試験 中
真上に昇っていた太陽が少しづつ地平に向けて降りていく、時間はまだ午後1時をまわったばかり。 多くの学生たちが闘技場の前に臨時で建てられたテント型の食堂でバイキング式の昼食をとるなか、ジオニスは午前中の進級試験でのあまり良いとはいえない結果を想っていた。
ジオニスは1人、食事をとっている集団から離れ、午後からの対騎体戦闘試験に意識を集中させようとしていた。
しかし、頭の中では先ほどの試験の結果がよぎってしまう。
いつもなら、すぐに出来たはずの頭の切り替えもここ最近はうまくいかなかった。
この試験のために多くの時間を騎体の操縦訓練に費やしてきた。 年が明けてからは騎体のブレを無くすことを諦めて、消せないブレを自身の対応できる範囲にするため、今までのブレを消すための訓練から内容を変えてきた。
どうしても騎体のブレを消せないのならばと、起きるブレ全てを把握すればいいと考えたからこそ、
そのブレはどの動作中に起きるのか、
どうすれば、よりブレを小さいものに出来るか、
体勢が崩れた時のより素早いリカバリーは、
と、起きるブレを把握していき、より次の操縦に影響の少ない対応を身体に覚えさせる訓練にジオニスは切り替えていった。
結果は出せた。
以前に比べれば、本当に少しだけだが操縦の問題も改善はできているはずだ。
だが、試験の採点をするのは教官たち。
いくらジオニスが自分では改善できていると思っていても、この進級試験の足きりに及ばなければ、意味は無い。
事実、ジオニスの午前中の試験の結果は騎装士科に在籍する57人中で間違いなく、最下位なのだから。
食事をとる学生たちから、離れた場所にいるジオニスの元に、金髪の学生が両手に何かを持って近づいてきていた。
「大丈夫かい。」
思案に暮れていたところを急に声を掛けられたことで後ろを振り向くと、そこには、素手でも食べられるようにと作られた、白い紙で包装されたサンドウィッチを両手に持つリゼルがいた。
「僕は今さっき午前の試験が終わってね。 皆、昼食は食べ終わっていたみたいだからさ、ジオニスのところに来たんだ。」
探すのに苦労したよ、と言いながらリゼルは片手を突き出して、
「その顔を見ると、君もまだ、昼食は食べてないんだろ。 ここで一緒にどうだい。」
と、その手に持った鶏のローストを挟んだサンドウィッチをジオニスに渡した。
リゼルの心遣いが嬉しかったのか、それともただ単に腹が減っていたのか、リゼルからサンドウィッチを受け取ったジオニスは、普段のだらけた笑顔とは違う、自然な笑顔をしていた。
実際、試験の結果はどうだい。とリゼルはジオニスに声を掛けた。
リゼルの声は他の学生たちのジオニスを嘲るようなものとは違う。 しかし、試験の結果が如何だったか聞いているようにも、ジオニスを心配しているようにも聞こえなかった。 その声からはただ、ジオニスに何かの確認を取っているだけのように聞こえた。
「まあ、予想どおりだったよ。 多少、良くなったといっても元が悪すぎるからな、点数をつけてたら間違いなく低いだろ。」
「となると、後は。」
「ああ、午後からの試験だな。」
だね、とリゼルも答えた。
散々、操縦に問題があるといわれて周りから嗤われ、見下されているジオニスだが、こと騎体同士の実戦に関してだけは騎装士科のなかで一番下というわけでもない。 ただ、下から数えた方が早いのは事実である。
そう、ジオニスにとっての欠陥ともいえる操縦時の騎体のブレ。 どのように騎体がブレるのか、どうしてなのか、理由は未だに誰にも分かっていない、当の本人であるジオニスにも分からない。
だが、裏を返せば、いつ、どこに騎体がブレるのかは、対戦相手にも分からないのである。
とはいえ、そのブレがジオニスにとって多少の利になり得るのも、相手が近距離での格闘戦を挑んできた時だけであり。 もちろん、相手が遠くから射撃に頼っての攻撃をしてくれば、満足に騎体を動かすことの出来ないジオニスの勝ち目は低い。
だが、今回の試験は、
「戦場に立ったとき、戦う相手が誰か、どの様な状況下で戦うことになるかなど、神でもなければ誰にも分からん。 ゆえに試験といえども情報は直前まで伏せられる。」 というフォアスィング学園に騎装士科ができた時から続く、伝統的なルールの下で本当に騎体に乗り込む直前まで相手が誰かも、相手の選択した装備の内容などの情報は分からないようになっており。
分かっていることは少なく、戦う場所は闘技場のような平地であることと、よほどの例外が無い限りは両者が乗る騎体は学園で調整された [スタッグ] だということだけだろう。
だからこそ、リゼルは午後の試験の対策に力を入れるようにジオニスに進めたのだ。
スタッグという騎体の性質上、多くの武装を取りつける事は出来ない。
ましてや、そう広くはない闘技場での戦いになるのだ。 学生たちが選ぶ武装も必然的に遠距離用の武装よりも、近中距離で戦える武装に偏ってくるだろう。
近距離戦で、戦場は平地。
この2つの条件だけでも、幾分かジオニスにとっては楽になるだろう。
勝てれば最善、悪くとも時間切れの引き分けを狙う。
たとえ、どれだけ無様に騎体を動かすことになったとしても試験で相手を倒してしまえばいい、それだけで絶対に良い評価は貰えるのだ。 最悪でも引き分けにさえ持ち込めれば、ジオニスのもつ問題について、少しではあるが改善の兆しがある、と教官たちに見せることが出来る。
だから、リゼルとジオニスはある対策を立てた。 どうにかして相手の懐に入る為に、あわよくば最初の一撃で決着を付けるために。
だが、1人だけこの対策が効かない者もいる。
それは、
「分かってるよね、ジオニス。」
共に対策を立ててくれたジオニスの友。 リゼル・ロングウェイ。
「分かってるよ、リゼル。 たとえ、誰と当たっても全力を尽くすさ。」
「そう、それがたとえ僕だとしても。」
「そうだな、それがたとえ、お前だとしても。」
どちらからともなく、2人は握った拳を相手の拳に合わせていた。
「「悔いの残らぬ、戦いを。」」
2人の少年は笑う。
2人とも、相手を挑発するかのように、絶対に負けないと。
騎装士科の下期生。 最下位と1位の2人、実際に試験で戦うことになる確率はほぼないのかも知れない。
だが、それでもジオニスは思う。
(負けるのならば、こいつに。 俺が迷いなく友達だと言い切れる男に、リゼルに負けて騎装士科を去りたい)と。
それだけ、2人の絆は強く。 それゆえに2人の間に甘えはない。
リゼル・ロングウェイ。
優しくも、甘くはない男。
彼がジオニスに近づいたのは、たまたま、偶然が重なったせいだった。 今から5ヶ月ほど前、ジオニスが戦技教官に個人用のシミュレータの使用時間延長を申請しているのを見てしまったことからだ。
誰からも馬鹿にされているはずの落ちこぼれが、誰よりも努力をしていたことを知った。
だからこそ、リゼルはジオニスに興味を持った。
それまでのリゼルにとって、ジオニスとは「才能に溺れ、努力を捨てた怠け者」という印象を持っていた。 多くの学生が同じような考えだろう。 例外としては、初期生の時からジオニスとの交流があった者とミーナ・ヴァレンシーぐらいだろうか。
少なくとも、いい印象は持たれていなかった。
だが、調べてみればジオニスは不器用なだけの努力家だった。
なぜ、皆の周りから離れていくのか。 リゼルは一度だけ聞いたことがある、その答えはジオニスらしい不器用な理由。 巻き込まれないように、と。 今までの友とすら交流を絶ったのも、自分と一緒にいることで嫌なことに巻き込まれないように、という独りよがりな。 でも、優しい理由だった。
だからこそ、2人は笑う。
だからこそ、リゼルはジオニスと戦うことになったとしても手加減はしない。
それが2人にとっての、互いを認め合った友どうしの、譲ることのできない一線なのだから。
高く頭上に昇っていた太陽も少しづつ陰りを見せ始めたころ、既に時刻は午後5時を廻ろうとしていた。
あの後、学生たちの集団に戻った2人は、下期生の誘導に当たる上期生の指示を受けて別れることになった。
どうやら、試験を受ける生徒たちを3組に分けるらしく、ジオニスはそのまま闘技場に残り、リゼルは校舎の東側にある、今いる闘技場とは別の騎体用に造られた競技場で試験を受けることになったらしい。
とはいえ、午後の試験が始まってから3時間近くの時間をジオニスは一人で過ごしていた。
たった今、9組目の試験の終わりを告げる鐘が鳴った。 もう、この組で試験を受けていないのはジオニスただ1人になってしまった。
(誰が俺の相手なんだ。 いくらなんでも学生をもう一戦させるってことは無いよな。 唯でさえ、慣れてない実騎での対人戦をしてるんだ。 もし、教官が相手なら俺の勝ち目は薄いよな。)
最後まで試験に呼ばれていないジオニスは、別れた3組のなかで唯一の奇数組みだった。
つまり、余ってしまったのだ。
例年どうりならばどうするのかなど、ジオニスには分かるはずもなく。 こういう事に無駄に詳しいリゼルも今はここに居ない。
対戦相手について、色々と考えていたジオニスに声が掛かる。
闘技場の内部への入り口の前から、ジオニスを呼ぶ上期生の声が響いていた。
「え~っと、君がアーディオン君かな? これが君の対戦相手の名前と騎体名、武装とかの情報が書いている紙だから。」
そこにいたのは、青い髪を坊ちゃん刈りにした上期生だった。
はい、と渡された紙をジオニスが受け取った時に、相手の情報を記した紙をくれた上期生は真剣な表情でジオニスを励ましてくれた。
「あんまり前例のない事だから、緊張するかも知れないけど胸を借りるつもりでいけよ。 試験は勝ち負けを見るもんじゃないから、全力でいけばちゃんと評価ももらえるよ。」
頑張れよ、と手を振る上期生はジオニスを励ましてくれたのだが、掛けてくれた言葉は、勝ち目は無いけど頑張れよ。 というものだ。
やっぱり、教官だったか。 という思いで紙に目をとおしたジオニスは、その内容に我が目を疑った。
これから戦う操縦者の名前は、ウォルフ・ガーンズ中尉。
二日前に理事長に会いに来たといわれ校舎に案内した、現役の騎装士であり、どこかで部隊長すら勤めている軍人。
(なんで、あの人がっ、
教官でもないのに出て来るんだよ。)
今までも多くの戦場に立ったであろう、現役の騎装士がジオニスの相手。 横に書かれた、ドーリア国軍14部隊 特装試験隊 隊長という言葉。 特に聞き覚えは無い部隊名ではあったが、隊長という肩書きを見れば先ほどの上期生の言葉の意味が良く分かった。
数多の経験を持つ軍人と、騎装士としてまだまだ未熟な学生。
確かに俺には万に一つも勝ち目は無い、と。
だが、そこから読み進めた先には驚きで声が出なくなったジオニスを、更に驚愕させることが書かれていた。
搭乗騎銘 [ヴァン・スクード] 備考 ― 第五世代装命騎
現役の騎装士の駆る、現状、最新の装命騎となる第5世代の専用騎。
なぜ、こんなことになったのか。 もはや、ジオニスは慌てる事すらも忘れ、自身が今から搭乗する、蒼い塗装が施されたスタッグへと向かって行くだけだった。
2体の装命騎が向かい合う闘技場。 2本の角を持つ騎体は、その白銀の装甲を少しだけ赤く染めている。
既に夕暮れ時を迎え、闘技場の真ん中で対峙する2体の騎体。
その内の1体の名は第三世代装命騎 [スタッグ]
ドーリア国が今から43年ほど前に北方の国タート・メルカの技術を取り入れて造られたとされる装命騎。 造られてから40年以上も経つこの騎体は、時代が第四世代の装命騎に変わっていっても、なおも改修が行われていく。 今は現役で戦場に立つこと事態は少なくなったが、それでもドーリア国内の騎装士たちが初期の訓練課程で一度は絶対に乗ることになる騎体であり。
40年の時を経ても、今もなお愛される名騎である。
その特徴は、丸く曲線を描くように模られた装甲の頑強さと操桿、足動盤の遊びが多いことからくる操縦のし易さ。 また比較的に手に入りやすい金属が主要部に使われていることからの生産時、修理時のコストの低さがあり。
今は重量級の騎体に使われることの多い、43年前に開発されてから今も生産されているザルク式命昌繊維鋼を用いられている。
スタッグはドーリア国製の騎体にしては珍しい、パワー重視の騎体といえた。
今、その手には長さが5メートルはあるかというメイスと短機関銃[SMG オートネル]を構えている。
その[スタッグ] と対峙する騎体、第五世代装命騎[ヴァン・スクード]
丸くずんぐりとしたスタッグや、重歩兵のような印象を受けるアルカードに比べ。
その細身と無駄を省いて作られたと思われる白銀の装甲は、全体的に鋭角のあるデザインになっており力強さよりも巧みさ機敏さを窺わせる。 左腰部に付けられた長剣と意匠の凝った小銃などは、見る者に巨大な騎士を思わせる雰囲気をこの騎体に与えていた。
試験開始の合図を待つ緊張感のなか。 ジオニスの乗るスタッグに互いの思念ポータルを通じて、ガーンズからの通信が入った。
「よう、学生君。 また、会えたな。」
「ガーンズさん。 二日ぶりですけど、何であなたが俺の対戦相手なんでしょうか?
正直、分からないことばかりで混乱しているんですが、俺。」
ガーンズは声のトーンを落とし、その声は真剣なモノに変わっていく。
「おう、話せば長くはなるがな。 たまたまあの時に、理事長から進級試験が今日あると聞いてな。 そういうことならってことで見学させてもらっていたんだよ。」
ガーンズは真面目にジオニスの問いに答えていく。 だが、
「そしたら、生徒たちの人数が57人と奇数だったからな。 午後の試験では1人余るだろう。
だから、俺も参加させてもらったんだわ。」
ちょうど騎体もあったしな、とガーンズは楽しそうに笑っている。
ガーンズの答えはジオニスの考えられる範囲の斜め上をいっていた。
教官たちも快く承諾してくれたよ、と嘯くガーンズはジオニスに対し本当のことは言わない。
教官たちに無理やり参加を承諾させたことも。
ジオニスの試験の順番を、態々、時間という邪魔の入らない最後にしたことも。
理事長からジオニスを見てやってくれと言われたことも。
今やガーンズ自身が、ジオニスという一学生に並々ならぬ興味を持ち始めていることも。
もちろん、そんな訳の分からない理由ではジオニスも聞き入れることはできなかったが、もう会話は終わりだといわんばかりに、ガーンズは最後だと、ジオニスに声を掛けた。
「安心しろ、学生君。 今のこの騎体の性能自体はスタッグとそうは変わらん。」
だから、
「しっかりと、この俺を楽しませろ。 ジオニス・アーディオン。」
最後だという、その言葉はジオニスの背に悪寒を走らせるほどの威圧をもって放たれる。
獣の唸り声のように他者の心を底冷えさせるその声は、なおもガーンズの参加の理由を聞こうとしていたジオニスを黙らせるには充分だった。
ジオニスは試験の開始を待つ間、先ほどの言葉だけで完全に打ちのめされていた。
たった一言、自分の名前を呼ばれただけでジオニスは恐怖に心が震えた。
勝てない、ではなく。 殺されると。
実際に殺されることなどないだろう。 だが、それでもジオニスの心に一度刻まれた恐怖は消えてはくれない。
だから、ジオニスは勝つことを諦めて…… 諦めようとして……
心に刻まれたその恐怖を、振り切った。
諦めたくは無い、と。 諦めきれるか、と。
いままで何度も諦めてきた、諦める事には慣れていると。
だからこそ、やっと手に入れた特別を。 ジオニスにとっての特別を、今更諦めることなどは出来ないと。
ジオニスは睨む、自身の敵を。 今、目の前に立ちはだかるウォルフ・ガーンズという敵を。
諦める事には慣れているからこそ。 だからこそ、どれだけの障害があっても俺は足搔き続けるのだと。
相手がどれほど強くとも、ジオニスの作戦に変更は無い、ジオニスにとってはそれが一番勝率が高いのだから。
だからこそ、ジオニスはたった一度の機会にかける。
スタッグの中で薄い青色の光が生まれた。 ジオニスの命力を命力増幅機関に伝えるために、多量の命力が注がれたことで命昌繊維鋼で出来たケーブルは薄く青く発光し、操縦席を照らしていく。 その光は、徐々に徐々にと強く照らしていく。
まるでジオニスの逸る心を表すかのように。
試合開始の鐘が鳴る、その瞬間に蒼いスタッグはSMG オートネルを持つ左手を敵に向けて走り出す。
その次の瞬間には、ジオニスは全ての弾丸を撃ちつくさんとばかりに、オートネルの引き金を引いた。
この小説が読んでくださった方の、ちょっとした暇つぶしになれれば幸いです。