第二章 6
TKホテルで消えた男女二人は、フィリピン人やイラン人じゃないかも知れない。アフマドはイラン人だと思っていたが、彼の話すペルシャ語はアフガニスタンやバーレーンでも使われている。女もフィリピン語を話しただけで、フィリピン人とは限らない。
「ミスター、何を考えてる?」
マリアが和田の顔を覗き込んできた。
「いや、その美人って、本当にフィリピン人なのかなぁと思って」
「なぜ?」
「イラン人と親しいなら、イスラム教徒かもしれないと考えていたんだ。それなら、モスクで出会うとか接点があるだろう……」
「ああ、二人の出会いの場ね……。あ、フィリピンにも南のほうにイスラム教徒は少しいるよ。この街には北フィリピンの人がほとんどだけど」
「そうか!」
和田が目を輝かせた。
「帰ろう。明日は大事な仕事がある」
和田が、伝票を持って立ち上がった。
「ああ、ご馳走様。そうだ。月末の日曜日には、みこころ教会の奉仕活動がある。ミスターは来れる?」
マリアも立ち上がって言った。派手な外見とは裏腹に、マリアは日曜日の教会の奉仕活動に、自分の都合のつく限り参加して同胞を支援している。
「ああ、在日外国人の健康相談をしてくれる看護師のボランティア・グループがいるから、連れて行こうと思ってる」
「へえ」
「看護師たちは英語が話せるし、君たちフィリピン人も英語が得意だから、きっと役に立つと思う」
「ありがとう」
「みこころ教会の佐藤さんには、ファックスで案内を送っておいた。今頃は、教会前の掲示板に貼って宣伝してくれていると思う」
会計を済ませながら、和田はマリアに言った。店をはねたホステスを中年男性がエスコートしているように見える二人に、店員が愛想よく「ありがとうございました。またお越し下さい」と言った。
「佐藤神父はすばらしい人よ」
外に出て、マリアが歩きながら和田に言った。
「俺もそう思う。佐藤さんは国籍や貧富に差別なく接する立派な人だ。ああいう人に、俺はなりたい」と和田がしみじみ言うと、「私も」とマリアが深くうなずいた。
和田はマリアを車に乗せると、繁華街の南側にある細い道に入り込んで彼女を古いビルの前まで送った。ここには多くのフィリピン人が肩を寄せ合って暮らしている。
「今夜はありがとう。用があったらいつでも電話して。じゃあ、またね」
マリアが微笑むと、ヒラリと外に出てビルの中へと消えていった。その姿は、まさに夜の蝶だった。