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ロボ物  作者: ウル ボノ
2/9

卒業

 ラーシア大陸の西方、ドーリア国の王領に属する地にとある軍事訓練校がある。


 ドーリア国内において、二大軍事訓練校の1つと呼ばれるフォアスィング学園はドーリア国内では、最大の商業都市ともいわれるフィーグに居を構えていた。

 また、その歴史は古く、学園が現在のフィーグのある地にて開校されたのは今から600年ほどは前のことになる。


 その当時は貴族や騎士たちの子息を騎士として教育する学校であったが、今から120年前より増えつつあった5等級以上の魔獣の被害に対応するために一般的には下の階級となる平民からも多くの生徒を募集し、育成した。


 また、北方にある 荒地と黒鉄の国 タート・メルカから、より戦略的な素養の強い[軍隊式]の用兵術を学び、ドーリア国内に普及させたといわれる。

 多くの騎士、貴族たちからの反発もあったが魔獣の被害が増えていくなか、渋々ながらも概ね受け入れられたといわれている。


 当時は5等級以上の魔獣への有効な対抗手段とされていた百庸騎の装騎士の育成にも力を入れ、後に4大国が共同で開発した[ 装命騎 ] を扱うための学科、部門の設立に最初に設立したのもフォアスィング学園であり、4大国家にある仕官学校や教育機関の中でなによりも早く設立された騎装士学科はドーリア国内外を問わず注目の的になり、以降の騎装士育成の基礎になっていった。


 その背景には魔獣による被害で一時的にとはいえ下がりつつある自国の食料自給率。

 魔獣被害による財政への圧迫、騎士たちが日々の対応に追われることで見えてくる自国の防衛力への不振など、多様な面での危機的な状況に陥っていた、ドーリア国の王命による後押しも1つの要因とされているのだが。


 そのような歴史を持つ学園であり、フィーグの規模が大きくなりつつあるのも常に装命騎の守護を受けられるという安全性や、都市内の騎士たちの人数が多く他の都市に比べ格段に治安がよい事などがひとつ。

 また、王都への交通の便を集める位置にあるフィーグは人の集まりも多く、学園から町へ、町から都市へと成長していき、より多くの人と商業が集まり、商業都市と呼称されるまでになった。 


 年々、都市の規模を大きくするフィーグにおいて、都市の約10分の1はあろうかという広大な敷地を持つ学園の影響力は大きく、

一般の市場でも装命騎の部品や武装などを扱う騎体専門店や修理、改造を専門にする工房などもあり。

 自由市場などでは既存の装命騎を改造した騎体が売りに出されるなど、他の都市ではまず見られない光景を見ることができる。


 フィーグという都市は学園を南西にある王都側の門の付近に置く形で、北東方向に楕円状に広がっており、都市の西門から東門へと続く一本の大通りがある。

 また、都市が広がるごとに作られた防壁は幾重にも重なり、土地勘のない者にとっては攻めづらく、篭城戦、防衛戦をするには守りやすい形になっており、

 いざ、国が何者かに攻められることになれば、ドーリア国の最後の盾になるとすらいわれていた。




 商業都市フィーグに、まだ日も明けて間もないかという時間、大通りに近い住宅街に1台の車を走らせる青年がいた。

 この世界、車は珍しいほどではないが少なくとも一般人が簡単に所有できる物ではない。 少なくとも、今、車を走らせている、見るからに気だるげそうな青年が買えるほど安いものではないはずだが。

 その青年は自らの命力を車に注ぎながらも、すでに懐かしさすら憶えるこの道を……

 学園に向けまっすぐに走らせるのだった。




 ジオニスは今から1年ほど前まで、フォアスィング学園の騎装士科に学生として通っていた。 

 当時、ある個人的な事情で学園を受験したジオニスは合格後、騎装士としての適正があることが分かり、もともと希望していた歩兵科から騎装士科に移ることになった。

 

 座学や自身の体を使う実技を重点的に学ぶ初期生のころは特には問題がなかったが、実際に騎装士として装命騎を動かすことになる下期生 [ フォアスィング学園では入学1年目を初期生、2年目を下期生、最上級生となる3年目を上期生という また、一期生の最大人数は700人とされる ] の時にある問題が発覚した。

 問題はそのまま解決には至らず結局、最後の昇期試験に落ちたところを現在所属している特装試験隊の隊長に拾われ、特装試険隊に入隊することになった。


 そして今ジオニスが学園に向かっているのも、ジオニスの同期生たちの卒業式に、

とある特別なゲストとしてジオニスが呼ばれることとなったためである。



 ジオニスは昨年度、昇級試験に失敗し学生でありながらも途中で軍に入隊することになった(させられた)、自分への。

 

 そう 結局、今の部隊に連れて行かれ(強制連行され)てから、この学校の近くどころか、実家に逃げる暇すらなかった自分への。

 

 あの直情的ながらも部下想いかもしれない(前日まで、装命騎での山越え訓練の後、フィーグへは夜になってからの出発になった)

隊長からの、自分への褒美だとこの時は思っていた。



 もちろん、隊長や他の部隊員たちも一部は昼までに報告書作成などはあるが、訓練に参加していなかった居残り組みは一日の完全休暇を満喫しているはずである。




 多くの人が見守るなか、今期の卒業生522名の生徒たちが学園の誇る大講堂のなかを行進していく。


 1,200人近くもの人が卒業生たちを見守るなか、なかには卒業生の関係者であろうか、感極まってすでに泣いている大人たちもいるなかを、今期卒業生たちは高らかと足音を響かせて歩いていく。


 そんな参列者に比べ、卒業生たちはどうだろうか?

 今、卒業生達の行進が終わり、足音が止むなか、522名の生徒たちの雰囲気はとても落ち着いていた。

 そこには、浮ついた空気など微塵もなく、ひとりひとりの表情にはこの学園を卒業するものとしての誇りを宿し、高らかと虎の描かれた旗がたなびく舞台に視線を向けている。 


 一部、舞台側前列に近い席に着く生徒たちに少し取り乱した者もいたようだが、すぐに落ち着きを取り戻し、少なくとも表面には出さないように取り繕っていた。


 このときジオニスは大講堂の左側、軍関係者たちの座る席の、なぜだろうか? 最前列に座っていた。


 少ない人数ながらも現役の左官や往年に退役されたとはいえ、まだまだ、軍隊内部に強力なパイプを持つ退役将校たちに並びながら、主人公は卒業生達を拍手で迎えていた。


 その顔には迎えるものとしての落ち着きと、どこか哀愁がただよってはいたが。




(こいつらも、もう卒業か。 あ、ミーナちゃんもいるし。 しかし、なんでこっち見て驚いてんだ。 ああ、そう…… だよな、俺は1年も前にここを出されたんだしな、驚くのも当たり前か。)


 ジオニスは自分のことを覚えている生徒たちを見て、どこか胸に来るものがあったのか卒業式の進行などは気にせずに元同期生たちを見ていた。


 最前列に座っているのは5人だけ、おそらくは今年はこの5人が騎装士科の成績上位者でなのだろう。


 (1番右に座ってんのはミーナで左端には、リゼルか。

 なら多分、リゼルが最優秀者で2番目が、 ……ストリーベか、なんか一瞬こっち睨んできてたし、3位と4位はストリーベの取り巻きか、あいつら成績よかったんだな。)


 ジオニスが別の卒業生たちを見ていると生徒たちの誰かがこちらに視線を向けていた。

 忙しなく昔を懐かしむジオニスにリゼルは苦笑しながらも視線で注意を促していたようである。

 来賓客からの答辞が始まったのにすら気づいていないジオニスに視線を合わせ、舞台に目を向けるように、と伝えていたようだ。

 

 (ああ、理事長とか偉そうな人が前にでてきてるな。 こっからは理事長や国の偉いさんの話か、どっちも話が長いんだろうなぁ。)


 などと、失礼なことを考えながらもジオニスの胸中には自分がこの学校を卒業できなかったこと。


 今年の卒業生が523名ではないこと。


 自分は彼らとはもう違うのだ、ということに一抹の寂しさを感じながらも、あと1月でこの軍服を脱ぐことになるのかと考えながら。

 もはや、催眠効果でもあるのかと疑う程の理事長の長いありがたい話を聞きながら主人公は浅い眠りに、うつうつとその身を任せるのだった。



 このとき、ジオニスのことを覚えていた卒業生達が驚いていた理由をあげるのなら、

 ジオニスが来ていたことよりも、ジオニスが座っていた場所にあったといえる。


 ジオニスの両隣には、右手側に国邸騎士隊、第一騎装士部隊のヴィリニア・ザイン騎士隊長が座っており、その階級は軍部のエリートであるドーリア国軍 王都守衛騎士隊の陸軍二佐であり、

 反対側になる左手側には北方防衛部隊で功をあげ名を広め、退役時には国内外を問わず多くの者が彼の元に訪れたという、フォルクス・べーゴ・ランドー退役将校が座られていたのだから。


 ジオニスが座っている席位置は正直に言えば、場違いそのものである。

 その上、時折、ジオニスに親しそうに話しかけている、幾年も前に退役されたはずのランドー退役将校を見ては理由がわからずに一度視線がかたまり、頭の中で何故?と困惑を浮かべ。 ドーリア国では初となる女性騎士隊長をみてはその隣に座るジオニスの現在の立ち位置に再度、疑問を浮かべていただけなのだが。

 

 とはいえ、式中に船を漕ぎはじめたジオニスを見て、卒業生たちはまた別の驚きをみせることになるのだった。




 ある種の緊張感に包まれ静まっている大講堂の中。

 白い立派な髭を結わいた初老の男性の声が、フォアスィング学園の理事長の声が響いていた。

「特 試      ス・アー   ン一 陸士殿。」

「   験隊 ジオニス・  ディ   等陸  。」

 その、老年のわりに澄んでいる声はゆっくりと、二度、三度ほどジオニスの階級を呼んでいた。


 気持ちよいまどろみの中、睡魔に身を任せていた主人公の右肩に何かが当たる。 おそらく、右隣にいる誰かが肩を当ててきているのだろう。

 だが、すでに当てるというよりはぶつけるという方が正しいほどに力が入っていた。


 不意の痛みに意識を起こしたジオニスは、

(いったい、なんだよ。)

 と、心のなかで悪態を吐きながら、欠伸を嚙み殺した。

 

 寝てたか、などとぼんやりと思いながらも少し眠ってしまったことで、頭がさえ。

 まだ少しは頭がぼやけていたが、少しづつ意識がはっきりしていく中で、主人公は悪寒とともに背中からの冷や汗が急に吹き出すのを感じ、身体の震えをとめられなかった。



(さっきまで、誰が右隣に スワッテ タッケ…… )

 

 現実逃避のために左側に視線を向けると、 式の開始まで世間話をしていた元将校だという爺さんが何かを堪えていた。

 いや、何かではなくときどき噴出しそうになるのを見れば、笑い出しそうなのを我慢しているのがすぐにわかった。


 もちろん、今も右肩への攻撃は続いている。

 それどころか肩をぶつけてきているだけなのに、殴られているのではというほどの痛みがある。


 少しずつ視線を右に逸らしていくと、何かを小型の拡声器に向かって喋っている理事長がみえた。


 理事長の顔は一見すると、過ちを犯した者を諭そうとする聖職者たちのように、まさに教育者の鏡に見える。

 しかし、額に浮き上がった太い血管をジオニスは決して見逃さなかった。

 

 この静かな大講堂の中、喋っているのは理事長だけにも係わらず、その声は今のジオニスには一切、届くことはない……


 次に見えてきたのは上位5名の成績者たち、リゼルは顔を右手で覆い、溜め息をつき。

 ミーナにいたっては大分、しかめっ面でこっちを睨んでいる。

 ストリーベとその取り巻きなどは、殺意で人を殺せるならばジオニスを2,3回は殺せるんじゃないかというほどの視線をむけている。


 やっとのことで、視線を右側にうつすと明らかに怒っているだろう…… 王都が誇る第一騎装士部隊の騎士隊長殿がこちらを見ていた。


 予想に反し、美麗の騎士隊長殿は見た目は怒ってはいなかった。

 その顔には優しげな微笑を、そして一切笑っていない目を…… ジオニスに向けているがすぐに叱責の類がないということは、懲罰(怒られるの)は後回しであるということだろう。

 

 命拾いした。 と、ジオニスが総隊長から逃げるように視線を外すときに念を押すかのごとく。

 ドーリア騎士式の手話を用い「 後に報告あり(ニゲルナヨ)」 と伝えられたが……


 悪意などは感じられなかった。

 というよりも、その表情からは怒りすら、ほとんど感じなかったことじたいが余計に恐く、ジオニスを心身ともに震え上がらせることになる。




 やっとのことで舞台側へ顔を向けたジオニスを待ち、理事長はワザとらしく大きく一度、コホンッ と咳払いをついている。


「それでは申し訳ないが、アーディオン一等陸士には舞台の上に上がって頂いてもよろしいですか。」

 

 これだけ目立っていたのだ、ジオニスが席を立つと同時に多くの視線が更に一点に集まることになった。

 もちろん、理事長がジオニスを呼んだのもさらし者にするため、などという理由ではない。

 いや、卒業式に来ている参列者たちに顔を見せるためではある。


 だが、ここまで悪目立ちしたのも卒業式中に居眠りしたジオニスに責任があった。


 多くの人に自身の醜態を見られたジオニスは、

(ああ、理事長(あのヒゲ)、怒ってんな。)

 などと少しずれたことを考えながら舞台に上がり。 怒っていることなどは考えるまでも無く、当たり前のことなのに。


 おそらくは、ジオニスが横からくるプレッシャーに気圧されている間にあらかたの説明を終えたのか、理事長は騎装士科卒業生のうち成績上位者5名を舞台上に呼び上げ、彼ら5人の説明を順に始めていた。


「では、名を呼ばれたものから順に一歩前へ出てください。」

4名が順に名を呼ばれ、舞台から頭を下げていく。

「騎装士科、卒業生代表 リゼル・ロングウェル君。一歩前へ。」


「ご来賓の方々へ、リゼル・ロングウェル君にはこの学園の卒業生の代表として、この後に答辞を行ってもらいます。」


 名前を呼ばれた少し癖のある金髪の、背の高い学生が席を立ち壇上に向かい一歩、前に出る。

 リゼルは視線が自身に集まる中、来賓席に向け簡略的ではあるが騎士の礼をとり、頭を下げた。


 すると、壇上を見上げる人たちのなかから、ほうっ、と小さいながらも感嘆の息がもれていく。

 リゼルのもつ雰囲気に当てられた人たちが無意識に漏らしたのだろう。


 リゼルの雰囲気は温和なもの、優しさを感じるものであった。

 実際に性格は温和な方であるし、リゼルの今までの行いを見れば自他ともに厳しくも見えるなか、その根本にある優しさが分かるだろう。



 そのリゼルは今、一切の気負いを見せずに堂々と1000人以上の人たちの前で礼をとり、フォアスィング学園を卒業する学生達の代表として、この舞台に立ち、卒業生の代表として答辞をおこなっていた。

 

 その堂々とした姿は厳しさと誇りを持つ騎士然とした雰囲気と、リゼルの持つ優しさを感じる容貌と合わさり、まさに多くの人が理想に描く一流の騎士のようにリゼルをみせていた。 




 何故、自分は舞台上に立っているのか?

 ジオニスにはその答えがわからなくなってきていた。


 怒らせたからか、いや、違う…… よな、などと考えていたが、その疑問は立たされてから20分も経ったときにやっと氷解することになる。


 答辞も終盤に差し掛かっていたリゼルがその答えをジオニスに教えてくれたのだ。



「最後に私たち騎装士科学生の最後の模擬演習にその胸を貸して下さる。

 アーディオン一等陸士にはこの場を借り、代表生5名の一人としても礼をさせていただくと共に、私たち代表生5名も微力ながらも最後の演習に持てる力、全てを尽くし、全力で立ち向かうことをここに誓います。」

 

 リゼルの答辞が締めに入るなか、ジオニスは自分が呼ばれた理由をここにきてやっと理解した。




 騎装士科の最後の模擬演習、まだ、学園の生徒だったときに聞き覚えのあるその言葉はジオニスがこれから何をするのかを教えてくれた。

 まだ、学生だった頃にその演習の俗称を聞いたことがあると。


 たしか、

「約束された敗戦か…… 」


 ジオニスの口から漏れた言葉は誰の耳にも届くことはなかった。


 

 読んでくださった方の暇つぶし程度になれれば嬉しいです。

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