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終章 1

 土曜日の朝は晴れていた。まだ寒気が残っているが、柔らかな日差しには春の訪れを感じる。今日は十四時から、環境問題国際会議の小規模事前協議が中部国際センターの七階ホールで行われる予定だ。明後日に京都で開かれる本会議の前に非公式の事前協議がここで開かれ、アメリカとEU、日本が中心になって議論をすり合せる予定だ。

 先進国の事務次官級の人たちが集まる会議に、大野綾子は緊張していた。国際センタービルには昨日の二倍の警察官や機動隊員が集結し、会場周辺には秘かに特殊急襲部隊も配備されていた。

 突然、ビル入り口の金属探知機が鳴った。大野が見ると、和田が降参とばかりに両手を挙げて警官にボディーチェックを受けていた。

「おはようございます」

 大野が声をかけると、和田が照れたように「また、やっちゃった」と照れ笑いをした。大野がカウンター奥の事務室に和田を案内しようとすると、彼は自分でさっさと奥に入って来た。

「いやあ、いつもに増して物々しいですな」

 この三日間、同じコートとスーツを着た和田が両手をもみながら、辺りをキョロキョロ見回した。シャツだけは替えて来ているようで、今日は少し青いシャツを着ていた。

「ええ、今日は会議がありますから」

 大野が事務室の椅子を勧めると、奥からコーヒーを二つ持って来た。

「知ってますとも。お陰で所長がそっちに駆り出されているんで、私は大変な目に遭っています」

 和田がそう言ってから、少し猫背気味に大野が出してくれたコーヒーを美味そうにすすった。

「私たち警察の相手もしなくてはいけないから、大変ですね」

 大野が微笑みかけた。

「いえいえ、とんでもない。大野さんとお話できるのは、とてもありがたいことです。何せ、こんなことでもない限り一生お話する機会もないような雲の上の人ですから、その点は所長に感謝しているんです」

 和田が真面目な顔をして答えた。

「ところで、テロの実行犯は、やはりイスラム過激派が疑われますか?」

 和田が単刀直入に話題を切り出して、大野綾子をじっと見た。

「……その可能性が、一番高いと思っています」

 機密事項だが、国際関係の仕事を少しでも関係している人ならわかることだ。大野は正直に答えた。

「そうでしょうね」

 和田が視線を落として、コーヒーを再び飲んだ。

「和田さんがテロリストだったら、どうやってアメリカの施設を攻撃しますか?」

 大野は、和田の考えが気になった。彼には自分にないアイディアを持っている気がしてならない。

「そこなんです。私なりに、ずっと考えているんですが、今日のここでの事前協議か、明後日の京都での本会議を狙うと派手で効果的です」

 和田がとつとつと言った。

「なるほど。でも、敵はアメリカ施設を攻撃すると言っています」

 大野が補足した。

「覚えていますとも。京都での本会議は、国際会議場で行われます。ところが、あそこはアメリカの施設ではない」

 和田が人差し指を立てた。

「……ここにはアメリカ領事館があるので、攻撃してくる可能性がある」

 大野が天井を見上げて考えるように言った。このビルの九階には、小さいがアメリカ領事館のオフィスがある。

「そのとおり。推測の域を脱しませんが、念を入れるに越したことはありません」

 和田が立てていた人差し指を、大野の胸元に向けた。

「はい」

 大野は、緊張した面持ちでうなずいた。

「あなたのことだ。警備は完璧だと思いますが、私にもちょっと参加させて下さい。ご迷惑は決しておかけしません」

 和田が大野に向かって、人懐こい笑みを浮かべた。

「どういうことですか?」

「私とボランティアの外国人二人で、ここの出入り口を見張らせて欲しいのです」

「ボランティア?」

「はい。私を手伝ってくれる二人です。入り口の内側では、あなたにご迷惑をおかけするから、人の顔がしっかり見える場所でしたら外で構わないのです」

「外?」

「そう、相手からは私たちが見えない場所。たとえば……、玄関脇の機動隊のバスの中に入れさせてもらえませんか?」

 ビルの入り口のすぐ右手には、機動隊のバスが停まっていた。和田は、そのバスを指差して言った。

「あのバスは、万一テロリストが自動車で突入してくるのを阻止するためにいます。車内には不測の事態に備えた機動隊員もいます。それでも構わないのでしたら、どうぞ」

 大野は少し考えてから、和田の依頼を承諾した。

 和田の善意の申し出であっても、職員でない外人を中に入れるのは問題だが、ビルの外で、しかも大勢の機動隊員を乗せたバスの中なら滅多なこともできないので問題ないと考えた。

「ありがとう」

 和田はニッコリ笑うと、携帯電話を取り出して誰かと話しながら出て行った。その後姿を見送ってから、大野は持ち場に戻ろうとした。

「大野さん! 忘れてた」

 大野の背中に、金属探知機の外側に出た和田が大声をかけた。

「何ですか?」

 大野が、もう一度出口に近づいた。

「あなたの携帯電話、手元に持っていますか?」

 和田が尋ねた。

「はい。片時も離していません」

 大野は首から提げたストラップを指さした。

「結構。何かあったら連絡します。何もないことを祈っていますがね」

 和田が微笑んだ。

「では」

 和田が右手を軽く上げて、今度こそビルから出て行った。

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