終章 2
昼近くになると、事前協議の出席者が続々と到着する。要人の警護は万全のはずだった。いつの間にか、正面入り口近くには各国の記者が二十人ほどいた。非公式の会議だったが、この手の情報はどこからともなく漏れる。目ざとい記者たちが駆けつけたようだが、大野の判断で彼らは外で待機させた。
日本の環境問題担当の事務次官を先頭に、アメリカとEUの官僚たちが中に入った。彼らと部下達にも全員、金属探知機と持ち物検査は通ってもらった。飛行機で空から突っ込んでくる以外には、テロを行うことは不可能だ。大野は、そう自分に言い聞かせた。
その時、大野の携帯電話が鳴った。和田からだった。
「大野さん、リュックを背負ったイラン人の青年が建物の左前方から近づいています。その男を捕まえて、身体検査をして下さい」
和田の声が緊迫していた。
「イラン人?」
「はい。とにかく、彼を建物に近づけないで下さい。ダイナマイトを持っている可能性があります」
「ダイナマイト!」
大野は襟元の警察無線で、ビルの左前方を歩くイラン人に職務質問をするように伝達した。すぐに、正面入り口から警察官二人と、バスから機動隊員三人が降りて行き、歩いていたイラン人青年の行く手を阻もうとした。
その青年は警官の姿を見ると、踵を返して逃げるように走り出した。五人の警官たちが追いかけて、歩道にもんどり打って倒れた男を三人がかりで取り押さえた。残りの二人がリュックを奪い取り、後から駆けつけた応援の私服刑事に渡した。
男は警官に両脇から抱きかかえられるように立ち上がり、両手を壁にしてボディチェックを受けた。その間に大野は、用意した携帯式爆発物検知器と金属探知機で、まずリュックを調べようとした。リュックのファスナーを開けると、一目でそれとわかる五センチほどのダイナマイトの筒と金属性バールが入っていた。
「その男を逮捕して」
大野が刑事に指示した。二人の刑事が青年に手錠をかけた。
続いて大野はその男を、要人を警護してきたパトカーの一台で最寄の警察署に護送して取り調べるように指示した。手錠をかけられた青年は、二人の刑事にはさまれてパトカーに乗った。
その光景を見た大野は、ホッと胸をなでおろしてビルに戻ろうとした。それにしても、あの小さなダイナマイトでは人が一人吹き飛ぶくらいで、アメリカ領事館を破壊するなんてできそうにもない。テロリストたちは、大げさに騒いで威嚇していただけだったようだ。