卒業演習
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騎装士科代表生の5人はジオニスの向かった学園内闘技場、N‐1格納庫の反対側にある、S‐1格納庫の待機室にいた。
彼らの纏う雰囲気は模擬演習を前にした緊張や不安はほとんどなく、5人の内3人は不満や怒りを、もう1人は戸惑いを、残る1人は何を考えているのか終始無言に徹していた。
「何故、俺たちの相手がジオニスなんだっ。」
不満を露にする3人の内の1人、アルゴナ・ラスムートは先ほどからずっとこの調子だった。
「それに、アイツは落第してそのまま学園を去ったんだろうが。何で今さら、ノコノコと出てくるんだ。」
騎装士科の生徒たちにとって、唯一、事実を知るリゼル以外には、ジオニスが学園からいなくなったのは自分が落第した事に耐えられなかったからだと思われていた。
実際には、代表生たちが上期生に進級したときには他にも幾つかの噂があったのだが、時間が経つうちに他の噂は立ち消えになっていき『ジオニス(落ちこぼれ)は学園の定める最低基準の実力にすら足りず、学園から逃げていった』という噂が主流となってしまったのだ。
その時にはジオニスとウォルフの戦闘試験を見た学生たちの話は誰も、闘技場で実際に見た学生たちですら、誰かに話すことは無くなっていたという。
そんな彼にとって、代表生に選ばれるだけの実力を有するアルゴナにとっては、フォアスィング学園の卒業式典において。
自分たちの晴れ舞台となる卒業演習の相手があのジオニスであるなどと、到底、信じられることではなかった。
だが、彼だけが特別にそう思っている訳ではない。
先ほどの理事長がジオニスについて話していたときも、殆どの学生たちにとってはその内容もいいところ半信半疑であった。
話の内容が真実だという事は間違いないのだろうが、その内容は去年のジオニスを実際に見てきた学生たちには俄かに信じられる事ではなかったからだ。
騎装士科の学生にとって、国軍に騎装士として入隊する者は卒業生の中でも極一部であり、限られたエリートだけの話である。
卒業生たちの殆どはこのまま仕官学校へと進み、残りの者たちも自身の故郷で領主の兵士になるか、傭兵やどこかのギルドに所属するか。
少なくとも職に困ることだけは無いが、卒業後すぐに騎装士として働けるものなどはエリートたちの中でも、さらにその一部だけであるにも関わらず。
ジオニスという落ちこぼれが国軍の騎装士になった、などと言われても信じられる訳がなかった。
苛立ちを抑えようとしないアルゴナは本来なら演習の相手に合わせて自分たちの役割を決めるための時間を、最後の確認の為に取られているこの時間を自分の鬱憤をぶちまける為に使っていた。
それに対し、リゼルは我関せずと言うかのように無言を貫き、2人の纏め役であるアクセルは演習中にアルゴナが暴走しないよう、ここでは目を瞑り鬱憤を解消させることにしたのか、止めようとはしなかった。
アルゴナに追従するかのようにもう1人の学生、セラン・カトレットもこの演習についての不満を口に出し。
いつの間にか、彼らの矛先は仲間であるはずのミーナにも向かっていった。
「なあ、ミーナさんよ。本当はなんか知ってるんじゃねえのか? お前はあの落ちこぼれとも仲良くやってただろ。」
「そうよ、本当になにも知らないの。」
「だから、知らないって言ってるでしょうが。私だって、アイツが軍に入隊ったこともしらなかったんだから。」
このやり取りも先ほどから間を空けては幾度と無く行われ、その度に同じ答えが返ってくるにも関わらず、アルゴナとセランは自分たちよりも成績が低く、代表生5人の中で唯一、騎士の家系ではないミーナへと不満をぶつけていた。
誰も止めないかと思われていたが、アルゴナとセランは思わぬ者から止められる事となる。
「10分前だ。」
彼らを止めたのは、自身の腕時計へと目線を向けていたアクセルであった。
「アルゴナ、セラン。お前たちは先に自分の騎体に乗って、状態の確認をしておけ。
ヴァレンシー、2人を止めなかったこと、すまないとは思っている。だが、悪いがもう演習開始までの時間が無い。後でこの2人からも謝罪はさせよう。すまないが先に騎体に乗っていてもらってもいいだろうか。」
まだ、憤りを解消出来ていないのか、アルゴナとセランの2人がアクセルへと何か言おうとしたが、アクセルは2人をすぐに黙らせる。
「私は時間だといった。二度も言う気はない…… 。」
目線は腕時計に向けたまま、アクセルはもう一度、2人に告げる。
アクセルの醸し出す雰囲気に呑まれたのか、2人はすぐに踵を返して自身の乗るアルカードへと向かうために部屋の外へといった。
途中、アルゴナはミーナを見て舌打ちを零したが、負けじとミーナもアッカンベエっと舌を出していた。
そんな子供じみたやり取りをする2人にアクセルは内心、溜め息を吐いてしまった。
3人が出て行った待機室、中に残っているのはアクセルとリゼルの2人だけだった。
アクセルにも演習の相手がジオニスである事には少なからずの不満があった。
だが、アルゴナやセランのように露骨に感情を剥き出しにし、ましてやそれを誰かにぶつけるなどと意味の無いことはしない。
それにだ、ジオニスについてならば、ミーナにではなく先ほどから部屋の隅で無言のまま立ち尽くすこの男。
リゼル・ロングウェイに聞くのが一番早く済むだろうと思っていたからだ。
しかし、今日のリゼルは少し様子がおかしかった。
その姿には、気負いや緊張などは感じられないが、いつもなら、先ほどのような言い合いにはすぐに仲裁に入る筈のリゼルが今日に限って何もしなかった。
特に今からこの5人で小隊を組んで戦う以上、不必要にいがみ合っていれば互いの連携にも弊害がでる可能性が高い。
確かに、この2ヶ月間はアクセルたち3人とリゼル、ミーナの2人で個別に組んでの連携訓練をしてはいたが、それは相手が複数である事を考えてのことだった。
相手が1人ならば、態々2チームに分かれずに5人で一斉に戦った方が理に適っているのは間違いないだろう。
その為の打ち合わせの時間をアルゴナが潰し、それを傍観していたアクセルにもリゼルに対して何も言えることはない。
だが、普段のリゼルを知るものからすればリゼルの態度は明らかにおかしく感じた。
先にも、アルゴナの鬱憤を解消させるため以外にもアクセルはリゼルの動きを注視していたが、普段は率先して動くにも関わらず、何もしないし、一言も喋ろうとしない。
アルゴナに同意を求められても完全に無視し、無言を貫き、そのせいでアルゴナがさらに熱くなっていたが、それすらも気になどしていないように見えた。
本当にリゼルらしくなかった。
とはいえだ、アクセル自身のする事に変わりはない。
相手が誰であろうと全力を尽くし、勝利を勝ち取る。
其処には相手が過去に落ちこぼれと言われていたことなど。関係の無い事であり、勝ち易いのならばそれに越したことはない。
そう思い、部屋を後にしようとした時、不意に後ろから声を掛けられた。
「ねえ、アクセル。君はどう思う。」
待機室にいるのはアクセルと、もう1人だけ。
「この演習の別名、僕ら生徒たちのなかでは約束の敗戦って呼ばれているのは知っているよね。」
「ああ、知っているが。それがどうかしたか。」
約束の敗戦、その言葉を知らない騎装士科の生徒など、この学園にいるはずも無い。それほど当たり前のように、その別名は知れ渡っている。
しかし、それを今聞く理由はないだろう。
なにせ、今から自分たちが赴くのがその約束の敗戦なのだから。
「君はどう思う。僕たちの戦う相手がジオニスである事を。」
「正直に言えば、不満ではある。
ジオニスにではなく、相手役がジオニス1人ということにだがな。」
そう、彼らの不満や憤りの原因はそこにあった。これでは自分たち5人は、
「ジオニス1人にすら、勝てないと思われているんじゃないか。」
まるで、心を読むかの様にリゼルは言い当て、
「多分だけど、君もそう思っているんだろ。アルゴナやセランのように。」
その言葉にアクセルは一瞬、息を呑んでしまった。
「気をつけた方がいいよ。誰がジオニスを1人で送り出したのか、まあ、予想はついてるけど。
その人が送り出したのなら、ジオニスは僕たち5人よりも強くなっているだろうしね。」
言いたいことは言ったのか、リゼルはアクセルより先に自身の乗る騎体へと向かい部屋を出て行った。
ジオニスが自分たちよりも強くなっている。
確かに気にはなるが、かといって、それに囚われれば十全に力を出す事もままならない。
意識の隅に残ったリゼルの言葉を完全に忘れる事は出来ず、アクセルはその言葉の意味をすぐに思い知らされる事になる。
だが、それ以上に。
後悔や悔しさよりも何よりも、その時は事前に皆に詳しく教えようとしなかったリゼルへの怒りが勝っていたという。
約束の敗戦。
それは騎装士科の代表生たちの負けがほぼ決まっている卒業演習の別名として、学生たちに知られていた。
もちろん、八百長やイカサマなどではなく、純粋な実力の上で学生たちは負けてしまうのだが、演習の勝敗が覆されたのは51年前から行われた卒業演習の内、12年前の一度だけだという。
この卒業演習では、代表生たちの驕りを捨てさせるために、彼らの目指すべき目標を示す事を重点に置くために、敢えて、彼らの全力でも勝てない騎装士の先達たちに人数というハンデを与える事で、徹底的に代表生の鼻っ柱を折る事に力を入れていた。
だが、この演習の為に代表生たちは2ヶ月前から、自身の牙を磨ぎ始める。
全ては演習に、先達たちに勝つために。
卒業式公開演習(約束の敗戦)。 それは代表生たちにとって、たとえ負けると分かっていても、今の自分たちの力を示すために行う、学生時代で最後の晴れ舞台であり。
今では、フォアスィング学園の卒業式典においての名物ともなっていた。
太陽の日差しが照りつける正午過ぎ、小さな村1つなら丸々収める事ができる闘技場の中で、騎装士科の代表生たちにとって最後の演習が始まろうとしていた。
闘技場南側格納庫に繋がるS‐1ゲートからは、深い緑色の塗装が施された5騎の第四世代装命騎 [アルカード] が闘技場の中央へと向かって、歩いていく。
アルカードたちの姿は様々で、3騎は騎士剣を左腰部に携え、小銃RG [プルトネル ]を構え、左腕部には手盾を着けていた。
アクセルやアルゴナ、セランはアルカードの兵装を同じくする事で、より3騎での連携を重視した戦い方をとるつもりなのだろう。
残りの2騎は、3騎の騎装士たちとの方向性の違いか。
片や両の手に騎士剣を構えるアルカードには、本来あるべきはずの凱装の幾つかが外されており。
装甲を、防御を捨てる変わりに速さを上げ。
片や右手に短機関銃、左手に小銃を。左腰部に拳銃を付け、右腰部に短剣を備え、後腰部には散弾銃を携える等と、両極端な武装をしていた。
こちらの2騎はリゼルが遠中距離型の兵装でサポートに回ることで、互いの長所を活かす戦い方にしたらしい。
互いに真逆の考えで組まれた5騎のアルカード、その30メートル程前方には蒼色の第三世代装命騎 [スタッグ] が立っていた。
たった1騎でアルカードの前に立つ、第三世代装命騎[スタッグ]
スタッグの兵装は抜き身のままの騎士剣と、短機関銃SMG [オートネル]だけであった。
なんら特別な兵装の見当たらない蒼いスタッグを前に、対峙する代表生たちや大講堂でモニターを見ている学生たちに、さらに不信感が募る。
学生たちの中には、自分たちが嘗められているのではないか。と思っている者たちも少なからずいた。
静かな大講堂の中では誰もそれを口に出す者はいなかったが、5人の代表生たちの一人、アルゴナ・ラスムートは演習が始まる前から相手に不満や憤りを感じ、感情を抑える事すら碌に出来ていなかった。
そして今、アルゴナはジオニスの乗るスタッグを見た時点で、もはや我慢の限界に達しようとしていた。
自分たちの晴れ舞台である公開演習で、敵役はただのスタッグ。まあ、これは学園からの支給騎である以上は仕方のないことだが。
それでもだ、騎体を駆る騎装士は本当に残念なことに去年まで同じ学園の騎装士科に通っていた、あの有名な落ちこぼれだというではないか。
今も目の前では蒼いスタッグがフラフラと左右に揺れている。
その姿を見ると、1年経ってもまともに立つことすらも出来ないのかと、苛立ちのせいか腹の底から沸々と湧いてくる怒りを感じてしまう。
自分たちの努力を嘲笑われたかの様に感じたアルゴナは、アルカードに乗り込んだ後にアクセルに指示された作戦など。
一度、距離をとってから5騎で一斉に攻撃するなどという、騎士らしくない卑怯な策など無視し、自ら単身で突撃してこの茶番を終わらせることを決めた。
誰が考えたのかは知らないが、態々、自分たちの晴れ舞台を汚そうとした黒幕に貴様の思い通りにはならないと見せ付ける為に。
今はただ、ジオニスを叩き潰す事でこの溜飲を下げようと、アルゴナは開始の鐘が鳴るその時を抑えきれない怒りとともに待っていた。
演習の開始まで、後1分を切ったぐらいだろうか。
闘技場が緊張に包まれる中、リゼルは一騎だけ直前に決めた策とは違う、不穏な動きを見せるアルカードを後ろから見つめていた。
アクセルやミーナは気付いていなさそうだと感じ、リゼルはミーナにだけ、ある指示を出す事にした。
この時、リゼルは1人、アルカードの中で笑っていた。
去年はついに実現しなかった事が、思いがけずに実現してしまったのだから。
とはいえ、幾つかの邪魔な要素がある以上どうしようかと考えていたら、その要因の1つが勝手に消えてくれそうになっていたのだから、つい失笑してしまった。
一対一でないことだけが残念ではあったが、それでもこのチャンスを逃すまいと、リゼルは短慮な行動をとろうとするアルゴナを、敢えて見逃す事にした。
投稿が遅くなり申し訳ありません。
一度、全部見直しをしていたら、括弧の使い方の統一や携帯では表示されない文字があり、直した方がいいかな、などと手持ちの文章を弄る内に投稿が遅くなりました。
一章が終わり次第。一度、全部手直しするつもりです。
それでは、読んで下さった皆様のちょっとした暇つぶしになれれば幸いです。