ごした。そのホセの妹がマリアで、やがて二人は惹かれあって結婚したそうだ。
三年前にマリアは阿部と離婚した。彼は案外、女癖が悪かったそうだ。彼女は離婚後、繁華街裏のフィリピンパブで働き始めたが、客商売の才覚が秀でていたらしい。今では店のママとして、一軒のパブを仕切っている。
和田とマリアは、繁華街の西の端にある、みこころ教会というカトリック教会の行っている奉仕活動を支援するうちに知り合った。その教会には場所柄、日曜に多くのフィリピン人が集っている。この地域での外国人コミュニティは意外に狭く、彼女たちフィリピン人の多くは繁華街裏で生活していた。マリアは敬虔なクリスチャンで、同胞たちの面倒をよく見ていた。
「何か用?」
ややあって、マリアが電話に出た。電話からは、後ろでざわめきが聞こえる。
「マリア、突然ごめん。仕事中だよな。ちょっと話したいことがあるんだ」
「仕事が終わったらオーケーだよ」
彼女の店は、十二時に終わる。店の前で待ってると和田が言うと、お客さんに見られるのは嫌だから池田公園の前でと彼女に言われ了解した。時計を見るとまだ十時過ぎだったので、和田は国際センターに立ち寄ることにした。