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ロボ物  作者: ウル ボノ
7/9

帰結

 夜も更け、空を見上げれば満天の星空が広がっている。

 とはいえ、日付けが変わるまでにはまだ時間を残しているなかで。まだ、忙しなく働く者たちもいた。


 フォアスィング学園内にある、映像資料視聴室の中。


 窓一つ無いこの部屋の中では、一人の男が小型のモニターに目を向けていた。

 その男、ウォルフ・ガーンズは自らが飛び入りで参加した試験の後。少々、理事長と今後の話をした後で今日の午後から行われた対騎体戦闘試験の内、自分の目で直接見ることの出来なかった学生たちの映像を見ていた。


 今、モニターの画面には学園仕様に塗装された、2体の蒼いスタッグの戦う姿が映っている。

 片や長剣に小銃、もう片方は細長い騎槍に全身を覆い隠すほどの大盾を構えていた。

 今は小銃を持つスタッグの方が十分に距離を取ることで有利には進めているが、この小銃RG [ プルトネル ]はドーリア国内でもよく使われる型で、弾の装填数は30発。

 そして今、画面内で撃たれた弾でもう25発目になる。


 とはいえ、両者の動きには、特に見所があるわけでもなかったので映像を早送りにしていると、モニターでは試験開始からだいだい4分が経過したぐらいにはスタッグが騎槍を持った右手を高々と掲げ、勝ち鬨を挙げている光景が映っていた。


 この試験の経過を簡潔に説明すれば、片方のスタッグがプルトネルの弾倉を交換しようとしたところに大盾を持ったスタッグが突進し騎槍での一撃を入れ、碌に対応のできていない学生を下しただけだ。

 正直に言えば、何の対処もせずに敵の目の前で弾倉の交換をしようとした学生の姿には、心が震えてしまった。

 もちろん、悪い意味でだが。


 この映像に映る二人には、ウォルフが午後の試験で戦ったジオニスとは違い。思い切りの良さや勢いが感じられ無かった。

 試験開始直後の奇策や、最後の切りあい程ではなくとも。言い方は悪いがどこか緊張感に欠けている戦いだった。

 せめて、小銃を持った学生も近づいてくる敵の目の前で弾蔵の交換など、悠長な事をせずにさっさと長剣に持ち替えていれば、あるいは勝機はあったかもしれんと思うのだが。




 画面が切り替わり、モニターには次の試験の映像が映されている。


 次に試験を受ける学生たちの2人の名前。ウォルフには片方の名には覚えがあった。

 ミーナ・ヴァレンシー。ウォルフが午前中の試験を見学したとき、ここの学生たちの中でも特別に動きの良かった3人の内の1人であった。


 手元にある資料にはヴァレンシーについて、自身の持ち味である速度と戦技を活かした攪乱戦、近接戦闘を主に得意とする生徒であり。射撃について多少の難はあるが、それを補える程度には他の能力が学生の平均よりも高い、と書かれている。


 確かに、午前中の試験で見たときにも、成績自体はそれほど高くはなかったがヴァレンシーの操縦には独特な癖や伸びがあり、スタッグの動きからは不自然な遊びや余裕を感じた覚えがある。


 モニターには身幅の広い小型の剣、2振りを下げて構えるスタッグと、長剣と盾を構え、後ろ腰に短機関銃SMG [ オートネル ]を携えたスタッグが映っている。

 ヴァレンシーの乗るスタッグは両手に剣を持っているが他には武器を持っていなかった。重量を極力減らした、近接戦闘重視の双剣型のようだった。


 その剣も切っ先だけが両刃になっている事から、カットラスの類だと思われる。

 カットラスは切る事よりも打ち合いに適している剣であり。ある意味では手数で押すという戦いに適している剣である。


 モニターに映る両者は互いに後ろへと距離をとる、恐らくは開始を告げる鐘が鳴ったのであろう。そして、ヴァレンシーの試合が始まった。

 映像を見ながらも、

(この剣をうまく扱えるのなら、1対1よりも多対多の混戦になった時にうまく動けるように鍛えるのも悪くはないか。)

ウォルフはヴァレンシーを鍛えるならば、どの方面に鍛えていくかを真剣に考えていた。


 モニターに映る試験の光景。

 しかし、今まで見ていた学生たちの試験とは違い、試験の決着までに掛かった時間は6分と、かなり早く決着の着いた試験であった。

 もちろん、先ほどの試験の結果は除外している。


 試験の開始直後には、オートネルを持つ学生が牽制しながらも、うまく距離をとっていた。

 だが、試験の開始から5分を過ぎた時。ヴァレンシーは相手の一瞬の隙を突き、急接近し。そこからはやや一方的な展開になっていった。

 両手に持つカットラスによる斬撃の嵐、とも言えるほどに激しい攻撃にさらされた学生は1分も持たずに敗北した。とはいえ、この学生の動きに特に問題があった訳ではない。


 学生もヴァレンシーの動きには細かく注意を払っており、牽制のためにとった20メートル程度の距離ではまだ危険だと感じたのか。

 更に距離をとろうとした時。

 一瞬とも言える時間、ヴァレンシーからオートネルの射線を外してしまっただけだ。


 ヴァレンシーはその隙を見逃さず、一息の間にスタッグの目の前まで近づいていた。

 ウォルフはヴァレンシーのスタッグが敵であるスタッグに近づく瞬間、スタッグの脚部からは淡い緑色の光が漏れていることに目をやった。


 恐らく、ヴァレンシーは起動戦技 (アクティブ・スキル)を使ったのであろうと。

 一瞬で20メートルの距離を無くした起動戦技。ウォルフが手元にある資料に目を向ければ、戦技『疾駆』という名称が書かれていた。

 一瞬で目の前に現れたスタッグに動揺しながらも、盾持ちのスタッグに乗る学生はヴァレンシーの攻撃に対応していた。

 先ほど、更に距離をとろうとしたのもヴァレンシーの起動戦技を警戒していた為だったのだろう。


 一撃目でオートネルを弾かれるも、二撃目は盾で受けきった。

 だが、その後も終わり無く続く乱撃に、右手に持つ長剣を弾かれてしまい、ヴァレンシーの攻撃を盾だけでは捌けず、そこで決着は着いた。




 この勝負を分けたのはヴァレンシーの持つ、起動戦技であろう。


 どれほど騎装士の能力に差があれど。本来、20メートルもの距離を一瞬で移動する兵装など、いまだ公表されていないのだから。


 百庸騎とは違う、装命騎により人類に与えられた可能性(チカラ)戦技(スキル)

 装命騎に組み込まれた、命力増幅機関(オド・ブラステル)の複製は新たに別の未解明技術(ブラック・ボックス)生み出し。

 その結果、騎装士たちは起動戦技(アクティブ・スキル)自動戦技(オート・スキル)という力を手に入れた。


 装命騎の完成から、もはや106年。

 未だに何故、装命騎にだけこの現象が起きるのかは解明できておらず。四聖騎、百庸騎や装命騎に関わるうちの多々ある未解明技術の1つでもある。百庸騎の持つ特殊武装(ロスト・ウェポン)とは違い。

 騎体ではなく、それぞれの騎装士が稀に先天的に持つ、潜在的な才能。


 とはいえ、騎装士たち皆が皆、起動戦技か自動戦技を持っている訳ではなく。

 戦技が発現している者たちの人数はそう多くはなく、その対象者たちの事は戦技持ち(スキル・ユーザー)と呼ばれている。

 実際にウォルフやジオニスは戦技持ちではなく、実在する戦技も有用性が有るものと無いものでは大きく差があったりもする。


 例えば、ミーナ・ヴァレンシーの持つ起動戦技、『疾駆』等は特に問題無く使える戦技の内の一例だが。


 起動戦技の中には上限無く装命騎の馬力を上げる代償として、発動と同時に自騎の命昌繊維鋼が使われている部位、その全てを一瞬で自壊させる『壊力』や、

 自騎を中心とした半径100メートル前後の範囲の地形や生命体の有無、風の流れから雲の位置までも情報として摑み、摑んだ情報量の多さから使用した騎装士を気絶させる『策敵』など使えるのか、使えないのか分からない戦技も多い。


 また、自らの意思で発動する起動戦技とは対象的に、自動戦技は騎装士の意思と関係なく常に発動している戦技で、騎装士の能力を向上させる戦技と騎体の能力を上昇させる戦技との2通りがある。

 リゼルは自動戦技持ちであり、その戦技も『全ての兵装に通ず』という、騎体の手にした武器ならば、初めて使用する武器でも使い方を把握できるという、有用性の高いものだ。


 だが、自動戦技はある意味で起動戦技よりも性質が悪く、ほとんど命力を使用しないが装命騎に搭乗すれば常に発動するという性質がある。


 そのため、自動戦技持ちなのに装命騎に乗れない。という騎装士を生み出す事が稀にある。

 しかも、その騎装士たちは自身の持つ戦技がどのような効果をもたらすのか、本人である騎装士にも、一向に解らないままだということも多い。

 自動戦技はその傾向上、どうしても判別方法が分かりづらいために実は戦技持ちでしたという騎装士が今も多くいるのが現状である。


 起動戦技は騎装士が強大な力を扱える一方、自分の意思で発動できる変わりに多量の命力を消費し。


 自動戦技は騎装士や装命気に多少の力を与える上、命力の消費こそ少ないが。

 その性質上、発動の切り替え(ON/OFF)が効かないという欠点もある。


 また、これら戦技の名称は戦技を保有する騎装士が自ら名称を決める事が多く、傾向として起動戦技は単語、自動戦技は一文に名付けることが多い。

 戦技はどちらにも一長一短の特長があり。

 それでも、有用な戦技持ちは騎装士として重宝される事が多く、ミーナ・ヴァレンシーやリゼル・ロングウェイなどは重宝される側の戦技持ちらしいことが分かる。




 モニターに映る光景に赤みが混じってきていた。

 午後の試験も夕日が射し始める時刻になり、この組ではどうやら最後の試験らしい。


 ウォルフが試験の映像を見続けて、これで29組目。ウォルフにとってもこの試験が最後の確認となる。


 片方のスタッグは重戦斧を両手で構えており、もう一騎は左手に小型の盾を付け、その手には拳銃HG  [ フィドネル ]を握り、右手には長剣を下げて構えていた。


 2体の装命騎が同時に離れ、試験が始まった時。

 コツッコツッ、と映像資料視聴室をノックする音が聞こえて、ウォルフは席を立って入り口へと向かった。

 扉を開けた先には学園の教官がその手に何かしらの書類を持って待っていた。が、何故かその顔は酷く怯えて見える。


 長時間モニターを見続けた目の疲れと、次に戦う生徒たち2人の名を見て、楽しみにしていたのを邪魔されたせいで、ウォルフの目が据わっていたからなのだが、ウォルフ本人は気付いていなかった。

 書類を渡しに来た教官は押し付けるかのようにウォルフに書類を渡し、まるで魔獣から逃げるかのように走り去っていく。


「何だ、今のは。」

 結局のところ、何故、教官が泣きそうな顔で逃げたのかはウォルフにはわからないままであった。

 

 渡された書類を手にモニターに戻ると、モニターは静止せずに試験を映し続けている。

 単にウォルフが静止ボタンを押し忘れただけなのだが。

 どうやら、残念な事にこの試験の見所をもう見逃してしまったらしい。


 モニターの中心に映るのは2騎のスタッグ。2騎のスタッグは至近距離で互いに己の武器を向け合っているだけのようにも見える。


 だが、実際にはどうだろうか。

 モニターの中でスタッグたちが離れた時、重戦斧を持つスタッグの胸部には赤い汚れがベットリと付いていた。

 ウォルフが教官に応対していた時間は2分も掛かっていない。

 しかし、その2分足らずの時間で勝敗は決してしまったらしい。

 手元にある資料には、試験の勝者の名と決着までの時間が記されていた。


 フォアスィング学園 騎装士科 対騎体戦闘試験

 第三班 9組目

 騎装士科学生 51番  リゼル・ロングウェイ

        04番  アルゴナ・ラスムート

 試験開始時刻 17:05  試験終了時刻 17:06

 対騎体戦闘試験 測定試験時間 97秒

 敵対騎 第三世代装命騎 [スタッグ] の大破判定を確認

 勝者 騎装士科学生 51番 リゼル・ロングウェイ


 試験開始からのわずか1分27秒で、この試験の勝敗は決してしまったらしい。

 とはいえだ、ウォルフとて実際に見てみなければ分からない事もある。


 ロングウェイの相手が単に弱かったのか、それとも圧倒的なまでにロングウェイが強かったのか。それを確かめる為に画面を巻き戻していく。


 ああ、そういえば。先ほど、渡された書類のこともある。

 試験の映像を見終わったら、さっさと行ってやらんとな。と、モニターから目を離さずに1人零すウォルフの表情は、どこか優しく崩れているように見えた。




 場所は変わり、相変わらずの満天の星空の中。

 もう日付が変わる頃、学園が所有する装命騎を待機させる第4格納庫に忍び込もうとする、怪しい影が1つあった。


 怪しい影といっても不法侵入者などではなく、卒業や進級という行事の重なるこの時期特有の不審者である。

 警備員たちからも特別に黙認されている、ここの学生たち。

 そう進級できなかった者や騎装士科からの学科の変更、あるいはフォアスィング学園を自ら去ることを決めた学生たちであった。


 今、第4格納庫に忍び込もうとしている影は1つ。

 特徴的な赤褐色の髪を揺らし、どうにか人一人が入れるぐらいの小窓から格納庫の中に入っていったのは、普段から目尻をダルそうに下げている青年、ジオニス・アーディオンであった。


 試験後に開けておいた小窓の鍵は何故か閉められておらず、ジオニスは辺りを見回しながら中に入っていく。

 そんなジオニスを遠くから見守る影も幾つか見えるが、ジオニスは気付いてはいないようだった。

 この時、廻りで見守っていたのはこの学園の警備員たちである。


 どうしてもこの時期には格納庫に侵入する者が増えるため、警備員たちも人員を増やして対処していた。

 しかし、捕まえるとその不審者たちのほとんどが学園を去る者や、来年度からの学科変更で装命騎との関わりが無くなる者たちであった。


 警備員の人数を増やすから、黙認させてくれ、という。学園側に一切の利点が無い提案を考案し、通したのはどうやらこの学園で一番長く働いている用務員だという。

 もちろん、本物の不審者や余りにも態度のおかしな学生たちはきっちりと捕まえているが、それでも最後の心の整理ぐらいはと。

 態々、普通の学生は中に入れるようにと裏口や小窓の鍵は一部だけ開放していたりもする。


 ジオニスの見上げる先、そこには蒼く塗装されたスタッグが待機している。

 ジオニスにとって初めて搭乗()った装命騎であり。

 最後まで搭乗った装命騎になった騎体。


 この一年間の記憶や想いが詰まっているこの騎体の前に来たのは、今の自身の感情に区切りをつける為であった。


 ジオニスには特別出来ることが、得意な何かが無かった。

 何事にも平凡で、可もなく不可もなくというジオニスにとって、装命騎を操縦できる事は、騎装士になれたことは初めて得た特別でもあった。


 軍事学校の来たのも、家が裕福だった事と単に兵役に就きたくなかったから、というだけの理由であった。

 一般兵科に入科した入学後の適正検査。

 そこで騎装士になれるほどの高い適正値を示したジオニスは、すぐに一般兵科から騎装士科へと転科する事になる。


 初めの内は問題なんてなかった、何事もある程度ならすぐに出来るようになるジオニスは騎装士科の中でも実技、座学ともに上位に入る事が多かった。

 しかし、初期生から下期生に進級し、全てが変わった。


 まともに動かせない騎体。

 一歩前へと踏み出すごとにスタッグは大きく揺れ、シミュレータでの訓練ではここまでの問題は無かったはずなのに。多少、挙動がおかしくとも対処する事ができたはずなのに。

 しかし、実騎での訓練ではそう上手くはいかなかった。


 原因は解らなかった、最初は大丈夫だと励まし、教えてくれた教官たちも手の平を返すようにいなくなっていった。

 他の学生たちも少しづつジオニスから距離をとっていくようになり、何人かは手を伸ばしてくれていたが、その手もいつしかジオニス自身が払ってしまった。

 少しでも騎体を上手く動かせるようにと。努力だけは誰よりもと。ただ、ひた向きに続けてきたこの一年間。

 幾度と無く諦めそうになっても少しでも上達すれば、それだけを支えに頑張ってきた。


 去年の末ごろから、リゼルもジオニスの訓練を手伝ってくれる様になった。理由を聞いても今だにはぐらかされるが、ジオニスの重しが1つ、剥がれていった気がした。


 どれだけの時間を費やしてきたのだろうか、周りから馬鹿にされても冷やかされても。

 ただ一心に騎装士になるために頑張ってきた。

 その努力も今日で終わりだ。


 目の前の蒼いスタッグを見上げながら、頬に一筋の涙が零れた。ジオニスはこの一年間で初めて零した涙を拭う。


 来年はどうしようか、恐らくは落第だろうとは思うが一般兵科に移れば周りの態度もきついだろうな、と想いに耽るジオニスの耳には騒がしい声が格納庫の外から聞こえてくる。


「だから、中にいる坊主に用があるだけだと言っているだろう。」

「知らんのう、それよりもじゃ。お主は今は部外者じゃろうが、中に入れるわけにはいかんわ。」


 外から聞こえる声は2つ。

 だが、話の内容からすれば片方の人物は『格納庫の中にいる人物』に用があるのがわかる。

 ここでジオニスは自分が格納庫に忍び込んだことを、学園の警備員たちに見逃してもらっていたとようやく理解した。


 まだ、外では騒がしく声が聞こえてくる。

 ジオニスが格納庫の入り口の扉を開けると、そこにはガーンズと年齢不詳の老人が、学園の用務員がいた。


「だから、俺はこれに判を押させに来ただけだ。それよりも、なんで用務員の爺さんがこんな時間まで学園にいて、警備の仕事までしてんだ。」

「そりゃあ、ワシが提案したことじゃからな。ワシが家で寝とる訳にもいかんじゃろ。」

 と、今だに言い争いが続くなか、ジオニスが出てきた入り口へと老人が目を向けた。

「すいません、ご迷惑をお掛けしてます。」

 格納庫に忍び込んだことを謝罪するジオニスに、

「よいよい、毎年の事じゃから。」

と、老人も気にせんようにな、と声を掛けてくれた。




「俺にですか?」

 渡された書類にはジオニスを一時的に国軍で、開発局の部隊で預かる事についての旨が書かれていた。

 1枚目にはその期間や注意点、ジオニスの身の保障を、2枚目は特例として学生任官を認めるという事が主旨になっているようだ。


「おう。操縦に難があっても、騎装士としての実力は十二分に有るみたいだからな。このまま進級しても、問題が解決せんと今度は卒業が危ういだろう。

 なら、一時的にでも、こっちで預かれれば、装命騎の専門家にお前の問題についても聞けるだろうしな。ちゃんと学園の卒業資格は手に入るように理事長にも話はつけた。」

 どうする、とガーンズはジオニスの意思を確認するために問いかけた。

「一石二鳥だとは思うぞ。着いて来るのなら、最悪でも卒業資格は手に入る。上手くすればお前の騎装士としての問題も解決する。良いこと尽くめだろう。」

 目の前には。どうだ、と言わんばかりに笑いかけてくるガーンズがいた。


 確かに、ジオニスにとってはかなりの好条件の話であった。このままの状態が続けば、本当に出来るかどうかわからない卒業ではなく、ガーンズに着いて行くだけで一年後には確実に学園の卒業資格が手に入るのだ。だが、それよりも気になる事が1つある。


「あの、俺って進級できたんですか?」

 ジオニスにとっては、午前の試験ではボロボロな結果を出した上、午後の対騎体戦闘試験ではガーンズに負けたのだ。

 正直にいえば、すでに落第は決まったとばかりに思っていた。


「あのなぁ。試験とはいえ、あれだけ騎体を動かせる騎装士を簡単には落とせんだろうが、何で坊主は悪いほうに考えるんだ。」

 一応、俺は強いほうなんだがと頭を掻くガーンズ。


「いえ、すいません。まだ、ちょっと混乱しているみたいなんです。えーっと、俺はどうしたらいいんでしょうか?」


 はぁ、とガーンズの口からは溜め息が漏れる。

「自分で決めろ。坊主の気持ちはある程度まで尊重する。俺がここを出るのは明日の昼前だが、書類については気持ちの整理がついてから理事長か教官に渡せばいい。

 そうだな、期限は2週間ぐらいでどうだ。ただ、明日までに決めて、着いて来るというなら。基地に戻るついでに俺が送ってやるよ。」

 結局、ジオニスはガーンズへの返答をこの場では控えることにして、寮の部屋に戻る事にした。




 ジオニスの去った後。

「しかしのう、何でお主が学生1人にここまでするんじゃ。

 学生任官など、戦時中か過去の魔獣災害の時しか例が無い事じゃろう。」

 そう、本来なら学生任官など、平時に行われる事ではない。

 この用務員の言う通りウォルフがこれを通すには、多くの手続きが必要になる。


 態々、そんな手間暇のかかる事をと聞く、用務員にウォルフは、

「あいつは、逸らしたんですよ…… 俺の攻撃を。」

とだけ、答えた。


 思い出すのは試験の最後。

 ウォルフの本気の一撃にジオニスは満身創痍の状態で立ち向かってきた。


 スタッグを捉え、振り下ろされる長剣をジオニスは正面から逸らそうとした。

 結果、ジオニスは長剣を逸らす事は出来なかったが、確かにあの瞬間。

 ウォルフは本気の一撃を逸らされたと感じ、二撃目の準備に入ろうとしていた。


 ウォルフの専用騎[ヴァン・スクード] にはある特殊な兵装が命力増幅装置に付けられている。

 普通の騎体とは違い、自らの出力を自由に変更できるよう、量産騎の試験用騎として造られた白銀の騎体には、下は第二世代から、上は第五世代まで自由に出力を変える事ができるようになっていた。

 最後の一撃は上限を第五世代騎にあわせた攻撃だった。

 本当にジオニスへのご褒美のつもりで、ウォルフはあの一撃を放ったのだ。

 受けれるか、受けれないかはどうでもよかった。ただ、意地を魅せたジオニスに、今、ウォルフの立つ高みを魅せようとした。


 本来なら、同じ条件でも学生では対応する事すら出来ない一撃。

 この試験を見ている教官たちに、自ら規則違反を申告して勝ちを譲るつもりだった一撃に、ジオニスは咄嗟に対応した。

 攻撃を受ける瞬間、スタッグのメイスは不意にブレた。そのブレさえなければ、攻撃は逸らされていただろう。

 もちろん、本気になったウォルフに対し、ジオニスが出来たのはそこまでだろうが、充分にウォルフを驚かす事になった。

 自身の負けを告げようとした時、間違えて勝ちを宣言するほどの驚きであった。


 だからこそ、

「ちゃんと、育ててやりたいんですよ。どこまでその才を伸ばせるか、坊主次第ではありますが、俺自身が楽しみにしているんですよ。」

 ウォルフは微笑む。

 底の見えない才を持つジオニスをどこまで鍛えられるかと。

 あの期限までは後、2年。その時にジオニスが騎装士でいるかは分からない。

 だが、俺の威圧に怯まずに意地を魅せた坊主ならと、未来を想って。


 ウォルフの表情を見た用務員は後ろで悪ガキも成長したもんじゃな、などと言っているがとりあえず無視をした。


 翌日、明け方からウォルフを訪ねに来たジオニスのその手には、判が押された書類が握られていた。


 よろしくお願いします、と頭を下げるジオニスの目の前で、ウォルフは書類の一枚目をビリビリに破いてしまう。目の前で書類が破られた理由が分からず、唖然としているジオニスに、正面から歓迎の声が掛けられる。


「ようこそ、ドーリア国軍第14部隊 特装試験隊へ。」

 そのまま、騒ぐジオニスを自身の乗ってきた騎体に乗せようとしたウォルフは、軍事機密の詰まるヴァン・スクードにそのままジオニスを乗せる事は出来ないと、優しく気絶させることにした。

 もちろん、ジオニスが五月蝿かったからではない。




 ここから、ジオニスの受難は始まった。

 今、思い出しても、きつかった事や苦しかった事、辛かった事や逃げ出そうとして捕まった事。

 濃縮に濃縮された、数多くの思い出が頭を廻る。


 スタッグに乗って、今まさに闘技場に向かうジオニスは整備員が声を掛けるまで、昔(だいたいが、ここ一年間の事)を思い出しては、

 嫌だ。助けて。無理だろ、これ。などと涙目になりながら、呟きを零していた。

 ジオニスの表情を見て、その呟きを聞いた整備員は大丈夫かこの人と、この模擬戦がちゃんと成り立つのか不安になっていたという。


 余談ではあるが。

 ウォルフが書類を破いた理由は1枚目の書類があると多少の無茶が出来なくなる事を思い出したからと、1枚目を無くす事でジオニスの所属部署を態と曖昧にし、特装試験隊の見習いとして押し込むためであった。


 次話ではやっと今の話に戻ります。

 プロットによっては話の肉付けの量が大分偏っているので、次の話は模擬戦中に一度切るかもしれません。

 単に作者がまだまだ未熟なせいなのですが。

 この作品が読まれた方たちのちょっとした暇つぶしになれればと思います。

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