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ロボ物  作者: ウル ボノ
4/9

試験 前

「理事長室ですか? え~と、何か学園にご用件でもあるんでしょうか。」

 ジオニスは少し訝しげに、目の前にいる男に問いかけた。

 

 男はジオニスよりも背が高く、一目見た印象では獅子を思わせるような強面なこともあり、普通の人がこの男を見れば、間違いなく堅気の人間だと思うことはありえないだろうという顔をしていた。


 それにだ、学園で今使用されている校舎があるのは学園の敷地内でも中央にある場所だけだ。 少なくとも校舎は表門から入ればすぐに目に留まる場所にあるし、裏門からでも十分に目立つはずだ。 何よりも今いる場所、ジオニスと男性のいる旧校舎へ続く道までくるには、校舎からは走っても10分以上はかかるはずだ。 少なくとも、道に迷ったということはないだろうと、ジオニスは考えていた。

 

 

「ああ、ここに来るのも久しぶりでな。 懐かしくて旧校舎を見にいっていたんだよ。

 坊主こそどうした、今の学生は旧校舎になんざ用はないだろ。」

「いえ。 俺はちょっと旧校舎まで、用事があって。」

 どうやら、目の前にいる男もジオニスのことを怪しんでいたようだった。 とはいえ、部外者と学生ならば、部外者がいることの方が明らかに怪しい場所なのだが、


「珍しいな、誰も使ってない筈の旧校舎に用事ね~、今の学生が…… 」

 イニシアティブはすでに男に取られていた。 だが、顎に手を当てている男は何かを悟り、勘違いしたのか、

若気の至りもあるか、バレんようにな。 とだけ言葉を残して、ジオニスの肩を叩き去っていき、

「って、悪いが坊主。 今の校舎まで案内してくれ。」

ジオニスの前にすぐ戻ってきた。

 

 初めのうちは怪しんでいたはずの男だが、どこか人懐っこさを感じるこの男に、会ってから数分でジオニスの警戒心はかなり解されてしまっていた。




「軍の方、だったんですか。」

「おうよ。 まあ、私服じゃ分からんか。 今は私用で来ていてな、理事長に用事があったんだが事務局の姉ちゃんに1時間は戻らん、と言われてな。 暇つぶしに旧校舎まで足を伸ばしていたら、お前に会ったんだよ。」

「そうなんですか。 俺は旧式のシミュレータを使うのに旧校舎まで向かっていたんですが。」

「熱心なもんだな、学生くんは。 俺たちの時なんざ、時間さえあれば馬鹿なことをやっていたもんだがな。 だが、シミュレータなんぞ今の校舎にもあんだろうに、態々、校舎から遠い旧校舎までな。」

 大変なもんだな、とガーンズはカラカラ笑っていた。

「ええ、使用時間を大分越えてしまっているので、新しいのは使えないんですよ、俺。」

 そんなガーンズに対し、ジオニスも苦笑しながら答えていた。


 2人は校舎までの道すがら互いの名や事情を話していた。 どうやら、男の名はウォルフ・ガーンズというらしく、今から12年ほど前の卒業生らしい。

 学園を卒業してからはドーリア軍に所属しており、階級もそれなりに上の方だとジオニスに教えてくれたが、話していくうちに少しだけ気になることがあった。

 旧校舎が授業で使われなくなったのはここ最近のことで、ジオニスの入学する前年までは倉庫として以外にも使っていたはずだと。


「あのガーンズさん、それなら校舎までの道、分かるんじゃないですか。」

というジオニスの問いに対し、

「ああ、だが。

 旅は道連れという言葉もある。 しいていえば、話し相手がいた方が俺は楽しいだろう。」

 と、ガーンズは少しだけ口角を上げ、特に悪びれることもなく答えた。


 それを聞いたジオニスはそれまでの恐そうな人という、ガーンズの評価を改めた。

 見た目が強面の割りには茶目っ気の強い話しやすい人だと、改めてガーンズのことを評価しなおすことにした。


 ジオニスもガーンズに対してある程度は慣れてきたのか、2人の話は特に絶えることもなく、校舎に着くまで続いていた。

 やれ、 この用務員はいるのか。

 やれ、 その人なら、今も働いているはずですよ。 前にみたことありますし。

 やれ、 まだ働いてんのか、あの爺さんは。 俺の時から爺さんだったのになぁ。 今頃、墓に入っていてもおかしくねえ、年だろうに。


 など、取り留めのないことばかりではあったが。


「では、俺はこれで。」

 昼間でも薄暗い道を歩くこと、10分弱。 ようやく理事長室のある校舎に着いた2人はガーンズの、後は分かるから大丈夫だ。 という言葉で別れることになった。


 とはいえ、踵を返して旧校舎に向かうジオニスに、

「ありがとな、学生さん。 後、あんまり昼間から険しい顔ばかりしてると運が逃げるぞ。」

 と言われ、ジオニスはガーンズが何故、態々自分を連れて歩いていたのか理由が今になってやっと分かった。


 気を張っていたのだろう。


 表情からは隠していたつもりだったが、ガーンズは自身を警戒している以外に、どこか険のあるジオニスの雰囲気を解すためにわざとここまで連れてきたのかもしれない、と。

 ありがとうございましたと、腰を折り礼をするジオニスに対し、ガーンズも、

 別に気にするなと、片手を上げて答えた。




 校舎の中。 2階の奥に造られた、厳かな雰囲気のある一室。 フォアスィング学園の理事長室に、2人の男性がいた。

 白い髭を結わえた初老に差し掛かった男と獅子のような凄みのある男性が2人。 時折、声を殺して笑う2人は傍目にはマフィアが何かしらの商談をしているかのようにも見えた。


「まあ、世間話はもう十分じゃろう。 それでガーンズ中尉は、学園に何用できたんですかな。」

 白い髭を結わえた初老の男は言葉を正し、改めて目の前の男に向き直る。

 白い髭の初老の男、理事長も学園のことを知るためにと。 幾分、昔に教官をしていた頃に担当していた生徒、学園を卒業してから幾年も経つ元生徒が来たことで当時を思い出し、昔話に華を咲かせていたがやっと本題にはいるようだった。

 

「学園に寄ったのはちょっとした、野暮用なんですがね、実は昨年から新しい部隊を任されるようになったんですよ。

 それで、来年卒業する学生でいいのはいないかと、久しぶりに寄らせてもらったんですよ。」


 ガーンズの言葉に理事長の目が少し険しくなったが、ここで他にある疑問も浮かぶ。

「今年の卒業生ではないのですかな。 来年度に卒業といえば、まだ、騎体に触れてから1年も経たない雛たちばかり、青田刈りにしても少し気が早いと思うんじゃがね。」

 理事長の疑問ももっともだった。 部隊の層を厚くするために別の部隊の色に染まっていない新人が欲しいというのは、まだ分かる。 だが、それなら今年ではなく、何故来年の生徒なのかということが分からない。


 それに対して、ガーンズは苦笑しながら、

「いやあ、実は今年ちょっとだけ、やりすぎましてね。 軍の上層部(うえ)に睨まれていまして。 新規隊員の募集枠、うちの部隊だけ取れないんですよ。」

と、親指と人差し指をくっつけては離すジェスチャーを加えて話すガーンズは、ちょっとだけだと強調していた。


 軍部の人間とも付き合いのある理事長には先ほどの話で気になる言葉が混じっていた。


新しくできた部隊。 今年起きた問題。 


 この2つの言葉から、理事長は何となくにだが、察したことを口に出す。

「第14部隊 特装試験隊。」

 今、悪い意味でドーリア国の軍部から注目を集めている部隊の名前を。


 ガタッ、とまだ自分の所属する部隊の名を口にはしていなかったガーンズの肩が震えた。

 目の前にいる大の男が動揺している。 その目は、

(どこまで知っているんですか。)

と語り、その表情は明らかに引きつっていた。


 おそらく、理事長が耳にしたあの噂は本当だったのだろう。

「メマロスク基地の第3訓練場の崩壊と基地外壁の一部損壊、国境に近い基地で起きた事件じゃからの。 一時期は他国からの侵攻かと噂されたほどじゃ。

 新しくできた部隊が仕出かしたという噂もあったがの。 まさか、こちらが本当だったとはのう。」

 すぐに緘口令の敷かれた話であり、その後も他国からの侵攻などもなかったことから、噂だけが広まった話だった。 とはいえ、それを起こしたのが自分の元教え子だったとは夢にも思わなかった、と。

 やれやれと理事長は息を吐き、

「卒業してからも色々やっとるようじゃのう、君は。」

と、ガーンズを見る目が生優しいものになっていった。


 在学中も併せて、問題ばかり起こしていたためか。 嫌味を言われたガーンズは、その大きな身体を縮こませ、すいませんと頭を搔きながら答えるのが精一杯だった。


 先ほどから、口を閉ざして何かを思案していた理事長が口を開いた。

「二日後じゃな。 下期生たちの進級試験がある。 その時に見学にでも来れば、大方の生徒たちの実力が分かるじゃろう。」

 馬鹿なことをやらかしたのを許してもらえたか、どうかは微妙だが生徒たちの実力はみせて貰えそうだとガーンズが息を吐いたとき。 じゃが、と理事長が言葉を紡いだ。


 一つ条件がある。 と、


「難しいことではないとは思うんじゃよ。 ただのう、1人見てほしい生徒がおるんじゃ、その子は騎体の操縦に難があってな。 わしらだけでは理由が分からんままでな、プロである御主の見解も聞きたいんじゃ。」

 間違われやすいが、頑張り屋な生徒なんじゃよ、と。


「そんなことなら、お安い御用ですよ。 なんなら呼び出してくれれば、今すぐにみましょうか。」

 どうせ、今は特装試験隊は大元の開発部局もろとも謹慎中(きゅうかちゅう)である。 後4日はあった筈だから2日ぐらいなら何の問題もないだろう。

「いや、そこまでには及ばん、本人も独力で頑張っておるしのう。 それに、今下手に手を貸すと口うるさい輩も多い。 とはいえ、改善できそうならば上期生に、無理ならば落第させねばならん状況なんじゃよ。」

 目線を下げる理事長はここではない、どこか遠い処を見ていた。


 だが、理事長から告げられた生徒の名を聞いた瞬間に、ほうっ、とガーンズの目は少しだけ鋭くなる。

 まるで何か楽しいことでもあったかのように。


 問題の生徒の名はジオニス・アーディオン。

 ガーンズを校舎まで案内してくれた学生の名だった。 何かしらの縁でもあるのかと、ガーンズはこの偶然の一致を純粋に楽しむことにした。

 



 日は進み、進級試験 当日。

 フォアスィング学園の東側、大講堂からほど近い闘技場の観客席。

 闘技場は現在、騎装士科の生徒たちの試験場になっており、防護用の塀の上にある観客席には、騎装士科の生徒たちと試験のために教官たちに借り出された上期生が試験を見守っていた。

 聞こえてはいなくとも、今、スタッグに乗り込み試験を受けている友に声援を送る者や試験での注意点を話し合う生徒たちがおり、なかなかに騒々しかった。

 観客席のなかで多くの生徒たちに混じって、生徒たちの中に1人だけ浮かない顔をした者、ジオニス・アーディオンは自分の試験の番になるのを待っていた。


 試験までの2日間、特にどうといった成果は上がらなかった。 

しいていえば、午後からの騎体同士の戦闘のために、リゼルと2人で作戦を練れたことぐらいである。


 もちろん、午前の試験内容である、静動時における射撃試験や騎体の搭乗から起動までの実施の確認、騎体動作の安定性の保持などを捨てた訳ではない。

 それでも、午前中の試験での評価を午後で取り返そうとリゼルがいったのは、ジオニスがそうとう精神的に追い詰められていたからだろう。

 

 昨日、騎装士科の担当の教官に呼び出されて言われたことがある。 それはジオニスの現在の状況を伝えるために、淡々と告げられた。


 この試験の結果次第で、ジオニスの落第が決まる。

 告げられることは分かっていても、実際に言われると途端に現実に重みを加えるその言葉を。


 実はこの試験、進級試験といわれているが実情は違う。

 実際には進級できる可能性の低い生徒を最後の篩いに掛ける試験であり、この試験では問題のある生徒をどうするか、ということに主眼を措いていたりする。


 例えば、普段の素行の悪いものや座学などの成績が一般の平均に満たぬもの。 あるいは騎体の操縦に難が見られるものなどが対象であり、前者は騎装士としてある程度の実力があれば補習や更生を実施し、後者であれば今後に騎装士としての問題点を改善できるかがみられ、改善が出来ないと思われれば落第になるというものだ。

 そして、後者の場合、落第とは騎装士科からの追放、本人の意思しだいでの陸兵科への転科となる。


 もちろんのこと、ジオニスは後者にあたる。

 現在、騎装士科に在籍する57名いる生徒の内、ほとんどの生徒はこの試験は自分たちの実力を見せるための舞台であると思っている、緊張こそすれど、ジオニスのように険しい顔をしている者はほとんどいなかった。

 とはいえ、ジオニスが不安や緊張などを表情に出すことは珍しく。 普段はどこか気だるそうに見えるジオニスが険しい顔をしているのを見て、周りの生徒からは、

 今更か、やっとこいつの顔を見なくてすむ、などとジオニスへの陰口が飛び交い。

 ジオニスの起こす失敗を予想して、今から笑っている生徒たちもいた。


 そんな中で試験を一番に終えた1人の女生徒がジオニスにこんこんと話しかけていた。

「だ~か~ら~、そんな顔するなら普段からもっと頑張ればいいじゃないの。」

 ジオニスに話しかけているのはミーナ・ヴァレンシー、黒髪の少女はプンプンと私、怒ってますという雰囲気を出しながら、ジオニスがちゃんと聞いているかは分からなくても、なおも問いかける。


「そんな恐い顔してさ。 ここ最近どころか、自由時間に訓練室でぜんぜっんジオ見なくなったのって、だいぶ前からだよ。 何で来なくなったのさ。」

 傍目から見れば、ミーナはジオニスを責めているようにみえた。 彼女からすればジオニスの普段の態度や雰囲気も、シミュレータのある訓練室でジオニスを見かけなくなったのもどちらも嫌だったのだろう。

 半年ほど前ならば、態度自体は今と変わらなかったが毎日のように訓練室で会えたのにと。

 だからこそと、彼女は言葉を紡ぐ。


「今更になって、恐い顔したってだれも助けてなんかくれないよ。 寛容な私でさえ怒っているんだから。」

 彼女が怒っていたのは確かだろう。

 だが、その根本にあるのは、いつも不真面目な態度をとるジオニスへの怒りだけではない。

 ジオニスと一緒に進級したいと、この学園を卒業したいと彼女は思うからこそ。 進級すら危うく見えるジオニスを純粋に心配しているだけなのだ。 だけど、ジオニスはそんな彼女の思いを無碍にするかのように袖に振る。

 ただ、素直に聞いて欲しいだけなのに。

 だが、自分のことで精一杯なジオニスにミーナの本心までは届かない。

 なかなか、自分に素直になれない者どうし、彼女からは率直に心配してるや、大丈夫? などの言葉が出ることはなかった。

 

 ただ、その光景を遠巻きに見ていた、ミーナを慕う生徒たちからはジオニスに対する嫉妬を強く煽り。 遠巻きにそれを見ていたリゼルは、自分が間に入ることで事態が更に悪化するのではないかと懸念し何も出来ずにいた。

 

 彼女やこの時に回りにいた生徒たちは知らない。

 自分たちが1年間で満足に使い切れなかった、個人ごとに与えられた訓練室の使用時間を。 ミーナやリゼルですら下期生も終わる最近になって、時間延長の申し入れをしたシミュレータの使用時間を、半年前にはジオニスが既に使い切っていたことを。

 既に昨年のうちに再三の延長申し込みをしたせいか、年が明けてすぐに担当の教官から、これ以上は個人への肩入れになると、もはや延長の申し入れすら受けてもらえなくなったことを彼らは知らない。

 

 あまりジオニスにとってはいい雰囲気ではないなかで、刻一刻と時間は進む。

 不安と緊張が取れぬまま、ジオニスは午前の試験に挑むことになってしまった。




 闘技場の中に作られた、身分の高い者たちの使う来賓席のなか。

 今は下期生たちの試験の評価をする為に特別に専用の機材が運ばれた一室ウォルフ・ガーンズ中尉はいた。

 今もその視線は観覧室に設けられた、闘技場を映す専用のモニターに向けられており。 現在、試験を受けている騎体を大きく映すモニターからは多角的に撮られた映像が左方側、右方側、後方側と分けて同時に映っている。


 その映像を見ていた、ウォルフは思う。

(つまらねえ。) と。


 ウォルフの横にいる、騎装士科の戦技教官からはこの生徒は射撃時の騎体制動に優れています。 などと言っているが正直にいえば、そんなことはどうでもよかった。

 もちろん、生徒たちは試験を受けているのであって、常に状況の変わる戦闘をしている訳ではない。 試験において、高い点数を稼ぐのならば、皆が同じ動きになるのも仕方の無いことではある。

 ウォルフはモニターを見て率直に思う。

 随所随所の動きの硬さや学生ならではの操縦時に出る癖などは試験を受ける上では仕方のないものだ。

 そんなものは、実際に騎士隊や軍隊に入隊してから叩き直せばいいものだ。

 だが、ウォルフは思う。


 スタッグという扱い易いからこそ癖の出やすい騎体に乗りながら、ほとんど、全員が同じ動きをするだけ。

 同じように騎体を起動し、同じように構え、同じように機銃を撃つ。


 そこに多少の個々人の技量の違いはあれど、やっていることは皆、同じことばかり。 今見ている生徒は下期生の中でも上位10名以内に入るらしいが、ウォルフからすれば他の生徒に比べれば、少し上手いか程度だ、そこにたいした違いは無い。


 そこにはウォルフの求めている巧さは無い。

 いうなればドングリの背比べのなかで帽子一つ分、大きい程度である。 その騎体の操縦に多少の上手さ(うまさ)の違いはあれど、個人としての巧さ(うまさ)はない。


 現状でみて、まだまだましなのは試験の1番手であったミーナ・ヴァレンシーと途中で見たアクセル・ストリーベぐらいだろう。


 ミーナ・ヴァレンシーには一つ一つの動きに独特な伸びがあった。

(少し動作の遊びは過ぎるが、その遊びも騎体を全力で動かすときの余裕(マージン)としてとれば、まあ、問題はないか。

 この試験内容ではこの伸びが邪魔になるだろうが、彼女のようなタイプは戦場に出ると思いのほか巧く戦うことが出来るしな。)

 横の戦技教官もこの点には触れており、ヴァレンシーの得意分野は近距離での格闘戦と自前の起動戦技(アクティブ・スキル)を使った攪乱戦だという。

 ここらの技量は午後からの戦闘試験である程度は確認できるだろうと、ウォルフは一人ごちる。


 それに対して、アクセル・ストリーベは一つ一つの動作には特別なものは無いが、その代わりに動作の繋ぎがかなり滑らかなものだといえた。

 無理の無いその動きはかなり質の高いものだろう。 

(だが、欲を言えば何か秀でたもの、こいつだけの武器が欲しいってところか。)

 ストリーベはバランスよく育っているタイプであり、殻を一つ剝いてやれば自分の力でどこまでも高みに昇るだろう。 だが、その性格を聞く限りに一度でも何かに固執してしまうと自分で限界という殻を作ってしまう。 そこを矯正するのには大分時間の掛かる、なかなかの堅物らしい。


 後一人、教官たちが試験の順番を、態々、最後に回すほどには見所のある者としてリゼル・ロングウェイという生徒がいるらしい。

 この教官の言うとうりならば、ロングウェイは生徒たちの中でも全ての技量が頭一つ分以上に飛びぬけて実力が高いらしく、その上でリゼルの持つ自動戦技(オート・スキル)はかなり有用なモノらしい。 教官たちが言うには、ほぼ間違いなく来年度の騎装士科の主席になるだろうと太鼓判を押せる生徒らしい。

 更に聞いた性格は騎士としても軍人としても通用するタイプだとは思う。

 できることをやり、無理ならば切り捨てる。

 ここだけ聞けば、難のある性格にも思えるがその本質は温和なタイプらしく、できる範囲が他人よりも広いからこそ、今のところは何も問題は起こしていないという。


(いまだ学生でありながら、本当に感情に囚われずに動けるのならば大したものだが、その限界が分からないと使い辛いか。)

 それでも、ヴァレンシー、ストリーベ、ロングウェイはウォルフが考え、求めていた。 ある大会の候補に入るかもしれないか、とウォルフは3人の名を覚えておくことにした。




 ウォルフが思案に耽っていたころ。 急にガタッ、ガツッと奇妙な音が聞こえ、ウォルフは異音がするモニターへと目を向けた。


 そこに映っていたのは、明らかに動きのおかしい騎体であった。

 安定性など微塵も無いかのように進んでいく騎体。

 一歩一歩、前へと歩くたびに体勢を崩しては金属同士の接触する音をモニターから響かせる、。

 もしやと思い、操縦している生徒の名を教官に聞けば、あまりにもそっけなく、気にすることの無い落ちこぼれだと返されてしまった。

 それでも、しつこく生徒の名を聞いて告げられたのは。

やはり、あの生徒の名であった。


 ジオニス・アーディオン。


 横にいる教官からしたら、学園の恥部をみられているとでも思ったのか。 ウォルフの横で、どうしようもない生徒で我々も困っているんですよ、と言って苦笑しているが、其の眼差しは態と目を逸らしているような感じも受けた。


 静動射撃の姿勢に入るにも騎体は体勢を崩し、体勢を立て直しても構えていた機銃を撃つ瞬間には腕がブレて、狙っていた的から離れた場所に着弾する。

 的に当たったのは10発中の4発、中心を捉えたものは0だった。

 騎体の動作確認では、無様に体勢を崩しながらも走らせ、所定の位置に着き、そこに置かれた長剣を振るうがやはり騎体の動きにはブレがある。 それも動きが大きくなるほど、更に大きくブレていく。

 試験が終わり、スタッグの搭乗口からタラップへ降りて行くジオニスは険しい顔をしていた。 その表情は操縦の疲れからではなく、試験の結果を受け止めたからこそだろう。


 結局、ジオニスが試験の終了までに掛かった時間は他の学生たちの係った平均時間より5分も遅いものだった。


 だが、ウォルフには微かに引っかかるコトがあった。

 間接部などの隙間から見える命昌繊維鋼(めいしょうせんいこう) [命力を各部に伝えるための導体、装命騎の筋肉ともいえる金属で、元となる金属の精製時に粉状にした魔獣の命結晶を混ぜて作られる。 稼動時には送られてくる命力の量によって発光の度合いを変える。 混ぜる割合が多ければ多いほど、命力の伝導率も上がるが消耗度もその分増える]  からは無駄な発光などが見えないことから、命力の籠めすぎではないのだろう。


 動作一つをとってもブレが起きているのは初動と終わりだけ。 長剣を振るったときの太刀筋など、玄人には及ばなくともすでに学生のレベルではない。

 それでも剣に振られたのか騎体は体勢を崩したが、すぐにリカバリーに入ることから、ジオニスが思念フィードバックを使えていない訳ではないのが分かった。


(訳が分からん。 なんなんだ、こいつの動きは。)

 ウォルフにはモニターに映る映像が理解できなかった。


 理事長に相談された時にはジオニスの問題など見れば解るか、少なくとも解決の糸口は摑めると思っていた。 だが、実際にジオニスの乗る騎体を見てもさっぱりと理由が解らない。

 理事長の話では担当の教官に見切りをつけられるまでは、ジオニスから積極的に教えを乞うていたらしいことから。 ジオニスが独学で装命騎の操縦を覚えて、結果としておかしくなったという訳でもなさそうだ。


 だからこそ、分からない。


 おそらくは教官たちもそうだったのだろう。 最初はジオニスの力になろうとして、一向に問題を改善できないことから少しづつ目を背けていき、最後にはジオニス自身に問題があると決め付ける。

 その背景には何があったかは分からない、多くの生徒たちのなかでジオニスにだけ多くの時間を割けなかったのかもしれない。 理由が解らないことに、自身の未熟に苛立ちを覚えて、その苛立ちをジオニスのせいだと転化したのかもしれない。 その気持ちはウォルフにも少しは分かる。


 だから、解らないならとウォルフは視点を変える、ジオニスのしていることが自分にもできるかと。

(一番の問題は騎体のブレだな。 こいつを意図的に起こすのは正直にいやぁ、無理だな。 次は坊主が常に行っているリカバリーか、だが、こんなもん回数数えただけでも馬鹿馬鹿しい。 んな、疲れること出来るわけが…… )


 ウォルフの目の色が変わる。 ジオニスが自分でも難しい事をやっているのを理解してしまったから。 リカバリーという、神経と多量の命力を使う動作を、10分以上も平然と続けているのを見てしまったから。

 

(解らないなら、試せばいいか。)

 直接、殴り合えば何か分かるかもしれないとウォルフは策を考える。 何かジオニスと戦うために利用できる理由はないかと。


 数分の後にウォルフは横にいた教官にある提案を持ち掛けた。 

 ウォルフにとっての名案を、ジオニスにとっての迷案を。

 騎装士科の生徒たちは、確か、57名でしたよね、と。


 最初は渋っていた教官たちも、見学に来ていた理事長の一言でその提案を渋々ながら受けることになった。


 これでジオニスの人生を変える、最初の転換点が起きることになる。


 少し早めに投稿します。

 前書きのとおり、戦闘に入れずすいません。

 次の話は火曜日か水曜日の晩に投稿したいと思っています。

 では、この小説が少しでも読んでくれた方の暇つぶしになればと思います。

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